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オーク英雄物語 ~忖度列伝~  作者: 理不尽な孫の手
第七章 ヒューマンの国 ブラックヘッド領編
74/109

73.女騎士の尋問、再び

 一人のオークがストームヒル城へと足を踏み入れていた。


「こんな形だったか?」

「作り直したんじゃないっすか?」


 ついでに一匹のフェアリーも一緒である。

 二人は、城を見上げながら、必死に過去の記憶を掘り起こそうとしていた。

 だが、どれだけ掘ろうとも、該当の形は出てこなかった。


 それもそうだろう、かつてストームヒル城は、オークの軍勢に落とされた。

 ヒューマンにとって最も強く、最も身近な、敗北の記憶だ。

 生き延びた者はごく僅か、彼らは遠方から燃え盛るこのストームヒル城を見て、血の涙を流した。

 オークに城を落とされるということがどういう事か、知らぬ者はいなかった。

 男は皆殺し、女は全員繁殖奴隷として捕まり、オークに無理やり子を産まされた。


 帰らぬ者も多く、帰ってきた者は、押しなべて廃人だった。

 ゆえに、この地を取り戻し、新たに城を再建するとなった時、あの日、涙を飲んだ者たちは誓ったのだ。

 二度と、この地を落とさせはしない、と。

 もし次、この城が攻められることがあるなら、絶対に陥落させはしない、と。


 そうして出来上がったのが、この城だ。

 バッシュとゼルが見覚えがないのも当然だろう。

 ついでに言えば、バッシュは略奪には参加せず、追撃戦に参加していたので、燃え落ちるストームヒル城も記憶には残っていない。

 どれだけ記憶を掘り起こそうと、無い物は出てこないのである。


「こっちだ。ついて来い」


 兵士に言われ、バッシュとゼルは歩き出す。

 そういえばなんでここに来たんだっけ? と思う所もあるが、ついて来いと言われたらついていってしまうのが、下っ端戦士だった者の性である。


 ぐねぐねと曲がりくねった廊下を通り、登り坂や下り坂、上っているようで登らない階段などを経て、バッシュは一つの部屋へとたどり着いた。

 気づけばゼルとははぐれていた。

 道中で「フェアリー殿はこちらへ、甘い木の実を用意しています」などという文言が聞こえた気もするし、「いやー、オレっち甘いのより香ばしい木の実の方が好きなんすけど、そこまで言われちゃあ……」なんて言葉も聞こえた気がするが、どちらにせよはぐれたという事実に代わりはない。

