もしも夏のホラー2024のテーマが「分水嶺」だったら 【題名】:玲と麗
春のチャレンジ企画2025(テーマ:学校)と、私のチャレンジ企画の作品です。
2024年度の企画のテーマをシャッフルしています。
ジャンルは「ホラー」、テーマは「分水嶺」です。
1
「今日もいいニュースばっかり! 平和っていいな~」
広い吹き抜けのLDKで朝食を食べながら、テレビの情報番組を見ているのは、「聞水玲」。
高校二年のどこにでもいる少女だ。
しいて言えば、そこそこ、いやかなりの可愛さ。
さらさらのショートボブは目鼻立ちがくっきりした小顔に似合い、168cmのスラリした手足の長い姿は遠目からは、更に長身に見える。
玲は時折モデル事務所や芸能事務所からスカウトされるが、それらは無視している。
単に興味がないからだ。
「れい~、そろそろ学校でしょう。早く食べ終わって。後片付けしないと」
玲の母親が言う。
父親はすでに出勤済み。母は専業主婦だが、週に三回、自宅で縫物や刺繍教室を開いている。
今日はその日で、午前は近所の主婦たちが、午後は主に小中学生が通う。
「は~い、行ってきます~」
数年前にパンデミックと騒がれた疫病は、世界各国の迅速な対応によって、今ではすっかり聞かない。
世界各地域の紛争も同じくここ数年で収束しつつあり、また同じく各地域の伝染病や飢餓や児童労働などは激減している。
世界は平和になりつつあった。
何でも国際連合を発展的に解消して、「世界連邦」の構想もあるそうだ。
「そういえば、今日うちのクラスに転校生が来るって、昨日担任の先生が言ってたっけ?」
今は6月の中頃。
ずいぶん中途半端な時期での転校生だ。
玲の通う学校は進学校。
玲の成績もそこそこいい。
そして、学校に通う生徒たちは皆勉強と部活に励み、問題児などいない学校だ。
「おはよう~、れい。今日転校生が来るんだよね? 男子かな? イケメンかな~?」
「あっ、そういえば男子か女子かって、先生言ってなかったね。私の隣の席開いてるから、そこが転校生の席になるのかなぁ」
「だったら教科書とかまだだから、机くっつけて、一緒に勉強だねっ!」
玲たちは教室に入り、一限目の前のホームルームが始まる。
担任の先生が転校生を連れて、教室に入ると、玲のクラスメートは玲と転校生を交互に見やって、ざわつき始めた。
転校生はさらさらのショートボブで、目鼻立ちがくっきりした小顔。身長は170cm近いスラリした手足の長さ。
「『分須井麗』です。両親は日本人ですが、外国で生まれてずっと現地の学校に通っていました。両親から『大学は日本で』と言われたので、この学校の近くで一人暮らしをしています。仲良くして下さい」
聞水玲と分須井麗。
二人は双子かと見まごうほどに似ていた。
「……じゃあ、分須井さんは、あの空いている一番後ろの窓側の席。右隣は聞水さんだ。聞水さん、分須井さんはまだ教科書とかまだだから、机をくっつけて、二人で見れるようにしてくれないかな?」
担任の中年の男性教師も二人が異様に似ているのに戸惑いを隠せない。
麗は玲の隣に座った。
生徒たちはいっせいに二人を見る。
「マジかよ。似すぎだろ」
「実は聞水さんって、生き別れの双子の姉妹がいて、それが分須井さん?」
玲も机をくっつけながら挨拶をした。
「よ、よろしく。私は聞水玲。皆からは『れい』って呼ばれてるけど、同じ読み方だから、『分須井さん』、『聞水さん』でいいかな?」
「うぅん、私も『レイ』って呼ばれるのが好きなの。お互い『レイ』って呼び合いましょう」
分須井麗は聞水玲ににっこりとほほ笑む。
2
「で、ここが図書室。結構色々な本があるよ。『レイ』」
「うん。小説や漫画だけでなく、新書がたくさんあるね。『れい』」
玲が麗に学校の図書室を案内すると、『レイ』は親書のコーナーで様々な本を手に取っては、本をぺらぺらとめくった。
「ねぇ、『れい』。『可能世界論』って知ってる?」
麗は玲に問う。
「う、う~ん。パラレルワールドとかマルチバースとか、そんなSF的なやつ?」
「そう。でも実際に宇宙物理学では、この宇宙は一つではなく何層も並行して存在してたり的な説や、哲学だと真理値の説明に使われてるね」
哲学で言う『可能世界論』とはゴットフリート・ライプニッツを嚆矢として始まるが、ライプニッツでは単にこの世界を「神が尽くした最善の世界」的なものとしている。
だが、20世紀以降になると、必然性の意味論を突き詰めた分析哲学の領域で扱われる。
「例えば『明けの明星』と『宵の明星』。これはどちらも『金星』を現わすけど、昔の人々は双方を別の星々と見做していた。全ての可能世界で『金星』があるとするならば、この世界では『明けの明星』と『宵の明星』と分けていたのだから、私たちにとって『金星』の存在とは、『アプリオリに真(先験的な真実)』なのではなく、『アポステオリな必然性(経験的な真実)』、ってところね」
