第十一話〈遥かな鉱の谷へ〉
雪の谷を離れたリオとバルクたちドワーフの一行は、南東へと歩を進めていた。
遥かな鉱の谷──唄にのみ記されたその場所を目指して。
凍てついた谷には命がなかった。
だが、唄に揺れる風と、集う精霊がいた。
その声に導かれるように、旅は続いていた。
ある夜のこと。峠を越えて野営した小さな岩場で、焚き火の明かりがちらついていた。
バルクが干し肉を齧りながら、薪を突つく。
「で、お前さん“鉱の谷”に何の用があるんだ?」
「……正直、わかりません。でも、行かなきゃならない気がしてるんです。あの……この結晶核を返す場所を、探さないと」
リオは首から提げた革袋にそっと手を添えた。
中には、あの怨晶龍の結晶核がある。小さく冷たいそれは、けれど確かな重みを帯びていた。
「それが……あいつの“心臓”か」
バルクは低く唸ったように言い、火に新しい薪をくべる。
火の揺らぎに合わせるように、バルクの目線が、宙に浮いた。
「ドワーフは精霊が見えるって本当ですか?」
「当たり前だ。ドワーフは鍛冶と鉱石の民だが、精霊とはずっと共に生きてきた。風の小奴らは、鍛冶場の炉の音に似てる。……あんたの唄、あれに近い」
リオは少し驚いた表情を見せたが、嬉しそうにうなずいた。
言葉を超えて、少しだけ心が通った気がした。
「“鉱の谷”ってのはな、古い言葉で“スール=オルム”とも言う。風と鉱石が共鳴して唄う谷。俺らのじいさんのまたじいさんが、唄ってた」
「唄……」
「ああ。だから探してみる価値はある。風が鳴る場所をな」
それからの旅路は静かで、どこか神聖だった。
氷はやがて解け、岩肌が見え始める。山道の奥へと分け入ると、風が音を運んでくる。
カラ……ン。
コロロ……。
誰も打っていないはずの音が、風に乗って谷間に響いていた。
「聞こえるか、リオ。これだ。これが“鳴る風”だ」
精霊が集まっているようだ。
リオの足元にも、小さな光たちが漂い出す。
バルクがふっと笑った。
「お前さんの唄、どうやら導いてるらしいな。こいつらがそれを証明してる」
リオは頷きながら、胸の奥にある震えを感じていた。
唄が、答えを持っている。
そして――この場所が、それに応える場所なのだと。
夕暮れ、ついに谷の入口が見えた。
岩肌が半ば溶けたように滑らかで、どこか懐かしいような、温かい空気を纏っていた。
その奥から、またあの風の音が響いてきた。
――ここが、遥かな鉱の谷。
バルクは歩みを止め、リオの肩をぽんと叩く。
「見つけたな。……ここから先は、お前の物語だ」
リオは一言も返さなかった。
ただゆっくりと、谷の奥を見つめていた。