 道? 憶えているわけがない。


「ここだ」


 バッシュが部屋に入ると、背後でガチャリと音がした。

 鍵を掛けられたのだろう。

 まぁ、バッシュが気にすることはない。

 その気になれば鉄の扉ぐらいなら蹴破れるのだから。

 思ったとしても「戸締りをきちんとするなんてマメなやつだな」ぐらいである。


「む」


 中に入ったバッシュの目に入ったのは、四人の男女だった。

 その内、三人は見知った顔である。


「サンダーソニアか……」


 特にその中の一人は、バッシュにとってみているだけで垂涎ものの存在。

 あまりにも可憐で美しいエルフだ。


「おお、久しぶりだな! 赤の森以来か? デーモンの所まで行ってたそうじゃないか。元気だったか?」

「サンダーソニア殿、じん……質問は私がしますので、交遊を深めるのは後でお願いいたします」

「わ、わかったよ。そんな怖い顔で睨むなよ。別に挨拶ぐらい、なぁナザール?」

「サンダーソニア殿の挨拶は長いので、後にした方がいいでしょうね」

「お前まで! 長いってなんだよ、挨拶は大事なんだぞ……」


 サンダーソニアから視線を外し、次にバッシュは片方の男を見る。

 金髪のイケメン。

 今日は仮面をつけていない。


「ナザール。お前のお陰でデーモンたちにもすんなりと話が通ったぞ。助かった」

「そう……ですか? あの書状で? それは重畳ですが……なんで……いえ、そうか、書状がなければ門前払いという可能性もあったということですか……ブツブツ……」


 なにやら考え込んでしまったナザールを後目に、バッシュは三人目、ジュディスの方に向き直る。

 こちらもやはり垂涎ものの存在だ。

 今日は少々、騎士っぽくない服装であるが。


「ジュディスか。久しぶりだな……なぜここにいる?」


 ジュディスはクラッセルの守備をしている。

 そういった知識は、さしものバッシュも持っていた。

 ようは、持ち場を離れてどうしたんだ、ということだ。


「先日呼び出されまして。魔法の馬車でひとっとびですよ」

「ふむ。そうか」


 しかし、細かいことは気にしない。

 それをわかっていて、ジュディスも細かい部分はボカしていた。


「それでバッシュ殿がこちらにいらしていると聞きましてね、ぜひとも旅の武勇伝をお聞きしたく、参上したのです」

「……そういうことか。いいだろう」


 オークから話を聞くための導入としては、完璧であった。

 ジュディスは周囲に目くばせをし、尋問を開始する。

 以前のように居丈高にならぬよう、高圧的にならぬよう、細心の注意を払いつつ。

 ちなみに最後の一人は宰相クルセイドであるが、バッシュ的にはどうでもいいヒューマン男性の一人でしかないので、気にすらしなかった。


「まず、デーモン国とビースト国間の国境で警備隊が全滅していたそうですが、あれはバッシュ殿が?」

「いや、俺ではないな」

「では、どなたか知っている方が?」

「知らん。俺が通過した時には、すでに誰もいなかった。しかし、黙って通過するのは悪いと思い、書置きを残したのだ」


 ほらね、と言いたげにジュディスは後ろを振り返った。

 ほらね、と言いたげにサンダーソニアも横に視線を送る。

 ほらね、と言いたげにナザールもまた横にいた人物を見る。

 視線の集まった宰相クルセイドは「いや、嘘かもしれんだろ」と小さく呟いた。

 でもオークは嘘などつかないのである。

 少なくとも、オーク以外の種族は、そう信じていた。


「では、国境を通過し、デーモンの国に入ったかと思いますが、そこで何をしていましたか?」

「うむ。デーモンの国に入ったが、中々デーモンの町が見つからなくてな、何もない雪原をひたすら歩くこととなった。だが、俺たちは運がよかった」

「運がよかった? 町が見つからないのに?」

「違う。何日かして、俺たちはデーモンの戦士団が襲われている所を目撃したのだ」

「デーモンの戦士団が襲われている……? 何に?」

「ドラゴンだ」

「なるほどドラゴン……ドラゴン? え、ドラゴンって言いましたか?」

「そうだ。デーモンの国はドラゴンの縄張りになっていたのだ。俺たちは見つからなかったが、何日もそんな危険地帯を歩いていたというわけだ。運がいいとしか言いようがない」


