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桜の下で会いましょう  作者: はづき愛依
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 僕は桜の木に、鎖で繋がれている。




 春。新しい生活が始まる季節。期待と不安が入り混じる季節。そんな人たちを祝福するように、ソメイヨシノが白っぽい花を咲かせている。

 日曜日の午後の賑やかな公園に、僕は来ていた。池を囲むように並ぶ見頃の桜を見に、近所の人たちも散歩がてら来ている。花見をするくらいなんだから、日本人ならみんな桜が好きなんだろう。

 池には淡水魚がいて、所々で釣り糸が垂らされている。池の淵に腰かける人たちは今は“花より魚”で、水面からひょっこり顔を出すカメに冷やかされながらジッと釣り糸を見つめている。

 ここの公園は、親子連れも多い。遊具に夢中の子供たちも“花より遊び”、片手にスマホの母親も“花より我が子”だ。

 そんな僕も、“花より何とか”の人間だ。多分、この公園にいる誰よりも、桜には目もくれない。あまり視界に入れたくないからだ。けれど僕は、毎週日曜日の午後にここに来ている。ハードカバーの本を持ってベンチに座り、イヤホンで好きな歌手の曲を聞いている。それが、ある時からの習慣だ。


「何をしてるんだ。やめておきなさい」

「いいじゃん。大丈夫だよ」


 少し離れた所に、仲が良さそうな親子がいた。父親に制止されながら、中学生くらいの女の子が桜の木に何かしている。側には車椅子に乗る女性がいた。母親だろうか。


「あ。ねえ見て。ここ、枝がなくなってる。折れちゃったのかなぁ。かわいそう」


 女の子が、指を差して両親に教えていた。その桜の木の枝の一本が、不自然に短かったのだ。僕はその会話に少しだけ耳をそばだてたが、すぐに手元の本に視線を落とした。


「ねえ。あの噂って本当だと思う?」

「どうだろう。噂は噂じゃないか?お父さんは信じてないよ」


 やがて親子は帰って行った。釣りをしていた人影もぽつんと一人だけになり、イヤホンをしていてもわかる賑やかさもいつの間にか気にならなくなっていた。

 スマホで時間を見ると、夕方の四時を過ぎている。もう二時間が経っていた。僕は辺りを見回して、()()()()()()確認した。でも、何も変わらない。どうやら、今日も無駄な時間を過ごしてしまったようだ。僕は立ち上がって、家に帰ることにした。

 春とは言え、日が傾いてくると涼しくなる。肌寒さを感じると、季節はずっと繋がっているんだと気付かされる。

 桜の歩道を少し歩くと、僕はある桜の木の前で止まった。


「何だこれ。おみくじ?」


 枝に結ばれている白い紙に、目が留まった。公園のすぐ側に、誰もが知る神様が祀られている神社がある。お正月には地域の人たちが初詣に訪れる、由緒ある神社だ。


「神社で結べばいいのに、何で公園の桜の木に?」


 神社以外の場所に結んであることが不思議だった。きっと僕だけじゃなく、こんな所におみくじが結んであれば、誰しも不思議がるだろう。


「……まぁ。どうでもいっか」


 あまり桜を見ていたくない僕はただ不思議に思っただけで、理由を考えることもなかった。だから桜の木から速やかに離れて、家路についた。





 通っている高校へ行く道の途中に公園はあるけれど、寝て起きたらおみくじのことはすっかり忘れていて、確認することもなかった。次に思い出したのは、翌週の日曜日に公園に行った時だった。でもその時には、おみくじはなくなっていた。

 僕はおみくじの行方に気掛かりになることもなく、先週来た時と同じ場所のベンチに座った。歩道が、白いペンキをポツポツと落としたようになっている。満開のピークを終えて、桜が散り始めていた。儚い桜に切なさなど感じない僕は、持って来た本を開いた。

 いつもと変わらない日曜日の午後の空の下、本のページをナマケモノのごときペースで捲っていく。それ以外に何もすることはないから、時間を潰すのはちょっと大変だ。でも長く続けているから、もはや日曜日のルーチンだ。

 やがて肌寒さを感じると、夕方になったことに気が付く。僕は辺りを見回した。


「……来ない、か……」


 僕は諦めて、お尻が根を張りそうだったベンチから腰を上げ、家に帰った。

 あの不思議な現象は一度きりだったようで、それ以降起きなかった。毎週公園に来ていたけれど、春が終わった頃にはあのおみくじのことは僕の記憶から消えていた。





 季節が冬になっても、僕はルーチンを続ける。冬用の上着とマフラーを巻いて、近くのコンビニで買った温かいお茶と肉まんで身体を温めながら、イヤホンと本をお供にいつものベンチで時間を過ごす。

 桜の木はすっかり葉が落ちて、素っ裸だ。色をなくした風景と相俟って、物寂しさが際立っている。けれど、公園で遊ぶ子供たちのはしゃぐ声が、辛うじて物寂しさを和らげていた。ついでに寒さも吹き飛ばしてくれそうだった。

 寒いのに元気だよなぁ。僕もあれくらいの頃、あんなに走り回ってたっけ?

