83.アスモナディアの暗躍(中編)
数刻後、アスモナディアは、オーガの国にいた。
オーガの国に三つある町の一つ、最も国境に近いマルガロンという町だ。
七種族連合の強豪国であったデーモン、オーガ、サキュバスの三国の中でも、オーガは最も締め付けが緩く、現状の七種族連合の中でも最も衰退を免れている種族である。
とはいえ、敗戦国に変わりはない。
あくまで衰退を免れているだけで、繁栄しているわけではないのだ。
その証拠に三つあるうちの、最も国境に近いマルガロンは、寂れているという表現がふさわしい有様だった。
ボロボロの家に、疲れ果てた表情のオーガたち。
かつて力強さと豪快さを併せ持った種族が、今や暗い顔で通りの端を歩いている。
(どこも同じだな)
とアスモナディアは思う。
デーモンの唯一残った町は、これより酷いが。
そんな町のハズレにある、一件の家に、アスモナディアは招かれていた。
ルドとルカの家である。
「さて、まずは礼を言おう、大闘士ルラルラの息子ルドよ」
オーガ文化では、椅子は使わない。
地面の上に板を張り、毛織物を敷いて、その上にクッションを置いて座る。
かつては地面の上に獣の革か何かを敷いて座る、現在のオークと似たようなスタイルであったが、長い戦争において、ビーストと長く戦ってきたオーガは、その文化をいつしか吸収し、今の文化を手に入れたとされている。
アスモナディアはそれに習い、クッションの上にあぐらをかいて座っていた。
「あの程度の連中であれば蹴散らすのは容易であったが、私は旅の身だ。ビーストに追いかけまわされるのも、都合が悪くはあった」
「いえ、それよりあなた……いえ、お前」
ルドはそんなアスモナディアをにらみつける。
「師匠の妻と言ったよな?」
「そういうお前は、『オーク英雄』の弟子を名乗ったな」
互いがお互いの言葉から、訝しさを含めたニュアンスを読み取っていた。
場合によっては訝しさを怒りへと変え、相手を糾弾し、時に決闘も辞さない。
そんな気迫を、両者は持っていた。
「ルドよ。『オーク英雄』は、そこらの戦士ではない。オーク族の全てから認められた、最強の戦士だ。その弟子を詐称すれば、オークという種そのものから恨まれ、殺されるぞ?」
「デーモンがオークの妻を名乗るのはどうなんだ? デーモンは誇り高い種族だ。オークに犯されたなんて噂が立っただけで、お前はデーモンの面汚しとして末代までの恥になるんじゃないのか?」
牽制のような言葉の応酬。
「俺は確かに師匠がどれだけ凄い人か知らずに弟子入りを志願した。身の程知らずだったってことは自覚してる。けど師匠は俺を弟子にとってくれた。俺はそれに恥じないように、毎日師匠に教えられたことを繰り返すだけだ」
「私は、ドラゴンの炎に焼かれ死にかけていた所を救われた。『オーク英雄』はドラゴンを倒す代わりに私を妻にと願い、我が父シーケンスはそれに了承した。そしてデーモンとて、本当に強く恰好のいい男であれば惚れもする。例えオークであってもな」
息が抜けた。
張り詰めた空気が和らぐ。
二人は互いの真意を確かめ合い。頷いた。
『オーク英雄』バッシュ。
かの者に多大な恩を持つ二人は、お互いが下らぬ嘘を付いているわけでないと知り、緊張を緩めたのだ。
そう、アスモナディアも多少の緊張はしていた。
アスモナディアが嘘をついていた場合、ルドにそれを咎めるだけの力は無い。
だが、それでも、一人の人間が全身全霊を賭して戦いを挑めば、何かが起こる可能性はあるのだから。
「フフ」
アスモナディアは相好を崩し、ルドの脇を見た。
そこには、変わらず険しい顔をしている少女――ルドの妹、ルカの姿があった。
「ドラゴン殺しの『オーク英雄』ともなれば、私以外の嫁の一人や二人いて当然と思っていたが、お前のような幼子にまで手を出しているとはな」
ルカはその言葉に、ムッと眉根を寄せた。
「私はまだ、手出しはされてません。大人になったらという約束です」
「おお、それは失礼した。唾を付けられただけだったか」
まるで自分の方が一歩先んじているとでも言わんばかりの挑戦的な笑み。
実際の所、アスモナディアは唾すらつけられていないのであるが、彼女の認識ではすでに勝者だ。
