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お茶会ですわ

 十日後。

 王城の中庭で、第二王子ケネス主催の茶会が開催された。


 表向きは渡り人エマのお披露目という名目だが、茶会の参加者すべてに本当のルールが知らされている。

 エマ帰還の条件に含まれるだろうということで、最初に彼女を召喚した令嬢たちもこの日は特別に謹慎を解かれて参加を許されていた。


 その日は眩しいほどの青天だった。

 午後になり、開催の時間が近づくと、美しく整えられた王城の庭園はいつにない落ち着かない空気で満たされていく。


 ヒロイン志望の下位貴族令嬢たちはたった十日という準備期間にも関わらず、彼女らに出来る精一杯の装いをしてこの茶会へと参加していた。


 今日こそ正真正銘の苛めを受けられる、と心ときめかせる者も大勢いた。

 もはや彼女たちの感覚は訳がわからなくなっている。


 彼女たちが茶会の会場に到着すると、入り口では招待状の確認をする者と一緒にエリザベートが立っていた。

 庭園の茶会に相応しい真っ白なドレスの胸元にはサファイヤのブローチが輝いている。


「ようこそおいで下さいました皆様、わたくしが本日の主役、渡り人のエマですわ」


 令嬢たちがざわっとした。大半が喜び、一部は不快な顔をしている。


「まずは皆様に確認を。勘違いなさらぬようあらかじめ申しておきますが、ここでの勝利者はこの国で苛められヒロインになる権利が与えられる、というものですの」


 そんなことは当然わかっている、という反応が返る。


「つまり。この場で勝ち抜いた方は今後もここで起こったことと同様の嫌がらせが続くものだと思って下さいませ。その事実をよく踏まえ、己がそれに耐えられるのかを考えた上で残るかどうかの判断をされますように。自分には無理だと思った方はこう、真っすぐ上に手を挙げて下されば、係の者が退場に付き添います。一度この場から退場した方はもう戻れません」


 最前列に陣取るおそらく下位身分の令嬢たちを見回す。その顔は、何があろうと退場なんかしてやるものかという決意とやる気に満ち溢れていた。

 エリザベートは口元を扇で多い、くすりと笑ってから再び声を上げた。


「それでは皆様、ご入場を」


 招き入れる形に伸ばした手を、ああ、と言ってすぐ畳む。


「ですがその前にドレスコードのチェックを致しますわ。本日の主催は第二王子であるケネス殿下。王族主催の茶会には主催者に敬意を表してその王族のお色を表す何かを服装に取り入れなければなりません。そうでない者は不敬とみなし、茶会への参加はお断り致します。そしてケネス殿下のお色はその瞳と同じコバルトブルー!」


 令嬢たちから悲鳴が上がった。

 令嬢たちのほとんどが、この場に相応しい白いドレスを着て来ている。そこへ青い装飾品を身に着けた者は少なくはないが多くもなかった。

 そもそも王家主催の茶会にそんなルールはない。だがこれまで王家主催の茶会に出席する機会などなかった下位身分の令嬢たちはそれを知らなかった。

 ちなみに高位身分の参加者たちにはきっちり知らせは行き届いている。


(あら。思ったより減らせたかしら?)


 エリザベートが思っていると。


「私! 青いハンカチを持っています! どなたか鋏を!」


 一人の令嬢が声を上げ、数人の令嬢がこれに群がった。

 素早く切り分けられたハンカチは小さなリボンとなり、それぞれの指に結ばれる。

 まるでそれを通行証のようにエリザベートに見せつけた下位令嬢たちが会場へ入っていく。


(まあ生意気)


 でも面白い、とエリザベートは心の中で密かに楽しむ。


 その頃ハンカチが行き渡らなかった令嬢たちは辺りを見回していた。

 一人が花壇に青い花があるのを見つけて走り寄ろうとするが、他の令嬢に止められる。


(正解ですわ。王城の花を勝手に摘めば窃盗ですもの。茶会どころではない処罰対象です)


 エリザベートは時計を見た。


「時間ですわ! それでは今ここにいる方々は棄権ということで……」

「お待ちください!」


 少し離れた場所から駆けつける者があった。

 真っ白な、とは言い難いが一応は白いドレスの上に、男性物の青い上着を羽織っている。


(わたくしがドレスコードと言った時点で行動を開始していたのね。わたくしや高位貴族の方々の身なりから青色が必要と察し、走り、運よく青い服を着た者に出会い、その者を丸め込んで服を借り、ここへ戻ってくる体力と強い足を持つ。……面白い)


「こ、これでよろしいですか?」

「合格です。お通りなさい」


 男物の服を羽織り、髪と息を乱し、なんならドレスの裾もまくれそうなその姿はそもそもマナー違反なのではないかと思うが、エリザベートはよしとした。少しは歯ごたえがある者がいた方がいい。

