なう ろうでぃんぐ
「っと!」
前のめりに倒れていると気付いたので、咄嗟に手を伸ばす。
手から無事着地した。
手の平に小石がめり込んだ。
「いってぇ!?」
つう、運が悪い……なんで小石が!?
ガバッと起き上がる。
晴天である。澄み渡る青空。確かに会社休んだからまだ真っ昼間のハズだ。でも、俺がいたのは、マンションの自室だ。
「あれ?」
見渡せば、そこにはテレビはない。コントローラーも持ってない。というか、そう云うレベルの変化じゃなかった。
まず屋外だ。足下は土だし、周囲は木造建築。もしくは石。
大勢の人が歩いている。恰好が、なんていったらいいのか、田舎くさいというか、アメリカとかのむかーしの映画で見る感じ、カントリーな。そんなあれ。
「ちょ、あ、えっと」
叫びそうになったけど、通行人にチラチラ見られているので遠慮がちに咳払い。そして人目を避けて、適当な家の壁に寄りかかった。
電線も何もない。そもそも電信柱がない。伴って電灯もない。
「これ、え、夢? 夢なんか? いや、でも、鮮明だし」
一瞬、転生って単語が頭を過ぎったが、いやいやと手を振る。
次の瞬間、頭を叩かれたような衝撃が走った。
……ちょっと違うな。頭をもの凄く柔らかくてちょっと粘つくもので叩かれた様な不快さが走った。
『名前はライン。ライン・ロッド。商家に生まれ、近所の農家の手伝いなんかをしながら~中略~教会で学びながら、今年で17歳』
頭の中を情報が駆け抜けていった。
「……? ……!?」
もの凄い違和感。云いようのない違和感。
なんだこれは、なんなんだこれ、そう思って、よく考えて、うっすらと判ってきた。記憶が、重複している。
「うげ……吐きそう……なんだこれ」
46まで生きてきて、サラリーマンしてた記憶。17まで生きて、今に至る記憶。それが、同時にある。昨日の記憶が、左右の目に別々のものが映るみたいに頭に届いてくる。
サラリーマンの記憶は馴染みがあるが、もう片方は、なんなんだこれ。
パソコンの音楽フォルダに、知らないアーティストのアルバムがめっちゃ入ってる感じ。
作りかけのソースコードに、全く知らないロジックががっつり組み込まれてた感じ。
なんかそういう、気持ちの悪い感じ。気分悪い感じ。
「はぁ……夢ってこんなんだっけ? いや、あんまり自覚持ったことなかったしなぁ」
初の明晰夢で、ちょっと吐きそうな不快感。
まずい、少し休みたい。どうしよう……そうだ、記憶にある家に行ってみよう。少なくともそこは、あぁ、でも、家主たちに……俺の親かもしれない人に会って、俺なんて言えばいいんだろう。
「……いや、この辺で横になるよりはいいだろう」
よいしょと俺は動き出す。
俺を見てくるこの人たちは、見知らぬ人ではなく知り合いなのだと記憶が告げてくる。路上で寝てて過剰に心配されるのは、心苦しいというか、いたたまれない。悪目立ちはしたくない。
すぐに俺は、記憶にある家に着き、ポケットに入っていた鍵を使い裏口から入ると、自室に戻って横になることが出来た。
「落ち着く。不本意ながら落ち着く」
寝馴れた寝具なんだということを、体が俺に教えてくる。洗脳されてるみたいで超怖い。
……夢とか転生とかそういうファンタジーな感じじゃなくて、誘拐されて洗脳されてたらどうしよう。
縁起でも無い思考が浮かんだ辺りで、俺は目を閉じ、少し、眠ることにした。