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桜の下で会いましょう  作者: はづき愛依
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少女と少年②




「酷いものだったよ。最初はクラスメートの無視から始まって、次に私物の紛失、上履きや体操服がボロボロにされてた。僕を含む数人はイジメに加担してなかったけど、彼女が追い込まれていく姿を見ているだけだった。多分、担任も気付いてはいたけど、見て見ぬ振り」

「うそでしょ!?」

「だから問題にもならなかった。それをいいことにイジメはエスカレートして、陰で暴力を振るわれたり、机やSNSに誹謗中傷を書かれた。やがて彼女は不登校になって、再び僕たちに顔を見せることなく転校して行った」

「酷い……」少女は怒りを堪えた。「先生が一番残酷だよ。絶対助けられた筈なのに……そんなクラスから、学校から離れてよかったよ。正解だよ」

「僕もそれでよかったと思った……けれど、彼女は転入先でもイジメられたらしいんだ」

「そんな……」


 少女は、顔も名前も知らない彼女に降りかかった運命を悲しみ、呪った。たった一度、桜の木の枝を折っただけで?たったそれだけで?クラスの誰かがその瞬間を見ていて、噂と結び付けて故意にやったと信じたかった。


「人伝に聞いただけなんだけど、メンタルが完全に回復しないまま転入した所為なのか、クラスに馴染めなかったみたいなんだ。転入生ってただでさえ目立つのに、それで悪目立ちしたんだと思う」

「新しい学校でも、誰も助けてくれないの?」

「そんなことはないと思うけど。僕も詳しくは知らないんだ。辛くて、あまり聞けなかったから……」

「じゃあ、そのあとのことは……?」


 少女は聞いた。現在の彼女は元気なのか。学校に行けているのか。新しい友達ができて、毎日を楽しく過ごせているのか。まるで、自分の友達を心配するように。きっと辛い経験を乗り越えていると、希望を抱いて。

 少年は口を結んだ。出来事が起きた間に抱いた全ての感情が一瞬で湧き出て、表情がしかめられた。


「彼女は…………自殺した」


 少女は絶句する。風も吹いていないのに、桜の花びらがひらりと落ちた。


「彼女の母親から担任に連絡があって、僕たちに伝えられた。みんな沈黙した。担任も言葉に詰まってた。彼女に関わっていた全員が、自分が犯した罪を自覚した瞬間だったんだと思う」


 その時のことは、少年の中で昨日のことのように覚えていた。教室を占める異常な静寂。隣のクラスの声すら聞こえない、一瞬の暗黒。まるで、自分たちの教室だけが世界から切り離されたような、自然を不自然に終わらせた業を知らされているような、そんな気がした。

 その業の鎖を、少年は付けている。しかし、それを外せる鍵を持っていない。もういない彼女が持っていると、信じているからだ。


「僕は薄情だ。イジメられてる彼女を助けたかったけど、標的にされることが怖くてできなかった。イジメが始まってからも何度か会ったけど、彼女は気丈に振る舞ってたんだ。だから、時間が何とかしてくれるなんて安易なことを考えた。でも彼女は約束の日時に来なくなって、この本も借りたまま返せなくなった。きっと彼女には、恨まれてると思う。だからいつも約束の日時に来て、幽霊になった彼女が僕に会いに来ないかってずっと待ってるんだ」

「……謝りたいんですか?」

「どうしたいんだろう。わからないんだ。謝っても許してくれないとは思ってる。だから、もしも呪い殺したいなら、それでもいい」

「だから、罪滅ぼしって言ったんですね……でも、お兄さんはイジメてないんですよね。なら呪い殺される訳ないですよ」

「きみは怖い噂を信じないから、そう言ってるんだろ」

「それもちょっとありますけど。お兄さんが呪い殺されたなんて聞いたら、一週間眠れなくなりそうだし」

「本当?他人事なのに?」

「こうして隣り合って話してるんだから、私たちもう他人じゃないですよ」


 不思議な縁で同じベンチに座った、少年と少女。かつては、少年と彼女が秘密の時間を過ごした場所。

 少年は思う。あの頃とだいぶ違う。今は恥ずかしがることもないし、目を合わせられないこともない。もしも今とあの頃が逆だったら、状況は変わっていただろうか。男らしく彼女を守り、降りかかった運命を止めることができただろうか。桜の木の枝を折るのを強く止めることもできただろう。彼女の運命が変えられることもなかった。

 少年に散々汚名を着せかけた少女だったが、話を聞き、少年に巻き付き苦しめる鎖に触れた。


「それじゃあ。お兄さんがこのままじゃ自分を呪い殺しそうだし、折角の一期一会なので、いいこと教えてあげますね」

「いいこと?」

「その人、多分お兄さんのこと恨んでないですよ」

「どうしてそう言い切れるの。彼女のこと何も知らないのに」

「でも、気持ちの一部を知ることはできましたよ。本に挟まってるしおりを見て下さい」


 少年は言われるがままに本を開いて、少女が拾ってくれた押し花のしおりを見た。色が違う二種類の花が、押し花にされている。


「このしおりが何?」

「その花、シロツメクサとゼラニウムって花なんですけどね。シロツメクサが『私を思って』、赤いゼラニウムが『君ありて幸せ』って花言葉があるんです。それが、その人の気持ちなんじゃないんですか」

