73.女騎士の尋問、再び
一人のオークがストームヒル城へと足を踏み入れていた。
「こんな形だったか?」
「作り直したんじゃないっすか?」
ついでに一匹のフェアリーも一緒である。
二人は、城を見上げながら、必死に過去の記憶を掘り起こそうとしていた。
だが、どれだけ掘ろうとも、該当の形は出てこなかった。
それもそうだろう、かつてストームヒル城は、オークの軍勢に落とされた。
ヒューマンにとって最も強く、最も身近な、敗北の記憶だ。
生き延びた者はごく僅か、彼らは遠方から燃え盛るこのストームヒル城を見て、血の涙を流した。
オークに城を落とされるということがどういう事か、知らぬ者はいなかった。
男は皆殺し、女は全員繁殖奴隷として捕まり、オークに無理やり子を産まされた。
帰らぬ者も多く、帰ってきた者は、押しなべて廃人だった。
ゆえに、この地を取り戻し、新たに城を再建するとなった時、あの日、涙を飲んだ者たちは誓ったのだ。
二度と、この地を落とさせはしない、と。
もし次、この城が攻められることがあるなら、絶対に陥落させはしない、と。
そうして出来上がったのが、この城だ。
バッシュとゼルが見覚えがないのも当然だろう。
ついでに言えば、バッシュは略奪には参加せず、追撃戦に参加していたので、燃え落ちるストームヒル城も記憶には残っていない。
どれだけ記憶を掘り起こそうと、無い物は出てこないのである。
「こっちだ。ついて来い」
兵士に言われ、バッシュとゼルは歩き出す。
そういえばなんでここに来たんだっけ? と思う所もあるが、ついて来いと言われたらついていってしまうのが、下っ端戦士だった者の性である。
ぐねぐねと曲がりくねった廊下を通り、登り坂や下り坂、上っているようで登らない階段などを経て、バッシュは一つの部屋へとたどり着いた。
気づけばゼルとははぐれていた。
道中で「フェアリー殿はこちらへ、甘い木の実を用意しています」などという文言が聞こえた気もするし、「いやー、オレっち甘いのより香ばしい木の実の方が好きなんすけど、そこまで言われちゃあ……」なんて言葉も聞こえた気がするが、どちらにせよはぐれたという事実に代わりはない。
道? 憶えているわけがない。
「ここだ」
バッシュが部屋に入ると、背後でガチャリと音がした。
鍵を掛けられたのだろう。
まぁ、バッシュが気にすることはない。
その気になれば鉄の扉ぐらいなら蹴破れるのだから。
思ったとしても「戸締りをきちんとするなんてマメなやつだな」ぐらいである。
「む」
中に入ったバッシュの目に入ったのは、四人の男女だった。
その内、三人は見知った顔である。
「サンダーソニアか……」
特にその中の一人は、バッシュにとってみているだけで垂涎ものの存在。
あまりにも可憐で美しいエルフだ。
「おお、久しぶりだな! 赤の森以来か? デーモンの所まで行ってたそうじゃないか。元気だったか?」
「サンダーソニア殿、じん……質問は私がしますので、交遊を深めるのは後でお願いいたします」
「わ、わかったよ。そんな怖い顔で睨むなよ。別に挨拶ぐらい、なぁナザール?」
「サンダーソニア殿の挨拶は長いので、後にした方がいいでしょうね」
「お前まで! 長いってなんだよ、挨拶は大事なんだぞ……」
サンダーソニアから視線を外し、次にバッシュは片方の男を見る。
金髪のイケメン。
今日は仮面をつけていない。
「ナザール。お前のお陰でデーモンたちにもすんなりと話が通ったぞ。助かった」
「そう……ですか? あの書状で? それは重畳ですが……なんで……いえ、そうか、書状がなければ門前払いという可能性もあったということですか……ブツブツ……」
なにやら考え込んでしまったナザールを後目に、バッシュは三人目、ジュディスの方に向き直る。
こちらもやはり垂涎ものの存在だ。
今日は少々、騎士っぽくない服装であるが。
「ジュディスか。久しぶりだな……なぜここにいる?」
ジュディスはクラッセルの守備をしている。
そういった知識は、さしものバッシュも持っていた。
ようは、持ち場を離れてどうしたんだ、ということだ。
「先日呼び出されまして。魔法の馬車でひとっとびですよ」
「ふむ。そうか」
しかし、細かいことは気にしない。
それをわかっていて、ジュディスも細かい部分はボカしていた。
「それでバッシュ殿がこちらにいらしていると聞きましてね、ぜひとも旅の武勇伝をお聞きしたく、参上したのです」
