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桜の下で会いましょう  作者: はづき愛依
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 私は桜の木と、血で繋がってる。




 よく『天高く馬こゆる秋』って言うけど、秋の空は本当に高く見える。葉を殆どなくした枝の間からでも、そう見える。不思議。でも私は、高くて遠い空より、近くの桜の木を見ていたい。

 この桜の木には、今は何もないのかもしれない。でもそのうち、私にとって価値のあるものになる。多分、きっともうなってる。

 秋の風が吹いて、桜の木の枝から二枚三枚と枯れ葉が落ちた。毎年見ている風景も、今年だけはより切なさを感じた。一本折れた枝が、より痛々しく見えた。


「何処に行ったのかと思ったら、ここにいたのか」


 桜の木の前に佇んでいると、お父さんが来た。いつものスーツじゃない嫌な黒い上下と、黒のネクタイ。私も、学校を休んだのに制服だった。


「ごめんなさいお父さん」

「……会えると思ったのか?」

「うん。でも、さすがにまだだよね。お別れしたばかりだし」

「そうだな。でも、そのうち会えるようになるさ」


 お父さんは大きな手で、優しく私の頭を撫でてくれた。

 私はもう一度、桜の木を見た。


「……おみくじ。もうないや」

「誰かが取ったんだろう。だから言っただろ。やめておきなさいって」

「大吉だったから願掛けで結んだのに。だからかな。おみくじがなくなったから……」


 やっと治まってきていた感情がぶり返して、私はぐっと堪えたくて顔を伏せた。堪えられなくても、今日だけは許される。明日になっても許される。でも、一ヶ月後はダメ。

 お父さんは私の頭を撫でてくれた手で、今度は肩を抱いてくれた。とても安心できた。安心して、感情が少しだけ溢れた。


「さあ。もう帰ろう。お母さん、もしかしたら家で待ってくれてるかもしれない」

「……うん」





 冬を越えて、温かい春がやって来た。私は久し振りに公園に来た。今年も桜がきれいに咲いてる。朝は人がいなくて静かだからゆっくり観賞できそうだけど、今日は時間がないから断念。

 今までも何度か公園には来てるけど、今日から少し趣向を変えてみることにした。私はある桜の木の前に立って、辺りを見回した。平日の朝だけど、いつもより早く家を出たから人通りはそんなにない。誰にも見られていないことを確認した私は、枝におみくじみたいに紙を結んだ。


「お誕生日おめでとう」


 読んでくれるかな。おみくじの時みたいに、取られちゃうかな。その前に、必ず読んでね。

 心の中でそうお願いして、手を合わせた。今までは、来ても眺めてるだけだった。それだけじゃ何の意味もないような気がしたから、これは初めての試み。私にとって価値があって、私にしか許されないこと。

 本当はいけないことだから、ちょっと罪悪感はある。でも、悪戯にしか見えないことでも続けようと決めて、始めた。





 翌月来たのも、平日の朝だった。私は紙を結ぼうと、先月と同じ桜の木の前に来た。桜はすっかり散ってしまって、花の代わりに深い緑色の葉と、小さな小さな赤い実がなっていた。

 季節の移ろいを感じたのも束の間、私はすぐに異変に気付いた。


「やっぱなくなってるかぁ」


 先月結んだ手紙がなくなっていた。他の枝を見たり、下に落ちてないか根本を探したけど、見当たらなかった。予想はできてたけど、がっかりした。


「そうだよねー。そりゃあ取るよねー。わかってたよ。でも、ちょっとショック……でも、やめないよ。私はできる限り続けるって決めたんだから」


 一回取られたくらいで、へこたれる私じゃない。これは私にとって価値のあること。本当は許されないけど、許されること。続けなきゃならないこと。だから私はまた、桜の木の枝に手紙を結んだ。


「約束だもんね」


 何度手紙を取られても、私はここに来る。この桜の木に会いに来る。

 その月から私は、毎月決まった日に公園に来て、必ず同じ桜の木に手紙を結んだ。結ぶ度に手紙は取られた。それでも私は続けた。雨が降っても、ちょっと寝坊しても、最高気温を更新した日でも。体調が悪い日とかぶっちゃった時は、お父さんにお願いして車で連れて来てもらって結んだ。





“あの日”から一年以上が過ぎた。公園は一年前と同じ、人恋しくなる風景を作り出していた。私も、公園で色んなかたちで寛ぐ人たちも、防寒をしている。

 今日は都合が付かなくて、来るのが午後になってしまった。人に見られないように朝の早い時間にしていたけど、今日ばかりはしょうがない。

 でも、今日は日曜日。よりにもよって、いつもより人が来る日曜日の午後!ベンチに座ってるおばあちゃんたちや、ペットの犬を散歩させてる人とかがちょいちょい通るから、私はどうしようと思った。でも諦めて帰りたくなかったから、隙ができるのを木の側でひたすら待った。

 二十分くらいして、やっとチャンスが巡って来た!私は速やかに手紙を結ぼうと、枝に手を伸ばした。

 誰にも見つかりませんように!

