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オーク英雄物語 ~忖度列伝~  作者: 理不尽な孫の手
第八章 フェアリーの国 森の魔女編
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93.プロポーズ

 バッシュはゼルを前に必死に抑えていた。

 魔女のローブを身に着けたゼルは、大きくなってもヒューマンとしては小柄で、なんとも可愛かった。


 ゼルは怯えていた。

 今までのゼルではないかのように怯え、戸惑い、恐怖していた。

 バッシュもまたその姿に戸惑った。


 かつてのバッシュであれば、どうすればいいかわからなかっただろう。

 怯えるヒューマンを前に、首をかしげるだけだったろう。


 だが、今のバッシュは違う。

 この長い旅で学んできたのだ。

 女の落とし方を!


 クラッセルに始まり、賢者ドルイドルの教えに行き着くまで、バッシュは数々の困難を乗り越えてきた。

 わからないことだらけだった。

 最初は手探りであることすらわからず、ただただ女に声を掛けていた。

 シワナシの森でプレゼントという概念を学び、ビーストの国で服装を整えるという概念を学び、賢者には女との接し方の根本的な考え方を学んだ。

 バッシュはオークだ。

 全てを覚えているわけでも、全てを完璧に実践できるわけでもない。


 だがそれでも、目的のために出来る限りのことを愚直に行う素直さがあった。



 そんなバッシュのことが、ゼルには分かった。

 あるいはフェアリーのままであれば、わからなかったかもしれないが、ヒューマンとなり、IQが爆上がりした今は理解できる。

 ああ、旦那はあの時に学んだことを、自分のために一生懸命思い出しながらやってくれているのだ、と。


 同時に、今までの旅の思い出や、戦争中の出来事も浮かんでくる。

 フェアリーだった頃は憶えているようで憶えていない、ふわっとした出来事が鮮明に。

 戦争の記憶。

 死にかけた記憶。

 助けられた記憶。

 長い間、守ってもらった。

 バッシュは「お前のお陰で助かった」と言うが、ゼルはフェアリーだ。

 ふわふわとした道案内で、窮地に陥ったことは、一度や二度ではない。

 その全てを切り抜けたから今があるが、ヒューマンとなった今としてはむしろ、申し訳なさの方が勝る。

 自分がもっとしっかりしていれば……と。


 そんなバッシュは、今も自分を守ろうとしてくれている。

 フェアリーでなくなり、力無きヒューマンとなったゼルを、外敵から守ってくれている。

 いつものバッシュであれば、自分など片手でねじ伏せて、好き放題に犯していたことだろう。

 オークキングの命令で、許可なき性交は許されていない。

 とはいえ、すでに合意は為されているのだ。

 律儀なバッシュは直前の言葉を信じてゼルに手を出さなかったが、その前に。

 そのためにゼルはニュートを使い、ヒューマンとなったのだから。


 ヒューマンは、思ったのとは違った。

 フェアリーの時にはなかった戸惑いと不安が押し寄せてきて、フェアリーの時には自然と聞こえていた風や木々の声がわからなくなった。

 マブダチのアーモンドも何も言ってくれない。ただ美味しいだけの存在になった。

 酔っぱらっていれば、塩の入った瓶が何か助言をくれただろうか。いいやくれないだろう、そもそもそいつは何も言わないタイプの瓶だった気がする。


 バッシュだけだ。

 バッシュだけは変わらずにいた。

 バッシュもこの旅の末に変わった部分はある。

 だが、ゼルに対しての優しさは、以前のままだった。

 バッシュはゼルを口説こうとあれこれしてくれているが、根っこの部分ではゼルをゼルとして扱ってくれていた。


 だから、最初の方こそ戸惑い、怯えていたゼルだったが、落ち着いてくると、次第にいつもの調子が戻って来た。


「旦那、このお肉美味しいっす。肉ってこんなに美味しかったんすね!」

「ヒューマンは塩を多めに掛けるのが好きらしいから、それが良かったのかもしれん」

「旦那、俺っちのためにそこまで……!」


 かつてのフェアリーのようなやり取りがあるわけではない。

 だが、バッシュがいつも通りであり、ゼルが身の危険のないと実感してくると、余裕ができてくる。


(オレっちが旦那の嫁か……)


 そうなると、ゼルはヒューマンの乙女らしく、この先について考え始める。

 フェアリーであれば、こうはならなかっただろう。


(やっぱこういう生活が続くんすかねぇ……)


 そうふんわりと思いつつも、やはりヒューマン。

 その先についても考えが思い至る。


(それから、子作りっすか……)


