道中の説明
馬車置き場に停まっていた馬車にメアとリースは乗る。
内装や外装には華美な装飾はされておらず、それでいて品のある馬車だ。貴族のような自らの地位や権力を見せつけるような傲慢さのなく、それでいて品がある。
メアとリースが乗った瞬間、馬車はゆっくりと動き出す。がらがらと車輪と石畳が当たって数分もすると揺れがより一層酷くなる。窓を見れば街から外に出ていた。
(……こうして見ると、リース先輩は案外美人なんだな)
対面に座って椅子に幾つもの荷物を椅子の下から取り出しているリースの顔を見ながらメアはつい思ってしまう。
リースの顔立ちは実年齢よりもかなり幼い、所謂童顔と呼ばれる顔立ちをしている。翡翠色の瞳は大きくて垂れ目。肌は色白だが健康的で鼻の位置や口の位置、顎の骨格の形も非常に整っている。
ボブカットのエメラルドグリーンの髪はきめ細かく、美少女と言う表現が正しい。
男には困らないだろうな、とメアは思いながら頬杖を突きながら外を見る。
草原が彼方まで続き、風が吹けば草花は靡く。馬車のゆっくりとした動きと共に草原は変わっていく。『光』の住人にはただの草原だが、『闇』の世界で殺伐とした生活をしていたメアにとっては十二分に心が穏やかになる風景だ。
数分ほど草原を眺めていたらリースが話しかける。
「メアさん、こっちを向いてください」
「……荷物が凄い事になっているな、リース先輩」
「はい。けど、必要な説明でしゅので!」
椅子に理路整然と並べられた荷物を見てメアは眼を細める。リースは積み上げられた本を手に取り説明しようとしたら舌を噛む。
涙目で口を押さえるリースをメアはやれやれと首を横に動かして本を手に取る。
「……なあ、リース先輩。リース先輩は説明するのが苦手なのか?」
「うう……実を言いますと……そうです」
「はぁ……内容は本か?」
「あ、はい。それは教科書です。国言語の授業の際に使う事になります。歴史や地理、数学、外国言語、礼儀作法までは必修科目ですので」
リースに渡された本をメアは足を組み一つずつパラパラと捲って内容を確認する。確認し終えたメアは本を積み上げて隣に置く。
メアが本を隣に置いたところでリースは折り畳まれた服を手に持つ。リースが着ている服とよく似ているデザインだ。
「これは学院の制服です。貴族の礼服にも使われている素材を使っているので品質は最高でしゅ!」
「……リース先輩。説明が苦手なんだから無理するなよ」
「うぅ……後輩に良いところを見せたいですぅ……」
舌を噛んで身悶えするリースにメアは残念なものを見るような目で見た後、リースから制服を貰う。
制服を広げたり畳んだりして感心する。
(へぇ……確かに手触りが良いな。素材は絹……東側で多く作られる最高級の布を使っていると見て良いだろう。……だが、サイズがちょうど良い大きさなのが気になる。どこでその情報を知ったのだか)
「次は……」
「また噛んで痛い思いをしたくなければ説明するな」
「でも」
「でもじゃない」
リースから一通りの道具を奪うと人差し指を突き付けて告げる。
「一々説明がこれで止まったら終わらない。それなら、俺が見て考えた方が早い」
「うぅ……後輩の方がしっかりしてる……」
「リース先輩は芯はしっかりしてるからどっしりと構えた方が魔窟に飛び込む人間にとってはそれくらいあった方が良い。口調や雰囲気から考えて貴族か、それに近い人間であることは間違いないんだしな」
「き、気づいてたんですきゃあ!?」
メアのフォローにリースは驚愕しながらメアに近づす。その瞬間、馬車が大きく揺れリースは体勢を崩してメアにのしかかった状態になってしまう。
リースのたわわな胸がメアの胸に当たり、メアの後ろの壁に手にをついているため顔と顔の距離が近く互いの息が当たるほどに近い。
「なっ、ななな……!」
「ひゃう!?す、すみません、すみません!!」
双方が事態に頭が追い付いた瞬間顔がいっきに赤くなる。メアは勢い良くリースの手を払い、それと同時にリースは勢い良く退いて椅子に座る。
メアとリースは気まずい雰囲気が漂う馬車の中で互いの事を意識してしまう。そのためかどちらも顔をうつむいてしまう。
そんな中、メアは心の中に刺さる違和感を覚える。
(何故、俺はこんな反応をしてしまっているんだ?リース先輩よりも過激な事をしている女性何てザラにいたのに)
基本的にだが、メアは貞操観念が比較的に厳しい部類だ。
メアは暗殺の依頼で高級娼館の従業員として働いた事がある。そこで体を売っていた女性たちを目の当たりにした。そこの高級娼婦たちに眼をつけられ何度も食われそうになった事がある。
その恐怖体験から、メアは女性から触られる事に咄嗟にナイフや拳、酷い時は発勁まで使って攻撃してしまうようになってしまった。
だが、今の状況は何だ。
心臓の拍が速い。
全身が熱い。
攻撃のあまりの軽微さ。
今まで経験したことのない身体の状況や行動にメアは完全に困惑しきってしまっていた。
(いけない。とりあえず身体の調子を戻さなければならない……!)
