1話 千覚
千覚は、霊力の才能に優れ、今は修行の旅をしていた。彼は、日本各地を回り、霊力で妖怪などを退魔することもあった。
彼は山奥の道に入り、一晩野宿をして歩き続けると山間の村に出る。村に入ると千覚は村長の家へ迎えられる。
千覚は村長と話をする。
「この様な山奥に村があるとは驚きです。」「この村は平家の落人の村なのです。」
「ここに来る行商人は苦労しそうですな。」「行商人は村に来ることはありません。」
「必需品はどうしているのですか。」「村人が近くの村や離れた町まで買い付けに行くのです。」
「近くに村があるのならば行商人に来るように頼めば良いではありませんか。」「無理なのです。」
「どうしてですか。」「通り道の途中に岩屋があるのですが、そこからはガリガリ、ガリガリと音が聞こえてくるのです。」
「誰か調べたのですか。」「岩屋に入って出てきたものはいません。ですからあの道は村人が仕方のない時だけ通るのです。」
「それで行商人が来ないのですね。」「はい、恐ろしいところです。」
「私が明日、その岩屋へ行きましょう。」「だめです。入ったら出られたものはいないのですよ。」
「私は霊力の才に恵まれているため、何度も妖怪などを退魔してきているのです。岩屋までの案内をお願いします。」「ありがたいことですが、私の村ではお礼が出来ません。」
「もういただいています。泊めていただいているではありませんか。」「よろしくお願いします。」
翌朝、千覚は村人たちに案内されて、岩屋へ行く。岩屋は道から少し入った所にあるが道までガリガリ、ガリガリ・・・・・と音が聞こえてくる。
千覚は村人たちに聞く。
「あの音は何なのですか。」「わからねえ。四六時中聞こえてくるんだ。」
「あの音をたどればいいのですね。」「坊様、悪いことは言わねえ。やめた方がいいよ。」
「これは私の修行でもあるのです。」
村人たちは、千覚の無事を祈って合掌する。彼は音をたどって岩屋へ向かう。そして岩屋の入り口に立つ。中は真っ暗で何があるかわからない。
しかし、千覚は禍々しい気配を感じ取っている。感じる気配は妖怪とも違うが人間なら行きながらにして地獄にいるような輩に違いない。彼は気配を殺して足音も立てずに入って行く。
岩屋の中は岩が入り組んでいて奥が深かった。その闇の中を千覚は確実な足取りで音を発しているものの所へ近づいていく。
そしてついにそのものの後ろに立つ。それは千覚に気づかず、爪で岩をひっかく。ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ・・・・
千覚は丹田に力を集中して、気を体内で爆発させる。するとまばゆい光の玉が出現して岩屋の中を照らす。千覚の前には2メートル位の大きさのカエルの化け物のようなものがいる。
それは鋭い10本の指を持っていた。大きな口には鋭い牙が並んでいる。そして何より体が土色のぬらっとした皮膚に覆われており目は大きく見開かれている。
千覚は無謀にも会話を試みる。
「なぜ、ここにいる。」「おらあ、おっかあにここにいるように言われただ。」
「母親はどうした。」「飯を持って来てくれたけど、今は来ねえ。」
「哀れな。」「お前、おいしそうなにおいがするな。食わせてくれ。」
「私は食べ物ではないぞ。」「食わせてくれー」
化け物は千覚に向かってくる。千覚は気を両手に集中して化け物の腹に掌底を撃ち込む。彼は撃ち込んだ瞬間青くなる。撃ち込んだ気が体の中へ伝わらず、ぬらっとした皮膚の表面に伝わり拡散したのだ。
彼は体を仰向けに倒して化け物の股の下をくぐる。彼が立ち上がると化け物の右手の爪が上半身を切り裂く。そして、千覚の右腕を化け物の左腕が引きちぎる。
化け物は右腕をガリ、ガリと音を立てて食べる。千覚は多量の出血で意識が途切れる。
村人たちは夕方まで千覚が出てくることを待っていたが彼は出てこない。
村人は千覚のために道のわきに千覚塚を築く。この塚はここから奥には行ってはならない目印になる。




