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宮森さんと関わる時間は、まるで夢のようだと僕は思った事があった。ここでいう夢とは、好きな人や憧れの人と接することができる幸福な時間という意味では決してない。彼女は本当に夢を見たときのような、断片的で儚い記憶の中で僕に無責任な笑顔をむけている。
「限定販売の納豆クレープが食べたい」と家で休息をとっていた僕を宮森さんはいつものように強引に外へ連れ出した。クレープの名前を聞いて、食べたくなる要素がどこにあるのか僕には理解できなかったけど、僕の予想とは反して、お店の前には行列ができていた。
みんながみんな納豆クレープが目当てではないだろうが、少なくとも納豆らしきものが入ったクレープを持った人と3人はすれ違っている。
世の中は変わった人だらけだ。その中でも、今僕の目の前にいる人は別格だと改めて思う。
「君って不思議だよね」最後尾だった僕達の後に一組並んだ頃、僕は唐突にそう言ってみた。
「どうしたの? いきなり?」
そわそわと順番が来るのを待っていた彼女は振り返り、目を丸くして驚いた。そんな彼女の表情を僕は美術館で変わった絵を見るようにまじまじと見つめた。
「な、なに?。どうしたの? 私今日、そんなに可愛い?」
「なんで、見ることが可愛いってことになるのさ。僕はこの状況で楽しそうにしている君が不思議だなって思っただけだよ」
「楽しいじゃん!この待ってる時間が食べ物をより美味しくするんだよ!」
「そんな法則、僕はしらなかったよ。春とはいえ、もう4月だし、日射しが強い今日は並ぶのに適してない気温だってことはわかるけどね」
額に汗を滲ませた彼女は、はっとしたようにハンカチを取り出して汗を拭う。
「そんな事ばっかり言ってると女の子からモテないよ?」
「いいよ、別に。それよりなんで制服?」
「え?可愛い?」
「いつも見てるんだから、今更思うわけないだろ」
「へぇー、いつも見てるんだ~」
口角を緩ませ、目を三日月のように細めた。言葉にするよりもわかりやすく、彼女は僕をイジれる材料をえた喜びを顔に出している。
「いつも君が目の前に現れるから、不可抗力だよ」
僕は顔をそらして、そう答えた。確かに、僕はいつも彼女を見ているかもしれない。不可抗力ではあるけど、僕が一番観察している人は彼女で間違いないだろう。
「それで……」と僕は話を戻す。前を見ると、クレープまではまだかかりそうだ。
「それでって?」
「この暑い日になんで長袖の制服なんだ?」
「私服が良かった? 次私服できたら誉めてくれる?」
「そんなの、見てみないとわからないよ」
彼女はまた、吹き出したようにぷははと豪快に笑った。
「その答え、夏木君らしくていいね」
「そうですか……」
結局、なんで制服かを彼女は答えなかった。もちろん、僕もそこまで気になっているわけじゃないし、これ以上は聞かなかった。しかし、今日は休日で、学校はない。もしかすると、彼女の私服をほんの少しだけ期待していたのかもしれない。
ついに順番がきて、僕達は、念願の納豆クレープを買うことができた。
「すごい!本当に納豆が入ってるよ!」と彼女は無邪気な子供のようにはしゃいでいる。
「納豆クレープだからね、入ってるのは当たり前だよ。それより、これ…… 本当に食べれるの?」