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オーク英雄物語 ~忖度列伝~  作者: 理不尽な孫の手
第七章 ヒューマンの国 ブラックヘッド領編
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75.暗躍者たち2


 深夜。

 ストームヒル城の城下町にある、ごく普通の一軒家。

 その地下に、三人の女性がいた。

 一人は見目麗しいサキュバスの女。

 一人はおどろおどろしい雰囲気をまとう陰気なデーモンの女。

 そして一人は、顔を包帯で隠したヒューマンの女。

 キャロット、ポプラティカ、名無しの女の三人だ。


「どうしてバレたんだ?」


 ヒューマンの女の疑問に、サキュバスの女が答える。


「さぁ、向こう側に間者でもいるんじゃないのぉ?」

「どのみち、最後の一つはアルドリアが失敗したことで、警戒されてるはず……」

「そういう感じじゃないんだけどなぁ……」


 三人の女は額を寄せ合い、現状について憂いていた。


 彼女らは"遺跡"より、数名の手勢を連れてザリコ半島へとやってきた。

 敵の警戒網に入らぬよう注意を払いつつ、ついでに前々から目を付けていた者を勧誘しつつ、ブラックヘッド領への侵入を果たした。

 目的は最後の遺物、『ヒューマンの聖典』。


 彼女らの仲間には、アルドリアというデーモンの戦士がいた。

 アルドリアは『ヒューマンの聖典』を奪取すべく、単身ザリコ半島へと向かい、帰ってこなかった。

 恐らく、失敗したのだろう。


 アルドリアは強力な戦士だ。

 『夢魔』のアルドリアという別名を持つアサシンで、かつてはゲディグズの側近であり、その存在はデーモン軍の中でも隠匿されていた。

 彼の存在はもちろんのこと、彼の使う特殊な魔法も隠匿されている。

 曰く、相手の夢の中に入り込み、夢の中で相手を殺すと、現実の世界でその人物が忽然と消える、というものだ。

 どういった原理なのかは、恐らくゲディグズぐらいしか知らないだろう。

 ポプラティカ達にとって、アルドリアは切り札の一つでもあった。

 そんなアルドリアが、ヒューマンの聖典の奪取に失敗した。


 ゆえに、ポプラティカたちは慎重に事を進めたのだが、肩透かしを食らうこととなった。

 ヒューマン達はポプラティカ一味の襲撃に備え、さぞ厳重な警戒がされているものだと思っていたのだが、ザリコ半島全域は疎か、ストームヒル城ですら、警戒されている気配がなかったのだ。

 それだけならよかった。

 気を抜いている所に襲撃をかけ、さっさとヒューマンの聖典を奪えばいいのだから。


 ただ、そううまくいかなかった。

 ヒューマンの聖典の所在が、わからなかったのだ。

 ヒューマンの聖典は、ヒューマンの宗教に深く関わるものであり、厳重に保管されているはずのものだ。

 だというのに、どこにそれが保管されているのか、という情報を持っている者が、誰もいなかったのだ。

 街中で情報収集してみても、一度でも見たという者すらいなかった。

 もちろん、移動させられたという情報すらない。

 この地にあると知っている者はいるが、具体的にそれがどこかは、誰も知らなかったのだ。


 ただ、確かに存在するものであることは、ポプラティカたちも知っていた。

 確かにここ、ザリコ半島にあったという情報までは、ポプラティカ達も持っていたからだ。

 ゆえに、何か手がかりをつかむべく、その場に残って情報収集を続けていたが、まるで何もわからない。

 忽然と姿を消したアルドリアの痕跡すら、見つからなかった。

 一体、アルドリアはどこへ聖典を探しにいき、どこで誰に阻止され、倒されたのか、それすらも分からぬまま、彼女らはストームヒル城の城下町で足踏みをする日々が続いていた。


