君は輝いていた
一目惚れだった。
誰よりも輝いていて、綺麗だった。
君の笑顔は、まるで冬の朝に差し込む光のようで、僕の心の中の冷たいものを一気に溶かしていった。
あの日、君が駅のホームでイヤホンをつけたまま、少しだけ空を見上げていた姿が忘れられなかった。
話しかけるまでには時間がかかったけれど、どうしても君のことが知りたくて、何度も声をかけようとした。目が合うたびに胸が高鳴って、少しずつ、挨拶を交わせるようになった。
そしてある日、思い切ってカフェに誘った。
「いいよ」と君が微笑んだ瞬間、世界が僕の味方になった気がした。
あの時は、信じていたんだ。
きっと僕たちは、これからどんどんうまくいくって。
付き合うまでの毎日は、夢のようだった。
君のことを知るたびに、新しい色が見えるようだった。
君がどんな本を読むのか、何が好きで、何が嫌いで、何に笑って、何に泣くのか——
一つ一つを拾い集めて、僕の中に君をつくっていった。
でも、理想と現実の間には、気づかないうちに深い溝ができていた。
君は、連絡が遅い。
既読がついても、返ってこないことが何度もあった。
僕が今日何をしていたかを聞いても、「ああ、ちょっといろいろ」と笑うだけで、詳しく話してくれない。
それでも最初は「そういう人なんだ」と思えた。
けれど、付き合って三ヶ月が過ぎたころ、僕の中の違和感は次第に重さを増していった。
君は事後報告が多くて、予定を一緒に立てようとしても「ごめん、今日出かけてた」と終わった後にだけ教えてくる。僕よりも友達優先が多く僕に連絡をせずどこかへ行っていた。
僕の誕生日だって、当日まで何も言わず、何も用意していなかった。
なのに、君は悪びれる様子もなく、「おめでとう」とだけ言って僕の手を握った。
その時の君の手はあたたかくて、優しくて、だから僕はその不器用さを「きっと愛し方が違うんだ」と信じようとした。
だけど
「好きって、言ってよ」とある日僕が言ったとき、君は苦笑して言った。
「言わなきゃ分からない?」
「分かんないよ。伝えてくれないと」
「……うまく言えないんだ、そういうの」
その言葉に僕は、うなずくしかなかった。
けれど心の中では、小さな何かがぽとりと音を立てて崩れ落ちた。
愛し方が違う。
そう、きっとその通りだった。
君は、口にするより行動で、そっと寄り添うタイプだった。
たとえば、僕が疲れているときには何も言わずに缶コーヒーを差し出してくれる。
話したくない日には、隣で黙ってスマホをいじっているだけでいてくれた。
その優しさが、分からなかったわけじゃない。
でも、欲しかった言葉がもらえないことが、日を追うごとに、寂しさに変わっていった。
それでも別れようと思えなかったのは、君といた最初の頃の記憶があまりにも鮮やかだったからだ。
あの笑顔。あの声。
あの冬の朝の光のような、透明な存在感。
僕の中の「君」は、いまだに眩しかった。高嶺だった
でも、現実の「君」は、少しずつ僕と歩幅が合わなくなっていた。
ある夜、ふたりで歩いていた帰り道。
僕が何気なく「この先、どうなっていくんだろうね」と言った時、君は立ち止まり、ぽつりと呟いた。
「ねえ、私たちって……合ってるのかな」
図星だった。
僕も、それをずっと思っていた。
「……分かんない。けど、好きだと思ってる」
「私も、思ってる」
「……今も?」
君は、答えなかった。
黙って夜空を見上げたまま、少しだけ肩をすくめた。
あの時、僕は悟ったのかもしれない。
もう、君の中に僕の居場所はないって。
季節がまた一つ進んで、もうすぐ桜が咲く頃。
君と初めて出会った駅のホームに、ひとり立っている。
イヤホンからは、あの頃ふたりでよく聴いていた音楽が流れているけれど、どこか遠い世界の音みたいだ。
僕は今日、彼女と別れる。
もう、きっと戻らない。
あの日、一目惚れした君は、あまりにも眩しくて、幻のようだった。今も高嶺の花のまま。
僕はずっと君を好きでいようとしていた。
けれど、知れば知るほど、君の輪郭はぼやけて、心はすれ違い、思いはかたちにならなかった。
もう僕は、彼女のことを好きじゃないのだと思う。
僕は今日、別れようと思う。