麗は自分に呟くように言う。
混乱した玲は図書室では少し大きすぎる声で尋ねた。
「ね、ねぇ、『レイ』は外国の生まれって聞いたけど、どこなの?」
「ラスペチア共和国……」
「ら、ラスペチア……?」
玲は地理には自身があるが、一体どこの国だろう、と思った。
ヨーロッパの「バチカン市国」を初め、「モナコ公国」、「サンマリノ共和国」、「アンドラ公国」、「リヒテンシュタイン侯国」、「ルクセンブルク大公国」、「マルタ共和国」などのミニ国家だと思い、それ以上の追及は避けた。
3
分須井麗が転校して数週間。
麗は玲が入っている女子バスケ部に入り、二人は勉学だけでなく、部活も共に励んでいた。
玲はしばしば麗のアパートに赴く。
麗のアパートは典型的な学生用で、6帖ほどの寝室兼勉強部屋、小さなキッチンと、トイレとバスルームだけだ。
「ねぇ、レイ。この間、私のお父さんとお母さんにレイの画像を見てもらったんだけど、うちの両親、すごくレイに会いたいんだって! できたら今度の週末、うちに泊まりに来ない?」
玲は麗に提案した。
「そんな、ご迷惑じゃない?」
「うぅん、特にお母さんがすごいレイに会いたがってるの!」
「分かった。今週ね」
こうして麗は玲の家に泊まりに行くことが決まった。
金曜に学校が終わると二人は玲の家へ行く。
玲の家は学校から電車で6駅ほどで、学校も家もそれぞれの駅から歩いて10分ほどだ。
麗を連れた玲が帰宅すると、玲の母親は麗を見て興奮と喜びを混ぜ合わせた声を発する。
「うわっ~! レイさん! 本当にれいにそっくりね! 私の刺繍教室に双子のお母さんが来てるんだけど、双子っていいよね~。小さい時は同時に世話しないといけないから大変だけど、手がかからなくなると、本当にステキよね~」
玲の母親はすっかり麗に魅了され、「刺繍とか興味ある?」と聞く。
「はい、やってみたいです!」
「うわ~、いい子ね。れいはね、全く針仕事に興味ないのよ。レイさんが娘だった良かったな~」
「ちょっと、お母さん!」
「うふふ、冗談よ」
だが、この日。麗は玲の母親から刺繍の手ほどきを受け、その呑み込みの速さに、玲の母親は感心した。
そして、玲の父親が帰宅して、夕食となった。
「ほほう。君がレイさんか。本当にれいそっくりだな。一人暮らしをしているとか。もし、ご両親の許可が得られれば、我が家で住んでても構わないよ」
「そうっ! ねぇレイ、うちで住まない!? 絶対そのほうがいいって!」
玲も麗に提案する。
「今日と明日は泊まりますが、ずっと居るなんて、ご迷惑だと思います」
聞水家はかなり広い。60坪近い。
二階は一番広い部屋が母親の私的部屋兼刺繍教室。
次に広い部屋は玲の部屋。あと7帖ほどの部屋が2つあり、1つは父親の趣味部屋だ。
この残りの部屋を聞水家は麗の部屋とするように提案する。
一階は20帖ほどの吹き抜けのLDKと8畳の和室と9帖ほどの主寝室と広い風呂場。
トイレは一階と二階にそれぞれある。
この開いている部屋は何も置いてなく、同じ造りの父親の部屋へと聞水一家は麗を案内した。
「まぁ、色々とごちゃごちゃしてるから、狭く感じるけど、たぶん整理すれば大丈夫だと思う」
父親の趣味部屋はCDやオーディオ機器。更にレコードまで揃っていた。
麗はCDやレコードを眺める。
「ビートルズが多いですね」
「うん。私の父親が中学高校時代にリアルタイムでハマった、当時としてはレアな人でね。私は生まれてすぐに子守唄代わりに聞かされ、すっかり洗脳されたよ。母は父より10歳近く年下だから、よく文句を言ってたそうな」
「もし、ジョン・レノンが殺されなければ、この世界はどうなっていたんでしょうか?」
「ジョンが……ねぇ。ちょうど殺されたのは私が生まれた年だったな。どうなんだろう? 影響力のある人だったけど、特に世界は変わらなかったんじゃないかな? せいぜいもう一つ定番のクリスマスソングが増えただけじゃないかな?」
「ここは『War is over』な世界ですから、メッセージ性のないハッピーなクリスマスソングなんでしょうね」
玲はこの麗の発言にビクッとする。
ときおり麗はこのように「歴史上の分かれ目」を出しては、その後の世界はどうなったかを問うのだ。
4
聞水玲と分須井麗は三年生となった。
彼女たちは進路を同じ大学の推薦入試と決めているので、年内には決まる。
そして、二人はこの大学の同じ学部の学科への合格が決まった。
聞水家では二人の進路が決まったパーティが催された。
「大学だけど、ここから高校とは逆方向に10駅ほどね。レイさん、今住んでいるアパートから遠くなるから、私たちの家に住むのがベストだと思うんだけど」