 そんなある日のことだ。

 手勢の一人がやられた。

 市中で情報収集をしていた者の一人。

 ヒューマンで、目立たない女だった。

 ヒューマンの諜報部出身で、戦時中から、身を隠すことに長けた女だった。

 誰かに疑われていたとか、そういったことも無かったはずだ。

 それがある日、いなくなった。

 失踪した、事故で死んだ、様々な可能性に思い至ったが、こういういなくなり方には、憶えがあった。

 敵に見つかり、拉致されたのだ。


 どこでバレたのか分からないが、ポプラティカたちがザリコ半島に侵入したことが、敵に知れたのだろう。


「どうすんのこれからぁ?」

「困ってる」

「一度戻って態勢を立て直した方がいいんじゃないかな? ここに固まっているのは危険だ」


 名無しの女がそう言うも、ポプラティカは悩む。

 もちろん、こうなった以上、一度撤退するのが望ましい。

 一度拠点に戻り、情報収集を得意とするメンバーで組みなおし、新たに作戦を立てる。

 それが望ましいだろう。


 この場所には、一度"印"をつけた。

 ならば、ポプラティカの術を使えば、戻ってくるのもそう難しいことではない。

 何の成果も得られなかったことに、焦る気持ちはある。

 あと一つ、あとたった一つなのだ。

 あと一つで、ゲディグズが生き返るのだ。

 焦らないわけがない。


 だが、ポプラティカは決して愚かな女ではない。

 引き際は弁えていた。


「……そうだね。仕方ない。帰ろうか」

「それがいい」

「そうねぇ。ここまで情報が無いと、もうどうしようもないものねぇ」


 決断は早かった。

 犠牲者が二人、三人と出る前に撤退する。

 部下たちにもそれを周知させ、迅速に撤収しよう。

 そう思った次の瞬間であった、


「まぁまぁ、お嬢様方、そう急がずともよろしいのでは」


 声がした。

 三人しかいないはずの部屋から、四人目の声が。


「……!」


 見れば、入口付近に一人の男が立っていた。

 ヒューマンの老人。

 ただ、見知らぬ男ではない。

 三人は、彼のことを知っていた。


「これはこれは賢者殿……どうしてここが?」


 ヒューマンの賢者。

 かつてヒューマン三羽烏の一人と言われた、ヒューマンの英傑。

 数多の魔法を操り、ドラゴンをも使役して、戦争を勝利に導いた立役者の一人

 『賢者』、『南の森のドルイド』、『千の魔法を操りし者』、『ドラゴンテイマー』。

 多くの異名を持つ彼の本名は、カスパル・ベッケンバウアーという。


 今でこそベッケンバウアー家。貴族の一員として名を連ねる者であるが、かつてはそうではなかった。

 かつてカスパルとだけ呼ばれた少年は、戦争孤児でありながら文字が読める賢い少年であったが、しかし一山いくらで数えられる雑兵の一人であった。

 彼は友と一緒に戦場に出て、幾度もの死線を乗り越えて武功を上げ、書を読み、魔法を覚え、さらに武功を積み、やがて貴族となったのだ。

 レミアム高地の決戦においては、ドラゴンを従えて参戦して敵軍を混乱に陥れ、自身もまた圧倒的な魔法で獅子奮迅の活躍を見せたことは、あまりにも有名だ。


 そして彼は、戦争が終わると同時に、ザリコ半島の森で隠居生活を始めてしまった。

 彼がなぜ隠居生活を始めたのかを知る者は少ない。


「どうしても何も、勧誘したのはそちらではないですか」

「この場所、知らせてないはずだけど?」

