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3.生暖かき隠居生活

 隠居してから半年ほど。悠々自適ここに極まれりといった毎日を送って……いや、送らされている。


 息子はまだ王宮の重臣の中で最年少。隠居して領地に籠るとは言ったが、親としては何歳になっても子のことは心配だから、有事があればいつでも手を貸せるようにと、領地に戻ってからも王宮や国内外の情勢は逐一情報収集する腹積もりであった。のだが……




「特に報告事項は無いだと?」

「旦那様に報告するような緊急の話はございません」

「そういうのじゃなくても、一般的な情勢とか、領地に籠っていては知らぬ話もあるだろう」

「旦那様は隠居の身。不必要に政の話を聞いて、あれやこれやとお考えになる必要がございません。のんびりお過ごしになればよろしいのです」


 ロシターに聞いても、使用人の誰それに子が生まれたとか、最低限以下の、それこそ政に無関係の情報しか報告してくれない。


「言っておきますが旦那様、現侯爵閣下のご命令ですので、私以外の者に聞いても答えは変わりませんからね」


 そこまでして私に何も知らせないつもりなのか? ならば領地経営の面倒見だ。代官の政務室に行ってみよう。




「これは先代様。いかがいたしましたか?」

「いやいや、手持ち無沙汰なものでな。何か手伝えることはないかと思って来てみたのだ」

「あー、お申し出はかたじけのうございますが、生憎と人手は足りておりますので、先代様のお手を煩わすようなことは……」

「何でもいいんだぞ。領地の視察でも、帳簿のチェックでも」

「いえ、本当に何も無いので……」


 もしかして、私軽んじられてる? もしくは知らないところで悪さしているのを隠蔽している? 


「滅相もございません。そのようなことは決して……」

「ならば何故じゃ」

「ええと……侯爵閣下からご先代の手を煩わせるようなことがあれば厳罰に処すると、キツく命令されておりますので……」

「またジョンのやつか……」


 話を聞いて回れば、どうやら息子は本当に私に何もさせるつもりはないらしい。侯爵時代はほぼ毎日のように政務に携わって忙しくしていたので、どうにもこの状況に慣れない。






「ロシター、退屈である」

「隠居なんですからヒマでいいんです」

「だがなぁ……みんなノルマとか結果とか追い求めて、懸命に頑張っている姿を見せられて、私一人安穏というのは……何やら置いてきぼりな気がして寂しいものだ」

「他人からノルマを課されたり、結果を求められるのは、隠居された方のやることではありません」


 そんなこと言ったってヒマなんだもん。


「ならば気晴らしに出かけてみたり、畑仕事を始めたり、何か新しい趣味を見つけるとか、自由に始めてみたらいかがですか」

「そうだな。ダラダラしていても良くないから、明日は気晴らしに郊外でも散策するか」

「では供の準備をいたしましょう」






<翌日>


「……で、お付きはマリーだけ?」

「旦那様付きの侍女ですから当然です」

「……同じ馬車に乗るのも?」

「ロシター様にそう命じられましたので」

「……分かった。行こうか」


 向かったのは郊外にある湖の畔。いわゆるピクニックというやつだな。


 仕事人間だった私にいきなり新しい趣味を見つけろと言われても、すぐにこれといったものが見つかるわけもないので、今日は適度に自然があって、適度に遊歩道が整っていて、屋敷から日帰りできるという理由でこの地を選んだ。




「さて、着いたはいいが、何をしたものか」

「湖畔を散策されてはいかがでしょうか」

「そうだな。そうするとしよう」


 こうしてのんびりと湖畔の散策をし始めるのだが、マリーとの距離がなんだか近い。手をつないだり、腕を組んだりして密着するという距離ではないが、主人と使用人の位置取りでもない。だって、二人で横並びだぞ。


