6.パートナーとしての覚悟
後半はマリー視点です。
あれから3ヶ月後、王城でのパーティー当日がやって来た。あの日の約束通り、マリーを正式なパートナーとして連れ立っている。
王宮に彼女を同伴して参加すると申し出たときにはどんな反応をするのかと思ったが、何も無く申請は「諾」と受理され、いささか拍子抜けであったが、どうせアイツにとっては想定内だったのであろうな。
「こちらでしばしお待ちくださいませ」
会場は爵位が下の者から順に入場を済ませており、既に多くの人で賑わっているが、私は息子であるジョン夫妻に続いてということで、参加者の中でもかなり後半の入場になるため、入口で順番を待っている。
「前ギブソン侯爵エドワード様とパートナーのマリー様のご入場です」
私の名前が呼ばれると、一瞬会場内がざわつき、何故だか衆人の注目を集めることになってしまった。ここ1年近く都に来ることもなく、領地で隠棲していた隠居が呼ばれていたということへの驚き以上に、私が隣に女性を連れていることが原因であろう。
妻と死別してからこのかた、再婚しない事情を多くの者は知ってはいたが、いつまで経っても独り身でいるせいで、いつしか女の影一つ見えない堅物などと言われるようになった私である。その証拠に、私の名に続いてマリーの名が呼ばれると、一同揃ってまさかあの男が女性を連れてくるなんて、天変地異の前触れかと言わんばかりの顔をしている。
ホントにそう言っていたわけじゃ無いぞ。そう言わんばかりだという比喩だぞ。
「なんだか視線が集まってますね。緊張します」
「よほど私が女性連れなのが珍しいんだろう。自信を持て」
最初こそ驚いてはいたが、そこは百戦錬磨の貴族達。連れてきた女性はどんなものかと品定めしているようだ。好きなだけ見ればいい。侯爵家の総力を挙げてドレスアップした彼女は、元がいいこともあって、そんじょそこらの貴族のご婦人よりも貴族然として、ケチの付けようなどありもしないのだから。
ドレスは国一番の職人が時間ギリギリまで意匠を凝らした特注品。ホントは深紅色でど派手に出てやろうと思ったのだが、「そんな派手な色……年を考えてください」とマリーに速攻で却下され、落ち着いた濃紺色のドレスである。
「地味ではないか」
「これを付けるにはこういう色の方がいいんです」
そう言ってマリーが取り出したのは、パールのネックレス。生前のルチアに贈られた品だそうだ。
「勝手かもしれませんが、これを付けていればルチア様も側にいてくれるような気がして……」
「そうか……」
ネックレスの他にも小物は白系で統一したことで、上品で落ち着いた雰囲気の仕上がりになっている。身びいき? 違う、事実である。
「さて、まずは陛下にご挨拶に行こうか」
周囲がヒソヒソと私達のことを何やら話しているが、国王への挨拶が済んでいないので、それらには目もくれず先を進む。
「陛下に会うのはいつ以来だ」
「お会いするのは学園を卒業して以来になります。なので、覚えていらっしゃるでしょうか」
「心配いらん。平民のマリーを連れて行くと言って、何も言われなかったのだから、アイツも分かっているんだろう。もし忘れていたらぶん殴る」
「まあ怖いですわ」
そして挨拶の順番待ちの末、国王陛下と王妃殿下への拝謁となる。
「お招き頂きありがとうございます。また、陛下にはご健勝のほど、お慶び申し上げます」
「エドワード、久しぶりではないか。招待を断ると思っていたのだがな」
「ご冗談を……陛下の招集に否とは言えますまい」
「はっはっは、冗談だ。しかし、お主が隠居してから話し相手がいなくて退屈だ。たまには顔を見せに来い」
先輩後輩の間柄ではあるが、君臣の別を弁えねば群臣に示しが付かないので、衆人の目がある場ではキッチリと君主と臣下を演じ続けて30年近く。慣れたものではあるが、今日は久しぶりの再会のためかブライアンが饒舌、かつ、いつもより偉そうである。そんな冗談を言うほどヒマではなかろうとちょっとイラッとしたが、自分の挨拶に続いてマリーを紹介する。
「覚えているとも。久しいなマリー、息災であったか」
「お久しぶりでございます陛下。お陰様で息災に過ごしておりました」
良かった、覚えていたようだ。もし覚えていなかったら、はっ倒すところであったよ。
「エドワードにはよくしてもらっているか?」
「はい。大事にして頂いております」
(やっぱりな……事前に来ることを知っていたとはいえ、マリーはつい最近まで消息が分からなかったのだぞ。なのに、彼女が私のところにいることを知っているかのような口ぶり……)
「先輩、ようやく決心したんですね」
「ちょっとお待ちください。何故陛下がそのことを……」
「まあまあ、それはまたあとで話そう。今は挨拶待ちが大勢控えているから。なっ」
肝心の答えを聞けぬまま、挨拶が終わってしまったが、どうやらブライアンも1枚どころか、2枚も3枚も噛んでいるとしか思えない。
<マリー視点>
「エドワード殿、久しぶりですな。今日は美しいご婦人をお連れのようで……」
「羨ましいですな。ようやく春が来たのですね」
「ああ皆様ご無沙汰しております。こちらの者は……」
旦那様は今までほとんどの時間を王都で過ごしていたせいか、1年弱という期間会わなかっただけで、旧知の方が引きも切らさず、久しぶり、ご無沙汰してますと挨拶に来られます。まあほとんどは私のことを聞きたいという目的もあるのでしょう。
「まさかあのエドワード殿が女性連れで現われるとは思いませなんだ」
「堅物がまさかと思われたか?」
「いえいえそのようなことは……しかしどちらでお知り合いになられたのですか?」
「ああ、それですか……あまり本人の目の前で話すのも気恥ずかしいな……マリー、すまないがしばらく外していてくれるか」
「かしこまりました。では私はあちらで少し、お飲み物をいただいております」
「うん、すぐに向かうから」
男同士でしか話せないこともありますので、ここで居座るのも野暮というものです。旦那様の元を一時離れ、給仕から飲み物をいただいた後、しばし壁の花と化そうかと思います。
が、私も長く社交界を見てまいりました。立場はホスト側の小間使いだったり、夜会に参加する王女殿下のお世話役ではありましたが、貴族の世界を知る者としては、このまま壁の花で許してはくれそうもないんだろうなと薄々感じてます。
生前のルチア様から頂いた手紙にも書いてありました。
『もし貴女がエドワードの隣に並び立つ日が来たとして、必ずそれを快く思わない方は現われます。彼が隣にいるときは必ず貴女を守ってくれるでしょうが、立場上、女だけの世界に入る機会もありますので、その時は自分でどうにかしなくてはいけません。その覚悟は持っておいてくださいね』
(この状況……そうですよね)
1人壁に背を付けたままの私の様子を窺う多くの視線を感じ、そっとルチア様から形見と贈られたネックレスを触ってみる。
(もちろん覚悟はできています。ルチア様見ていてください……)
それから何度となく、私に話しかけようとする方と目が合いましたが、こちらがニッコリ微笑むと途端に目を逸らされます。
(絡んで来ないのかい!)
