第1話 目覚め
まぶたの裏がじんわりとあたたかい。
ゆっくりと、光が差し込んでくる。
私は、目を開けた。
まず気づいたのは、天井が高いこと。
真っ白なドーム型の天井から、淡い光が静かに降り注いでいた。
空気が澄みすぎていて、匂いすらしない。
どこか、現実味のない空間だった。
私はベッドの上にいた。
でも……金属の柵も、点滴のチューブもない。
あの病室とは、まったく違う。
そして気づく。
腕が動く。
足も…ちゃんと、動く。
「……うそ……」
信じられない気持ちで、私は体を起こした。
そのとき
カチャ、と音がして、ドアが静かに開いた。
「……起きたんだな」
現れたのは、年の近そうな女の子だった。
髪は、やわらかく波打つ薄い緑色。
光の加減でほんのり銀がかって見える。
長く垂れた前髪の奥に、眠たげな目がのぞいていた。
それは深い森の奥、朝露を受けて光る葉っぱの色。
水の中でゆらめく、冷たくてやさしい石のような色。
眠たげなのに、どこか透き通ってて。
ぼんやりしているようで、鋭い光をたたえて
いるようにも見えた翡翠色の瞳。
ずっと見ているとなぜか吸い込まれそうになる。
そして頭には、ふわっとした猫耳。
耳がぴくっと動くたび、そこだけ世界が柔らかく揺れる気がした。
白衣のすそがふわりと揺れるたび、腰のあたりから伸びたしっぽも、ゆらゆらと同じリズムで揺れていた。
私は、初めて見るその姿に言葉を失った。
人間にそっくり。
でも……人間じゃない。
けれど、なぜか不思議と怖くはなかった。
その子はゆっくりと端末の前に歩いていき、壁のパネルを指でトン、と叩いた。
「ふむふむ……名前は、ティナ、っと……」
パネルに表示された内容を眺めたあと、その子は小さく首をかしげた。
「……ん? あれ、登録されてない?」
少しだけ眉をひそめて、数秒考え込んだあとあっさりと画面を閉じた。
「ま、いっか。元気そうだし。問題ないだろ」
「……え?」
ティナという自分の名前を初めて会った誰かに呼ばれて、心臓が一瞬だけ跳ねた。
どこかで自分が “違う場所にいる” ことを、改めて突きつけられた気がして
でも、女の子はやわらかく笑って言った。
「まあ、焦らなくていいよ。ここで最初に目を覚ましたときは、みんなちょっと戸惑うものだしな」
彼女はベッドのそばに腰を下ろし、欠伸まじりに目をこすった。
その動きさえも猫みたいで自然だった。
「……自己紹介がまだだったな。あたしの名前はシエラ・コール。ここのドクターだ。」
「回復後の観察とか、状態チェックとか、そういうの担当してるんだ」
「分からないことがあったら、なんでも聞いていいぞ」
ティナは自分の手のひらを見つめた。
指が震えていた。
それでも確かに動いた。自分の意思でちゃんと。
足も、ゆっくりとベッドの端へずらしてみる。
重さはある。
感覚もある。
ただ、それが信じられなくて、怖くて…呼吸が浅くなる。
「ここ……どこなんですか」
声がかすれていた。
でも、それが最初に口から出た言葉だった。
「病院……じゃ、ないですよね?」
シエラは少しだけ首をかしげた。
「うん、病院ではないな。けど、治療や観察はする。そういう意味では、まぁ似てるっちゃ似てるけ ど」
その言い回しは、なんだか答えのようで答えじゃなかった。
ティナはさらに続けた。
「……私、死んだんですか?」
今度は、シエラのまぶたが一瞬だけ動いた。
けれど表情は、あまり変わらない。
「さあ、どうかな。
ティナがどんな経緯でここに来たのか、わたしにも詳しくは分からない。
けど、ティナはここで目を覚ました。それが事実だ」
ティナは唇を噛んだ。
まだ、頭の中が整理できない。
けど不安と混乱が波のように押し寄せてくる。
ティナはその波に呑まれながら、それでもシエラの翡翠色の瞳から目を離せなかった。