なぜなら自分は、ドラゴンという強大な敵を倒してまで手に入れようとされた存在だからだ。
「やれやれ、この調子では何人妻がいるのやら……」
「わかりませんが、敵だった方にもプロポーズしていましたので……相応にいらっしゃるのでは?」
「オークだから仕方ない、か……だがお前は、なぜ『オーク英雄』の許嫁になった? ルラルラの娘なら、オークになど嫁がずとも相手は他にいるだろう」
「私は、母の仇討ちを手伝っていただく代わりに、妻になると」
アスモナディアはそれを聞き、つまらなさそうに鼻を鳴らした。
「はん、なるほどな。そういう事ならば、もう必要なかろう。『オーク英雄』には、私から言っておこう。オーガの女は身を引いたとな」
「それは困ります。だって……私も……」
しかし、ルカの逡巡を見て、肩眉を上げた。
おやおや、どうやらこの少女は、一端にオーク英雄を好いているようだぞ、と。
「ふむ、まぁそうか。オークとはいえ、我ら上位種族が惚れるに値する男だ。さもあらん。そんな男が各国を旅したのだ。奴が国に戻る時は、その名、その称号に相応しい女が、相応しいだけの数いることだろう。貴様も精進せねばならんぞ」
デーモン的には、数ある嫁の一人など、プライドが許さない所だが、アスモナディアは、その中で一番になる自信があった。
いや、今まさに、自分が一番だと確信していた。
なぜなら彼女はデーモンだからだ。
「ん?」
そんなアスモナディアは、ふと先ほどの言葉の中に、妙な言葉が混じっていたことを思い出した。
「……まて、母の仇? ルラルラか? あの大闘士ルラルラが死んだのか?」
「はい。サキュバスの国を襲った、名も無き剣士に」
「名も無き剣士? どんな奴だ?」
「顔が焼けただれたヒューマンの女剣士です」
「……ああ」
ルラルラを打倒しうる、顔が焼けただれた、名も無きヒューマンの女剣士。
それに該当する人物を、アスモナディアは一人、知っていた。
アスモナディアは、ルラルラを倒したのは彼女であると決めつけた。
「まぁ、あいつと戦ったなら、立派な最後だったろう」
「お知り合いなのですか?」
「一時期、デーモンが保護し、かくまっていたからな。終戦後姿を見かけんと思っていたが、そうか、ルラルラを殺し……『オーク英雄』と……」
なるほどなとアスモナディアは頷く。
ほんの少し、オーガの兄妹と会話しただけで、色々なものが見えてくるものだとほくそ笑む。
「ちなみに、『オーク英雄』はその仇討ちには成功したのか?」
「いえ、引き分けました。そもそも女剣士は、サキュバスの国で何かやることがあったみたいで……」
「ほう、詳しく利かせろ」
「えっと、私も全てを知っているわけではないのですが……」
語りだすルカから、アスモナディアはサキュバスの国での出来事の情報を吸い取っていく。
(ふむ、あの女、随分みないと思っていたが、ポプラティカの配下に成り下がっていたか)
そして、そうした結論に行き着いた。
(なるほど、しかし、まだ子供かと思っていたが、意外に詳しいな)
どうやら、目の前の二人は、仇討ちのために各国を渡り歩いたからか、年齢の割に、各国の情勢について詳しいようだ。
ならばとアスモナディアは表情を明るくし、相手の警戒心を解くように、にこやかに提案する。
「さて、ルカよ。お前は私と同様、『オーク英雄』の妻だが、年齢ゆえにその立場は低かろう。一つ頼みを聞いてくれれば、同じ妻として便宜を図ろうではないか」
「それは、聞かなければ結婚後の生活で、私を蔑ろにするということですか?」
「まさか。こんな所で偶然にも同じ立場の女と出会ったのだ、仲良くするための口実だよ。なに、頼みも大した事ではない。デーモンはこの三年、雪とドラゴンに閉じ込められていてな、世間に疎いのだ。この三年の出来事を、出来る限り教えてくれないか?」
「それぐらいでしたら……」
こうして、アスモナディアは己の目的を達成する。
彼女の見立て通り、ルドとルカは、オーガの中でもそれなりに世間に詳しかった。
オーガだが、ヒューマンとのハーフ、しかも子供ということで、各国の者達も警戒心が薄かったのだろう。少しではあるが、本来なら知りえない情報も持っていた。