呼吸を調節し、心臓の心拍を無理矢理落として何とか平静を取り戻す。顔から熱が完全に熱を逃がしきったところでメアは顔をあげる。メアと同じタイミングでリースも顔をあげる。まだ顔が少し赤かった。
「さ、先程はすいません!」
「ま、まぁ、事故だから仕方ない」
掌を合わせ頭を下げるリースに流石のメアもそれ以上の追及はしなかった。
冷静になりこの気まずい雰囲気をどうにかするために話題を変える。そのために学院のルールが記載された羊皮紙を読む。その中で『デュアル制度』というものに目を付ける。メアは指を差して質問する。
「リース先輩。この羊皮紙に書かれてるデュアル制度って何だ」
「デュアル制度はね、言ってしまえば師弟関係かな。二年生と一年生でペアを組んで共同生活をするの」
「へぇ……部屋とかも先輩と一緒になるのか?」
「そうなります」
「それじゃあ、その先輩はどうやって決めるんだ?」
「それは、手紙を受け取った人……が……」
何かを思い出したリースは顔を赤らめてうつむいてしまう。その様子を見てメアは悟る。
部屋はリース先輩と同じだ、と。
(……学院は何を考えているんだ?)
男女一つ屋根の下にいればどうなるか、メアはそれを嫌というほど知っている。そのせいでメアが産まれ、母親が死んだのだから。
尤も、メア自身は不純な行いを絶対にすることはないと胸を張って言えるためそこら辺は問題ない。
問題なのは他の男女ペアのデュアルたちだ。
学院には貴族の子息も来ている。リースという実例が確かにそう言っている。仕事で貴族と関わっているメアはその性格をよく知っている。
貴族の男は傲慢で強欲。権力の上に胡座をかき平民を傷つけ汚しても悪びれもしない。
貴族の女は傲岸不遜。そのくせ疑り深く嫉妬深い。どうしようもない愚者。
無論、そう言った人ばかりでないこともメアは知っている。だが、そう言った人たちをメアは殺していったのだから。
(だが……リース先輩は普通の貴族には見えないんだよな……。何て言うか、純粋?嘘が苦手ではなくつけない人間なんだろう。……いや、もうこの考えを切り換えるか)
リースの人柄や性格をメアが理解したところで思考を切り換える。切り換えたところでメアが再びリースに質問する。
「リース先輩、学院は何時間程度でつく」
「えっと……あと五時間くらいです。あ、メアさんは学院のある街を知ってますか?」
「まあ、少しは。確か、学術都市『ライブラリ』って名前だったな。行ったことがないからそれ以外は分からないけど」
「それじゃあ、私が教えます!」
ノリノリでリースは説明し始める。
「学院都市『ライブラリ』は学院を一つの市場と捉えた商人が少しずつ何もない平原に立てられた学院の周りに店を出店していったんです。そして、学院が設立されて十年後に学院都市『ライブラリ』として成立しましゅた!?」
学院都市の説明をした最後に舌を噛んで再び涙目で口を手で押さえるリースにやれやれとメアは呆れてしまう。呆れながら、メアはリースの隣に座って話す。
「リース先輩……説明する練習しましょう」
「うん……きゃあ!?」
馬車が大きく揺れ、リースの身体がメアの身体に乗っかってしまう。
あまりの失敗っぷりにメアは赤面させながら告げる。
「リース先輩……もしかしてわざとやってますか?」
「やってませんよ!」