「……そういうことか。いいだろう」
オークから話を聞くための導入としては、完璧であった。
ジュディスは周囲に目くばせをし、尋問を開始する。
以前のように居丈高にならぬよう、高圧的にならぬよう、細心の注意を払いつつ。
ちなみに最後の一人は宰相クルセイドであるが、バッシュ的にはどうでもいいヒューマン男性の一人でしかないので、気にすらしなかった。
「まず、デーモン国とビースト国間の国境で警備隊が全滅していたそうですが、あれはバッシュ殿が?」
「いや、俺ではないな」
「では、どなたか知っている方が?」
「知らん。俺が通過した時には、すでに誰もいなかった。しかし、黙って通過するのは悪いと思い、書置きを残したのだ」
ほらね、と言いたげにジュディスは後ろを振り返った。
ほらね、と言いたげにサンダーソニアも横に視線を送る。
ほらね、と言いたげにナザールもまた横にいた人物を見る。
視線の集まった宰相クルセイドは「いや、嘘かもしれんだろ」と小さく呟いた。
でもオークは嘘などつかないのである。
少なくとも、オーク以外の種族は、そう信じていた。
「では、国境を通過し、デーモンの国に入ったかと思いますが、そこで何をしていましたか?」
「うむ。デーモンの国に入ったが、中々デーモンの町が見つからなくてな、何もない雪原をひたすら歩くこととなった。だが、俺たちは運がよかった」
「運がよかった? 町が見つからないのに?」
「違う。何日かして、俺たちはデーモンの戦士団が襲われている所を目撃したのだ」
「デーモンの戦士団が襲われている……? 何に?」
「ドラゴンだ」
「なるほどドラゴン……ドラゴン? え、ドラゴンって言いましたか?」
「そうだ。デーモンの国はドラゴンの縄張りになっていたのだ。俺たちは見つからなかったが、何日もそんな危険地帯を歩いていたというわけだ。運がいいとしか言いようがない」
ジュディスは冷や汗を垂らしつつ、後ろを振り返る。
サンダーソニアもナザールも驚いている。
「そうか、デーモン国への連絡が途絶えたのはそのせいか」というつぶやきもあったが、バッシュは特に聞いていない。
「それで、その後は?」
「デーモンの生き残りがいたので、そいつを助け、ドラゴンに見つからぬよう、夜まで待った。魔獣の住処に隠れてな」
「ほう、そのデーモンが、町への案内をしてくれた、というわけですか」
「いや、ドラゴンの炎で焼かれたそいつは、生きるか死ぬかの瀬戸際でな。フェアリーの粉でも生死はわからなかった。デーモンの国を見つけたのはゼルの尽力あってのことだ」
「自力で見つけたのですね」
「ああ、デーモンはドラゴンの襲撃を恐れ、昼間は結界で身を隠し、夜に細々とした生活をしていた」
「デーモンが細々とした生活を……」
デーモンと言えば、居丈高でプライドの高い種族だ。
ジュディスは聞いたことしかないが、戦場にバスタブを持ち込んでいる者すらいたと聞いている。
それぐらい、他種族を舐めくさっているのがデーモンである。細々とした生活など想像もつかない。
「ともあれ、戦士を助けたのですから、さぞ歓迎されたでしょうね」
「デーモンが歓迎などするものか……いや、デーモンにしては、悪い態度ではなかった。特にナザールからの書状があると伝えてからは、すんなりと事が進んだな」
「デーモンですからね……それから?」
「デーモン将軍シーケンスへ書状を渡した後、山に巣くうドラゴンを討伐に向かった」
「なるほど、ドラゴンを討伐に……ドラゴン討伐? なんで?」
「書状のお陰だ。シーケンスは書状を見た後、ドラゴン討伐に向かった己の娘を、俺のモノにしていいと言ってくれたのだ」
ジュディスは、どんな書状を送ったのだとばかりにナザールを見るが、ナザールもわけがわからないという顔をしていた。
ジュディスが聞いた話だと、ポプラティカの行動がデーモン全体の意志かどうかを確かめるためのものだったはずだ。
ならばとジュディスは考える。
シーケンスがバッシュを丸め込んだのだろう。
シーケンスと言えば狡猾で有名な将軍だ。
そしてバッシュは『竜断頭』。ドラゴンスレイヤーの名を持つ男だ。
渡りに船とばかりに、女を使ってバッシュを焚き付け、ドラゴンにぶつけたのかもしれない。
「バッシュ殿は、それでよかったのですか?」
「ああ、そのためにデーモンの国までいったようなものだからな」
ドラゴンを討伐するために?