「やれやれ、ポプラティカ殿、戦争中、私が何度あなたの『影渡り』の痕跡をたどって襲撃したか、お忘れのようだ」


 ポプラティカの『影渡り』は非常に強力な魔法だ。

 今となっては使い手も少ない、デーモンの秘奥義。

 しかしながら、ポプラティカがそれを使い、あらゆる戦場で無双し続けたかと言えば否だ。

 ヒューマンの賢者は、これに対抗すべく、『灯火繋ぎ』という魔法を作り出し、デーモンの秘奥義を破ったのだ。

 これまた誰にでも使える魔法というわけでもなかったが、あらゆる場所に現れるデーモンを追跡できる魔法は、デーモンの魔導士を激減させた。

 ヒューマンの賢者は、ポプラティカの天敵だ。


「ちょっとぉ、賢者様ぁ。いきなり現れてイキるのはいいけど、敵か味方かははっきりしておいた方がいいわよぉ」


 そんな賢者に対し、キャロットの瞳が赤く光る。

 賢者の周囲からバチリと音がして、目に見えぬ何かがレジストされる。


「そうだね。前に勧誘した時は、いい返事をくれなかったんだ。この家の外は、ヒューマンの兵でいっぱいなのかい?」


 名無しの女も剣を抜く。

 これには賢者は、降参とばかりに両手を上げた。


「いやいやまさか、私は引退した身の上。今更あなたがたを捕縛する気などありませんよ」

「それは前にも言っていたね。それと、こうも言っていた。"再び戦争になったとしても、自分の知ったことではない"と。あくまで不干渉を貫くと言わんばかりにね」

「気が変わりました」


 賢者は、天井を見ながら、己の顎を撫でた。

 少し言い難そうに、少し恥ずかしそうに、彼は言った。


「妻を蘇らせたい」


 妻。

 ヒューマンの賢者は未婚である。

 だが、知る人は知っている。

 彼が誰を愛していたのかを、誰と子を為したのかを、なぜ隠居生活を始めたのかを。


「復活させるのはゲディグズ様。それは譲らない」

「太古の力はどれほどの力を秘めているかわからない。もしかすると、もう一人や二人……あるいは一頭、蘇らせられるかもしれない。そうでなくとも術式を解析できれば、太古の力抜きでもできるかもしれない……以前、あなたはそうおっしゃった」

「そんな都合よくいくとは限らない。……と、以前あなたがそう言った」

「そうです。確かに私はそう言いました。だけど、望みはある。例えばデーモン王ゲディグズならば、あるいはそれらしい術を知っているかもしれない。なら……縋ってもいいかと思ったのですよ。細い望みにね」

「どうしてそう思ったの?」


 名無しの女がそう聞けば、賢者はにこりと笑ってみせる。


「先日、私の元にある男が現れましてね……彼は一生懸命、これから先の世の中を生きようとしていました。大変だろうに、そんなことはしたこともなかろうに、姿を変えた私に教えを請い、真面目に学んで出ていったのです……なら私も、と思いましてね」

「そいつの生き方と、あなたの選択は違って見えるのだけどぉ?」

「何も変わりません。彼は彼の、私は私の道を行くだけです。正直にね」

「ふぅん。ま、どっちでもいいけど……せっかく来てもらって嬉しいけど、今ちょっと大変なのよね」


 キャロットの言葉にも、賢者はにこりと笑ってみせる。


「ああ、知っていますよ。聖典は見つからず、アルドリア氏も見つからず、何一つ手がかりがつかめないまま、手勢が一人減ってしまった。これからどうするかで困っているのでしょう?」

