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オーク英雄物語 ~忖度列伝~  作者: 理不尽な孫の手
第七章 ヒューマンの国 ブラックヘッド領編
79/102

78.英雄vs怪獣

「グラアアアァァァァオオゥ!」


 ウォークライが響き渡る。

 ヒューマンにとっては聞きなれた、だが、この町にとっては忌まわしき、オーク共の雄たけび。

 侵略が始まる。略奪が始まる。凌辱が始まる。

 その号令。


 だがその号令は、人々の後ろから起こった。

 門の前で、逃げ場を失った人々の後ろで起こった。

 身の毛もよだつ怪物と、人々の間で起こった。

 まるで人々を守るかのように。


 振り返れば、そこに一人のオークの背中があった。


「キュアアアアァァァァ!」


 怪物の耳障りな、効けばぞわりと背筋が震える声に微動だにせず、オークは突っ込んでいく。

 勝てるわけがないと、誰もが思った。

 怪物の巨大な腕が振り上げられ、無造作にオークに振り下ろされる。


 潰された、と誰もが思った。


 しかし、次の瞬間、怪物の巨大な腕が、もう一度、勢いよく振り上げられた。

 いや、違う。

 見れば、指が一本欠けていた。

 血が噴き出ていた。


 斬り飛ばされたのだ。

 衝撃で跳ね上げられたのだ。


 一体何が。

 いや、まさか、そんなことがあるのか。

 いいや、そうに違うない。

 オークだ。

 あのオークが、手に持った巨大な剣で、怪物の指を斬り飛ばしたのだ。


 その光景に、人々は唖然とした。

 それどころか、怪物ですら、唖然としているように見えた。

 斬り飛ばされた自分の指が、跳ね飛ばされた自分の腕が、信じられないものであると言わんばかりに。

 僅かな静止があった。

 バッシュもまた、何かに備えて構えたまま、動かずにいた。


 静寂を破ったのは、一人の男の声だった。


「バッシュ殿がやったぞ! 全員、掛かれ!」


 よく通る声が響き渡る。

 見れば、屋根の上に一人の男がいた。

 金髪で、ヒューマンであれば、誰もが一度は遠目に見たことがあるかもしれない。

 それだけ表に出て、人々を鼓舞し、そして希望を与えた存在だ。


「皆の者、あの怪物は必ず我々が退治する! 今は何も考えず、足並みをそろえ、撤退せよ!」


 ヒューマンの王子ナザール。

 その声を聞いた人々の反応は劇的であった。

 一瞬のうちにうっすらと笑みを浮かべたかと思えば、すぐに口元を引き締め、門へと振り返った。

 もはや彼らは烏合の集ではなかった。

 指揮官の号令の元、幼い頃から訓練で学び、戦場で幾度となくした撤退を、機械的に行う存在となった。


「ナザール殿下! 我ら元ハーモニック突撃隊! 誰の指揮下に入ればよいか!」

「ヒューゲルの指揮下に入れ!」


 すでに戦場を去ったはずの、名だたる猛者が戦場へと駆け付けてきている。

 民衆の中には、すでに兵役から退いたものの、戦場で名を馳せた豪傑たちが幾人もいる。

 混乱の薄い地域に住む者達は、ややあって己の剣を手にとり、撤退を支援すべく援軍にやってきたのだ。


「我ら白豹兵団も助力する!」

「助かる!」


 それだけではない。

 ビーストの一団もまた、戦線に参加してくれた。

 ドワーフやエルフよりも早いのは、恐らく、シルヴィアーナが先んじて動いていたからであろう。

 周囲から、この地に駐屯している者達が駆けつけてきてくれている。


「おい、ナザール!」

「サンダーソニア殿!」

「城からヒューマンの軍勢が出てきてる。ビーストもいるし、さっきネメシアとバラバラにエルフとドワーフを集めにいかせた! それに、バッシュもいる!」

「それが!?」

「この場は任せていいんじゃないか!? ポプラティカを追うぞ!」


 その一言に、ナザールは一瞬、躊躇した。

 怯えて逃げる人々を逃がし、かつての豪傑たちが次々と怪物に躍りかかっている。

 バッシュもいる。

 怪物は、バッシュの荒々しい攻撃にくぎ付けで、背後からのヒューマンの弓や槍、魔法などを食らい放題になっている。

 バッシュの出現のお陰で、一気に優勢に傾いた。

 だからといって、旗頭たる自分が、ここでいなくなっていいものか。


 指揮系統が復活し、人々が剣を手に取ったのなら、ヒューマンは強固な軍隊となる。

 長い戦争を戦い、勝ち抜き、大陸の覇者とならん種族が、戻ってくる。