そう玲の母親は麗に言う。
「そう! レイ、うちで生活しなよ! レイと一緒に大学に行きたい!」
玲も麗に懇請する。
「……分かりました。ありがとうございます。この家でお世話になります」
分須井麗は聞水家での生活を始める。12月の終わりごろ。
年が明ければ、進路も決まり、部活も引退しているので、卒業式まで二人は学校や家で共にゆっきりできる。
麗の部屋は玲の父親の趣味部屋と同じ広さだが、麗はあまり物を置かないので、勉強机とベッドと本棚があるだけ。
麗は自分の部屋より二回りは広い玲の部屋で、一緒にテレビを見ていることが多い。
「あっという間だね。レイが転校してきてからもう卒業か~」
「すごく楽しかった。これがずっと続いたらいいのにね。ありがとう。れい」
「楽しいことは、これからもっともっといっぱいあるよ!」
「えぇ……、そうなるといいね……」
どこか寂しそうな表情をする麗。
やっぱり実の両親とずっと離れているのは辛いのかな、と玲は思う。
「レイは友達とか親友とかじゃない! 多分私の分身。レイの悲しみも辛さも一緒に共有したい!」
いつしか二人は寝るときには、玲の部屋のベッドで共に寝て、眠りにつくまで色々なことを話し合うようになった。
卒業式の前日の夜。
パジャマ姿の玲と麗は、玲の部屋でベッドに入る。
玲が言う。
「明日は準備とか色々あるから、おしゃべりはそこそこにして、早く寝ましょ」
ベッドの中で麗は玲を抱きしめると、潤んだ瞳で返す。
「ありがとう、れい。そして、元気でね。あなたならきっとうまく生きて行けるから……」
そう言うと麗は玲の唇に自分のを合わせ、そのまま寝てしまった。
あまりのことに瞬時呆然とした玲だったが、なぜか眠気が襲って、彼女も寝てしまった。
5
「レイ~、今日は卒業式よ~。早く食べて終わって準備をしないと。お父さんはもう準備できてるわよ」
広い吹き抜けのLDKでテレビを見ながら、レイとよばれた少女は朝食を食べている。
「今日もいいニュースばっかり! 世界ってどんどん平和になるね!」
ちょうど某独裁国家の指導者一族が、自ら自身の権力の座から降りる、と報道されていた。
自国の全てを武装解除させるので、自分たちを安全な国で保護してもらう代わりに、自国と自国民の窮状を救って欲しい、との内容。
どうやら対峙している国に事実上の吸収併呑となるようだ。
イデオロギー的な、または宗教的な権威主義的な体制を敷いていた国家、あるいは軍事政権国家などは、このように自らの体制を自身で解体していき、内包する少数民族の大幅な自治や、場合によっては独立を認めている。
対立していた国々は、緩やかな連邦制をとったり、あるいは完全に相互の独立と主権を認め合っている。
聞水麗は準備を終え、両親と共に、卒業式へと学校に向かう。
◇ ◆ ◇ ◆
「……ここは、どこ?」
粗末なッベッドから一人の少女が起き上がる。
なぜか頭がくらくらしている。
暫く自身の名すら忘れていた。
「れい! 今日もやることがいっぱいあるわよ! 早く食事すませて!」
母親の声で少女は全てを思い出した。
「私は……、『分須井玲』。そう、安全を求め、世界中からやって来た人々が建国した『ラスペチア共和国』の住民……」
数年前のパンデミックと騒がれた疫病は収束する気配はなく、それどころか世界各地の紛争は苛烈さを増し、更にそれ以上に危険な疫病が世界中で猖獗を極めている。
紛争は拡大の一途をたどり、幾つかの国々は荒廃し、難民が溢れかえり、世界各地の死傷者に至っては途方もない数を計上している。
遂には核兵器も使用され、世界の3割近くは居住不可な地とされてしまった。
この状況下でも未だ争いは収まらず、一部の平和を願う者たちは、自国を捨て、敢えて荒廃した地に移り、「ラスペチア共和国」なる国を造り、相互に助け合いながら生活している。
分須井玲は両親に連れられ、このラスペチア共和国の住人となった。
玲がやることはこの国でのひたすらな労働。
ただし、午前中は学校だ。
学校と行っても、青空教室に近く、各有識者が人類のこれまでの英知を若者たちに伝える場である。
「……というわけで、かつて金星は『明けの明星』と『宵の明星』と別の星々と認識していました」
「……この世界でも、『金星』とは『経験的な真実』なのね」
教師の説明に玲は自分でも意味不明なつぶやきを発した。
午後。玲の労働中。
粗末なスピーカーから、ジョン・レノンとオノ・ヨーコの「ハッピークリスマス(戦争は終わった)」が流れている。
このラスペチア共和国の非公式な国歌とされている。
もしも夏のホラー2024のテーマが「分水嶺」だったら 【題名】:玲と麗 了
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