「……」

「どうして? と、聞きたそうだ。最初の二つはともかく、残りの二つはさっき立ち聞きしてしまっただけさ」


 肩をすくめる老人に、ポプラティカも空を仰いだ。


「手土産というわけではないが、私を仲間に加えてくれたら、二つ。君達に知識を与えましょう。まず聖典の場所、それとアルドリア氏がどうなったか」

「最初からあなたを勧誘してたのは、こっち。聞かせて。どうなっているの?」


 ポプラティカはそう言う。

 元々、そういうつもりだった。

 最初から、彼の知恵が必要だと考えていた。

 見返りは、復活の秘術。蘇るかどうかは定かではないが、望みはある。そう伝えたが、断られた。

 そんな彼が心変わりしたのなら、ポプラティカは何も言うことはない。


「私は反対だ。こいつはヒューマンの三羽烏の一人。いずれ私達を裏切るぞ」


 名無しの女だけは反対した。

 その言葉の裏には、強い憎悪がにじみ出ていた。

 そんな女に、キャロットが抱き着いた。

 そして耳元で囁く。

 ヒューマンに嫌われるサキュバス仕草である。


「だとしても、せっかくお話してくれるって言ってるんだから、とりあえず聞いてみるべきよぉ。だって手詰まりなんですもの」

「……だが信用できない。私はこいつを信用したくない」


 頑固な名無しの女に、キャロットはため息をつく。


「ごめんなさいねぇ。普段は気のいい女なんだけど、ヒューマンが絡むとこうなってしまうのよぉ」

「なら、条件を変えましょう。私がこれから話す内容に納得したのなら、仲間に加えてください」


 賢者の譲歩に、名無しの女は「仕方ない」と息を吐くのだった。



「さて、ヒューマンの聖典というものは、私も一度見たことがありますが、わけのわからない文字の書かれた石板でしてね。何やら神々しさがあるため、時の宗教家が御神体として奉ったため、聖典と呼ばれるようになりましたが、そこに書かれた文字は未だに解読されていません。そもそもこの宗教というものは、現在のヒューマン国において……」

「座学はいい。どこにある?」


 名無しの女がため息と同時にそう言うと、賢者はくすりと笑った。


「あなたは昔から勉強が嫌いでしたね」

「昔? 何のことだ? 私は過去を捨てたからそんな記憶はないぞ」

「そうですか……まぁ、事情は知っていますので、そういうことにしておきましょう。それがあなたの望むことなら、私はとやかく言いませんよ」

「いいから、さっさと続きを話すんだ」


 賢者はニコリとほほ笑んだ。

 かつて賢者は、この名無しの女に勉強を教えていた時期がある。

 その頃から賢者は賢者と呼ばれ、ヒューマン国において名声をほしいままにしていた。

 懐かしい記憶である。

 しかし今は、それを懐かしんでいる時ではない。


「結論から言いますと、聖典は城内の教会の奥に安置されています」


 賢者の言葉に、三人の表情が引き締まった。

 所在地が分かった。

 もちろん、賢者が知らぬ内に移動させられている可能性もあるが、ひとまずは賢者を信じてもいいだろう。

 移動させられたのなら、どこかで情報網に引っ掛かるはずだから。


「聖典は古来より、教会の中でも選ばれた者が守っております。今代の守護者は歴代でも最強と名高い聖堂騎士モント卿です」

「ああ……あいつか」

「アルドリア殿は彼に敗北し、教会の地下に送られ、口に出来ないような拷問の末に殺されました」

「教会はデーモンを毛嫌いしているからな……デーモンだけではないが……」


 そこで、キャロットが疑問を挟んだ。


「じゃあ? アルドリアや聖典の情報が出回っていないのはなんでぇ?」

「ヒューマンの宗教は他種族に対して排他的でしてね、特に和平の道を選んだ軍や王室と仲がよくないのです。自分たちの教会に忍び込んできたデーモンを拉致して殺したとなれば、問題が起きると文句を言われるかもと思い、隠匿したのでしょう」

「ふーん。ヒューマンの神官たちって、神に仕えてるのに、そういうことするのねぇ」

「あいつらは、神を権力の道具ぐらいにしか思ってないからな」


 名無しの女が吐き捨てるように言うと、場が一瞬、シンと静まった。

 賢者は言葉を続ける。


「聖典の情報が無いのは、彼らが聖典の事も秘匿しているからです。彼らは自分たちだけが"知る権利がある"と思っている。読めないどころか、何か意味のあることが書いてあるとも限らないのにね」

「ヒューマンの宗教って、よくわからないわねぇ」

「我らは、あなた方のように"遺物"に何か偉大なものを信じていたわけではないのですよ。臆病なヒューマンは、恐怖に打ち克つのに、無いものに縋るしかなかったということなので」