 群の中において個に出来ることは大したことがない。

 ならば自分はポプラティカたちを追いかけ、ヒューマンの聖典を取り返す方が効率的であろう。

 それが達成できる可能性が低くとも……。

 だとしても、ナザールは王族だ。

 戦場にい続け、戦う義務がある。


「……我らがここを離れたら、誰がカスパルから情報を引き出すのですか!?」

「馬鹿! バッシュが出てきたんだ。勝つ時はカスパルが死ぬ時だ!」

「しかし!」


 その言葉に納得はあった。

 バッシュは、あの怪物の正体が何かなどわかるまい。

 倒す時は、恐らく相手が死ぬ時だ。

 バッシュが詰めの甘い戦士ではないことは、ここにいる誰もが承知している。

 だが、それでも、


「今から追いかけて、間に合うわけも!」

「そうだな! でもな。あの、さっきの女剣士、顔に包帯巻いた、ヒューマンの!」

「!」

「だよな、お前も気になってただろ! 確かめるべきだ! 追い付けなくても、追いかけるべきだ。違うか!?」


 その言葉に、ナザールは揺らいだ。

 確かにそうだ。

 一瞬だけ見ただけだが、あの女剣士は……確かに……。


「私は……僕は……」


 ナザールの予想が確かなら、追いかけなければいけない相手だ。


「……皆の者!」


 ナザールの腹は決まった。

 確かめなければいけなかった。

 例えそれが、ヒューマンの王子としての職務を放棄することだとしても。


「私はこの怪物を放った者達を追う、この場は任せる!」


 ナザールはそう言い残し、サンダーソニアの先導の元、戦場を離れていくのであった。



 バッシュは目の前に現れた怪物に集中していた。

 見たことのない怪物だ。

 その上、あまりにも巨大だ。

 正直な所、どう戦っていいのか、見当もつかない。


 意外に思うかもしれないが、初見の相手に対し、バッシュは僅かに慎重になる。

 決して逃げ腰で戦ったりはしないが、ほんの半歩だけ下がりつつ、少しだけディフェンシブな戦いをする。

 もしそれを見たとしても、大半が「どこが?」と思うかもしれないが、バッシュの戦いを間近で見てきた者なら、それを見抜くだろう。

 あるいはバッシュと戦い、生き延びた者なら、見抜くだろう。


 それだけ、バッシュは他種族に対して徹底的に無駄のない攻めを見せる。

 相手の武器や防具から、相手の種族から、相手の取りうる戦術や動きを予測し、迷いのない攻めを見せる。

 その怒涛の攻めの中から、相手の癖や傾向を掴み取り、決定打へとつなげていく。

 バッシュ自身は考えてやっているわけではないが、数々との強敵との戦いが、彼をそう成長させた。


 ゆえに、見たことのない巨大な怪物に、バッシュはやや二の足を踏んでいた。

 傍から見れば、怒涛の攻めで怪物を押しとどめているようにも見えるが……。


 ふと、怪物の腕が不自然に動いた。

 バッシュはそれに反応したが、次の一手は見えなかった。横合いから巨大な手が迫り、バッシュを跳ね飛ばした。

 バッシュはピンポン玉のように吹っ飛び、建物に突っ込んだ。


「だ、旦那ぁ!」


 ゼルが慌てて飛んでいくが、バッシュがこの程度で死ぬわけもない。

 衝撃の瞬間に後ろに飛ぶことで、衝撃を逃がしたのだ。

 衝撃を逃がしたからなんだ、という話であるが、オークという種族、中でもとりわけ頑丈なバッシュには、それだけで十分であった。


「むぅ……」


 瓦礫を押しのけて立ち上がり、廃墟と化した建物から出てくる。

 追撃がないことを知り、バッシュはふぅと一旦、息を整えた。


「……いやー、初めてみる魔獣っすけど、旦那がここまで苦戦するなんて、なかなかやるっすね!」

「そうだな。どう攻めるかわからん……」

「そんな、旦那がわからないなんて、絶望的じゃないっすか!」


 バッシュもそれに首肯し、ヒューマンの軍勢と戦いを続ける魔獣を観察する。

 ヒューマンの戦い方は緻密だ。

 右翼と左翼に別れ、右翼に敵の攻撃が来るなら右翼は引いて防御し、左翼が攻撃する。

 左翼の攻撃で敵の注意が引けたなら、今度は左翼が引いて防御する。

 しかしながら、あまりうまく行っている気配はない。


 右翼がバッシュが先ほどいた位置に入り込み、怪獣の侵攻を止めているためだ。

 怪物は右翼だけを常に狙い続けている。

 左翼が必死に攻撃をしているが、大したダメージを与えられている気配はないし、振り向く気配もない。