 思い出すのは、かつてオークに犯されたヒューマンたちだ。

 全員、泣き叫び、悲鳴を上げ、最後には廃人のようになっていた。

 痛いし苦しいのだろう。

 そしてオークはそうした女の悲鳴が上がる度に、口元をゆがめて笑い、大層気分よくしていたものだ。

 ヒューマンたるゼルにはわかる。


 あるいは『オーク英雄』たるバッシュであれば、痛くしないでくれる可能性もあるが……。

 それは望み薄だろう。

 なにせバッシュは『オーク英雄』なのだから、

 あらゆるオークを凌駕する苦痛と苦しみを味合わせてくれるだろう。

 ゼルはバッシュが致している所を見たことは無いが、オークの価値観を考えれば、そうに違いない。


(痛いのも苦しいのも嫌なんすよねぇ)


 しかしながら、ゼルとバッシュの仲である。

 丁寧に頼み込めば、最初の一回ぐらいは手加減してくれる可能性もある。

 とはいえ、それも最初の一回だけだろう。

 長く続く苦痛には、耐えられる気がしない。


「……」


 とはいえ、この2年間の旅を思い出す。

 バッシュはずっと嫁を求めて旅をしてきた。

 クラッセルに始まり、北の果てでドラゴンを撃退するまで。

 共にどうすれば女を落とせるのかを考えてきた。

 道中では、一緒にゾンビと戦ったり、ナンパをしたり、サキュバスと戦ったり、ドラゴンと戦ったり、なんかよくわからないドラゴンっぽいのと戦ったりもした。

 そして、ようやくニュートという秘術にたどり着いた。


 時間が掛かった。

 もっと簡単なものだと思っていた。

 バッシュほどの度量なら、すぐにでも嫁の一人や二人、見つかると思っていた。

 でも見つからなかった。


 フェアリーであった頃は軽く考えていたが、もはやこれしかない、最後の手段だという決意で、ここに来たのだ。

 そうでなければ、ヒューマンやエルフを諦め、フェアリーをヒューマンにしようなどと考えるものか。

 妥協に妥協を重ねたうえでの代替え品ではないか。

 その代替え品であるはずの自分が、それを覆してどうするか。

 自分がバッシュをがっかりさせていいはずがない。


「……っすよね。オレっちは、旦那の戦友っすもんね」


 自分はバッシュの戦友なのだ。

 そして、バッシュの嫁になってもいいと、自分で言ったのだ。

 少なくともフェアリーの頃は、バッシュが好きだったのだ。


 ヒューマンになると、その好きの種類がちょっと違うことに気付いた。

 戦友としての好きと、嫁になって子供を作る好きとは、ちょっと違う。

 だから戸惑いはあるのだが……。

 果たして嫁になって子供を作るのが嫌かというと……。


(別にそんなこともないんすよね)


 考えてみるが、嫌ではなかった。

 痛いのや苦しいが嫌なだけだ。

 しかし、バッシュのためにそれに耐えることが出来ないかと言われると……。


(……)


 今のバッシュを見る。

 いつも通りの顔、いつも通りの表情で、ゼルの方を見ている。

 しかしその目は若干ながら血走っており、ゼルの胸やら尻やらに視線が飛びがちだ。

 我慢しているのだろう。


 きっと今すぐにでも、襲い掛かり自分のものにしたいはずだ。

 戦場でそうしていたように。


 そうしないのは、まさにゼルからの許可を待っているのだ。

 『他種族との合意なき性行為を禁ずる』という、オークキングの定めた法を破らぬよう、ゼルが良いと言うまで待っているのだ。

 そして、ゼルが良いと言ってもらえるように、今まさに、旅の中で学んできたことを総動員している。


 ゼルは、その全てを知っている。

 共に学んできた。

 オークは物覚えが悪いだろうに、必死にそれを使おうとしている。

 バッシュは、それだけ今のゼルを嫁にしたいのだ。


 それに、それだけではない気もした。

 いつも通りの顔、いつも通りの表情の中に、ゼルの身を案じるような視線が混じっているからだ。

 フェアリーに戻れなくなり、落ち込んだゼルを元気付けようという気持ちも、きっとあるのだろう。

 バッシュは鈍感だが、傷ついた味方を気遣う余裕のある男でもあるのだから。

 オークとしての本能を抑えつつも、バッシュは本気でゼルのことを心配してくれているのだ。


(そっか、嫌じゃないんすよね……)


 そう考えると、ゼルの胸がキュンと高鳴る。

 フェアリーの時にはなかったこと。

 きっとフェアリーには存在しない器官が鳴っているのだろう。


(もし、次に旦那に許可を求められたら……)