 そのことへ文句を言う棄権となった令嬢たちにはサッと扇を向けた。


「機転も利かず運も持ち合わせぬ貴女方がヒロインになろうなどとは烏滸がましくてよ!」


 エリザベートのその迫力に、令嬢たちが思わずひるむ。

 だがすぐにエリザベートはにっこりと微笑んだ。


「……幸い、貴女方は皆、容姿が優れているではありませんか。ライバルが少しでも少ない今、とっとと屋敷に帰って自分の手札で得られる最良のものを手にする為の努力を始めた方がいいのではなくて?」


 何人かの令嬢がハッとしていた。

 高位貴族を狙う令嬢たちには元々の婚約を解消してしまった者も多い。下位貴族の中には身分が下であるというだけで、経済面ではそこらの高位貴族より豊かな者もそこそこいるのだ。


 エリザベートはそれ以上残った令嬢たちに関わるのは止め、自らも茶会の会場へと入って行く。


 主催という名目だがケネスは会場の隅にいるだけで、一切関わらないことになっている。

 全員が揃ったのを見届けてケネスは一度軽く手を挙げたあと、すぐに進行をエリザベートに戻す。


「お待たせしましたわ。では初めに贈り物の受け取りを致しましょう」


 エリザベートの合図で籠を持った侍女たちがそれぞれのテーブルへ向かう。


 茶会の手土産としてケネス殿下に手作りの贈り物を用意してくるように、とエリザベートは通達していた。出来のよい物であれば殿下の記憶に残るかもしれないと付け加えて。


 集められた令嬢たちの力作はケネスの下に届けられ……ずに、その隣にあった焚き火台へと放り込まれた。控えていた魔法師が無言でこれに火をつける。

 令嬢たちから悲鳴が上がった。


「なんてことを! 私、あの刺繍を仕上げるのに二日徹夜しましたのに!」

「皆で必死に案を出し合って作った花瓶敷きが燃えて……」

「この気温は少々肌寒いので燃料になる物を持ち寄って下さるようにお願いしたつもりなのですが……行き違いがございましたのね」


 ほほほ、と笑う。

 ちなみにやはり高位貴族には燃やしてもいいどうでもよい物を持ってくるよう伝えてある。


 エリザベートを睨みつけた令嬢たちだったが、何故かそこで突然立ち上がった者がありそちらへ視線が移る。


「ケネス殿下! 私の木彫りの女神像はご覧になって頂けましたか! つまり私がこの場で最も相応しい贈り物をした者だと覚えて頂けるんですよね⁉」

「わ、私は蜜蝋のキャンドルをお贈りしました。それもよく燃えると思います」


(あら、あの者たちは)


 青い上着に、青いハンカチの令嬢だった。

 やはりどちらも何か運を持っているのかもしれない。


 すぐ隣でぼうぼうと燃え盛る火に晒され、じんわりと額に汗をかきながらケネスが尋ねる。


「その方らの名は」

「!」


 青い上着令嬢が礼をした。


「リリン・サーベルと申します」


 続いて青いハンカチ令嬢が。


「クラーラ・ノルドでございます」


(男爵令嬢に子爵令嬢ね)


 エリザベートは今日の出席者の名簿を頭の中で確認する。


「そうか。覚えておこう」


 ケネスがうなづき、会場には歓声とも嫉妬とも思えるような声が上がった。

 二人の令嬢は満足げに椅子に座り直す。


(なるほど。ただでは苛められてやらないという決意ですわね。もともと苛められる目的は異性の高位貴族の目に留まること。対象者であるケネス殿下に自らをアピールできれば例えヒロイン失格となってもなんらかの道筋は残せる、という魂胆かしら)


 ともかく気を取り直したエリザベートは茶会を進行した。


「それでは皆様茶会をお楽しみ下さい。本日の茶葉は特別な色合いをしております。まずは目で楽しまれてからお味を確かめて下さいませ」


 侍女たちによって注がれた茶が配られ、令嬢たちがカップを手に取る。


 次の瞬間。

 会場中に絶叫が響き渡った。


(基本中の基本ですわね)


 下位令嬢たちのカップの中にはこの国で忌み嫌われる虫……を本物そっくりに模した食材が入っていた。


(宮廷料理人の職人技ですわ)


 実物を確認した時にはエリザベートもドン引きしたものだ。

 さらに試しに口に入れようとしてみたケネスの手を思わずはたいて止めてしまった。テオには感謝された。


 そして会場内では次々と手が上がり、この場から出ていく令嬢たちが出る。

 会場を見回したエリザベートはおや、と思う。


(これで半分も減りませんのね。予想外でしたわ)


 むしろ下位令嬢が放り投げたカップからこぼれた物を見て気分を悪くしている高位貴族たちがいる。


 そこでエリザベートは思い至った。

 例の隣国のロマンス本。何故か文字が読めたので一応目を通しておいたのだが、あの中でヒロインが訴える苛めの中に虫に関する下りが一行だけあった気がする。


(この意地悪に関しては最初から心構えがあったということですわね。わかっていても耐えられない者もいるし、平気な者もいる。いいでしょう。それも運ですわ。でもまだまだ行きますわよ)