「ふぅ~ん」


 静かに殺気を放つ名無しの女を無視しつつ、話は続いていく。


「それで、モント卿? アルドリアを倒せるとなると、相当な使い手だけど」

「どういう相手なのぉ? ナナーシーちゃんは知ってるぅ?」

「知ってる。私と同等の剣の達人で、かつてはヒューマン王宮の剣術指南まで任されていた。アルドリアには荷が重い相手だったかもしれんな。だが……」


 名無しの女の言葉を、賢者が引き取った。


「だけど、モント卿は"男"です。そして、その配下も全員"男"です……なにせ教会は女人禁制ゆえ」


 それは、致命的な弱点であった。

 ヒューマンは、ごく一部の装備品や、賢者のような高い魔法耐性を持つ者を除き、サキュバスに対抗する術を持たない。

 キャロットが一人いれば、事足りるということを意味している。


「ふぅん、あんまりサキュバスに攻められることは考えてないのねぇ」

「いいえ、威張っているだけですよ。ヒューマンは男の方が個体として強い傾向にありますから」

「……ヒューマンって、格下の相手を蔑むの、好きよねぇ」


 ヒューマンやエルフは、軍の編成においても男と女を明確に分けている。

 サキュバスと戦う際に、そうしなければ立ち行かなかったからだ。

 だからキャロットはそう大きな疑問を持たなかったが、種族内でそういった差別があることまでは知らなかった。


「何にせよ、やるべきことが決まった」


 ポプラティカの一言で、彼女らのやるべきことは決まった。

 目的の物がどこにあるのかわかったのなら、迷うことはない。

 そのために来たのだから。


「賢者よ。何か策はあるか?」

「勝てる戦に策などいりませんよ。今から城に侵入し、教会から聖典を奪ってくるだけでいい」

「城に戦力が集まっているという情報もある」

「首脳会談が行われていますからね。ただ、教会が絡む以上、彼らが出張ってくることは無い」

「なぜ無いと言い切れる?」

「先ほども言いましたが、城にいる方々と、教会の仲が悪いからです。仲間が一人拉致され、あなた達の情報を吐いてしまったとして、その情報がもう片方の陣営に届くのに、必ずタイムラグが生じます。城の方々の大半は聖典の正確な場所を知らないし、知っていても武装した面々が立ち入るには許可が必要だ。逆に教会が拉致をしたのだとしても、その防衛を城の方々に任せることはしないでしょう」

「すぐに連携を取れば、確実に守り切れるのにねぇ」

「そこが、ヒューマンという種族の弱点です。情報を隠匿し、己の身内にすら嘘を付き、都合の良いように人を動かそうとする。そういう者が上に就く……さらに言えば、現在ヒューマンの事実上の頂点に立つ者は、まだ我々のことを重要視していません。ゲディグズの復活も眉唾だと思っており、情報の伝達より己の目的を優先するでしょう。ならばこそ、聖典は奪えます。そして彼は、聖典を失い、ゲディグズが復活し、そこで初めて今回の一件が分岐点だったと気付くのです」

「お前の予想通りにはいかないかもしれないぞ。人は、思い通りには動かない」


 名無しの女の吐き捨てるような言葉に、賢者も少し困った顔をする。

 その通りだ。

 思い通りになるのなら、己の妻は死んでいない。

 だからこそ、賢者も覚悟を決めて、ここに来たのだ。


「その時は、私が命に代えてもあなた方をこの場から脱出させましょう。妻に誓って」


 妻に誓って。

 名無しの女には、この男が妻を失った悲しみがいかほどのものかわからない。

 だが、神や名誉、誇りなどを並べ立てるより、よほど信憑性のある単語に聞こえた。

 確かな覚悟を感じた。

 ゆえに、ようやく名無しの女も、大きなため息をつきながらも、手を差し出すことにした。


「わかった。そこまで覚悟が決まっているのなら……賢者よ。歓迎する。共に世界を変えていこうじゃないか」

「仰せのままに」


 こうして、契約は成った。

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― 新着の感想 ―
[一言] オークキングの名に誓った以上は手が出せんぞ
[一言] バッシュが来てること言わないのかな 確かにキャロット無双しそうだけどバッシュがその場にいたら魅了使えないんじゃないかな 好きな男と尊敬する戦士に魅了使わないらしいし
[気になる点] 妻に会いてぇな…「俺が行く」→正常         「お前が来い」→賢者
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