こういう時は嫌味なご令嬢やご婦人に取り囲まれて……という状況を想定して身構えておりますのに、全然来てくれません。
「つまんないわー」
「ちょっとよろしいかしら」
(来た!)
構えすぎたかなと思っておりましたが、ようやくとあるご婦人のグループに取り囲まれます。雰囲気から察するに、楽しくお話ししようという態度ではなさそうですね。
「貴女、見ない顔だけど、どちらの家の方かしら?」
「皆様にはお初にお目にかかります。前ギブソン侯爵エドワード様のパートナーでマリーと申します」
「そんなことは知っているわ。どこの家の方かとお伺いしているの」
「ですから、マリーと申しております。平民なので姓はございません」
その瞬間、ご婦人方は馬鹿にするような声で「平民ですって!」と大仰に驚かれております。さっきから私のことを見てヒソヒソしていたから、絶対知ってて言ってるよね。
「あら、まさか平民の方が混じっていたなんて、思いもしなかったわ~」
「貴女、ご自分が王家のパーティーに参加できる身分だと思っているの」
「ホントに。分を弁えたらいかがかしら」
ここぞとばかりにご婦人方の口撃が始まりますが、言われることはほとんど予想してましたので、怖くもなんともありません。
「何か問題があると仰いますか?」
「問題も問題よ、栄えある王家のパーティーに平民が紛れ込んでいるなんて前代未聞よ!」
「私の参加はエド様を通じて、事前に王家のご了解を得ておりますが?」
「だから何よ」
「王家からの回答は『諾』でございます。が、皆様の言い方はその王家のご判断に異を唱えるもの。これは王家批判と受け取られかねない失言とお見受けしますが?」
王家の名を出すとご婦人方は一瞬たじろぎましたが、すぐさま平民の分際で王家の名を出すなど不敬であると気色ばみます。私の発言に王家を貶める要素は一切無いのに、どの辺が不敬なのでしょう? じっくり語り合いたいところですが……互いを尊重して理性を持って語らってこそ通じ合うものですから、多分この方達では話になりませんね。
「だいたい貴女みたいな年増がどうやってエドワード様に取り入ったというの。何か弱みでも掴んだのかしら」
「本当ですわ。引退されたとはいえ、エドワード様はまだまだお若いのに……その座は若い方にお譲りになった方がよろしいのではなくて?」
絡んできた方達は本人か身内かは分かりませんが、恐らく旦那様に取り入ろうとした経験がおありの人達ばかりなのでしょう。思い出しますよ……学生時代に当てこすりをしてきたご令嬢達と雰囲気がソックリですもの。
しかし……年増年増と煩いな。たしかに貴女達が言うように年は重ねているけど、その分こっちも図太くなりました。10代の頃の何も知らない時分なら怖くてガタガタ震えていたかもしれませんが、お陰様で私の人生経験は、ただの平民では経験できないようなことを多く吸収させて頂きましたので、その程度で怯むほど弱くはありませんよ。
「本日はエド様のご要望で同行いたしておりますので、理由が知りたければエド様にお伺いください」
「なっ……エド様なんて、随分と軽々しくお名前を呼ぶなんて……」
「本人にそう呼べと言われてますので。あとそれと、彼は私ごときに簡単に弱みを掴まれるような愚かな方ではございませんし、どうしても彼の隣に立ちたいと仰せなら、エド様本人にご了解を取り付けてからお越しくださいませ」
ご婦人達ワナワナ震えております。周りに人が大勢いらっしゃる状況で、あまり無体なことをされる可能性は少ないと考えて、若干煽りすぎた感はございますが、平民ごときに煽られてプルプルしているようではまだまだですね。
「言わせておけば!」
一人のご婦人が、手に持っていた扇子を振り上げるのが見えます。叩くならご自由に……ですが、こちらも王女殿下の側仕えをしていた身。ご婦人の非力な打擲程度は跳ね返せるくらいの護身術は身に付けております。
「何が言わせておけばなのかな?」
迎え撃つよう構えつつ、わざと叩かれて大袈裟に騒いだ方が面白いかな? なんて考えておりましたら、彼の割って入る声が聞こえました。が……
旦那様、そんなヤレヤレみたいな顔をなさらないでくださいませ……
お読みいただきありがとうございました。
明日もよろしくお願いします。