72.尋問役
ヒューストンのもとに、その要請がきたのは、彼が昼飯を終えて執務室に戻り、楊枝で歯をシーシーとやっている時だった。
伝令はよほど急いで来たらしく、全身から凄まじい臭気を漂わせ、疲労でよだれまで垂らしていた。
汚いなどとは思わない。
戦場では、よく見た姿だったからだ。
まぁ、それはいい。
肝心の伝令の内容が、
「ブラックヘッド領で、『オーク英雄』バッシュの尋問が行われます、その尋問役を、ぜひオークに精通しているヒューストン殿にお願いしたい」
であった。
それに対してヒューストンが最初に思ったのが、
(すげぇ嫌な予感がする)
だった。
それもただの嫌な予感ではない、"すげぇ"嫌な予感である。
ヒューストンのこういった予感はよく当たる。
外れる時もあるが、肝心な時は外れないから生き残っている。
当たった時は必ず危機で、命を救われている。
過去にすげぇ嫌な予感がしたことは十度ほどあって、その内九度はバッシュの襲来だった。
「バッシュ殿が尋問? 一体なにが起きたってんだ?」
「『オーク英雄』バッシュは、デーモンの関所にて発生した事件の重要参考人となりました。此度、ブラックヘッド領にてその尋問が行われます。しかしながら、オークへの尋問はそれほど行われた事例がありません。ゆえにオークに関し最も知見に優れたる、『豚殺し』のヒューストン殿に尋問を行っていただきたいのです。こちらが、その書状となります」
ヒューストンは書状を読んだ。
内容を端的に説明すると、デーモン国との関所にて『オーク英雄』の書置きがあったため、彼が敵勢力と通じているのかどうかを尋問したい。
その尋問役として、相手がオーク英雄ということで、かの英雄に何度も勝利したヒューストンが選ばれたのである。
まぁ要するに、バッシュから情報を引き出したいが、オークのことはよくわからないから、得意な奴を引っ張ってこよう、という話である。
ちなみに、もしオーク英雄が敵と通じていた場合は、捕縛せよ。生死は問わない、とも書いてあった。
ヒューストンに言わせれば、「生死は問わないって、俺の命のことか?」である。
しかも尋問をするのは、各国のお偉方の前でだ。
もし失礼な尋問の仕方をして、バッシュを怒らせれば、起こるのは大惨事だ。
各国のお偉方が怪我をする程度で済むならいい。
バッシュが敵と認定され、捕らえられるのもいいだろう。
ただ、そうなればオークは必ず決起する。
滅ぶまで周囲を攻撃しつくすだろう。
一つの種の最後の輝きだ。クラッセルとシワナシの森ぐらいは、陥落させてみせるだろう。
一体どれだけのヒューマンとエルフが犠牲になることか……。
どのみち、バッシュが本当に『敵』とやらと通じているなら、そうなるだろう。
オークに腹芸などできない。ましてバッシュは誇り高きオークの中のオークだ、うまい嘘などつけない。
だがだからこそ、尋問には意味がある。
バッシュが否定するなら、それは真実なのだ。
そして、ヒューストンであれば、穏便に尋問を終わらせることができるだろう。
侮ることなく、嘲ることなく、激高させることなく、バッシュを尋問し、必要なことを聞き出すだろう。
ただ、ヒューストンはきな臭いものを感じていた。
(理屈はわかるが、お前らは俺をそんな風には見てないはずだよな?)