 ビーストの中隊が遊撃隊となり、散発的な攻撃をしているが、あまり効果がなさそうだ。

 ヒューマンとも連携が取れているとは言い難い。


 怪物は見た目に反して狡猾だ。

 意志がある。そこらの魔獣と同じような戦い方は通用すまい。


「バッシュ殿! ご無事ですか!」


 と、そんなバッシュの元に、一人の女騎士が走り寄ってきた。

 いや、騎士というには、少し装備が心もとないか。

 そこらに落ちていたのかと思えるほどデコボコの兜をかぶり、体には申し訳程度のブレストアーマーを付けている。

 どちらも騎士ではなく、兵士がつけているようなものだ。


 だが、バッシュは彼女が騎士であると知っていた。


「ジュディスか。この程度なら問題ない」

「そうですか! 良かった! 伝令です! ヒューゲル司令官より、我らと共に戦う気があるなら、指揮下に入れ、と!」

「はぁ~~~~!?」


 それに激高したのはゼルだった。


「旦那がヒューマンの指揮下に入るわけないじゃないっすか! こちとら『オーク英雄』っすよ! ドラゴン殺しの英雄っすよ! あんな怪物だってヒューマンの力なんか借りなくたって倒せるし、そもそもオークがヒューマンの指揮下に入った所で、その力を十分に発揮できるわけないじゃないっすか! 大体、旦那にヒューマンの緻密な作戦を実行できるとでも?」


 半ば酷い言い草だが、それに関してはバッシュも同意である。

 ヒューマンの作戦は緻密であり、繊細だ。

 オークのように大雑把に動いて、こなせるものではない。

 それはヒューマンと戦ったことのあるバッシュが、一番よくわかっていた。


「一人で倒せるって割には、攻めあぐねているようだったけどなぁ!」


 と、そこにもう一つ、声が上がった。


「お前は……」


 見れば、巨大な女がいた。

 オーガ男性もかくやという、二メートル以上ある背丈に、全身にガッチリとついた筋肉。

 その筋肉を鋼の鎧で包み込み、手に大きな戦槌を持ちながら、のしのしと歩いてきている。

 ヒューマンの女とは思えないほどの巨躯を持つ、騎士だ。


「『血飛沫のリリー』か!」

「その名も久しいな! 和平交渉以来か? 災難だったな! こんな怪物の出る日に呼ばれるなんて!」

「よく出るのか、コイツは?」

「ハーッハッハ! あたしはここの生まれじゃないから知らないよ! でもまぁ、滅多に出ないんじゃないかねぇ!」


 『血飛沫のリリー』は、オークにとって有名な女騎士だ。

 かつて、オークが和平交渉に臨んだ際、オークの戦士たちからは反発の声が大きかった。

 だが、その場において女騎士が、その反発の声を上げる大隊長の一人に決闘を申し込み、ぶちのめした。

 そしてそこで知らしめたのだ。

 女は、お前たちの家畜ではない、お前たちと同じ、誇りを持つ人間だ、と。

 それが『血飛沫のリリー』。彼女であった。


「ヒューマンの民を守ってくれて感謝するよ!」

「俺はヒューマンを守ったわけではない。魔獣が迫ってきたから戦うだけだ」

「そして、戦場で見目麗しい女が寄ってきたら、攫って食っちまうのがオークだ。だから、あたしも来た。そっちの小娘を食っちまわないようにね」


 リリーはジュディスに視線を送りつつ、そう言った。


「リリー殿、バッシュ殿はそのような不埒はオークではありません!」

「ハッ、こいつはオークの中のオークだ、お前のことを犯したくてたまらないに決まってるだろ」

「馬鹿な、バッシュ殿がこのような場で、そのような……違いますよね、バッシュ殿」

「お前が犯してもいいというなら、すぐにでもそうする」

「なぁっ!」

「だが、オークキングの命により、他種族との合意なき性交は禁じられている」

「あ、ああ……そうですね。そうでした! ほら見ろ、バッシュ殿は高潔なお方なんだ! オークの中では珍しく、ちゃんと決まりを守れるんだ!」


 その言葉に、リリーはフンと鼻をならした。


「わかってるさ。こいつがオークの中では、特に先を考えてる奴だってことはね」

「……?」

「和平交渉の場で、あたしがオークをぶちのめした話は知ってるね? あの時、あたしの相手として、このバッシュが出てきてもおかしくなかった。だってそうだろう? あの場で、一番強いオークがいるんだから、そいつが出てこなきゃ、始まらねえ。でもこの男は、最後まで出てこなかった。和平に反対してなかったのもあるだろうが、オークが公の場でヒューマンの女にぶちのめされて、黙ってたんだ。……でも、そのお陰で和平交渉はすんなりいった」