「これもロシターの指示か?」

「ええ。一時も旦那様から目を離すなと」


 それは護衛役の騎士の仕事ではなかろうかと思うのだが、むしろ彼らとは微妙に距離が遠い。


「お主達、その距離で何かあったら守り切れるのか」

「旦那様はお強いので大丈夫です。初手の攻撃くらい、ご自身で防ぐことは造作もないでしょうから」

「護衛の意味が無いではないか」

「本来なら二人きりにしたいのですが、我々が職務怠慢と言われてしまうので、視界に入るのだけはやむを得ないとご容赦ください」


 言っている意味がよく分からぬ。まるで私が邪魔だから付いてくるなと言っているようではないか。そして、なぜお前らは私に温かいまなざしを向けているんだ。今の会話のどこに、そんなほのぼのした雰囲気を出す要素があるというのだ。


「旦那様、ご迷惑でしたら私は下がりますが」

「いや、いい。話し相手がおらんではつまらぬ。それに、その手にしているのは昼食であろう」

「出先でつまめる程度の軽食ですが」

「マリーが作ったのか?」

「私の手で旦那様にご用意するようにと侍女長から……」


 侍女長……ロシターと並び、侯爵家では古株の使用人だ。ロシターといい、護衛騎士といい、みんな揃って私とマリーをどうしてもくっ付けたいというのか……


「そうか……ならば久しぶりにお前の作った手料理を食べさせてもらおうかな」


 とはいえ、折角用意してくれたのであれば、食べないわけにもいかないので、どこか適当な場所は無いかと探してみると、マリーがそちらの丘の上ではいかがでしょうかと提案してくる。


「おう、あの上なら眺めが良さそうだな。ほれ、荷物を持ってやろう」

「いえ、旦那様に持たせるわけにはいきません」

「ならば私の手を取れ。緩やかとはいえ、坂で転んではいかんからな」

「そんな……畏れ多い……」

「何を遠慮しておる。さあ早く」

「…………はい」


 周りの思惑にまんまと乗せられた感は否めないが、彼女の手を取り丘を登っていく。




「のどかな場所だな」

「そうですね」


 丘の上から見えるのは森と湖、城下町や平野に広がる一面の畑。長らく王都の喧騒の中にあった身にはゆっくりと時間が流れているように感じる。


「マリーはこのような田舎にやってきて後悔しておらぬか?」

「後悔も何も、旦那様のお側に仕えるのであれば何処なりとも向かうつもりでおりましたので」

「そうか……」


 ポカポカとした陽気で、少し汗ばむくらいの好天の中、顔を撫でるそよ風が心地よいな……






<それからしばらく後>


「執事殿、お伺いしたいことがあります」

「急に改まって何であるか」


 その日は外出せず、庭の散歩をしていたのだが、屋敷に戻ると若い使用人がロシターに苦言を呈する場面に遭遇した。


(おやおや、何かあったのか?)


「旦那様のことです。あのマリーという侍女、旦那様付きに推挙したのは執事殿と伺いましたが、いかなる存念なのですか」

「どういう意味だ?」

「旦那様はとかくご自分で何でもやられるので、側付きの侍従を増やしてご負担を減らすことに異はございません。ですが、新参の、それも女性にその任をあてがい、あまつさえ旦那様と二人で行動を共にすることが多くございますれば、家中にも訝しむ者が多く……」

「馬鹿なことを……マリーは旦那様の知己ゆえ、気心も知れており側仕えに適任であると、そう申し含んでおったはずだが」

「それは聞いております。ですが、あの二人のお姿はまるで……恋人のようでございます。ご隠居されたとは申せ、使用人と深い仲になったと知れれば、良くない噂も立ちましょう」


 二人に気付かれないよう耳をそばだてていると、私が特定の侍女とだけ仲良くするのはよろしくない。執事殿はむしろそれを率先しており、何を考えておられるのかという内容が聞こえてきた。


(あら、私のことか……マリーと恋人のように見える……か。たしかに最近はどこへ行くにしても供に連れていたので、そう見えなくもないか。気心の知れた者同士と気を許しすぎたか……)


「深い仲、恋人。結構ではないか。何かお前に不都合でもあるのか?」


(どういう意味だ……?)