ヒューストンは、他のヒューマンが自分をどう見ているか知っていた。
『豚殺し』のヒューストン。
ヒューマンの中で、最もオークに対して公平な見方をする男であり、バッシュのことは尊敬までしている。
が、実際の世間的な評価は違う。
オークを最も殺した男。オークを憎み、オークに最も憎まれている男。
そんな奴を、平和的な尋問で呼ぼうとは思わないだろう。
そう考えると、意図が見えてくる。
(バッシュ殿を怒らせたいのか……)
今回、上層部の誰かに、バッシュを怒らせたい者がいる。
デーモンの関所での一件……というのが何かはヒューストンにはわからないが、それをバッシュの仕業だとしたい者がいる。
あるいはバッシュを怒らせ、暴れさせ、問題にし、大義名分を持ってオーク国に攻め入り、滅ぼしたいのかもしれない。
どちらにせよ、行けば必ずバッシュを怒らせたり暴れさせるよう指示が来るし、それに従わなければ、何かしら嫌な目にあうだろう。
あるいは、クラッセル以上の閑職に追いやられるかもしれない。
(冗談じゃねえぞ。ようやくオークも静かになって、ここらも平和になってきたってのに……)
「無論、任務を達成した暁には、ヒューストン殿には輝かしい未来を用意しております!」
その言葉に、ヒューストンは苦い顔をした。
ただでさえ、ヒューストンは最近、そういう話を蹴ったばかりだった。
最近、クラッセル周辺でぱったりとオークが出なくなった。
この一年で出現したはぐれオークの数は片手で数えられるくらいだ。
バッシュが旅立ったのを皮切りにはぐれオークの数が減少しつづけ、この半年は、とうとうゼロになった。
とうとうオークが絶滅したのか、いやいやそんなわけはない。
恐らく、オークキングがバッシュに何かを託したのをオーク族全体が察知し、今は耐え忍ぶべしと節制しているのだろう。
クラッセル周辺ではぐれオークが出なくなる。
それは決してヒューストンの功績というわけではないが、ヒューマンにとっては朗報だ。
シワナシの森へと続く街道が安全になるし、そうなれば商人たちも活気づいて、経済も回るからだ。
クラッセルの領主ゴドフレド伯爵が、ヒューストンを近衛騎士に、という話を王家に持っていくほどだ。
ヒューストンはその話を断った。
近衛騎士。
ガイニウス白騎士団。
王族直属の騎士団であり、ヒューマン最高峰の騎士団だ。
本来であれば生来の貴族にしか入れない騎士団である。
だが、それも戦時中でのこと。
今となってはこの騎士団、歴戦の騎士たちが引退し、貴族の子息が箔付けに大量に押し込められたボンボン騎士団と成り下がっていた。
実力主義とは程遠い、家柄が支配する新世代の巣窟だ。
ヒューストン的には「ガキのお守りはジュディスだけで勘弁してくれ」である。
ヒューストンは今の生活に満足していた。
つい数年前まではいつオークが大挙してクラッセルに攻め込んでくるかとピリピリしていたが、バッシュと出会ってからは肩の力も抜けた。
少なくとも、今のオークはバッシュが死にでもしない限り、積極的に動くことは無いだろう。
そうなると、考えるのは引退後のことである。
幸いにして、ゴドフレド伯爵は話を蹴ったことを怒ることはなく、多額の報奨金を出してくれた。
戦中の功績もあって、今すぐ引退しても悠々自適な生活が送れる金額である。
なら、どこかの令嬢とラブロマンスして、結婚するのもいいかも。
なーんて淡い野望を抱いているのだ、最近は。
まぁ、近衛騎士団ぐらいなら入ってもいいだろう。
だが、今回のこのきな臭い一件はダメだ。
これに身をゆだねれば、そのきな臭い匂いを発している者の手勢に加えられる可能性がある。
悠々自適な隠居生活とは程遠い、ドロドロとした内部抗争に巻き込まれていくだろう。
(何が輝かしい未来だよ。権謀術数の駒にされるのはごめんだぜ、俺は)
ヒューストンは内心でそう一人ごちる。
大体、バッシュを怒らせたら、決起したオークに最初に襲われるのは、このクラッセルだ。
クラッセルを守護するヒューストンとしては、「上層部がその気なら、先にこっちで迎撃の準備をしておくぜ」ってなもんである。
だが、言うまでもない事だが、ヒューストンが行き、命令に従わず、バッシュを擁護すれば、それは避けられるのも事実である。