いいや違うとジュディスは思い返す。
これまでのバッシュの旅路、これまでのバッシュの功績を。
多少のブレはあるものの、バッシュはオークという種族の誇りを取り戻すために旅をしている。
そのため、シワナシの森でエルフを助け、ドワーフに捕らわれた奴隷オークを助け、ビーストとの禍根を癒すべく単身で結婚式に赴いた。
デーモンを助け、ドラゴン退治。
バッシュの目的とは少しズレているような気もするが、少なくともデーモンがドラゴンの脅威にさらされているのは事実のようだし、討伐してもらって感謝しないということはなかろう。
それは、オークの誇りを取り戻すのに繋がるだろう。
デーモンはプライドが高いが、しかし義理堅くはあるのだ。
そうでなければ、七種族連合の盟主になどなれるものか。
「俺たちは山を登り、デーモンたちの作った裏穴から、ドラゴンの住処へと侵入した」
「……ほう」
「もう少しで穴を抜ける、そう思った時、穴の奥に何かが見えた……目だ。穴を、金色の目がのぞき込んでいたのだ。俺は間髪いれずに剣を抜いて地面に突き立て、壁を作った。同時に、すさまじい熱波が襲ってきた。ブレスだ!」
「ごくっ……」
ジュディスは、知らぬ間に拳を握っていた。
英雄譚を聞くのは初めてではない。
だが、本物のドラゴンスレイヤーの話を本人から直に聞くのは初めてだ。
これが他の輩なら、話半分、酒の肴程度の笑い話ととらえるだろうが、目の前のオークの強さは本物だ。ならば話も本物だろう。
「ブレスに耐えながら、俺はゆっくりと数字を数えた」
「なぜ?」
「レミアム高地で戦った時に知ったのだが、ドラゴンのブレスは永遠に吐けるわけではない、必ず息継ぎの瞬間がある。十三だ。十三まで数えた後、俺は剣を抜き、奴へと突撃しつつ、また数を数えた。1、2、3、4、5、6、7、8、9! 俺は穴を覗き込んできた目に、剣を突き立てた!」
「おお!」
「しかしそれで死ぬような相手ではない。俺はのけぞったドラゴンを押しのけるように、奴の寝床へと入り込んだ」
そうして、しばらくバッシュとドラゴンの戦いの描写が続いた。
だがドラゴンが逃げ出し、それを追ったバッシュが、山腹の遺跡に入った所で、ナザールたちの顔つきが変わった。
ドラゴンの巣食う山にある遺跡……何かあってもおかしくはない。
そう、例えば、ゲディグズ復活のために必要な"遺物"であったり……。
また、一般的には知られていないことであるが、賢者の研究により、ドラゴンはそういう、力のある物体の近くに巣を作る習性があるとも知られている。
しかしバッシュの話に、それについての言及はなかった。
隠しているのかとも思ったが、どうにもそういう感じではない。
本当に、気にしていない感じだ。
「――だが、そこにいたのは女だった。デーモンの討伐隊の生き残りだ」
「女……」
「俺はシーケンスから娘を嫁にしていいと言われていた。しかし、オークキングの命により、他種族との合意なき性交は禁じられている。その女から合意を得るべく、その女に話しかけた」
「さすがはバッシュ殿ですね。しかし、そんな所に女とは、怪しいとは思わなかったのですか?」
「ヒューマンともなれば、その時点で怪しいと気づくのか?」
「あっ、いえ、別にオークを馬鹿にしているわけではないです。ほら、ドラゴンは賢い相手ですから、そうそう逃げ延びれるものでもありませんので、生き残りというのは考えにくいかな、と……」
「うむ。その通りだ、だが、俺は気づかなかった。お前の睨み通り、その女はな、ドラゴンが化けていたのだ」
ジュディスがあっけにとられた顔をして、サンダーソニア達の方を振り返った。
サンダーソニアも「そういう話は聞いたことあるけど、ほんとに変身するんだな」と感心しきりである。
ドラゴンの話はナザールも気になっていたのか、若干身を乗り出している。
「俺はまんまと騙され、女に己の武勇伝を話した。女を俺に惚れさせ、自分のモノとするためだ。そして、いざその瞬間が来たと思った。女は俺の体をガッシリと捕まえて、みるみるうちに巨大なドラゴンへと戻っていったのだ」
「え、ええぇ……」
