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桜の下で会いましょう  作者: はづき愛依
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少年と少女②




「勝手に一方的に?」少年は怪訝けげんな顔をする。「読んでくれる保証がないのに、それなのに、何できみは手紙を結ぶの。続けてる理由は何?一体、誰宛に手紙を書いてるの?」

「手紙は、お母さん宛です」

「自分の母親?」

「私が手紙を結び始めたのは、お母さんとの約束がきっかけなんです」


 母親のことを思い出す少女は優しげな表情を浮かべ、桜の木を見上げた。


「お母さんとの約束?一緒に住んでないの?」

「もういません。一昨年の秋に、亡くなりました」

「あ……」少年はまた失態を犯した。「ごめん」

「いいえ。大丈夫です」


 少女は笑顔で言った。知らなかったとは言え、無神経に家族のことを聞いてしまった少年は後悔し、話の続きを聞いてもいいのか逡巡した。しかし少女は、そのまま話を続けた。


「病気だったんです。ちょっと治すのが難しい病気で」

「そうだったんだ……」少年は当たり障りのない相槌を選んで、話を聞いた。

「病気がわかってからはずっと入院生活だったんですけど、体調がいい時は外出が許されて、家で過ごすこともありました。その時には必ず、この公園に散歩に来てました。お母さん桜が好きだから、春に外出できると特に喜んだんです。毎年家族で桜を見に来るのが行事になってたくらいなんですよ」

「じゃあ、思い出の場所なんだ」

「そうなんです。特に、あの桜の木が好きでした。昔はもっと背丈が低かったから、子供の成長を見てるみたいで、大きくなった姿を見るのが楽しみだって。私がいるのにですよ?おみくじを結んだあの日も車椅子で来てて、きれいだねってお母さん喜んでました。家族三人で写真も撮って、また来年来ようねって話してました」

「おみくじは、その時のなのか」

「最初は、大吉だから持って帰ろうとしたんですけど、お母さんの病気がよくなるように願掛けに結んだんです。でも、意味なかったみたいで」

「もしかしたら、神社で結んだ方がよかったんじゃないの?」

「そうだったんですかね……あーあ。あの時、お父さんの言うこと聞いとけばよかったなぁ!」


 少女は、溜め息混じりに空を仰いだ。父親の注意を無視して、保証のない確信だけでおみくじを結んで安心していた。少女には、大吉のおみくじだけが希望だったのだ。恋愛の神様でも学業の神様でも何でもいいから、家族の望みを叶えてほしかった。


「お母さんが好きな桜の木だったから、もしかしたらお願い聞いてくれるかもとか思ったんですよね。何でそんなこと思ったんだろ」

「神様が宿ってれば、叶うこともあったかもね」

「あの桜の木まだ未熟だし、宿ってたとしても神様見習いだったのかなぁ。見習いにはちょっと荷が重かったのかなぁ」

「命は重いよ」

「やっぱ、そうですよね」

「実際にどれだけ重いかなんて、誰にもわからないけど。だから、なくなった時にしかわからないんだ。命をなくしたその人よりも、多分、身近な人の方が一番わかるんだ。生きてなきゃ、命の重みを知ることはできない……」


 少年は急に真面目腐って、そんなことを言った。少女はいぶかってジッと少年の横顔を見た。


「お兄さん。どうかしました?」

「え?別に。どうもしないけど」


 自分から微妙に空気を変えたことに自覚がなく、少年はそのまま話を続けた。


「おみくじを結んだのはその一回だけで、手紙に変わったのはその次からなんだ?」

「そうです。まさかこっそり読んだ人と知り合う展開になるなんて想像してなかったから、今になって、見ず知らずの他人に読まれる可能性をよく考えてからやるべきだったなって、だいぶ後悔してますけど」

「それはもう水に流そう」

「それは私のセリフです」


 少女が喉の渇きを訴えたので、少年は自動販売機でオレンジジュースを買って来た。少女はミルクティーがよかったと不満を零したが、しょうがないと言わんとする表情で飲んだ。