迎撃の準備をするより、そっちの方が、ヒューマンとオーク、どちらのためにもなる。
その場合、ヒューストンの今後の人生は、あまり良いものにはならないだろうが……。
(前門のデーモン、後門のサキュバスってとこか、さて、どうする……)
「バッシュ殿がそのようなことをするわけがないだろう。何かの間違いか、あるいは関所の者達が、よほどバッシュ殿を愚弄したのだろうな!」
ふと見ると、そう言って憤慨している女がいた。
ジュディスだ。
彼女もまた、最近は暇を持て余している。
一年ほど前までは、はぐれオークに『オーク英雄』がいかに素晴らしい人物であるかを演説するのを得意としていたが、最近ははぐれオークも出なくなり、ジュディスも、酔っ払いやスリをしょっぴくぐらいしか仕事が無くなっていた。
「……」
思えば、ジュディスもバッシュと出会ってから、オークというものに理解を示し、オークという種族について詳しく学ぶようになったと思う。
嫌悪感はあるが先入観が消え、まっさらな目でオークという種族を見るようになった。
良いオークと悪いオークの見分けがつくようになった。
ヒューストンに次いで、二番目にオークに詳しい騎士、といっても過言ではないかもしれない。
そんなジュディスだが、実はかなり高貴な家柄を持っている。
本名はジュディス・ホプロンズ。
ホプロンズ伯爵家と言えば、クラッセルの領主ゴドフレド伯爵家とも懇意であり、発言力と武力、功績を併せ持つ家だ。
だから、このクラッセルへの配属希望も通ったと言える。
なんにせよ、平民出のヒューストンと違い、権謀術数に巻き込まれても、はねのけるだけの力を持っているのだ。
「……」
部下を売るなど、本当はしたくない。
したくないが、可能性があるなら、それに賭けるのも、戦場の習いだ。
「よし」
ヒューストンは腹を決め、次いで腹を押さえた。
「あー、痛い! 痛たたたたた! 腹の調子が! どうやらさっき拾い食いしたリンゴが腐ってたみてぇだ! うわー、痛たたたた! 俺はこれじゃあいけねえ、すまねえがジュディス、俺の代わりに行ってきてくれねえか!?」
「えっ?」
「えっ?」
伝令とジュディス、双方から声が上がる。
「し、しかし、必ずヒューストン殿をと……」
「ジュディスはこの一年で、俺からオークについての知識を学んだ。何人ものはぐれオーク候補と出会い、それを鎮め、オークの国に返してきた。さらに言えば、バッシュ殿とも顔見知りだ。能力的に太鼓判を押す! なら問題は無いだろ? そもそも俺は、バッシュ殿からは逃げ回ることしかできねえよ!」
ヒューストンは腹を抑えながらそう言った。
「ジュディス、お前もほら、バッシュ殿に不当な疑いがかけられているのに、黙って見過ごしたりはしねえよな」
「む、無論です! バッシュ殿には救われ、目を覚まさせてもらいました。返せる機会があるのならば、返してみせます!」
「ようし決まりだ、行ってこい!」
こうして、ジュディスはザリコ半島へと向かうことになったのだった。
■
そうして数日後、ジュディスはヒューマン国の飛び地、ザリコ半島ブラックヘッド領に訪れていた。
「ここがブラックヘッド領ですか」
彼女は馬車の中で背筋を伸ばして座りつつ、窓の外を見ていた。
「かつて、ヒューマンが大敗を喫した土地……」
窓の外から吹き込む風が、彼女の頬を撫でる。
しとしとと降る雨の混じった空気は、湿っていて冷たい。
そんな彼女を、御者台に座る男がチラチラと見ていた。
ヒューストンに伝令を持ってきた兵士と、同じ人物だ。
年齢は四十そこそこといった所だろうか。ジュディスとは親と子ほどの年齢差がある。
「ほんとうに、お前みたいな小娘がオーク英雄と戦えるのかねぇ……」
「命令とあらば戦いますが、戦いにきたわけではありません……本当にバッシュ殿が敵になったのであれば、私よりヒューストン団長を呼んだ方がよかったでしょうね」
「ハッ」
ジュディスは再度、窓の外を見る。
内心は少し不安であった。
ジュディスはこの一年で、かなり熱心にオークのことを学んだ。
その上でヒューストンから、お前なら大丈夫だと太鼓判を押してもらった。
だが、それでもちゃんとできるのか、一体何が起きているのかは、不透明な部分が多い。
不安はあった。
「不安そうだな?」
「まぁ、そうですね。はい」