各国の首脳部の思惑まで知っているわけではないが、アスモナディアはデーモンだ。
最も賢き種族である彼女は、二人の会話を聞いただけで、それとなく現在の世界情勢についてアタリを付けていた。
(結局のところ、各国はまだ自国に抱えた問題を消化しきれていないらしいな)
ならば、七種族連合の各種族が復興する目もあるというものだ。
ヒューマンはどこまで行ってもヒューマンだ。
あらゆる種族の中で最も貧弱ながら、最も戦いを求める種族。
彼らは、いずれヒューマン同士で争い始めるだろう。
あるいは次の標的はエルフかドワーフかもしれないが……ヒューマンは狡猾でもある。同時進行で七種族連合も潰してはいくだろう。
だが、猶予はある。
これで四種族同盟が一枚岩であれば、危うい所だった。
「『オーク英雄』はいずれオークキングになるだろう。奴はそれだけの器だ。奴がキングになった上で私が補佐すれば、オークは滅亡を免れることができる」
「はぁ……?」
「逆に言えば、我々が手を貸さねば、オークは滅ぶ。なにせオークは頭が悪いからな。今の情勢についていけまい」
「バッシュ様は頭悪くありません」
「いいや、『オーク英雄』とてオークだ。思慮深く、優しく、頼もしく、力強くとも、知恵は無い。そういうものだ。ゆえに補佐せねばならんのだ。妻として、夫の国が亡ぶのを見過ごすわけにはいかんからな。逆に、私たちがどれだけオークに貢献したかで、今後の各種族とオークの関係も決まるだろう」
「……そこまで、考えているんですね?」
「当たり前だ。王の妻になるということは、そういうことだ」
当たり前ではないのである。
なぜならバッシュにはオークキングになる予定など無いのだから。
しかし、ルカにそんなことはわからない。
ルカの目は、いつしかキラキラと輝いていた。
バッシュと婚約し、いずれ自分はバッシュの元に嫁ぐことはわかっていたが、その後の生活については霧がかかっているように感じていたのだ。
それが、アスモナディアの言葉で、大きく開けた気がしたのだ。
開けた先に見えているものは、バッシュが想像もしていないような光景であったが。
「私、ちょっと甘い考えだったかもしれません」
「お前の年齢なら仕方ないことだ。だが、お前は今考え直した。ならば問題なかろう。どうだ。一緒にオークの国へ行くか?」
「いいんでしょうか?」
「構わんだろう。我らは『オーク英雄』の妻なのだから」
いいわけが無いのである。
デーモンとオーガは交流を禁じられているし、揃ってオークの政治に介入するなら、それはもうヒューマンとエルフの怒りが怒髪天である。
「ルド、お前も来い。『オーク英雄』ほどではないが、私も一角の武人のつもりだ。稽古ぐらいはつけてやる」
「いいのか……?」
「お前の妹が『オーク英雄』と婚約しているとなれば、お前は身内だ。強くしてやる。それに、弟子が弱者とあっては、『オーク英雄』の名に傷も付こう」
ルドは、まだバッシュに言われた通り、体力作りを続けているだけだ。
独自に剣を振ってはいるものの、そろそろ誰かに何かを教わりたい時期ではあった。
時機を見てオーガの剣豪を当たるつもりではあったが、アスモナディアに師事できるのであれば、是非もない。
「よろしく頼みます」
こうして、アスモナディアとオーガ兄妹の旅が始まった。
■
「顎を引け、剣はまっすぐに構えろ。『オーク英雄』の構えとは違うが、弟子だからと闇雲に真似をしようと考えるな」
アスモナディアの訓練は、旅に出てすぐに始まった。
「お前が知るべきは基本だ。安心しろ。お前は筋がいい。剣の振り方は雑魚そのものだが、足腰がよく鍛えられている。『オーク英雄』の教えの賜物だろうな」
「……はい!」
「オーガにはオーガのやり方もあろう。だがまずは基礎を学べ。そしてそこに己の得意なものを足していけばいい。剣か、魔法か、はたまた拳か。己が強くなるヴィジョンは己の中にしかない。常に自分に何を足せば強くなるか考えろ。そして実戦で試せ。そうして強くなれば、誰もがお前を『オーク英雄』の弟子だと認めるだろう。例えその戦い方が、オークから大きく離れたものであってもだ」