 ジュディスは冷や汗を垂らしつつ、後ろを振り返る。

 サンダーソニアもナザールも驚いている。

 「そうか、デーモン国への連絡が途絶えたのはそのせいか」というつぶやきもあったが、バッシュは特に聞いていない。


「それで、その後は?」

「デーモンの生き残りがいたので、そいつを助け、ドラゴンに見つからぬよう、夜まで待った。魔獣の住処に隠れてな」

「ほう、そのデーモンが、町への案内をしてくれた、というわけですか」

「いや、ドラゴンの炎で焼かれたそいつは、生きるか死ぬかの瀬戸際でな。フェアリーの粉でも生死はわからなかった。デーモンの国を見つけたのはゼルの尽力あってのことだ」

「自力で見つけたのですね」

「ああ、デーモンはドラゴンの襲撃を恐れ、昼間は結界で身を隠し、夜に細々とした生活をしていた」

「デーモンが細々とした生活を……」


 デーモンと言えば、居丈高でプライドの高い種族だ。

 ジュディスは聞いたことしかないが、戦場にバスタブを持ち込んでいる者すらいたと聞いている。

 それぐらい、他種族を舐めくさっているのがデーモンである。細々とした生活など想像もつかない。


「ともあれ、戦士を助けたのですから、さぞ歓迎されたでしょうね」

「デーモンが歓迎などするものか……いや、デーモンにしては、悪い態度ではなかった。特にナザールからの書状があると伝えてからは、すんなりと事が進んだな」

「デーモンですからね……それから?」

「デーモン将軍シーケンスへ書状を渡した後、山に巣くうドラゴンを討伐に向かった」

「なるほど、ドラゴンを討伐に……ドラゴン討伐? なんで?」

「書状のお陰だ。シーケンスは書状を見た後、ドラゴン討伐に向かった己の娘を、俺のモノにしていいと言ってくれたのだ」


 ジュディスは、どんな書状を送ったのだとばかりにナザールを見るが、ナザールもわけがわからないという顔をしていた。

 ジュディスが聞いた話だと、ポプラティカの行動がデーモン全体の意志かどうかを確かめるためのものだったはずだ。


 ならばとジュディスは考える。

 シーケンスがバッシュを丸め込んだのだろう。

 シーケンスと言えば狡猾で有名な将軍だ。

 そしてバッシュは『竜断頭』。ドラゴンスレイヤーの名を持つ男だ。

 渡りに船とばかりに、女を使ってバッシュを焚き付け、ドラゴンにぶつけたのかもしれない。


「バッシュ殿は、それでよかったのですか?」

「ああ、そのためにデーモンの国までいったようなものだからな」


 ドラゴンを討伐するために?

 いいや違うとジュディスは思い返す。

 これまでのバッシュの旅路、これまでのバッシュの功績を。

 多少のブレはあるものの、バッシュはオークという種族の誇りを取り戻すために旅をしている。

 そのため、シワナシの森でエルフを助け、ドワーフに捕らわれた奴隷オークを助け、ビーストとの禍根を癒すべく単身で結婚式に赴いた。

 デーモンを助け、ドラゴン退治。

 バッシュの目的とは少しズレているような気もするが、少なくともデーモンがドラゴンの脅威にさらされているのは事実のようだし、討伐してもらって感謝しないということはなかろう。

 それは、オークの誇りを取り戻すのに繋がるだろう。

 デーモンはプライドが高いが、しかし義理堅くはあるのだ。

 そうでなければ、七種族連合の盟主になどなれるものか。


「俺たちは山を登り、デーモンたちの作った裏穴から、ドラゴンの住処へと侵入した」

「……ほう」

「もう少しで穴を抜ける、そう思った時、穴の奥に何かが見えた……目だ。穴を、金色の目がのぞき込んでいたのだ。俺は間髪いれずに剣を抜いて地面に突き立て、壁を作った。同時に、すさまじい熱波が襲ってきた。ブレスだ!」

「ごくっ……」


 ジュディスは、知らぬ間に拳を握っていた。

 英雄譚を聞くのは初めてではない。

 だが、本物のドラゴンスレイヤーの話を本人から直に聞くのは初めてだ。

 これが他の輩なら、話半分、酒の肴程度の笑い話ととらえるだろうが、目の前のオークの強さは本物だ。ならば話も本物だろう。


「ブレスに耐えながら、俺はゆっくりと数字を数えた」

「なぜ?」

「レミアム高地で戦った時に知ったのだが、ドラゴンのブレスは永遠に吐けるわけではない、必ず息継ぎの瞬間がある。十三だ。十三まで数えた後、俺は剣を抜き、奴へと突撃しつつ、また数を数えた。1、2、3、4、5、6、7、8、9! 俺は穴を覗き込んできた目に、剣を突き立てた!」