「俺は何もしらねぇが、きな臭ぇのは確かだもんな」
「きな臭い、ですか?」
「ああ、何かでけぇことが起こってる。じゃなきゃ、魔法の馬車なんぞ使うかよ」
魔法の馬車は、その名の通り魔法が掛けられている王家伝来の品だ。
ヒューマン王家にたった三台しかないそれは、通常の馬車の数倍の速度で移動することが出来る。
操れる者も数名しかいない、ヒューマンの窮地を幾度となく救ってきた、伝説の品だ。
もちろん、滅多なことでは使われない。
こんなものを末端の騎士の輸送に使うぐらいには、お偉方は今回の一件を重く見ているのだろう。
御者台の男は、何も知らされていない。
もちろん、ジュディスも知らない。ヒューストンも知らない。
ヒューストンの情報網でも、何やらよからぬ事を企む『敵』がいるということぐらいしかわかっていない。
「小娘。これは老婆心ながらのアドバイスだが……首を突っ込みすぎるなよ?」
もちろん、この御者台の男、長年この馬車を操り続けた、歴戦の猛者だ。
この馬車が戦いに参加するということは、すなわち要人の窮地を意味する。
彼は幾度となく、馬車と要人を背中に戦い、窮地を脱してきた。
ゆえに、ヤバイことへの勘だけは働いた。
「首を突っ込みすぎるな、と言われましても……」
「いつでも身を引けるようにしとくんだ。時には戦うのもいいが、必ず勝てるか、逃げられるって確信がある時だけにしろ」
「どうやって判断すれば?」
「情報を集めとけ、事がどんだけでかいか、どんだけ手に負えるか、どこまで首を突っ込めるかは、そこで判断するんだ」
「私では、すぐに首をひっこめることになりそうです」
「わかっているじゃないか。それでいいんだよ。早めに引いて、事の成り行きを見届けたら、情報を手に、なんでそういう結末に至ったかを考えろ。そうすりゃ、次から似たようなことがあった時に、情報の使い方がわかる」
ジュディスはその言葉を、しかと心に刻んでいた。
かつての自分であれば、貴族ですらない一兵卒の言葉だと、鼻で笑っただろう。
だが、この一年でジュディスも学んだのだ。
こういう人ほど、正しく生き残る術を知っているのだ、と。
「となると、今回は大丈夫なのですね?」
「尋問ぐらいはな。考えても見ろ。あの『オーク英雄』バッシュが、やましい事があるのに尋問される段階まで進むと思うか?」
「自分の知るバッシュ殿であれば……そうなってもおかしくないかと」
「俺の知るバッシュはオークの中のオークだ。オークなら、捕縛しにきた連中を皆殺しにして逃げる」
「しかし、尋問の場には、各国の首脳が集まっているのですよね? 尋問の場にさえつけば、それらも殺せると考えるのでは?」
「馬鹿。そんなもん、尋問される側に伝えるわけねえだろ。それにオークに、そんな回りくどいことを考えられる脳はねえよ。バッシュでもそりゃ変わらねえ」
確かに、とジュディスは考える。
尋問する所までは恐らく、大丈夫だろう、と。
ただ、その尋問の場でバッシュの機嫌を損ねなければの話だ。
ついでに言えば、その場にはナザールやサンダーソニアを筆頭に、各国の名だたる戦士たちが揃っていると聞く。
仮にバッシュが暴れても、逃げることは可能だろう。
もちろん、ジュディスはそのような事態になるとは、つゆほども思っていなかった。
彼女の中のバッシュは、オークの中でも特に紳士的なのだ。
「ま、そうは言っても、俺の中じゃ、バッシュは九割シロだ。ていうか、俺がバッシュを使う立場なら、そういう使い方はしねえさ。もっと堂々と、正面から敵に当たらせる。誰だってそうする」
「そうなのですか?」
「大駒はそうやってつかうもんさ」
「……では、何がきな臭いと?」
「そうなってねぇからだよ……と」
そんな会話をしていると、馬車が止まった。
「ここが、ストームヒル城……」
空を見上げれば、分厚い雲に覆われた曇天が広がり、小雨がパラパラと降ってきている。
そして目の前には、立派な城がデンと構えていた。
高い城壁に深い堀。
かつて一度陥落したとは思えない、難攻不落の要塞がそこにあった。
いや、かつて以上に「次こそは決して陥落させまい」という、強い意志を感じるものがあった。
「戦後に建て直されたとは聞いてたが、立派なもんだな」
「御者殿も、以前もここに来たことが?」