 バッシュがあの場でリリーと戦わなかったのは、なんとなくそういう空気だったからである。

 リリーはヒューマンだが、見た目の面で言えば、バッシュの好みから外れるのだ。

 しかし、逆にリリーのような女が好みのオークもいる。

 ぶちのめされた大隊長がそうだった。彼は前々からリリーに目をつけていて、普段からあの筋肉女をモノにしてやると息巻いていた。

 他のオークとしても、「そこまでいうならどうぞどうぞ」という感じで譲ったのだが、まさか負けるとは思わなかった。

 そんな感じである。

 別に平和を望んだ結果ではない。


 ついでに言えば、オークは決闘の結果を素直に受け入れる。

 リリーは大隊長は正々堂々と戦い、そして勝ったのだ。

 勝者が望むものを手にするのは、当然だ。

 脇から口を挟むべきではない。


「そんなあんただからこそ、あたしも頭を下げるよ」


 リリーはそう言うと、片膝をついて頭をたれた。


「『オーク英雄』バッシュ殿、あの怪物は、我らの戦力では仕留めきれません。どうか我らの指揮下に入り、その剛腕を我らが腕とさせていただきたい」

「……さっきもゼルが言ったが、俺はヒューマンの立てる作戦など理解できん」


 バッシュがそう言うと、リリーは破顔した。


「それは安心しな! こっちのジュディスが作戦を理解して、あんたに指示を出す」

「は? じ、自分がですか?」

「そりゃそうだろ。他に誰がいるんだ?」

「しかし、自分はあまり実戦経験が……」


 ジュディスの脳裏に浮かぶのは、かつてバッシュと共に行った盗賊退治だ。

 あの戦いで、自分がいかに世間知らずかつ力不足であるかを知った。

 あれから一年が経過した。野党崩れやはぐれオークと戦う機会はあったが、自信がついたかと言われると微妙な所だ。


「安心しな。みんな昔はそうだった。それに今は、そんなこと言ってる場合じゃないだろ?」

「そうだな。お前しか適役がいないのなら、お前がやるしかない」

「多少の怪我はオレっちが治すっすから、気にしなくていいっすよ」


 リリーの言葉にバッシュが同調し、ゼルからも心強い言葉が飛んでくる。

 もちろん、怪我が怖くて躊躇しているわけではないのだが……。


「……わかりました、不肖ジュディス、力不足なれどバッシュ殿の従者となり、戦働きのお手伝いをさせていただきます!」

「よぅし、じゃ、あたしは本営に戻って『オーク英雄』が指揮下に入ったと伝えてくる。そのうち伝令が来るから、それまでは目を引きつけといてくれ。適当にな。死ぬなよ!」

「誰に向かって言っている」

「だよな!」


 リリーは笑いながらそう言って、左翼の方へと戻っていった。


「では、やるか」

「旦那、ご武運をっす!」

「あ、ご、ご武運を!」


 ジュディスにそう言われ、バッシュは振り返る。

 ジュディス。

 多少へんてこな恰好をしているが、見目麗しい女騎士だ。

 そんな女騎士が、戦場に向かう自分を見送っている。

 不思議な感覚だが、悪くない。

 そう思いつつ、バッシュはヒューマンの右翼を猛撃する怪物へと歩き出した。


 戦いが始まった。

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― 新着の感想 ―
[一言] オークの英雄ですら指揮下に置かれるという事実を残すというのも目的に含まれてそうだねぇ
[良い点] おっ? これは夫婦の初の共同作業というやつか!? [一言] しかし実際指揮下に入れったってどうするんだ? 「化け物を釘付けにする」だけでももう値千金の仕事をしているんだが…? 隙を作るから…
[一言] オークの大隊長がリリーさん(さん付けせざるを得ない)が好みでぼっこぼこにされてなかったら、オークはもっと荒れてたのかもしれないのか…
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