「おお!」

「しかしそれで死ぬような相手ではない。俺はのけぞったドラゴンを押しのけるように、奴の寝床へと入り込んだ」


 そうして、しばらくバッシュとドラゴンの戦いの描写が続いた。

 だがドラゴンが逃げ出し、それを追ったバッシュが、山腹の遺跡に入った所で、ナザールたちの顔つきが変わった。

 ドラゴンの巣食う山にある遺跡……何かあってもおかしくはない。

 そう、例えば、ゲディグズ復活のために必要な"遺物"であったり……。

 また、一般的には知られていないことであるが、賢者の研究により、ドラゴンはそういう、力のある物体の近くに巣を作る習性があるとも知られている。

 しかしバッシュの話に、それについての言及はなかった。

 隠しているのかとも思ったが、どうにもそういう感じではない。

 本当に、気にしていない感じだ。


「――だが、そこにいたのは女だった。デーモンの討伐隊の生き残りだ」

「女……」

「俺はシーケンスから娘を嫁にしていいと言われていた。しかし、オークキングの命により、他種族との合意なき性交は禁じられている。その女から合意を得るべく、その女に話しかけた」

「さすがはバッシュ殿ですね。しかし、そんな所に女とは、怪しいとは思わなかったのですか?」

「ヒューマンともなれば、その時点で怪しいと気づくのか?」

「あっ、いえ、別にオークを馬鹿にしているわけではないです。ほら、ドラゴンは賢い相手ですから、そうそう逃げ延びれるものでもありませんので、生き残りというのは考えにくいかな、と……」

「うむ。その通りだ、だが、俺は気づかなかった。お前の睨み通り、その女はな、ドラゴンが化けていたのだ」


 ジュディスがあっけにとられた顔をして、サンダーソニア達の方を振り返った。

 サンダーソニアも「そういう話は聞いたことあるけど、ほんとに変身するんだな」と感心しきりである。

 ドラゴンの話はナザールも気になっていたのか、若干身を乗り出している。


「俺はまんまと騙され、女に己の武勇伝を話した。女を俺に惚れさせ、自分のモノとするためだ。そして、いざその瞬間が来たと思った。女は俺の体をガッシリと捕まえて、みるみるうちに巨大なドラゴンへと戻っていったのだ」