アスモナディアの教えは、バッシュとは別の意味でスパルタであった。
思考を止めず、常に考えろ。
訓練の内容に意味を持たせ、自分のやっていることの意味を考えさせる。
無意味なことはさせない。
体を動かすときにこそ、頭をフル回転させる。
そして、その後はバッシュと同じだ。
ぶっ倒れるまで訓練をさせられる。
「よし、いい感じにほぐれてきたな。今日はあの魔獣を斬ってみろ」
基本的にはアスモナディアが相手をしつつ、時としてそこらにいた魔獣と戦わされた。
今までであれば、生息域すら避けて通ってきたような魔獣だ。
その日に選ばれたのはコカトリスと呼ばれる魔獣で、雄鶏の体と蛇の尾を持ち、強い毒と熱線の魔法を使う。
魔獣の中では決して大きい方ではない。
それでもルドより一回りは大きいが俊敏で、危険な相手だ。
「はぁ……はぁ……」
アスモナディアとバッシュの訓練との違いは色々ある。
だが最も明確なのは、アスモナディアの訓練では、ルドの中で技術的なものがめきめきと上達していったところだろう。
決してバッシュの教え方がヘタだったというわけではない。
バッシュに課せられた訓練のお陰で、アスモナディアの訓練に耐えうる土台ができていたのだ。
「うむ。悪くないな。流石はルラルラの息子といった所か」
しばらく後、ルドの目の前に、一つの死体ができあがった。
コカトリスは尾と首を切り落とされ、絶命していた。
対するルドは、体中が火傷だらけであった。満身創痍ではあるものの、毒だけは受けていない。
致命的な攻撃を避けつつ、長期戦に持ち込んで相手と体力勝負をし、見事に倒しきったのだ。
「コカトリスをやれるなら、大半の魔獣はやれるな」
アスモナディアは、この結果に満足していた。
コカトリスは強力な魔獣だ。
強靭な足腰、俊敏な動きに加え、毒と熱線、パワーとスピード、絡め手、遠隔攻撃、隙は少なく、そこらの魔獣すら避けるような存在だ。
アスモナディアは顎に手を当て考え、よしと手を打つ。
「やはり獣ではなく、人を相手にすべきか。よし、オークの国に付くまで人里は避けるつもりだったが、道中で戦士を見つけ、戦いを挑んでいこうではないか」
魔獣ではなく人を襲う。
そんな物騒なアイデアに、さすがのルドも声を上げた。
「あの、そんなことをして問題になりませんか?」
しかし、そんなルドをアスモナディアは鼻で笑った。
「馬鹿者め。命のやりとりをするわけでもないのに問題になるわけがなかろう。お前はまだ若いからわからんだろうが、どの国にも武人はいる。子供に稽古を頼まれて、嫌とは言えん武人がな」
戦後四年。そんな武人はまだ生き残っている。
なんならオークの国にいってもいくらでもいるのである。
だが、アスモナディアは、オークの国に到着するまでにルドをある程度モノにしたいと考えていた。
アスモナディアはデーモンだ。オークについてそれなりに詳しい。
バッシュは別格の存在だと考えているが、オークの国にいる有象無象は愚かな連中だ。
腕っぷしの強さでしか人の価値を計れない種族である。
そんな場所に、バッシュの弟子を名乗る少年が現れたらどうなるか。
挑まれるだろう。勝負を。
『オーク英雄の弟子』という存在に、他のオーク共が黙っているとは思えない。
その価値があるのかと、腕試しを要求されるだろう。
強ければいい。全員を倒せれば、それが一番いい。
あるいは、そこそこの戦士を打ち倒し、そこそこの猛者と良い勝負をした後に負けるなら、まだ大丈夫だ。
しかし、オークの国でも舐められているような下級戦士に負けたなら、ルドはその場で殺されるだろう。
お前ごときがオーク英雄の弟子を名乗るなど許さない、と。
そうなれば、彼をつれてきたアスモナディアや、妹であるルカの株も下がる。
それに関してはアスモナディアが少し暴れれば事足りる話であるが……彼女としては、バッシュの株が落ちる可能性があった。
指導者としての適性が無いとみられる可能性もある。
アスモナディアはバッシュがいずれオークキングになると見ているが、指導者として未熟だと思われれば、従わぬ者が出てくるかもしれない。クーデターだ。
もちろん考えすぎである。
