第9話 ランハウル
ティナはギアスタンドの前に立ち尽くしていた。
ベニとジックスの解説を聞きながら、心の中ではずっと悩み続けていた。
「……どれもすごくて、逆にわかんなくなるな」
並ぶのは、どれも個性の強いギアばかり。
重量感あふれるフレームに補助アーマーがついた【パワータイプ】。
爪先や側面にローリングギミックが仕込まれた【トリックタイプ】。
定番のデザインに、各所が調整可能な【オールラウンドタイプ】。
そして、鋭く引き締まったフォルムに、空気を切るような曲線美を持つ、【スピードタイプ】。
ティナの目は、自然と最後の一つに吸い寄せられていた。
「……これ、かっこいい」
スピードタイプの中でも、一際異彩を放つ一足。
ソールは極限まで削ぎ落とされていて、重量バランスをとるためか後部がほんのり浮いている。
カラーは深みのある黒とスモークグレーのメタリックで、サイドには“RUNHOWL”の刻印。
かかとから爪先にかけて、鋭く食い込むような爪型パーツが伸びていた。
「……これ、なんていうの?」
ジックスが片目をティナに向け、ゆっくりと答えた。
「それは《ランハウル》。スピードタイプの中でも特にピーキーなモデルや」
「ピーキー……?」
「ぶっちゃけて言うと、扱いづらい。でも速い。
ほんまのスピードってのは、“軽さと安定感”が命やけどな、それに耐える反射と身体制御がいる。要は──“ぶっ飛びたい奴”専用や」
ティナはゴクリと唾を飲み込んだ。
自然と手が伸びる。
ギアに触れた瞬間、ビリッとした静電気が指先を撫でた。
「これにする」
ジックスは一瞬だけ表情を止めたが、すぐに口角を緩めた。
「ほぉ〜……やるやん。
ほな《ランハウル》、こいつが君の相棒やな」
ジックスが手に取り、ティナの目の前でギアの靴底が「パカッ」と開いて、内部のスピナー機構がちらりと姿を見せた。
「すごい……本当に変形するんだ……」
ティナが感嘆すると、ベニが横からにやりと笑った。
「ほんまやで。せやけど──ギアってな、ただの“道具”やないんよ」
「え?」
「それ履いたら、“今の自分”がどれだけ通用するか、嫌でもわかる。
ちょっとでもバランス崩したら、容赦なくスッ転ぶで」
「それ、怖いね」
「でも、楽しいで?」
ティナはゆっくりとうなずいた。
ジックスがギアを渡してくる。
「装着はここでやるか? 試走エリアもあるで」
「試乗エリアでやってみる」
「よっしゃ、ちょっと履いてみぃや」
ジックスの言葉で、ティナは奥の試走エリアに誘導される。
鏡の前で、ギアを装着していくと…くるぶしにかけてピタリとフィットする感触とともに、足元からシステム起動の音が走る。
「────“Runhowl”、起動完了」
システム音声がティナの耳に届いた瞬間、
シグナのホログラムにもギア名が登録されていく。
「……履いた感じはどう?」
ベニが興味津々に覗き込む。
「ちょっと……怖いかも。でも、走ってみたいって思う」
「なら、試してみぃや。
フィーリング合わんかったら別ん探しゃええんやし」
ジックスの一言で試走ルートのドアが開くと、ホログラムのラインが床だけでなく、壁や天井にまで伸びていた。
まるで空間そのものがコースのように輝いている。
ティナは一瞬、足元と天井の区別がつかなくなり、思わず息を呑んだ。
ベニが手を振って合図する。
ティナは、ぐっと息を吸い込んで──
走り出した。
「────っ、はやっ!?」
加速が、異常だった。
走り出して1秒と経たずに、重力が足元から消える感覚。
足裏に伝わる、「ガガッ、ガガガッ」とギアが回転する振動。
振動と風圧が、ティナの体を一気に未来へと引っ張る。
頭が追いつかず、バランスを崩す。
「わわっ、あああっ……!」
カーブで足をとられ、体勢を崩してそのまま横滑りするようにコケた。
ドゴォンッ! と派手な音を立てて着地。
ベニが笑いながら駆け寄る。
「言うたやろ、あれむっちゃクセ強いって!
でもええやん、ちゃんと走れてたし!」
ティナは地面に座り込んだまま、自分の足を見る。
恐怖とワクワクが混ざったままの表情で、
ゆっくりと笑った。
「……あはは!楽しい!」
…そこへジックスがちらっとディスプレイを確認して、ぼそっとつぶやいた。
「で、支払いは?」
ホログラムに表示された価格:
【26,000クォーラ】
「に、にまんろくせん……!?」
ティナは慌ててシグナを確認した。
シエラから支給されていた生活用クレジットは、初期登録特典の【8,000クォーラ】のみ。
クォーラはアリエッセの電子通貨で“ギア燃焼サンド”1つが大体4クォーラぐらいだ。
「……買えない……」
ベニとジックスが顔を見合わせる。
「おいおい、そりゃちゃうやろ〜
気に入ったのに置いて帰んのは、いっちゃんアカンやつやで」
「そう言われても、クォーラが足りないんじゃ……」
「待った!」
ベニが前に出る。
「なあジックス、この子、あたしのチームに入れてええ?」
「へ?」
「“ GHOST LYRIC”の新メンバーとしてや。
ギアの支払いは、パフォーマンス貢献とラン報酬で少しずつ返していく形にしてさ」
ジックスはしばらくティナとベニを見比べた後、ふっと肩をすくめた。
「ベニのツレってことは……まあ、信用はしといたるわ。
まあでもギアは“預かり”扱いや。持ち逃げしたら、知ってるか? この街は足から潰されるで?」
「そんときは、あたしが責任取る!」
ベニは拳を握った。
ティナは思わず笑って、こくりとうなずく。
「うん……本当にありがとう。がんばって返す!」
「よう言うた。これで、今日からお前も“トレイサー”や」
ベニがニッと笑う。
「ちょうど1人ほしかってん!よっしゃああああ! チーム新生《GHOST LYRIC》結成やーっ!」
ジックスも立ち上がりながら、どこか満足そうに目を細める。
「こうなってはもう君はウチのチームの一員や。これからいろんなルール、教えたる。
ワイルドランっちゅーもんの本気、見せたるで」
こうして
ティナは、ベニとジックスが結成する《GHOST LYRIC》の一員となった。
ティナは、再び足元を見た。
黒く鋭いギア、《ランハウル》。
ここから走り出すんだ。
自分だけの足で、空を裂いて。
まだ知らない景色を、掴みに行く。