「ねえな。救援部隊にはいた。ここの要人を逃がそうって動きがあったからな……だが、たどり着けなかった」
御者は鼻で笑った。
七種族連合に包囲されたこの城に、四種族同盟はギリギリまで救援を送ろうと努力した。
だが、それは叶わなかった。
ゆえに、かつてここで戦った兵士は、ほぼ全滅している。
ここに来た事があったなら、それは死んでいるという意味だ。
「ほら、行きな」
「ハッ! 忠告、感謝いたします。では!」
ジュディスは敬礼をし、馬車を降りる。
御者は手をヒラヒラとさせ、馬車を動かし始める。
それを見送った後、ジュディスは城の方へと振り返り、気合を入れ、叫んだ。
「さて……案内役はいるか!?」
新米同然の騎士であるが、しかし身分は高い。
こうした居丈高な言葉を発することが許されていた。
むしろ、しなければならない立場であると、騎士学校で習っていた。
すると、すぐに近くにいた兵士の一人が敬礼し、前に出てくる。
「自分がご案内します!」
「うむ!」
居丈高な態度だが、兵士もそれを気にすることはない。
緊急時は身分や階級を考慮せず、ただ簡潔に目的と手段を口にすることが許される。ヒューマンの兵士たちの暗黙のルールである。
ジュディスは、兵士に従って歩き始めた。
ヒューマンですら屈まなければならないほどの、小さな通用口から中へと入り、迷路のような通路を進んでいく。
何度か通路を曲がり、階段を上ったあたりで現在位置が分からなくなる。
もし一人で歩いていれば、気づかぬ内に元居た場所に戻ってくるであろう。
こういった複雑な城の構造は、敵が攻め込んできた際の工夫である。
デーモンやサキュバス相手には意味がないが、オークやリザードマン、ハーピーといった手合いには抜群に効果を発揮する。
「こちらです」
そうして到着した場所は、広間であった。
ただ、広間というには、若干狭い。
本来は、会議室か何かだったのを、机をどけて広間っぽく見せているのだろう。
普段は狭く感じる室内が、やけに広々と感じられる。
そんな部屋の四隅には、銀葉を持つ木の植えられた鉢植えが置かれている。
エルフの結界だ。
ジュディスは、結界内にいる五名に目を向ける。
「……あれがサンダーソニア……エルフの大魔道……」
特に有名な顔ぶれであるため、誰が誰かは大体わかった。
杖を手にした若いエルフ、サンダーソニア。
高級な服装に身を包んだ金髪のヒューマン、ナザール。
こざかしそうな口ひげを蓄えたヒューマン、宰相クルセイド・アルマ・ラギエ。
そして、オークもかくやという体格を持つヒューマン、大将軍ブライアン・ゴートロン。
このあたりは、誰でも知っている顔だ。
最後の一人はサンダーソニアの後ろに控えている。白百合の髪飾りを見るに、サンダーソニアの護衛だろう。
「クラッセル騎士団のジュディス・ホプロンズです。『オーク英雄』バッシュの尋問の任を受け、参上いたしました」
「よく来たな! 待ちわびたぞ!」
ブライアンが大きく手を広げ、ジュディスをハグする。
熊のような強さで、ジュディスは肩のあたりからバキバキという音が聞こえた気がした。
「オークと言えばヒューストンだから呼び出したんだが、まさか本人じゃなくて弟子がくるとはな!」
「自分でお役に立てればいいですが」
「謙遜はよせ。ヒューマンで最もオークに詳しいあいつが送り出してきたお前なら、大丈夫だ!」
ジュディスはブライアンとは面識が無い。
だが、ブライアンはかつて、ヒューストンの直属の上司であった。
ヒューストンがオーク戦線の指揮官になる、ずっと前の話だが……。
その頃から、ブライアンとヒューストンは旧知の仲である。
ゆえにジュディスも、ヒューストンから「ヤバイことになったらブライアンを頼れ。生きて返してくれるはずだ」と言われていた。
「おい。お前もいい歳なんだから、あんまり若い娘を抱きしめるな。嫌われるぞ」
と、そんな会話をする二人に、一人のエルフが割り込んできた。
「お前がジュディスか?」
「はい。サンダーソニア様とお見受けしますが」
「そうだ。『豚殺し』が来ると聞いていたから驚いたぞ。お前はちゃんとオークの尋問が出来るのか? バッシュをどういう奴だと認識している? バッシュを愚弄するような真似はしないよな?」