「え、ええぇ……」

「巨大な牙が目の前にあり、これで俺も終わりかと諦めかけたが……ドラゴンは俺を見逃すと、そのまま飛び立っていったのだ」

「……なぜ?」

「わからん。だが、ゼルが言うには、直前に話した武勇伝で、ドラゴンが俺を認めてくれたからだろう、とのことだ」


 ジュディスもドラゴンの生態や考え方についてはわからない。 

 だが、ドラゴンは極めて知能が高い生物だ。

 ヒューマンの賢者は、ドラゴンと知己を交わし、戦力として助力を得たという話もある。

 バッシュの武勇を認めて、見逃した、あるいはそういう口実で逃げたのだとしても、おかしくはない。


「ドラゴンには逃げられ、俺たちは得るものもなく、山を去った……。敗北だ」


 ドラゴンと戦って、ドラゴンから逃げたのではなく、ドラゴンが逃げた。

 ドラゴンに"逃げられた"など、バッシュ以外が言ったのであれば、笑い飛ばした所だろう。

 だが、バッシュには前例がある。

 ついでに言えば、ドラゴンが一匹、北から南に向かって飛んで行ったことも確認されている。

 嘘ではなかろう。

 ちなみにエルフ国にある、とある山に降り立ったそうだが、その後の消息は不明だ。


 それにしてもドラゴンが逃げたというのなら、それは撃退であり、勝利じゃないのだろうか。

 ジュディスはそう思わなくもなかったが、まぁバッシュほどの実力者が敗北と言うなら、敗北なのだろう。


「その後、どうなったのですか?」

「獲物に逃げられておいて、むざむざデーモンの所に戻った所で馬鹿にされるだけだからな、関所へと戻ったのだ」

「では、ポプラティカや、キャロットには、会っていない、と?」

「? ああ、そうだな。当たり前だろう」


 当たり前だとまで言われて、ジュディスはほっとしつつ、と周囲を見渡す。

 釣られるようにサンダーソニアもほらな、とエルフの面々の顔を見ていた。

 ナザールは苦笑である。


「ちなみに、ポプラティカらと会う予定はありますか?」

「無いな。だが、会いたくはある」

「ほう、それは、なぜ?」

「決まっている。いい女だからだ。できるなら妻に迎えたい」


 会議室の空気が少し弛緩した。

 オークでも冗談を言うことがあるのだな、と思ったのだろう。

 だがジュディスだけは、表情を引き締めていた。

 オークが女を妻にするということは、すなわち倒して持ち帰り、己のものとすることを意味する。

 となれば、これは冗談ではなく、彼女らと敵対しているという、遠まわしな表現なのかもしれない。


「……時にバッシュ殿、例の『探し物』は見つかったのですか?」

「いや、まだだ。だが、俺もこの旅で様々なことを学び、知った。ならばと、ヒューマンの国に戻ってきた」

「……探し物がここにある、と?」

「わからん。だがチャンスはあると思っている。幸いにして、旅の途中で賢者より薫陶も受けた」

「賢者? 賢者殿に会ったのですか?」

「うむ。かの賢者より受けた教えを、今すぐにでも試したいと思っている」

「なんと……」


 この大陸で、賢者の称号を持つ者は、ただ一人しかいない。

 あらゆる書物を読み解き、あらゆる知識を網羅し、あらゆる魔法に精通し、ドラゴンをも従えたヒューマンの賢者。

 デーモン王ゲディグズの戦略すらも読み切ったとされる、ヒューマン最高の知能を持つ男……。

 彼だけが、賢者を名乗ることを許されている。

 今、その賢者がどこに住んでいるのか、ジュディスは知らない。

 だが、このあたりに住んでいるという噂は聞いたことがあった。

 そして、賢者の名前が出ても、ジュディス以外は驚きもしていない。

 皆、知っているのだろう。バッシュが『ヒューマンの賢者』と出会ったことを。

 なら、ジュディスもそれ以上、突っ込んで聞くことは無かった。


「わかりました。お話をありがとうございました。さすが、『オーク英雄』バッシュ殿だ。非常に面白かったです」


 ここまでの話の中で、バッシュから疑わしい話は出てこなかった。

 全てが作り話なのだとしたら、もはやバッシュはオークという種族を完全に超越した何かだろう。

 少なくとも、バッシュがポプラティカたちに加担している可能性は、限りなくゼロに近いといえよう。


(ただ……)


 少しだけ、ジュディスは気がかりとなることがあった。


(バッシュ殿は、何かを、隠しておられる……?)