 事情を知らない者にはそう見えるよなあと思い、己の行いを少々反省しようかと思ったら、ロシターが若い頃、それこそ私が婿入りしたばかりの頃のような、覇気に溢れた眼光でその使用人を睨みつけながら、私の女遊び容認とも取れる発言をサラッと言ってのけるではないか。


「え? いや、不都合はございませんが、あの旦那様に女性をあてがうというのは、いささか……だってほら、堅物で知られた御方ですし……」


(好きで堅物をやっていたわけないだろ!)


「……旦那様が今までどれだけこの家のために働いてこられたかを知っておりながら、この程度で訝しむ者が家中におるとは……誰と誰だ。お主達には改めて教育してやろう……」


 そう言って若い使用人の首根っこと掴むと、ズルズルとどこかへ引き連れて行ってしまった。

 

(あれはロシターが怒っているときの顔だ。引き連れていったのはどこかの説教部屋だろう……)




 それから数日後、マリーと一緒に出かけるときに、あのときの使用人とすれ違ったら、若干オドオドしていたが、笑顔で「行ってらっしゃいませ」なんて言ってくるものだから確信したよ。


 私とマリーをくっ付けようと画策し、完全に外堀を埋めにかかるため、家中の者全員を巻き込んでいる首謀者が息子(ジョン)執事(ロシター)であるということ……


 私に気を遣ってか、側仕えさせるだけでもよいと言ってはいたが、最終的には私の口から後妻に迎えさせるつもりなのだろう。気持ちは嬉しいが、要らぬお世話ではないかね?


 そしてそれからしばらく後、決定的な出来事が起こった。



 ◆



「パーティーの招待状だと……」


 その日、邸に届けられた国王の御印入りの書状は、3ヶ月後に王城で開かれるパーティーへ私にも来るようにとの内容であった。招待という言い方ではあるが、完全に来いという命令にほかならない。


「気が乗らん」

「そうは申されても、陛下の御印入りということは直々のお招きでございます」

「断れぬか?」

「分かりきったことを聞かれまするな。断れません」

「ジョンに送るのが手違いで私に来たとか」

「若様には別に招待状が届いております。この書状の宛名はエドワード・ギブソン、旦那様宛で間違いございません」


国王陛下(ブライアン)の野郎……何を考えているんだ……)


 夜会に行くのであれば女性同伴になるな。別にいなくても問題は無いが、高位貴族ともなれば第二夫人や妾くらいはいるもので、正妻が身罷っていても、連れて行く女性に困るケースはあまり無い。


 だが私にはそんな相手がいない。となれば、私も独身男性の1人と扱われる。


 昔ほどではないにせよ、未だに後添えの話を持ち込まれることが無いわけではない。興味がないので気にも留めなかったが、特に隠居してからは再燃したかのように話が降って湧いており、この状況で行けば格好の餌食になるのは明白なので、行かなくていいなら行きたくない。


 別に女性が嫌いとか男性が好きということではない。官僚にも軍人にも女性は多くいるから、仕事の話とか日常会話は普通に出来る。ただ、明らかに男女の関係狙いで近付かれるのが嫌なのだ。


「旦那様、ならばマリーをお連れになればよろしいではありませんか」

「なんでここで彼女の名前が出てくるのだ」

「彼女は平民ではございますが、長らく貴族の家で働いておりマナーには問題ございません。それになにより、国王陛下と学友で面識もございますれば、その辺の名も知らぬ令嬢をお連れするよりも十分に役目は果たせますでしょう」


 男女の関係狙いで近付くご婦人除けには、女性同伴で行くのがベスト。とはいえ、今から私の眼鏡に叶い、かつ、王家主催の夜会に連れて行って問題のない教養持ちとなれば、探すのも難しいので、マリーであれば条件には合致する。平民という身分ではあるが、国王陛下の学友であり知己という事実で十分にお釣りが出るくらいだ。


 ロシターの提案は一番現実的だ。そして、彼やジョンの狙いにもピッタリ合致する。彼らの気持ちはありがたい。だが、なぜそこまで彼女を推すのであろう……




 マリーとはもう終わった関係なのだよ……

お読みいただきありがとうございました。

明日もよろしくお願いします。

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