7.遠回り、のち……
<エドワード視点に戻る>
話し好きの元同僚に捕まって随分と時間を取られてしまい、早くマリーの元へ行かねばと急ぎ戻る。
(ありゃりゃ、遅かったか)
予想通りというか何というか、ご婦人方に絡まれている。
自分一人で参加すれば、私自身に絡んでくるし、パートナーを連れて行けばそちらに向かうというのは分かっていたこと。ただ大きく違うのは、私に来るのは友好的にであるが、パートナーに対しては敵対的に来るであろうということ。
「本日はエド様のご要望で同行いたしておりますので、理由が知りたければエド様にお伺いください」
……どうやら私はマリーを甘く見ていたようだ。ご婦人方の顔を見るに、平民相手に嫌味三昧で泣かせてやろうとでも思っているようだが、彼女はその発言に対し平然と切り返している。
それこそ自分が守らねばならぬ気張っておったのに、いやはや、あれだけのご婦人に囲まれながら、堂々と対峙している姿を見せられては、私の出番など無さそうではないか。
「言わせておけば!」
(ただ、少しやり過ぎたようだな。そろそろ止めに入るか)
ご婦人の1人が持っていた扇子を振り上げるところを見て、心得があるマリーもスッと身構えてはいるが、反撃すれば平民が貴族に手を上げたと煩く言う輩が出てくるし、放っておいてマリーが叩かれれば私が黙っているわけにはいかない。
「何が言わせておけばなのかな?」
ということで、穏便に済ませるように間に割って入ることにする。
「マリー、何かあったのか?」
「初めてお会いする方達なので、ご挨拶をしておりましただけですわ」
「その割には随分と騒がしいようであったが?」
「お恥ずかしい。少々話が盛り上がってしまっただけです」
マリーがご婦人方にそうですよねと同意を促すと、ご婦人方は「そ、そうですわね」なんて言っているが、どう見ても顔が引きつっているぞ。
「ご婦人方、お話が盛り上がっているようだね」
「おや陛下、もう挨拶はよろしいので」
「やっと終わったから身体を動かそうと思ってね……おおそうか、皆はマリーとは初対面か。挨拶でもしていたのかな」
「はい陛下。皆様とは初対面ですので、ご挨拶しておりました」
「そうかそうか」
不穏な空気を知ってか知らずか、参加者からの挨拶を一通り終えたブライアンが近づいてきた。
突然の国王の乱入に、ご婦人方は畏まっている。彼がマリーと親しく会話していることもあって、尋常ではない畏まり方だ。
「彼女は私の同級生でね。学生時代、生徒会活動を一緒にやった仲なんだ。私の側近達で年の近い者は、学園で一緒になったこともあるから、知っている者も多いと思うよ」
ご婦人方の様子から状況を感じ取った陛下は、そういうわけだから、オマエら変なマネしない方がいいよと釘を刺すために、マリーが自分の知己であることを公言する。
「平民の出ではあるけど、学園時代の成績も優秀でね。昨年までは隣国リゼルの王宮で女官を務めていたから、下手な貴族よりもマナーには精通しているんだよ。それと、彼女はエドワードのお気に入りだからね。これからみんなも仲良くしてあげるんだよ……いいね」
ニコニコしながら話しかけていたが、最後のところだけ王族の威厳オーラ全開で、半ば脅しのように言うものだから、ご婦人達は首振り人形のように頭だけカクカク頷いている。
「と、まああれくらい言っておけば、ご婦人ネットワークでアンタッチャブルな存在だと知れるのも時間の問題だろう」
この場に居続けるほどの胆力があるはずもなく、礼もそこそこにそそくさと退散するご婦人方を尻目にブライアンが笑ってそう言い放つ。
「それはいいんですが、陛下……マリーがリゼルの王宮で働いていたことを知っているのは……」
「そうだね、今日呼んだのはその話をしたいのもあるんだよ。……場所を変えようか」
陛下が真剣な表情で言うので、余程大事な事なのだろうと首肯すると、侍従に人払いをするよう告げ、マリーと3人で無人のバルコニーへと足を運ぶ。
「ブライアン。お前、全部知っていたんだな」
誰も聞いていないから遠慮せず名前呼びで真相を質す。
「他国の平民が王宮で女官を務めるなど、何かの伝手が無ければありえない話。だが、母后が隣国リゼルの王女であった君が絡んでいるとすれば合点がいく。違うか?」
「その通りです」
「何故だ?」
「ギブソン家の婿に先輩を推薦したのは私なんです」
