第7話 街と繋がる手首
朝の陽射しがカーテン越しに差し込む。
ティナはゆっくりと目を開けた。
柔らかなベッドの感触、仄かに漂う清潔な空気。
見慣れない天井が、不思議と落ち着いて見える。
少し伸びをしたところで、
「コンコン」と軽やかなノックが響いた。
「おはよう、ティナ。入るよ」
スライドドアが開き、片手にコーヒーを持った白衣姿のシエラが顔を覗かせる。
もう一方の手にはスリムな箱がひとつ。
「これ、渡しとこうと思って。
“シグナ”って呼ばれてる個人用バンドだよ。」
そう言って手渡されたのは、
白と金を基調にした細身のバンド型端末だった。
「それは街での活動に必須の通信デバイス。
連絡はもちろん、地図や体調のモニタリングもできる。」
「へえ…ありがとう、シエラ」
ティナは手渡されたバンドをそっと手首に巻いた。
バンドがふわりと光を放ち、内部からホログラムのインターフェースが立ち上がる。
■ SIGNAシステム起動中…
■ ID確認:TINA
■ 都市ネット接続完了
▶ Welcome, SIGNA.
「そのバンドは、君のIDを“都市ネット”とリンクさせるキーになる。
ドアも交通も決済も、全部それひとつ。
アリエッセじゃ、それが“個人”ってことになるの」
「す…すごいね。」
ティナが驚いていると――
バンッ!!
勢いよくドアが開き、明るい声が飛び込んできた。
「やっほーっ! ティナ、朝ごはん持ってきたでー!!」
ベニだった。
ポニーテールを揺らしながら、両手に紙袋をぶら下げている。
「うわ、シエラ先生おるやん!朝から真面目やな〜」
「おはよう、ベニ。…君は変わらず元気だな」
「元気が取り柄なんでなっ!」
そのままベニはテーブルに紙袋を広げる。
香ばしい香りがふわりと部屋に広がった。
「ここに来る途中近くの屋台で買ってきてん。
“ギア燃焼サンド”っていうやばい名前のやつやけど、味は保証する!」
3人は簡単に席を囲んで朝食をとることにした。
ティナは目の前のサンドをそっと手に取り、一口。
甘じょっぱいソースととろけるチーズ、香ばしいパン。
確かに、名前よりずっと美味しい。
「で、今日はこのあとどうするつもり?」
シエラがコーヒーを口にしながら尋ねる。
「ギアショップに案内する予定やねん!」
ベニが元気よく言った。
「そろそろ“自分のギア”欲しならへん?
あんたの足に合うやつ!
ひとつ持っといたら、きっと世界変わるで?
見てるだけでも楽しいし、クセの強い店員も見どころやで?」
ティナは笑いながらうなずいた。
「それは、ちょっと楽しみかも」
「いいね。じゃ、私はまだやることがあるからラボに戻るよ」
シエラが席を立ちながら、ふたりに軽く手を振る。
「また何かあったら、そのシグナから連絡ちょうだい」
「うん、シエラ本当にありがとう」
「ほなティナ、準備できたら一緒に行こか!」
ベニはサンドイッチの最後の一口を飲み込むと、笑顔で手を差し出した。
アリエッセ・中層区画前──
ふたりは建物のエントランスまで出ると、ベニがすぐにシグナを操作した。
『■ 移動リクエスト確認
▶ AURÉ区 商業ブロック《GHOST LYRIC》方面
▶ 移動デバイス:シティラインポッドを配車します』
数秒もしないうちに、建物の前に光のラインを引いて、つややかなホバーカーが音もなく滑り込んできた。
「お待たせ〜、乗るでティナ!」
ベニが軽やかに乗り込み、ティナも続いて足を踏み入れる。
キャノピーのようなバイザーがふわりと閉じ、外の音がすっと消える。
中は思ったよりも静かで、座席もふかふかしていた。
まるで未来のサロンのような空間に、ティナは目を丸くする。
「……これって、ほんとに浮いてるの?」
「せやで〜。アリエッセの中やと、こういうのが主流やねん。
宙に浮いて、渋滞知らずや!」
足元を見下ろすと、すでに地上は遠ざかり、
ポッドは静かに都市の中層を滑るように飛行していた。
外の景色はどんどん変わっていく。
巨大なショッピングモール、スカイウォーク、人の波。
巨大なホログラム広告が空中に展開され、通行人に笑いかけてくる。
「うわ……」
ティナは思わず口を開けたまま見入った。
「ほら、あのネオンの上にぶら下がってるの、スカイカフェ。
下見ながらお茶できんねんで」
ベニが嬉しそうに解説するのを聞きながら、
ティナは胸の中に再びワクワクが膨らんでいくのを感じていた。
まだ見たことのない世界。
これから出会う“自分の足”。
――その先に、何が待っているんだろう。