 オークは嘘はつかないが、隠し事はする。

 そんな、隠し事をするオークとは、この一年で何人かと出会った。

 基本的には、大した隠し事だった試しはないが……。

 ともあれ、そんなオークたちから感じた違和感と、今のバッシュの話を聞いた時の違和感は、酷似していた。


 何一つ、証拠はない。

 根拠は、この一年で会話してきたオークたちの反応だけだ。


「では、これで質問は終わりです。長い時間、ありがとうございました」


 ならばとジュディスは、早々に話を断ち切ることにし、


「バッシュ殿は、これからどちらに?」

「町に出る。やることがあるのでな」

「しかし、この町はかつてオークに攻め落とされたということもあり、少々オークへの風当たりが強いですよ……食事や宿の手配なども、バッシュ殿だけでは困難では?」

「そうなのか?」

「ご案内しましょうか?」


 そう提案した。


「助かるが、いいのか?」

「もちろんです」

「ならば行くぞ。む、ゼルはどこだ? ここに来る途中ではぐれたのだが」

「別室で食事をとられています。お呼びしましょうか?」

「頼む」


 ジュディスが合図をすると、ややあって、ピュンと音を立てて一匹のフェアリーが飛んでくる。

 フェアリーはヒューマン弓兵の一斉射撃のごとき勢いで発言を繰り返したが、そこは割愛しよう。どうせ大したことは喋っていない。


「では、用意しますので、先ほどまでゼル殿がいた部屋で少々お待ちください」

「うむ」


 バッシュが兵士に連れられて、退室していく。

 それを見届けたサンダーソニアは薄い胸を張り、クルセイドに対して自慢げに告げる。


「ほらな、私の言った通りだ! バッシュはシロだったろ?」


 対するクルセイドは不満げだった。

 ただ、あくまで落ち着いた声で、サンダーソニアに言い返す。


「尋問を打ち切るのが早すぎる。あのバッシュが探しているものというのは何だ? やることとは? それすら聞かず、半端に尋問を打ち切っていいとでも思っているのかね?」

「やることも何も、バッシュはオークの名誉を回復させるために旅をしてるんだぞ。だから探し物ってのは、オークの名誉が回復できるような事件とかだ! シワナシの森でオークゾンビが暴れてた件とかな! バッシュの今までの行動は、全てそれで説明できる! 実際、私たちもバッシュのお陰で、オークへの見方がだいぶ変わったんだ。な? ナザールもそうだろ? クルセイド、お前だって、あのバッシュの受け答えの姿を見て、何も思わなかったわけじゃあるまい?」


 クルセイドはサンダーソニアの言葉に、やや冷たい目をしていた。

 思い通りにならない結論に、不満を持っているのがありありとわかった。

 だが、やがてフッと笑った。


「オークと相対するのは初めてではありませんが……確かに、今までに会ったことが無いほど堂々としたオークでした。受け答えもしっかりしている。私が疑いすぎていたようです」

「そうなんだよ! バッシュは理性的でな。普通、オークと言えば私を見たらよだれを垂らしながら、『すぐぶち込んでやるぜゲヘヘ』とか言うもんだが、あいつは違う」


 ベラベラと喋り始めるサンダーソニア。

 クルセイドは苦笑いしつつ、ジュディスの方を振り返る。


「それにしても、案内すると言っていたが、この町は初めてでは?」

「そうですね。あとで一人、この町に詳しい兵士を貸してください。主要な酒場などの場所を事前に教えてくださるとありがたいです」

「……なぜ?」


 クルセイドの言葉に、ジュディスは真面目くさった顔で答える。


「いえ……私の仕事はこれで終わりですし、バッシュ殿も疑いが晴れたのですから、せっかくだし、もう少し英雄譚を聞かせてもらいたくて……」


 その言葉に、サンダーソニア達は顔を見合わせた。

 ジュディスの公私混同を怒る気持ちもあるが、それ以上に、その顔にはありありと「自分も聞きたい」と書かれていた。


「わかった。ではこの町出身の兵士を見繕っておく」

「ありがとうございます」


 ジュディスは頷いた。


(何事も無ければ、それでいいが……)


 ジュディスは、隠し事の内容に、少し興味があった。

 個人的な興味でもあるが、ヒューマンの騎士、ヒューマンを守護する者としての義務も存在していた。


 バッシュが隠しているのが何かは分からない、もしかすると、今回の一件とはまるで関係ないことなのかもしれない。

 それをこの場で暴けば、あるいは悪い方向に進むかもしれない。

 ヒューマンとオークの戦争に発展するような、悪いことが起きるかもしれない。


 ゆえに、もう少しバッシュを泳がせつつ、行動を共にする。

 そこで、隠し事の中身を確かめるのだ。

 もちろん、大したことでないのなら、それでいい。

 ジュディスの胸の内に、仕舞っておけばいい。


 しかし、もし……もしもそれが、四種族同盟にとって都合の悪い話であるなら……。

 ジュディスはその内容を上層部に報告するつもりだった。

 ただし、この国からバッシュを逃がした後で、だ。


(その場合、私は騎士の身分を剥奪されるかもしれん……だが、かつて助けられた時の恩返しにはなろう)


 ジュディスは、そう考えていたのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] バッシュ「(オークの)賢者」 利き手「(ヒューマンの)賢者」 なぜか利き手が真実にたどり着いて 話手のバッシュ達のみ真実にたどり着いて無い不思議。
[良い点] >どうせ大したことは喋っていない。 いや草 [一言] ドラゴンスレイヤーから直々に、できたてほやほやの武勇伝語ってもらえるとかご褒美がすぎるんだよなぁ… みんなすごい楽しそう
[良い点] そもそも「魔法が使える」ことが単純に便利なことあるいは強くなれる手段でしかない、オーク以外の種族にとって、バッシュがなんでそんなに焦ってるのか想像すらできないってところが出発点だけど、まっ…
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