「バッシュ殿は、誇り高いお方です。オークの中では特に聡明で、我らに合わせてくれる方でもあります。怒らせるかどうかは、バッシュ殿次第ではありますが……」
「そうか。それを聞いて安心したぞ。ちゃんと知ってるようだな。ちなみに『豚殺し』は健在か? ん?」
ヒューストンはサンダーソニアともまた、既知である。
戦争末期、エルフとヒューマンは、仲良くオークを追い詰めたのだ。
サンダーソニアは、ヒューストンを高く評価している。
なにせ自分はバッシュと戦って半死半生の目にあったが、ヒューストンはバッシュから逃れ続け、生き延びたのだから。
やろうと思ってできることではない。
もし、ヒューストンが討ち取られていたら、今頃シワナシの森にエルフの領土はなかったかもしれない。
「はい。ただ、その名をバッシュ殿の前で呼ぶのはやめて欲しいと仰っていました。それこそ、お気を悪くされても困りますので」
「何を言う。バッシュと戦って五体満足で何度も生き残ったのは、あいつだけなんだぞ。私ですら相打ちで、ボロッボロだったんだ。だからバッシュだって認めてくれるさ。戦場で俺が仕留めきれなかったのはあいつだけだ、まさに『豚殺し』の名にふさわしいってな」
「ふふふ」
ジュディスはくすくすと笑った。
もしここにヒューストンがいたら、やはり笑っただろう。その笑いは乾ききっていただろうが。
正々堂々正面からぶちあたったサンダーソニアと、戦場をひたすら逃げ回っていただけのヒューストンでは、『生き残った』の意味も変わってくるものだ。
とはいえ、逃げ回りながらも指揮を執り続け、オークを完全に追い詰めたのは、間違いなくヒューストンの手腕であり、功績である。
それを認めない者は、バッシュと直接戦ったことのない者ぐらいだろう。
生憎と、バッシュと直接戦って生き残った者は、そう多くないが。
「それにしても、宰相閣下やナザール殿下までいらっしゃるのですね」
ジュディスは、チラと残る二人を見る。
自分は知らされていないが、何か秘密の会合でもあったのかもしれない。
本来なら、自分程度が会おうと思っても会えない相手だ。
「大事でな。実は結界の向こうに、もっと高貴な方もいらっしゃる」
ナザールの言葉に、ジュディスは冷や汗を流した。
ナザールより高貴な方など、一人しか存在しない。
「なぜ、と顔に書いてあるな。皆まで言わずとも、当たり障りのない話はしてやろう。お前も、何もしらぬでは尋問のしようもないだろうからな」
「あまり聞きたいとも思えませんが……それで、私はバッシュ殿に何を聞けば?」
「彼が、デーモン王ゲディグズの復活を企む者たちに与しているかどうか」
もしかすると、これが『首を突っ込みすぎる』ということなのか、とジュディスは思った。
こういう秘密は、知っているだけで、時に暗殺の対象になりかねない。
だが、知らないままでは何もできない。
「バッシュ殿がそれに与しているという、根拠は?」
「それは――」
だが、聞かなければ職務を全うできない。
ジュディスはなるべく表情には出さず、一つ一つ、丁寧に尋問内容を聞いていく。
聞かされた内容はシンプルだ。
デーモン王ゲディグズを復活させようとしている勢力がおり、その勢力は各地に置かれた遺物を奪取し、その儀式を行おうとしている。
そして、バッシュがそれに加担している可能性が出てきた。
もし加担しているのであれば、捕縛し、そのメンバーや拠点についての情報を知りたい、と。
(バッシュ殿が敵になる……か……)
荒唐無稽だと馬鹿にできるほど、ジュディスは魔法に詳しくない。
お偉方がこれだけ物々しくしているのだから、まぁゲディグズが復活する可能性は高いのだろう。
それにバッシュが加担しているかと言われると、イマイチ想像はつかない。
ただ、無いと言い切れない。
クラッセルを出た時は、生半可な覚悟ではないだろうと思った。
オークの誇りを取り戻すのに、並大抵の努力ではできないと覚悟しているのだと感じた。
オークにも、こんなすごい人がいるのだと、心の底から思った。
だから、それを曲げるとは到底思えない……。
でも、その後、色々あっただろう。
オークが旅をしたんだから、それはもう、大変な旅だったはずだ。
きっと、オークにとって屈辱の連続だっただろう。
かつてのジュディスのような考えを持つ人間は多い。彼らから、散々酷い言葉を浴びせられてきたのだろう。