 先のカップが取り下げられ、新しいカップとお茶がやって来た。

 一人の令嬢に一人の侍女がつくという丁寧ぶり。

 侍女たちはカップに茶を注ぐ……ふりをして、令嬢たちのドレスに盛大に茶を零した。もちろん、茶はあらかじめ充分に冷ましてある。


「「「申し訳ございませんでした!!!」」」


 侍女たちの手際も声も全く同じタイミングで重なり、エリザベートは令嬢たちの反応よりもこちらの教育の行き届きに感心してしまう。


(完璧ですわ! ……いえそれどころではありませんわね)


 慌てて意識を令嬢たちへ戻す。

 なにしろ、下位身分の令嬢なのだ。王族主催の茶会へ出席する為に出来る限りの支度をしてきたに違いない。

 その支度が一瞬で台無しにされ、令嬢たちの中にはショックのあまりに退場の合図も忘れて泣き出す者もいる。


「ドレス汚しは苛めの定番! 今後それをされるのがお嫌な方はこの場で退場を! ちなみに今すぐ退場された方には王宮魔法師による洗浄魔法のサービスがございますわ。そのお茶は時間が経つほど沁み込んでどうにもならなくなりますの」


 がたがたと立ち上がり、合図も忘れて自らその場を去って行く令嬢が数人。

 さらにもう一人立ち上がり……その者はエリザベートに向かって声を上げた。


「弁償を要求します! そちらの使用人の不手際です、責任を取る必要があるんじゃないですか?」


(あら、青上着……じゃない、リリン様)


 エリザベートは扇で口元を覆う。


「ご存じないのね。使用人の粗相は使用人本人の責任ですの。貴族の矜持として使用人に金銭を要求することはありえませんので、せいぜい許されるとしたらこの場でその者を打ち据えるくらいですわね」


 リリンはぐっと口を閉じた。

 この国の者の気質として苛める側になりたい者はいない、というケネスの言葉をエリザベートは覚えていた。つまりここでリリンが侍女に手を出すことはないだろう。


(そう言えば)


 ふと思い出してエリザベートはクラーラの方へ目をやった。

 何故かクラーラは椅子を降りてしゃがみこみ、泣きそうな侍女のドレスを拭いてあげていた。


 どうやら、手元の狂った侍女が間違えて自分の方にだけお茶を零してしまったらしい。

 今日この日の為に幾人かは違う部署から人手が集められたと聞いていたけれど、おそらくあの侍女がその内の一人だろう。


(……ああいうハズレを引くのもまた強運ね)


 会場では残った者たちに新たに茶器が配り直され、茶が入れ直された。


「それでは皆様ごゆっくりご歓談下さいませ」


 エリザベートはここで一度会場の隅へ引く。

 ここからはこの国の高位貴族令嬢たちの出番であった。人数的に令嬢だけでは足りなそうなので既婚女性たちにも参加して貰っている。


 会話の内容は決まっていた。

 誰にでも、弱味や触れられたくない話題というものがあるものだ。

 それをエリザベートはケネスに調べさせた。そして台本を書き、高位身分の者たちへ与え、茶会ではこの通りに振舞うようにと通達した。


 それはほんの小さな真実のマイナス要因を、百倍に膨らませた噂話にして面白おかしく当人の前でおしゃべりしあうというもの。

 今頃各テーブルでは高位貴族が下位令嬢を突き回している筈である。


(皆様。腕の見せ所ですわよ)


 政治的思惑の通りに振舞ってみせる、というのは高位貴族が身に着けていなければならないスキルだった。エリザベートの国ではそうだし、ここでもだいたい同じだとケネスに確認してある。


 ちなみにいくら調べても弱味の見つからない者もいた。

 そういう者はその者のコンプレックスを刺激しそうな相手で固めたテーブルに配置することにした。

 エリザベートの目に付くテーブルでは、田舎臭い装いの下位令嬢が、この国の流行の最先端を取り入れた高位令嬢たちのおしゃれトークに身を縮めていた。


 エリザベートが自分用の席に着くと、侍女が茶を運んでくる。

 それはエリザベートが茶会用に用意させた物とも違う、独特な香りの、だが何故か体からすっと力が抜けていくような不思議な茶であった。


 エリザベートがちらりと目をやると、こちらを見ていたケネスがカップを上げる。

 これは彼がエリザベートの為に用意させたものなのだろう。

 そう言えばこちらの世界では茶葉を色々と組み合わせ、薬のように体への効果をもたらす物として使用することもある、と聞いていた。


(疲れを癒す? それとも心をほぐす効果かしら。どちらにしても、今ここでわたくしに最も必要なのは攻撃性を高めることだと思うのだけど。わたくしが穏やかな気持ちになって意地悪を取りやめてしまったらどうするおつもりなのかしら)


 こっそりと心の中だけで笑う。

 そうしてエリザベートは目の前の茶を少しずつ味わった。

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