 ゼルの心の準備は、出来つつあった。


「ゼル」


 ゼルがそれを自覚しはじめた時、バッシュがふと、口を開いた。

 意を決したように。

 そろそろイケるかと踏んだのか。

 あるいは、言わなければ始まらないと思ったのか。


「な、なんすか?」


 ゼルは、ついにこの瞬間が来たのかと、心臓をばくばくさせながら返事をする。


「ヒューマンになったお前は、美しい」

「そ……すか?」

「ああ。ぜひとも、お前を俺の妻にしたい」


 それを聞き、ゼルは内心で嬉しかった。

 ヒューマンらしいことは何一つできず、それどころかバッシュを拒絶までしていたのに、そう言ってもらえて。


「だが、お前はヒューマンであることが辛そうに見える」

「そっすね……」


 ヒューマンは、思ったのと違った。

 フェアリーのように軽くはなく、体はなんだか重く、感覚も鈍い。

 頭はフェアリーの時よりも明晰だが、変に考えすぎてしまう。不安でいっぱいになる。

 ヒューマンは、何を楽しみに生きているのか。

 こんなに愚鈍な体に、考えすぎる頭で、どうやって生きていけているのか。

 これから先、ゼル自身がどうやって生きていくのか……。

 それを考えると、ゼルとしては辛いとしか言いようがない。


「もしヒューマンであることが辛いのなら、無理をすることはあるまい」

「……どういう意味っすか?」

「お前は魔法でヒューマンになったのだ。きっと魔法でフェアリーに戻すこともできよう」


 魔女は戻らないと言ったが、バッシュにはそれが本当かどうかなどわからない。

 魔法の原理など、何一つ知らないのだ。


「確かに……ヒューマンの魔法では無理かもしれないっすけど、例えばデーモンとか、エルフだったら、元に戻す魔法を知ってるかもしれないっす」


 聡明なヒューマンであるゼルは、すぐにそう結論付けた。

 魔女は希代の魔法使いであろう。

 ドラゴンの魔法を、人間が使えるように変換したのだから。

 ヒューマンよりも魔法に長けているデーモンやエルフであれば、似たような魔法を開発していてもおかしくはない。


「けど」


 けど、とゼルは続けつつ、ごくりと唾を飲み込んだ。

 今から自分が言おうとしていることは、取り返しのつかないことだと、直感的に悟っていた。

 しかし、繰り返すが、ゼルの心の準備は、出来つつある。

 覚悟も、決まりつつあったのだ。


「オレっちは……旦那の、嫁になりたいっす」

「ゼル……!」

「ヒューマンになって、不安な気持ちもたくさんあるっす。フェアリーに戻りたいって気持ちも、すごく強いっす、けど、オレっちは、旦那のことが好きっす。フェアリーの頃からずっと、ヒューマンになった今も。できればフェアリーで嫁になりたいっすけど、それは無理そうっすから。頑張ってヒューマンとして、旦那の嫁になるっす」


 一息で言い切った。

 フェアリーに戻りたい、でもバッシュの妻にはなりたい。

 両立は出来ない。

 ならば、バッシュの目的と合致する方を選ぶべきだ。

 それは、ゼルの望みでもあるのだから。


「ゼル……!」

「オレっちじゃあ、旦那の嫁には不足かもしれないっすけど、旦那に見劣りしないように、精一杯頑張るっす」

「……ならば、いいんだな?」


 何が良いのかなど、もはや聞くまでもあるまい。

 ゼルはバッシュと見つめ合う。

 月夜に照らされたオークと、元フェアリーのヒューマン。

 『オーク英雄』の妻として、フェアリーは少し不足かもしれない。

 だがバッシュにとって、そんなことは関係なかった。

 元々、そんなものを重視したことなど、一度もないのだから。

 オークとヒューマン、二人一緒で何も起こらぬはずもなく……。


「ゼル」

「旦那」

「『オーク英雄』バッシュ」


 知らぬ男の声が混じった。

 バッシュは咄嗟に立ち上がり、剣を手にした。

 オークらしい、性交直前に女を取られるかもと思ったがゆえの、迅速な防衛行動である。


 しかし、声を掛けてきた男の顔を見て、バッシュは動きを止めた。


 知っている顔だった。

 しかし、この場にいるはずのない顔だった。


「ゲディ、グズ……?」


 死んだはずの男が、そこにいた。

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検閲の魔王め この先を妨害しに来たか
馬に蹴られて逝けや魔王
なんちゅうタイミングで! バッシュさん、ヤッて良いっすヨ
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