「で。そのあとに、手紙を結ぶようになったきっかけは?さっき、お母さんとの約束がきっかけって言ってたけど」

「お母さんとお別れする前に、約束したんです……私、バレー部入ってたんです。大会に向けて部活にも力を入れてた同じ時期にお母さんの身体がいよいよ、って感じになって。もういつそうなってもいいって、先生にも言われました。だから私、部活休んで毎日学校帰りにお見舞いに来るって言ったんです。そしたらお母さんにダメって言われて」

「何で?お見舞いに来てくれるのは、嬉しい筈だろ」

「私に気を遣ってくれたんです。私セッターやってて、部員のみんなからも期待されてたんですよ」

「へえ。凄いね」

「お母さんも、私の活躍をずっと応援してくれてたんです。コートで輝いてる私が好きだから、みんなと一緒に全国に行けるように頑張ってくれた方が嬉しいって。笑ってそう言ってくれたから、部活頑張って結果残して、お母さんに喜んでもらおうって思ったんです……その暫くあとでした」


 ふと、少女の声音が、桜の儚さを漂わせた。


「お母さんの容態が急変して、授業抜け出して急いで病院に行きました。ベットのお母さんは呼吸器を付けられて、目を瞑って静かに横たわってました。本当はずっと、呼吸器付けてたらしくて。部活を頑張ってほしいからって、私の前では付けなかったんですって。あとはもう、待つしかありませんでした。もう最後だからって呼吸器が外されて、お母さんと話しました。その時に、『あの桜の木に会いに来て』って……」

「それが、お母さんとの約束……」


 少女は浅く頷いた。ひとひらの小さな花びらが、少女の心の水面に揺蕩たゆたう。


「ここには最初、寂しさを紛らわす為に来てただけでした。でも、ただいるだけじゃ寂しさは消えなかった……初めて手紙を結んだのは、お母さんの誕生日でした。そしたら夢の中にお母さんが出て来て、ありがとうって言ってくれたんです。それが嬉しくて、それからは月命日に手紙を結ぶようになりました。ちゃんとお墓参りにも行ってるし、毎回夢に出て来てくれる訳じゃないけど、何だか本当に会って話してるような気がして」

「そうだったんだ……」


 魂だけとなった母親が本当に手紙を読んでくれているかは、わからない。少女はもう、分別のない子供ではない。それでも、母親宛に手紙を結び続けていた。大好きな母親を求めて。いつまでも大好きだと、伝えたくて。

 母親が「会いに来て」と言ったのは、自分の魂が桜の木に宿ることをわかっていた訳ではないのかもしれない。約束はきっと、少女が寂しくならないように愛を込めた、おまじないなのだろう。


「でも。それも終わりです」

「えっ。何で?」

「お父さんが県外に転勤するんで、私も付いて行くんです。ちょうど中学卒業したタイミングだったし。だからもう、頻繁には来られないんです」

「そっか……」


 母親に会いに来ていた少女は、母親との思い出の場所から遠く離れてしまう。約束が途切れて、手紙が送れなくなってしまう。少女の大切な時間が、なくなってしまう。そう思うと、少年は何だか切なくなった。

 少女はそんな少年の顔を覗いて、ふざけて言う。


「私の手紙をもう盗み読みできないって、残念がってません?」

「残念がってない。それでイジるのもうやめろって」

「だってお兄さん、イジりやすいから」

「年上をからかうのはやめなさい。寧ろ敬ってよ。親御さんに、そういう教育されてないの?」

「我が家の教えは、“どんな人とも仲良くする”なので」

「それ幼稚園児に言うやつじゃん」

「確かにそうだね。でもそのおかげで、嫌いな人は今のところいないんですよ。クラスメートとも部活の子たちとも仲良いし」

「それは羨ましい。幼稚園児レベルの教えが生きてるんだね」

「はい。そうやって教えてくれて、感謝してます」


 切なさを吹き飛ばすように、少女は笑った。可憐な花が、太陽に向かって咲くように。

 少年は少しだけ、その花を直視するのを躊躇った。少年はまだ、目の前の桜から目を逸らしていたかった。




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