でもアスモナディア的には、バッシュがオークという種族内から少しでも馬鹿にされるのが、我慢ならなかった。
懸念材料は徹底的に潰すのが彼女のやり方だ。
「あの、アスモナディア様」
「私のことは義姉上と言え。お前たちは身内だからな」
声を上げたルカに、アスモナディアは優しく諭すように、そう促した。
「あ、はい。義姉上……あの、デーモンはゲディグス様を復活させて、そちらに付くと思っていたのですが、オークも……というか、我々もそのように動くのですか?」
ゲディグズ復活。
その情報は、この道中で得られたものであった。
ミストランドでの争い、ポプラティカの暗躍、まことしやかに流れる噂……。
それを統合したアスモナディアは、ポプラティカの目的が『ゲディグズの復活』であり、その後に戦争を引き起こし、現状をひっくり返すことであるとアタリを付けていた。
「姉上や父上がどう考えているかなど知らん。私は『オーク英雄』の方に従う。ただ……」
「ただ?」
「どちらに付くかについてアドバイスを求められたなら、デーモンの大半が付いている方とは逆につくことを勧めるだろうな……ま、デーモンはゲディグズ様を未だに崇拝しているがゆえ、ヒューマン側になるだろう」
「なぜ?」
「ヒューマンが勝った場合、私は『オーク英雄』という立場から、デーモンを存続させるための懇願ができる。姉上らが勝った場合、私の存在を持ってオーク存続の懇願ができる。懇願の結果どう転ぶかはわからんが、両方の種を存続させるために動ける立場にいるのは私だけだ。なら、そうするさ」
淡々と、当たり前のように話すアスモナディアに、ルカの瞳が輝いていく。
ルドもそれを聞きながら、考え込むように顎を撫でた。
「俺も……それぐらい考えていた方がいいんでしょうか?」
「ああ、考えろ。オーガは賢い種族だ。知恵を忘れては上位種族とは言えん。だが、今はそこに頭を回している余裕はない」
アスモナディアはそう切って捨て、まずは強くなるべきだと嘯く。
「さて、武者修行とは言ったが、どこに寄るべきか……ビーストはまずいな。リザードマンはいいが、少し遠い。ハーピーとフェアリーは訓練にならん……エルフとヒューマンはいかんな、奴らは狡猾だ。うっかり殺されるかもしれん。となれば、ドワーフか。道中にドバンガ孔があったな」
その言葉に、ルドが嬉しそうな声を上げた。
「そういえば、師匠は道中でドバンガ孔に寄ったと言ってました。武神具祭で並み居る強敵を打ち倒して、優勝をかっさらったとか。流石ですよね」
優勝はしていないのである。
だが、彼にこの情報をもたらしたのはゼルであるため、何の不思議もない。
ゼルの中では優勝したことになっている。
フェアリーには歴史を捻じ曲げる力があるのだ。
「優勝などあたりまえだ。『オーク英雄』に一対一で勝てる輩などいるものか。単騎でドラゴンを打倒する男だぞ? むしろ大人げない。赤子の喧嘩に大人が混じるようなものであろうが……」
アスモナディアはそこまで口にして、首を傾げた。
「うむ? むしろ『オーク英雄』ほどの戦士がそんな大会に出るのはおかしいな。何か理由があったのやもしれん」
アスモナディアはその理由について考えを巡らせる。
しかし思い至らない。バッシュが奴隷のオークを解放するために戦った、という情報を知らないからだ。
フェアリーが情報を発する時、そこには重要な何かが欠落しているものだ。
まぁ、奴隷オークを解放するために戦ったというのも、真実ではないのだが……。
「まてよ、武神具祭と言えば、優勝者は望むものを得られると聞く。ならばオークが求めるものは自明か」
オークが戦いの末に手に入れたいと願うもの。
それは、女に他ならない。
名誉のために戦うバッシュであっても、いざ女を抱けるタイミングがあったなら抱くだろう。
そう、アスモナディアがそのようにして妻になったように。
いや、抱かれてはいないのだが……。
「ドバンガ孔には、『オーク英雄』の他の妻もいるやもしれん。ついでにそいつも探してみるか。可能かはわからんが、武器の調達もしたい」
「わかりました」
アスモナディアはそう決定し、ドバンガ孔への道を行くことにした。