陛下は学生時代から私のことを高く評価してくれて、いずれ自身が王になれば側近にと思っていたようで、私の学園卒業前に身分不相応とも言うべきポストを用意してくれていたのだが、私はそのお心遣いをありがたいと思いつつ、実力でのし上がろうと私は就職先に王宮の下級役人を選んだ。学園で王族の世話役をしたわけで、エリートコースを歩める権利を持ってはいたが、個人的には彼の知遇を得られただけでも十分と思っていたからだ。
だが陛下はどうしても側に置きたいとお考えになり、継ぐものがない子爵家の次男坊という身分がネックならばと目を付けたのがギブソン侯爵家への婿入りだったのだ。
「幸いルチアさんと先輩は幼馴染で気心も知れていたから、どうかなって彼女に話をしたんだ。もちろんマリーのことも含めてね」
「なんであのとき言わなかったんだよ」
「それは私の見通しが甘かったと言わざるを得ません。第二夫人の話なんて受けるはずがないのは、先輩の性格を考えれば分かったのにね……」
つまり当時のブライアン王子は、私を側近として登用しやすいようにと婿入りの話をする見返りに、彼の後ろ盾をルチアに確約し、侯爵家の家督相続の混乱を収めようとした。ルチアがマリーを第二夫人にとを言っていたのはそういう背景があったんだな……
「理由を聞きもしないで早まったということか……」
「先輩が悪いわけではありません。あのころのギブソン家を考えれば、先輩がそう判断したのも納得できますから」
私がマリーを迎え入れることによるリスクを考え別れてしまったことで、陛下は彼女の身の振り方を考えることになった。形の上では綺麗に別れたことにはなっているが、私の弱みを握らんとする者が彼女の存在を知り、邪な考えを持って接触しないとも限らないと、その身の安全を最優先に母后の祖国であるリゼルの王宮に推挙したんだそうだ。
「まさか隣国の王宮で勤めていたとは思いもしなかったが、マリーから話しを聞いて、ブライアンが1枚噛んでいればあり得るなとは思った」
「さすがに隣国の王宮勤め、しかも王女付きとなれば軽々に手は出せないでしょう」
「やはり……ルチアが言っていたある方というのは」
「私です。二人には迷惑をかけました」
そう言うとブライアンは深々と頭を下げる。
「陛下、臣下に頭を下げてはなりません」
「しかし……」
「王国の重鎮である侯爵家の内紛が政情に影響を及ぼさぬように、つまり陛下はこの国のためにとお考えになられたのだ。何も恥じることはございません。それに……こうなった責任は私にもある」
「陛下、エド様、いいんですよ。遠回りはしましたが、皆様のおかげでこうやってまた巡り会えたのですから」
「マリー、すまない……先輩、俺がこんなこと言うのは違うかもしれない。私もルチアさんも返しきれないくらいの恩があるのに、また頼み事かよと思うかもしれない。でも、マリーを、先輩のことを想い続けた彼女を妻にしてやってくれないか。国王としてではなく、彼女の友人として……お願いします」
陛下は私が、王が頭を下げるんじゃないと言ったせいか、マリーの友人として頭を下げてくる。
「ああ、頼まれなくてもそのつもりだ。ここに連れてきた時点でそれは決めていたことだ」
そう呟くと、私はマリーに向かって跪き、指輪の入った小箱を開いて差し出す。
「マリー、今更だけど、私の妻になってくれるだろうか。これは今日のために用意してきた」
「エド様……本当にいいんですか……」
「ああ、随分と回り道になってしまった。私の思い込みで辛い思いもさせてしまった。君さえよければ、今まで会えなかった分まで君と共にいたい」
「どうしてもですか?」
「どうしてもです」
「はい……私も……エド様のお側にいたいです……」
そんな二人の光景をウンウン頷きながら、ブライアンがおもむろに声をかける。
「おめでとう。二人の結婚、余が証人となろう。末永く幸せにな」
「おい、何いきなり国王の威厳出してんだよ」
「雰囲気ですよ雰囲気」
その後、日を改めて二人の婚約が発表された。
国の安寧に尽力した功臣と、一度は離れ離れになってもなお、彼のことを想い、再び巡り会って添い遂げることとなった女性の物語は、美談として後世まで語り継がれることとなる。
お読みいただきありがとうございました。
明日は最終話、結婚後のお話となります。
よろしくお願いします。