自分、がいい。
あ。なんか急に思い出した。
“自分”さ、マラソン嫌いやったよなぁ。
わりと運動神経いい方やのに、マラソンだけは苦手で、すぐ脇腹痛がってさ。長距離って、たいてい冬やらされたし、寒いのも苦手やから、余計嫌でさ。文句ばっかり言うてたよなぁ。
覚えてる?
小6の時さ、体育の授業の直前におなか痛くなった、て嘘言うて、保健室行って、まんまとマラソンさぼったよなぁ。“自分”気小さいから、嘘がバレるのを阻止したくて、『ほんまに痛い』って思い込もうとしたけど、やっぱり嘘は嘘で。教室戻ってからはずっと、みんなの視線を怖がってさ、
「なんであんなことしたんやろう」
「なんで走らんかったんやろう」
って、何回も何回も悔やんでたよな。“自分”ほんま、あほやなぁって、思ったわ。
そんでさ、けっこうませてたよな? 女子、好きになるのとか、早かったし。
あいつ・・・名前なんやったっけ・・・いとう・・・いとうともこ、や! いとうともこ!
いとうともこのこと、好きやったよな!
幼稚園の時から小学卒業するまでずっと、いとうともこ一筋!
“自分”ほんま一途やったなぁ。
ガキんちょやから、付き合うとか、そんなん何にもないのに、ずっと想ってて、ドキドキして。いとうともこを見てる時の“自分”、なんかよかったわ。
俺も嬉しいっていうか、生きてる、って感じしたわ。
いろいろあったなぁ。
中3の時、“自分”急にいじられキャラやらされてさ、いじめっぽい感じになりかけたけど、頑張って休まずに登校してたな。
親とケンカして、家飛び出して、しばらくして帰ってきたら、ずっと探してくれてた母親と出会って、抱き合ったこともあった。
就活の時は、ストレスがひどくて、内定もらうまでずっと下痢してたよなぁ。
その度に俺は、活発になったり、弱まったりして、大変やったわ。
でも、一番衝撃やったんは、今の彼女さんに出会った時かもしれん。
会社でさ、商品の検品してたら、
「手伝います」
って、声かけられて、見上げたら、彼女がおって。初めて見る子で、誰や? って思った。後で、検品手伝う短期バイトの子やってわかったけど、そん時は、誰や? って思って、で、それと同時に、こうも思ったよな?
「僕、この子と付き合うなー」
って。“自分”、その直感を信じたよな? 『運命』と思ったんよな?
彼女、短期のバイトやったから、勇気出して、バイト最終日にお茶に誘って、連絡先交換して、会う約束して、何回か食事行って正式に告白して付き合うことになったんよな? すごいよな、“自分”。運命をしっかりつかみ取った。
それにしても、彼女といる時の“自分”、ときめいてるっていうの? 終始そんな感じで、
俺の全身使うから、ちょっとくたびれてしもたわ。もう踊ってると言ってもいいくらいに、バクバク感じ取った。あれから3年か。もう結婚してもええんちゃうん?
『運命』と言えばさ、
さっきのこともそうなるんかな?
「横田さん! 横田さん! しっかりしてください!」
ほら、“自分”、名前呼ばれてんで。横田悠馬。起きてや。なあ、はよ起きて。
もしかして、さっき自転車乗ってて、T字路んとこで、バーンって、車とぶつかった、あれ。あれも『運命』か? なあ! なあって、横田悠馬! 答えてくれや!
「はい、ベッドに移動しますよ! せいの!」
“自分”、今、手術室に運ばれてんで。わかってる? まじでやばいで・・・何寝てねんな!起きい! 目を覚ましてくれや!
ピッピッピ・・・。
俺は、全然大丈夫やで。動いてる。俺は動いてるで。だから、おい。起きてくれや。頼むし・・・頼むし・・・。
「・・・脳死ですね・・・」
「うん・・・ご家族は? それから、臓器提供希望されているか、確認して」
「はい」
え、ちょっと待ってや。横田悠馬は生きてるで! だって、ほら、俺ぴんぴんしてるし! めっちゃ血液流してるし! 心臓動いてたら、生きてるってことやろ? なあ! なあって!
「希望されてる? よし、摘出手術の準備だ! 早くしろ!」
摘出?・・・嘘や・・・嘘やろ・・・。
「・・・ドナーは?・・・遠いな。一刻を争うぞ。始めよう」
いややって。やめてや。ここがいい。離れたくない。俺、“自分”がいい!この体がいいねん。離れたくない。なあ、“自分”、目、開けて・・・声聞かせてや!
「よし・・・心臓取り出すぞ」
うん? まぶし・・・。
え? この寝てる男。あーそうか。君が“自分”・・・横田悠馬か。・・・俺は、この男のために血を吸ったり吐いたりして、頑張ってたんやな。ああ、そうか。なんで急に過去の“自分”の記憶が蘇ってくるんか不思議やったけど、死ぬ前に人生が走馬灯のように浮かんでくるらしいから、それやったんかな。
それにしても、“自分”の顔、実際に見るん、初めてやなぁ。こんな顔してたんや・・・。けっこう男前やん。目つぶってるから、そう思うんかもしれんけどな。ハハ・・・。
あ・・・眠なってきた。そうか・・・俺、切り取られたんやもんな。そりゃそうなるわな。
・・・“自分”から離れんのは嫌やけど、こうやって顔見れたのは、ラッキーやったわ。
「急げ! ドナーが待ってる!」
そろそろ、行くみたいや。30年間、楽しかったわ。絶対俺、“自分”のこと忘れへんで。
ありがとな。ばいばい。
おわり
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
臓器が話す物語は、以前も書いたのですが、(『体の声は届かない』)そちらは最後、命を取り留めました。
でも、今回はどうにもならない現実の中での、臓器の気持ちを書きました。
これを読んで、少しでも体の声を聞いて、健康で元気な日々を過ごすきっかけにしていただければ、とても嬉しいです。
毎月、4日、18日頃に短編小説を投稿しています。
今まで書いたものもたくさんありますので、よろしければ読んでみてください。