 遊んでいる子供を池越しに遠目から見ていると、時々羨ましくなる。世の中のことはまだ何も知らなくて、見ること聞くこと何もかもが新鮮で、毎日が楽しいだろうなと思う。

 あぁ。時間を巻き戻せたらなぁ……。

 ふとそう考えてはっとし、いけないと思い、垂れ流しにしていた曲に意識を向けて傾聴した。

 そして今日も、無駄に二時間が過ぎた。昼間の明るい時間が短いから、帰る時間が同じでも空はトーンが低い。僕の心の色といい勝負で、嫌いじゃない。





 それからまた時は過ぎ、新芽が芽吹き、厚手から薄手の上着に変えた頃。その現象は、一年振りに現れた。

 それは、再び桜が見頃を迎えた時期だった。いつものように日曜日の午後に公園に行くと、あの桜の木に白い紙が結んであった。


「何だこれ」


 ……あ。思い出した。確か去年も見たぞこれ。

 すっかり忘れ去っていたけれど、同じ桜の木で同じものを目撃して思い出した。

 また結んだんだ、おみくじ。何でまたここに……去年見た時と同じ人がやったのかな。

 僕はまた不思議に思った。でもそれだけで、やっぱり大して興味は抱かなかった。

 僕が興味を抱かなかった所為ではないけれど、次の日曜日に行った時には、それはまたなくなっていた。そしてその月に二度目を見ることはなく、またその一度きりかと思った。ところが翌月。たまたま平日に通りかかると、同じ木にまた白い紙が枝に結ばれていた。

 またあった。今度は二ヶ月連続だ。

 次に行った日曜日にはやっぱりなくなっていたが、翌月になるとまた結ばれていた。そこで僕は日曜日以外にも、学校の登下校時にも気を付けて観察してみた。そしたらその翌月も、翌々月も、現れては消えていた。興味がなかった僕だったが、毎月必ず現れるようになった現象がさすがに気になり始めた。

 何であそこの神社で引いたやつを、わざわざ公園の桜の木に結んでるんだろう。何かご利益があるのかな。でもそんな話聞いたことないし、絶対神社で結んだ方が効き目あるだろ。こんな、枝が折られた桜の木より……。


「まあ。引いたおみくじは持って帰って、時々読み返すといいって聞いたことあるし。粗末に扱わなければ、どうするかは自由なんだろうけど……」


 去年の春に一度しかしてないことを、何で一年経ってから再開したんだろう……。

 嫌いな桜が僕の気を引こうとしているのか、それとも意地悪をしているのか。僕はいとわしく思いながらも気になった。

 春を過ぎて夏になり、秋になっても現象は続いた。


「それにしても、何で同じ桜の木なんだろう。多分、同じ人がやってるんだろうけど。何か特別な意味があるのかな」


 この桜の木に結ぶと願いが叶いやすいとか、凶だったら運勢がよくなるとか、そういう噂があるのか?





 現象が再び確認され始めて、初めての冬が訪れた。桜の木におみくじを結ぶという行為が、半年以上も続いている。目もくれたくない筈の葉が落ちた桜の木の前に立つ僕は、枝に結ばれたそれをじっと見つめた。

 曜日関係なく、月に一度結ばれるおみくじ……クラスの女子に、桜の木とおみくじに関する噂がないか聞いてみたけど、そんな噂知らないって言ってたし……て言うかこれ、本当におみくじなのかな。神社がすぐそこだし、白い紙だからおみくじだと思い込んでたけど、もしかしたら違う可能性も……。

 僕はとうとう、この奇妙な現象が続く理由を考え始めてしまった。ところが考え始めた直後、やって来た年配の男性によって思案はすぐに中断させられてしまった。おみくじらしき白い紙が、枝から外されてしまった。


「あ」

「ん?」

「すみません。何でもないです……」


 ほうきとちりとりを持っているから、多分、公園のボランティア清掃員だ。男性は取ったそれを、躊躇することなく蓋付きのちりとりに放り込んでしまった。


「……あの。それ、誰が結んでるか見たことありますか?」

「は?見てないよ」


 手懸りが掴めるかと思ったけれど、僕を睨むように無愛想に答えた男性は、清掃を継続しながら去って行った。

 いつも清掃員さんが取ってたのか。しかも、躊躇なくゴミとして扱った……あの清掃員さんは、結ばれた紙を見つけては取って捨てている。捨てていると言うことは、おみくじじゃないんだ。最初はおみくじだったような気がしたけど、途中から他のものに変わってたってことなのか。だとしたら、あれは何なんだろう。何かの目印?それとも、特定の誰かに何かを知らせる為の、秘密のメッセージ?

