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第2話 センティエンツ



ティナはそっと呼吸を整えながら、もう一度手のひらを見つめた。

皮膚の感覚が、以前よりずっと鮮明だった。

空気の温度、肌を撫でる空調の風、そのすべてが輪郭を持って押し寄せてくる。



耳に届く音もそうだった。

シエラの白衣が擦れる音、しっぽがベッドの支柱に触れるかすかな摩擦音、遠くで微かに響く機械の回転音。

今まで気にも留めなかったような音が、はっきりと聞き取れる。



そして匂い。

清潔なリネンの香り。

それに混じる、ほのかに甘いシャンプーの残り香。

まるで五感そのものの“解像度”が上がったような感覚だった。


そんな中、ふと頭のあたりで“何か”が動いた気がした。



「……ん?」



ティナはおそるおそる指先を頭に添えた。

やわらかな毛並み。ぬいぐるみのような感触。

それは触れた瞬間、ぴくりと反応した。



「えっ、えっ……これ……なに……?」



動揺して身体を起こしかけたそのとき、腰のあたりにもぞわりとした感覚が走る。

背中から何かがふわりと揺れる、まるで風に踊るスカーフ…いや、それよりもずっと生きている感触。


手を伸ばせば、指先にふさふさの毛が絡まった。



「……しっぽ……?」



そっと意識を向けるだけで、それは自分の意思でぴくりと動いた。

ぞくり、と背筋が震える。



そのとき、視界の端で淡く光が揺れる。

壁際に設置された半透明のホログラムパネルが、ふわりと起動して映像を浮かべる。


そこに映っていたのは…自分??

でも、見慣れたはずの姿とはまるで違っていた。


白い寝衣、淡く銀を帯びた髪。

そして頭には三角の獣耳。

腰からは、しっぽがゆったりと揺れていた。



「……なにこれ……」



息を呑むティナの背後から、シエラの声がのんびりと届く。



「ふーん、ティナはオオカミ系か。毛並みもきれいだし、神経の反応も悪くない」



まるで検診の結果でも語るような、あっけない口ぶり。

シエラはホログラムのパネルを操作しながら、何気ない調子で続けた。



「うん、大丈夫そうだな。耳も、しっぽも、ちゃんと動いてるし、感覚系も良好だな」



それはまるで、“耳があること”も“しっぽが生えてること”も、当たり前の世界の話。

シエラにとっては、ティナのその姿はなんら不思議なことではないらしかった。



でもティナにとっては、違った。



耳があることも、しっぽがあることも。

それが「当然」だと言われても、簡単には受け入れられない。



頭では理解しても、心が追いつかない。

だって昨日まで、自分は人間だったのだ。


 


「……これが、私……?」




ティナは、もう一度ホログラムに映る自分を見つめた。

鋭くなった輪郭、少ししなやかに見える身体つき。

ただの夢じゃない。

これは現実なんだと、そう強く突きつけられる。


 


「当たり前だろ? 君もセンティエンツなんだから」




そう言ったのは、当然のことを言うかのようなシエラの穏やかな声だった。



「センティ…エ…ンツ??」


とティナが聞く。




眠たげな目を擦りながらシエラは話し始めた。



「私たちセンティエンツは、種によって特徴が全然違う。身体の動きも人間よりしなやかで、ずっと速い。

猫系なら、俊敏で跳躍力が高いし、夜目も利く。

犬系…君みたいな狼タイプは、嗅覚や聴覚が特に優れていてとてもタフだ。

鳥系は空間把握が得意で、運動神経がバツグン。

爬虫類系は感情が読みにくいけど、代謝が低くて毒にも強い。

魚系は水中でも息が続くし、湿度の変化にも敏感だ。」



シエラはティナの方に軽く手を伸ばし、

ふさふさのしっぽの先を、ひょいとつまみ上げた。



「先程伝えたが君の場合は、おそらくオオカミ系で間違いないだろう。

毛並みも感覚もきれいに出てるし、反応もいい。筋肉の張りも自然だ。

おそらく、運動能力もかなり高いタイプだと思う」



ティナはしっぽをそっと見下ろし、また視線をホログラムの自分に戻した。

そこにいたのは、見知らぬ誰かじゃない。

確かに、今の“自分”だった。



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