「……このしおりが、彼女からのメッセージだって言うの。まさか」

「まさかそんなって思いますよね。私も別に、絶対そういう意図だっていう自信がある訳じゃないんですけど。だから、お兄さん次第です。これからも罪滅ぼしの為にここに来るか、しおりをその人からのメッセージだと思ってやめるか」

「……きみの気遣いだろ」

「気遣いじゃなくて、お詫びです。こんな話だと思わなかったから、申し訳なくなって。恋バナだと思ってちょっとはしゃいじゃって、ごめんなさい」


 少女は隣の少年に身体を向けて、頭を下げた。自身のことはそんな大したことではないから、初対面でもあまり抵抗なく話せた。しかし、少年のその胸に抱える苦衷くちゅうは、誰にでも告白できるものではない。ただの興味で聞いてはいけないことだったと、深く反省した。


「頭を上げてよ……いつかは整理を付けなきゃならないってわかってたし、こんなこと意味はないかもしれないと思い始めてたんだ。でも、整理の付け方がわからなくて。だから、いいきっかけになった」


 少年には正直、しおりに挟まれた花の花言葉が、彼女のメッセージだとは思えなかった。けれど、許されていいのなら許されたい。彼女のことを永遠に忘れない代わりに、彼女にしてしまった仕打ちを忘れない。


「……そっか。そうだったんだ」


 少女は何やら、勝手に得心して呟いた。


「何?」

「私、何でお兄さんのこと気になるんだろうってずっと不思議だったんですけど、やっとその理由がわかりました」

「何だったの?」

「“会いたい”っていう思いが一緒だったから、気になってたんですよ。会いたい理由は違いますけど、大好きな人だから思いが漏れ出てたんですかね」

(僕、そんな電波みたいなの発してたのか?)

「もうこの世にはいないからこそ、その人を忘れない為に、“会いたい”は大事な気持ちだと思います。その人に対して抱えてるのが、どんな気持ちでも」


 少女のその言葉で、少年も何かがストンと落ちた気がした。


(そっか……なかなか整理ができなかったのは、そういうことなのかも)


 二人の前を桜を見に来た老夫婦が通りかかり、ベンチを譲った。二人はそのまま、桜並木の歩道を歩き出す。


「お兄さん。高校生って楽しいですか?」

「楽しいけど、大変だよ。勉強は一気に難しくなるし、テストで成績が悪かったら留年するんだぞ」

「ひえぇ!それだけは何としてでも避けたい!」

「せいぜい頑張りな」

「じゃあ私が頑張れるように、コンビニ行きましょうか」

「やっぱ奢らされるんだな」

「乙女の純情を踏みにじった罰ですから」

(何か、傷付けたことを理由に巻き上げられてる気がする……)


 少年は財布の中身を確認した。今月は節約しなければならなそうだ。損害賠償を支払う前に、ダメ元で少女に減額の交渉をしてみようと思った。


「あ。そうだ。私が手紙を結んでた理由って、実はもう一つあるんですよ」

「他にもあるの?」

「お母さんの田舎で、こんな言い伝えがあるんです。『桜の木に手紙を結ぶと、送った相手と一生の縁が結ばれる。好きな人なら両思い。家族や友達なら、どれだけ離れても絆が続く』って言われてるんですって。だから私も、天国とおくのお母さんに手紙を書いたんです。お兄さんも、手紙書いてみたらどうです?私みたいに、夢で会えるかもしれませんよ?」









 立夏が過ぎ、公園の池の周りがすっかり緑色に変わった、よく晴れたある日。見つけた蝶々を追いかけて、男の子が元気いっぱいに走る。


「ママー!はやくー!」

「待って。そんなに走らないで」


 母親は薄ら汗を滲ませて、わんぱくな我が子を追いかける。男の子は短い腕を伸ばして懸命に蝶々を捕まえようとするが、背伸びをしても届かない高さまで飛んで行ってしまった。

 惜敗したのも束の間。男の子の興味は違うものに向いた。


「……ねえママ。これなに?」男の子は上を向いて指差した。

「え?」


 親子が見つけたのは、桜の木の枝に結ばれた白い紙だった。


「何かしら。おみくじ?」

「おみくじってなぁに?」

「えっとね……」


 男の子が、母親を無垢な瞳で見上げる。母親は、どんな言葉なら幼い我が子に伝わるか考えた。


「そうね。お空の神様が、みんなを優しく温かく見守ってるよっていう、約束のお手紙よ」






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