 僕は、ベンチに座るのも公園に来ている本来の目的も忘れ、腕を組んで行為の目的を推測し始めた。

 何かの目印やメッセージだったとしても、取られるまでに相手が目にしてなきゃ意味がない。取られてしまうまで数日、早ければ数時間だろう。結んでる人も、取られることをわかっていながらやってるだろうから、そこは何かしら対策をしてなきゃおかしい。でも、これじゃあ無策だ。連絡を取ってるならいいけど、そうじゃないなら相手が見逃す可能性がある……。


「おみくじじゃないけど、目印やメッセージでもないのか?てことは、ただの悪戯……?でもこんな悪戯、何ヶ月も続けるか?」


 月に一度だけの悪戯を根気よく?絶対途中で飽きるだろ。やっぱり、何か意味があるんだ。じゃなきゃ、何ヶ月も続かない。まるで、結ぶこと自体に意義があるように……。


「そもそも、誰がやってるんだろう」


 僕が公園に来ると、大体もう結ばれてる。僕が主に公園に来るのは、日曜日の午後。でも平日にも見かけたから、毎週日曜日に必ずある訳じゃない。だから、曜日に法則性がある訳じゃない。それから、見かけるのは午後だから、午後になる前には結びに来てる。朝から昼頃の時間帯に、この公園を訪れてるってことだ。その時間帯に行動する人か。そうすると………。

 僕は頭の中で候補を上げていくが、程なくして絶望した。


「ダメだ。対象になる人がい過ぎる……」


 幼い子供を除いたとしても、通学する小学生からおじいちゃんおばあちゃんまで誰でもできる。全員対象じゃん。

 動機から考えようにも、その動機すらさっぱりわからない。僕は早くも考えるのを諦めようとした。

 すると、僕のスマホが鳴った。ズボンのポケットから取り出すと一緒に自転車の鍵が落ち、拾おうとして屈んだ。その時、桜の木の根本に、枯れ葉と雑草に隠れて土で汚れたゴミが落ちているのを見つけた。紙みたいだった。恐らく、元は白い。ちょうど木の枝に結べそうな、細長い形に折られていた。


「もしかして……」


 僕は善良な市民になった訳じゃなく、直感に従ってゴミになったそれを拾って元の形になるように広げた。それには文章が書かれていた。おみくじじゃなかったけど、恐らくは先月この桜の木の枝に結ばれていたものだ。


「結び方が甘くて落ちたのか」


 雨曝しにされたようだが、そこまで状態は悪くなってなかったので書かれていた文章も読めた。

『聞いて!この前、気になる男の子と初めて話せたんだよ。めちゃくちゃドキドキして、話してる最中に顔赤くなってないか心配しちゃった。友達には連絡先交換しなよって言われたけど、恥ずかしくてできなかったよー。でも今度、勇気出して聞いてみようかな。頑張ってみるね!』


「手紙?」


 書き方からして、誰かに宛てた手紙みたいだった。文体から推測して女の子だ。僕と同世代ではあるけど、年は少し下のような印象だった。


「おみくじじゃなくて、手紙を結んでたのか。恋かぁ。青春してるなー」


 僕はそんな気分にはなれないけど。でも、何でわざわざ桜の木に?友達宛てなら、直接やりとりすればいいのに。そういうルールでのやり取りなのかな。

 一体どういうもので誰が結んでいるのか、何となくわかってきた。けれど、手紙を桜の木に結んでいる理由が明確にならなくて、解決とはならなかった。

 何故、手紙なのか。何故、月に一度なのか。何故、結んでいるのか。それが何故、桜の木なのか。考え出すと、余計に気になってしまった。

 ()()()()()()()()()()()()()………。





 それからも僕は、自分が公園に行く目的を半分忘れながら、桜の木に結ばれる手紙のことを考えた。日曜日以外にも公園に立ち寄ることも、前より増えた。手紙を結んでいる人に遭遇しないかと少しだけ期待して行ったけれど、それらしき人物と会うことはなかった。

 そして、桜の季節を迎える手前に差し掛かった、ある日の午前ことだった。僕は友達と買い物に行く為に、バスに乗っていた。

 公園前にもバス停があり、土曜日だったその日は乗車して来る人が度々いて、公園前でも客を乗せる為にバスは停車した。公園が見える窓側の席に座っていた僕は、ふと外を眺めた。その時、あの桜の木の前に立つ人の姿を見つけた。


「あっ!」

「ん?どした?」


 隣に座っていた友達が僕に聞いたけど無視した。後ろ姿だけれど、やっぱり同世代の女の子だった。

 折角ニアミスしたのに、無情にもバスは発車する。結局、その子の顔は見られなかった。




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