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ecstasy series  作者: おふる
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ecstasy, surely

ぼくはありが歩いているのを見ている。

ありは10匹、列をなして歩いている。

ぼくは列をなして歩くのが苦手だ。

ありは列をなして歩くのが得意のようだ。

ぼくはありが歩いているのを見ている。


ありは巣穴へと入っていく。

一匹、また一匹と、ありは巣穴の中へと入っていく。

全てのありが巣穴へ入るのを見終えると、僕は巣穴を踏みつける。

ぼくはひどく悲しい気持ちになり、その場を立ち去る。

ぼくは恍惚の笑みを浮かべる。


§


体育の時間は憂鬱で、ぼくはひとり、早めに教室に戻っている。

クラスのみんなが列を成して動く、ぼくはその光景が苦手だ。


教室は40名のクラスメイトの道具で溢れている。

40個の机、40個の椅子、40個のロッカー。

もちろん、ぼくの机や椅子もその中に含まれている。

ぼくは整列された道具達が怖い。

ぼくは道具達を睨みつけ、自由な状態に解き放たれた道具達を想像する。

何のルールも規則もない教室の無秩序。

ぼくは恍惚の笑みを浮かべる。


規則的な時間に学校のチャイムが鳴る。

僕はそれが、自動化された何かのように、クラスメイトが教室に戻る前に教室を出る。


§


お昼前の帰り道は静かだ。

僕は静かな場所が嫌いではない。

聞こえるのは車の音、鳥の鳴き声、見知らぬ人々の談笑。

それは雑音であり、時に居心地の良いミュージックでもある。

ぼくは帰り道の公園のブランコに座る。

ぼくとブランコは前後に揺れる。

ぼくはブランコに乗る時、地面を見る。

地面には歩いているありがいる。

揺れるブランコから見えるありは、油断すると見えなくなってしまうくらい小さい。

前後に揺れるぼくと、前に進むあり。


ぼくはブランコを漕ぐのを徐々にやめる。

前後運動は静止へと変わっていく。

静止したぼくと前に進むあり。

ぼくはありを踏みつける。

ぼくはひどく悲しい気持ちになり、靴の裏を見る。

土に混じり、押しつぶされ、生き絶えたありがいる。

ぼくは生き絶えたありを人差し指と親指でつまむと、ぼくの乗っていたブランコの上に座らせる。

ぼくはブランコを手で押しやる。

前後に動くありと、静止したぼく。

ぼくは恍惚の笑みを浮かべる。


ありを踏みつけた右の靴はブランコに置いておく。

それはまるで、ぼくにとって、今までずっと決まっていた規則かのように、ごく当たり前のことだった。


§


ぼくは少しだけ冷たい右足と帰り道を歩く。

ぼくはぼくの家に着く。


ぼくの家の鍵はぼくのカバンの中に入っている。

でも、ぼくは鍵を使わない。

誰もいない家はぼくの家のようでぼくの家ではないようにも感じる。

誰かのいる家とは違い、家の表面はザラザラした違和感をまとっている。


ぼくはインターホンを見る。

ぼくはインターホンを見るのが好きだ。

インターホンを押すと誰かが出てくる、そんな気がする。

その誰かは僕の知っている誰かかもしれないし、知らない誰かかもしれない。

インターホンは想像力を掻き立てる。


でも、僕の家には誰もいない。

ぼくはインターホンを眺める。

ぼくは恍惚の笑みを浮かべる。


いつのまにか太陽の位置が変わる。

算数の授業で習ったこと、それは1時間が4つ足し合わされると4時間ということ。

太陽の位置は4時間が経ったことをぼくに教えてくれる。

ぼくは太陽の位置と時間の関係性を深く理解している。


§


ぼくの足はどうやら疲れている。

ぼくの右足は少しだけアスファルトでひんやりしている。

ぼくはぼくの右足がアスファルトとは違うものでできていることを理解する。


インターホンを眺めることは、僕にとってとても重要で、これからも重要なことのように思う。

それは直感的だけれど、たぶん、直感的ではない。


まだまだインターホンを見ていたいと思っていると、ぼくの母親が家に帰ってくる。

ぼくはインターホンを眺めることをやめて、家に入る。


§


ぼくの母親は心配だの、不安だのといった類の言葉を口にしている。

僕にとってそれはどうでもいいことのように感じる。

ぼくにとって重要なことはそんなことではない。


ぼくの家の電話が鳴る。

ぼくは受話器を取る。

ぼくの担任の先生からの電話にぼくは出る。

先生も心配だの、不安だの、体育の時間からいなくなるなだの、興奮を口から出す。

ぼくはそっと受話器を置く。

ぼくは恍惚の笑みを浮かべる。


母親は夕食の前に靴を取って来いという。

片方の靴は足がひんやりして気持ちいい。

でも少しだけ痛い。

母親の意見にもたまには賛同してみる。

帰り道を逆に進み、帰り道の公園に向かう。


§


ぼくはブランコの前に着く。

帰り道の公園に、ぼくの靴はもういない。

ぼくは片足の靴だけでも歩くことができる。

ぼくの靴も片足の靴だけで歩くことができるようだ。


§


ぼくはブランコを眺める。

ブランコにはまだ、ぼくの座らせたありがいる。

ありは動かない。

ぼくはブランコを前に押しやる。


静止したぼくと前後するあり。

前後するありと静止したぼく。


ぼくは恍惚の笑みを浮かべる。

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