 細長く折った手紙を、輪っかを作って枝に結ぼうとした。その途中、男の人が通りかかって、結びかけの手紙を見られないように手で隠した。ドキドキする。私、絶対不審者だ。でもその人はスマホを弄ってて、顔を上げることもなく通り過ぎた。私のことには気付いてないみたいだった。


「よかったぁ」


 私は安心して、枝から手を離した。

 今月も何とかやるべきことを達成できたし、満足して帰ろうとした。するとその時、冬の風に乗って何かがひらりと私の足元近くに落ちてきた。それは、かわいい押し花のしおりだった。誰のだろうと視線を上げると、今さっき私の後ろを素通りした男の人しかいなかった。その人は、手にハードカバーの本を持っていた。背表紙の方を持って、いかにもしおりが抜け落ちそうな持ち方だから間違いないと確信した私は、拾ったしおりを持って駆け寄った。


「あの、これ。落としませんでしたか?」

「……あ。すみません。ありがとうございます」


 イヤホンをしていたけど、わざわざ片方を取ってぺこっと頭を下げてくれた。私より年上っぽいのに、年下の私にちゃんと敬語でお礼を言ってくれた。こういう人を好青年て言うのかな、なんて思いながら、その人の顔を見つめてしまった。


「……あの。何か?」

「あっ。すみません何でもないです」


 私は恥ずかしくなって後退った。自分の頬が赤くなったのがわかった。絶対変な子だと思われた。

 渡したしおりは、すぐ本に挟んでいた。適当にページを開いたように見えたけど、挟んだ場所は合ってるのかな?と思った。

 その人はもう一度ぺこっとして、去って行った。


「やば。私、一瞬変な人になっちゃった」


 その人は、何度か見かけたことがある人だった。前までは日曜日はお父さんと車で病院に行ってて、公園前を通る度にこの桜の木を見たくて窓の外を眺めてた。その時に、あの人のこともよく見かけていた。

 いつも本を持って、同じベンチに座ってるんだよね。本は開いてることもあるけど、ただ持ってることの方が多いかな。それにあの本。私が好きな作家さんのだ。


「あの先生好きなのかな。だったら、ちょっと話してみたいけど……」


 それとは別に、私は何か気になった。よく見かけてたから好きになったとかじゃないけど、それから何日も連続してあの人のことを思い出していた。

 好きになった訳じゃない!断じて違う!私の好みはもっと年上!だけど私は、よく見かけてた日曜日の午後に公園に行って、その人を観察することにした。「何か気になる」くらいで名前も知らない人を観察するなんて、普通の人は考えないと思うけど、ミステリ好きの私はちょっと探偵の真似事をしてみたくなった。

 探偵の心得!絶対に対象に気付かれてはならない!私は、“時間を持て余して何となく公園に来た女子中学生”を演じて、スマホを操作してる風にしながら、離れた木の陰に隠れてその人の様子を窺った。

 高校生くらいかな。いつも見かけると、本を持って池と広場が見渡せるあそこのベンチに一人で座ってる。で、時々辺りを見回してることがある……誰かと待ち合わせてるのかな。

 暫く木の陰から観察してみたけど、その人はベンチから殆ど動かない。もう一時間座りっぱなしで、トイレに行きたそうな素振りもない。

 対象があまりにも動かなくて退屈になった私は、アプリで遊び始めた。最近リズム系アプリにハマってて、友達とスコアで競い合ってる。月間MVPとか勝手に決めて、負けた人はMVPの人に何か奢らなきゃならないシステム。みんなおこづかい無駄遣いしたくないから、わりとガチ。

 やった!スコア上がった!この曲慣れてきたかも!

 ちょっと夢中になってレベル上げに成功して喜んでいたら、十五分くらい対象から目を離していたのに気付いた。

 しまった!あの人は!?