「巨大な牙が目の前にあり、これで俺も終わりかと諦めかけたが……ドラゴンは俺を見逃すと、そのまま飛び立っていったのだ」
「……なぜ?」
「わからん。だが、ゼルが言うには、直前に話した武勇伝で、ドラゴンが俺を認めてくれたからだろう、とのことだ」
ジュディスもドラゴンの生態や考え方についてはわからない。
だが、ドラゴンは極めて知能が高い生物だ。
ヒューマンの賢者は、ドラゴンと知己を交わし、戦力として助力を得たという話もある。
バッシュの武勇を認めて、見逃した、あるいはそういう口実で逃げたのだとしても、おかしくはない。
「ドラゴンには逃げられ、俺たちは得るものもなく、山を去った……。敗北だ」
ドラゴンと戦って、ドラゴンから逃げたのではなく、ドラゴンが逃げた。
ドラゴンに"逃げられた"など、バッシュ以外が言ったのであれば、笑い飛ばした所だろう。
だが、バッシュには前例がある。
ついでに言えば、ドラゴンが一匹、北から南に向かって飛んで行ったことも確認されている。
嘘ではなかろう。
ちなみにエルフ国にある、とある山に降り立ったそうだが、その後の消息は不明だ。
それにしてもドラゴンが逃げたというのなら、それは撃退であり、勝利じゃないのだろうか。
ジュディスはそう思わなくもなかったが、まぁバッシュほどの実力者が敗北と言うなら、敗北なのだろう。
「その後、どうなったのですか?」
「獲物に逃げられておいて、むざむざデーモンの所に戻った所で馬鹿にされるだけだからな、関所へと戻ったのだ」
「では、ポプラティカや、キャロットには、会っていない、と?」
「? ああ、そうだな。当たり前だろう」
当たり前だとまで言われて、ジュディスはほっとしつつ、と周囲を見渡す。
釣られるようにサンダーソニアもほらな、とエルフの面々の顔を見ていた。
ナザールは苦笑である。
「ちなみに、ポプラティカらと会う予定はありますか?」
「無いな。だが、会いたくはある」
「ほう、それは、なぜ?」
「決まっている。いい女だからだ。できるなら妻に迎えたい」
会議室の空気が少し弛緩した。
オークでも冗談を言うことがあるのだな、と思ったのだろう。
だがジュディスだけは、表情を引き締めていた。
オークが女を妻にするということは、すなわち倒して持ち帰り、己のものとすることを意味する。
となれば、これは冗談ではなく、彼女らと敵対しているという、遠まわしな表現なのかもしれない。
「……時にバッシュ殿、例の『探し物』は見つかったのですか?」
「いや、まだだ。だが、俺もこの旅で様々なことを学び、知った。ならばと、ヒューマンの国に戻ってきた」
「……探し物がここにある、と?」
「わからん。だがチャンスはあると思っている。幸いにして、旅の途中で賢者より薫陶も受けた」
「賢者? 賢者殿に会ったのですか?」
「うむ。かの賢者より受けた教えを、今すぐにでも試したいと思っている」
「なんと……」
この大陸で、賢者の称号を持つ者は、ただ一人しかいない。
あらゆる書物を読み解き、あらゆる知識を網羅し、あらゆる魔法に精通し、ドラゴンをも従えたヒューマンの賢者。
デーモン王ゲディグズの戦略すらも読み切ったとされる、ヒューマン最高の知能を持つ男……。
彼だけが、賢者を名乗ることを許されている。
今、その賢者がどこに住んでいるのか、ジュディスは知らない。
だが、このあたりに住んでいるという噂は聞いたことがあった。
そして、賢者の名前が出ても、ジュディス以外は驚きもしていない。
皆、知っているのだろう。バッシュが『ヒューマンの賢者』と出会ったことを。
なら、ジュディスもそれ以上、突っ込んで聞くことは無かった。
「わかりました。お話をありがとうございました。さすが、『オーク英雄』バッシュ殿だ。非常に面白かったです」
ここまでの話の中で、バッシュから疑わしい話は出てこなかった。
全てが作り話なのだとしたら、もはやバッシュはオークという種族を完全に超越した何かだろう。
少なくとも、バッシュがポプラティカたちに加担している可能性は、限りなくゼロに近いといえよう。
(ただ……)
少しだけ、ジュディスは気がかりとなることがあった。
(バッシュ殿は、何かを、隠しておられる……?)