やるせない出来事の連発だったろう。
そうして打ちのめされた結果、ゲディグズを復活させようって勢力があることを知ったなら、それに参加してもおかしくはない。
(それは、嫌だな……)
ジュディスはぽつりとそう思った。
オーク英雄バッシュのことを、ジュディスは尊敬している。
尊敬している人が追い詰められて、そんな選択肢を取らなければならないのは、嫌だった。
とはいえ、それはもうジュディスが決めることではない。
「しかし、話を聞いた感じでは、関所の時点では、まだ加担はしていないかと思われます」
気を取り直し、ジュディスはそう発言した。
「ほう? 根拠を聞いても?」
聞き返してきたのは、宰相クルセイドだった。
本来なら会話など出来ないほどの偉い人物を前に、ジュディスははっきりと己の考えを伝えていく。
「根拠も何も、書置きの文字はお供のゼル殿ので間違いないでしょう。バッシュ殿がここに来た時、すでに関所はもぬけの殻、オークとは思えないほど律儀なバッシュ殿は、無言で通過するのも悪いと考え、文字を書けるゼル殿に書置きを残させた……そう考えるのが妥当でしょう」
「オークがデーモンと共にここを通過したという考えは?」
「デーモンが、そんな書置きなど残すでしょうか? あるいは、残させることを許すでしょうか?」
「ならば、兵の誰かが、死ぬ間際にダイイングメッセージとして残した可能性は?」
「関所にいた方々は、死ぬ間際に『オーク英雄のバッシュ、ここを通過する』なんて書置きを残すほど間抜けなのですか? 敵の数も、どうやってやられたかも書かずに?」
ジュディスの言葉に、クルセイドが閉口する。
ジュディスはそれを見て、出立前にヒューストンが言っていた言葉を思い出す。
曰く「バッシュをハメようとしている奴がいるかもしれない」だ。
「あくまで私の推測ですが……無実のバッシュ殿に、濡れ衣を着せる片棒を担ぐのはごめんだと、先に言っておきます」
ジュディスは生真面目な表情でそう言った。
その言葉に、深く頷く者たちが数名。
「だから皆様も、私が尋問の最中には、バッシュ殿を挑発するような言葉は、一言も発しませぬように。かの御仁はオークの中でも特に理性的な方ですが、それでも『オーク英雄』。己の種族を小馬鹿にされて黙っていられるほど、軽いものを背負っておられる方ではないでしょう」
ジュディスは周囲に、特に結界の外側、隣の部屋で聞いているかもしれない面々にも聞こえるように言う。
「ご理解いただけている方とそうでない方がいるかもしれませんので改めて言っておきますが、あなた方がこれから尋問しようとしている相手は、想像の十倍強い化け物です。『オーク英雄』という存在は、オークにとって、そちらのサンダーソニア様と同等の存在として扱われていると、それほどの脅威であると、改めてご認識ください。もしもの時はサンダーソニア様方が止めるでしょうが、それでも相応の被害が出ると、そうご認識ください」
そう脅す。
サンダーソニアが「私は別に脅威じゃないぞ。だよな?」と隣のエルフに聞き、ゆっくりと首を振られていたが、ジュディスは見ないことにした。
ともあれ、尋問をつつがなく成功させるために、きっちりと周囲にくぎを刺しておかねばならないのだ。
「わかっているが……しかし、あの『豚殺し』のヒューストンなら、なんというかな? お前はヒューストンの教えを受け、ヒューストンに任されてここに来たのではなかったのか?」
宰相クルセイドの言葉に、ジュディスはゆっくりと返事をする。
「ヒューストン殿は公平ですよ。特にオークに関しては。愚かな私と違い、バッシュ殿がクラッセルに来た時も、相応の態度で接しておられました」
「……そうか。ホプロンズ家の者としても、それでいいのかね?」
「構いません。姉のことは、姉のことですので」
ジュディスはそのやり取りに何かひっかかりを憶えた。
もしやこの宰相が……? とも思うが、しかしそれ以上の追及はしない。
つい先ほど、首を突っ込みすぎるなという、忠告ももらったのだから。
「さて、前置きが長くなりましたね。尋問を始めましょう!」
ジュディスの毅然とした態度に、ある者は頼もしそうに笑いながら、ある者は不安そうに眉をひそめながら、ある者は無表情に、それぞれ頷くのであった。