 対象を逃したと思って焦ったけど、時間が止まってるんじゃないかと勘違いする程、態勢も変わらずにその人はベンチに座っていた。

 それからはちゃんと注意深く観察していたけど、来て二時間くらい経った頃にようやく動いた。スマホを見て、辺りを見回して、立ち上がった。何かするのかな、と注目したけど、結局何もしないで帰って行った。


「待ち合わせの相手が来なかったのかな」


 次の日曜日も来て、陰から観察した。その人は先週と同じように、本を持って座っていた。そして時々辺りを見回して、二時間くらい経つと帰って行った。

 その次の日曜日は用事ができて行けなかったけど、翌週も私は公園に行った。その日は珍しく本を開いていたけど、読んでるような感じじゃなかった。退屈過ぎてあくびが出る。


「なーんにも起きないなぁ……待ち合わせをしてるのかと思ったけど、誰も来ないし。持って来た本を読んでる様子もないから、読書に来てるでもなさそう。ただ本を持ってベンチに座り続けて、時間になったら帰るだけ……習慣なのかな。て、公園のベンチでぼーっとする習慣てどんなの?もうおじいちゃんじゃん。て言うか、誰かを待ってるような仕草が気になる。もしかして、毎回約束を破られてるとか?さりげなくイジメられてて、それに気付いてないとか?仮にそうだったら、だいぶ鈍感ね」


 そんな感じで毎週日曜日の午後、その人はベンチで過ごしていた。毎回同じ風景を見させられる私は、時間ループを疑った。





 気温が少しずつ暖かくなってきた。マフラーが取れる日が近そう。今年ももうすぐ、満開の桜が見られる。

 私は今日も、木の陰に隠れて観察していた。今日でトータル何日目になるかなって指折り数えてみたら七日目で、もう三ヶ月くらい探偵ごっこをしていた。見つかってない自分が偉いと思う。もしかして、探偵の素質あるのかな。

 その人は今日も相変わらず。ただベンチに座って、時々本を開いてみたり、辺りを見回していた。


「やっぱり誰かを待ってるような素振りをするのよね。もしかして、待ち合わせじゃなくて、一方的に待ってるのかな?それって……」


 えっ。まさかストーカー!?毎週日曜日の同じ時間帯にいて、暇潰しのようにベンチに座ってるふりをして、目当ての女の人を狙ってる……!?えっ、ちょ、ヤバくない!?そんなことするような顔してないのに、犯罪者なの!?

 気付かずに犯罪者を観察していたことに私はおののいた。ヘタをしたら、私が狙われる。三ヶ月近くもこっそり観察してたことがもしもバレちゃったらどうなるんだろうって考えて、望遠鏡にしようかなって思った。





 そして、今年も春がやって来た。私が一番好きな季節。私が大好きな人が好きだった、桜の季節。

 観察を続けながら、ちゃんと手紙を結ぶのも忘れずに続けた。


「これを始めて、もう一年経つよ。最初は願掛けだったけど、今はもう近況報告みたいだね」


 桜の木に話しかけながら、枝に手紙を結んだ。毎月ここに来てこの桜の木と向き合っていると、不思議と寂しさが消える。何でかわからないけど、会えてるような気がしてるのかもしれない。

 この日は日曜日。午前中のうちに手紙を結んだ私は、観察する為にいつものように潜伏して、あの人が現れるのを待った。数十分後。やっぱりこの日も同じ時間に来て、同じベンチに座った。

 すっかり探偵ぽさが板に付いた私は思った。


「思ったんだけど、これじゃあ私の方がストーカーっぽいよね」


 別にあの人に恋をしてる訳でもないし、タイプじゃないから恋愛に発展させたい願望もないし、傍から見て「あの子、あの男の子が密かに好きなのかな」なんて勘違いされても癪だけど。でも、ストーカーはやめたいけど、あの人のことは何かやっぱり気になるし。ずっと同じ行動を繰り返してるのも、めっちゃ気になるし。


「どうしよう。このままじゃ私、ストーカーまっしぐらだ。勘違いされたくないしなぁ……犯罪者かもしれないけど、まだ予備軍かもしれないし。見た目の印象を信じて、思い切って話しかけてみようかな……」


 とか考えながら潜んでた。傍から見たら本当に、告白をしようか迷ってる子みたいだったと思う。でも正直、これ以上は続けられない。今日が決め時なのかなと思った。

 その時、公園に春一番が吹き荒れた。桜の花びらが風に舞って、春の雪を降らせた。




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