オークは嘘はつかないが、隠し事はする。
そんな、隠し事をするオークとは、この一年で何人かと出会った。
基本的には、大した隠し事だった試しはないが……。
ともあれ、そんなオークたちから感じた違和感と、今のバッシュの話を聞いた時の違和感は、酷似していた。
何一つ、証拠はない。
根拠は、この一年で会話してきたオークたちの反応だけだ。
「では、これで質問は終わりです。長い時間、ありがとうございました」
ならばとジュディスは、早々に話を断ち切ることにし、
「バッシュ殿は、これからどちらに?」
「町に出る。やることがあるのでな」
「しかし、この町はかつてオークに攻め落とされたということもあり、少々オークへの風当たりが強いですよ……食事や宿の手配なども、バッシュ殿だけでは困難では?」
「そうなのか?」
「ご案内しましょうか?」
そう提案した。
「助かるが、いいのか?」
「もちろんです」
「ならば行くぞ。む、ゼルはどこだ? ここに来る途中ではぐれたのだが」
「別室で食事をとられています。お呼びしましょうか?」
「頼む」
ジュディスが合図をすると、ややあって、ピュンと音を立てて一匹のフェアリーが飛んでくる。
フェアリーはヒューマン弓兵の一斉射撃のごとき勢いで発言を繰り返したが、そこは割愛しよう。どうせ大したことは喋っていない。
「では、用意しますので、先ほどまでゼル殿がいた部屋で少々お待ちください」
「うむ」
バッシュが兵士に連れられて、退室していく。
それを見届けたサンダーソニアは薄い胸を張り、クルセイドに対して自慢げに告げる。
「ほらな、私の言った通りだ! バッシュはシロだったろ?」
対するクルセイドは不満げだった。
ただ、あくまで落ち着いた声で、サンダーソニアに言い返す。
「尋問を打ち切るのが早すぎる。あのバッシュが探しているものというのは何だ? やることとは? それすら聞かず、半端に尋問を打ち切っていいとでも思っているのかね?」
「やることも何も、バッシュはオークの名誉を回復させるために旅をしてるんだぞ。だから探し物ってのは、オークの名誉が回復できるような事件とかだ! シワナシの森でオークゾンビが暴れてた件とかな! バッシュの今までの行動は、全てそれで説明できる! 実際、私たちもバッシュのお陰で、オークへの見方がだいぶ変わったんだ。な? ナザールもそうだろ? クルセイド、お前だって、あのバッシュの受け答えの姿を見て、何も思わなかったわけじゃあるまい?」
クルセイドはサンダーソニアの言葉に、やや冷たい目をしていた。
思い通りにならない結論に、不満を持っているのがありありとわかった。
だが、やがてフッと笑った。
「オークと相対するのは初めてではありませんが……確かに、今までに会ったことが無いほど堂々としたオークでした。受け答えもしっかりしている。私が疑いすぎていたようです」
「そうなんだよ! バッシュは理性的でな。普通、オークと言えば私を見たらよだれを垂らしながら、『すぐぶち込んでやるぜゲヘヘ』とか言うもんだが、あいつは違う」
ベラベラと喋り始めるサンダーソニア。
クルセイドは苦笑いしつつ、ジュディスの方を振り返る。
「それにしても、案内すると言っていたが、この町は初めてでは?」
「そうですね。あとで一人、この町に詳しい兵士を貸してください。主要な酒場などの場所を事前に教えてくださるとありがたいです」
「……なぜ?」
クルセイドの言葉に、ジュディスは真面目くさった顔で答える。
「いえ……私の仕事はこれで終わりですし、バッシュ殿も疑いが晴れたのですから、せっかくだし、もう少し英雄譚を聞かせてもらいたくて……」
その言葉に、サンダーソニア達は顔を見合わせた。
ジュディスの公私混同を怒る気持ちもあるが、それ以上に、その顔にはありありと「自分も聞きたい」と書かれていた。
「わかった。ではこの町出身の兵士を見繕っておく」
「ありがとうございます」
ジュディスは頷いた。
(何事も無ければ、それでいいが……)
ジュディスは、隠し事の内容に、少し興味があった。
個人的な興味でもあるが、ヒューマンの騎士、ヒューマンを守護する者としての義務も存在していた。
バッシュが隠しているのが何かは分からない、もしかすると、今回の一件とはまるで関係ないことなのかもしれない。
それをこの場で暴けば、あるいは悪い方向に進むかもしれない。
ヒューマンとオークの戦争に発展するような、悪いことが起きるかもしれない。
ゆえに、もう少しバッシュを泳がせつつ、行動を共にする。
そこで、隠し事の中身を確かめるのだ。
もちろん、大したことでないのなら、それでいい。
ジュディスの胸の内に、仕舞っておけばいい。
しかし、もし……もしもそれが、四種族同盟にとって都合の悪い話であるなら……。
ジュディスはその内容を上層部に報告するつもりだった。
ただし、この国からバッシュを逃がした後で、だ。
(その場合、私は騎士の身分を剥奪されるかもしれん……だが、かつて助けられた時の恩返しにはなろう)
ジュディスは、そう考えていたのであった。




