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オーク英雄物語 ~忖度列伝~  作者: 理不尽な孫の手
第七章 ヒューマンの国 ブラックヘッド領編
72/109

71.賢者


「まず、『ヒューマンの女』とあなた達は言いましたが、そういった認識を改めることが重要です」


 早速女の手に入れ方を教えてほしいというバッシュたちに、ドルイドルは今までどうしてきたのかと詳しく聞いた後、そう言った。

 バッシュたちには、その言葉の意味がわからなかった。


「どういうことだ?」

「ヒューマンの女はヒューマンの女っすよね?」


 顔を見合わせる二人に、ドルイドルは優しく言った。


「そうですね。その通り。ヒューマンの女はヒューマンの女だし、エルフの女もエルフの女です。しかしね、同じ種族の二人の女性を並べてみると、それ以外の部分は全て違うのですよ」

「そういえば、名前も顔も、全然違うっすよね」

「うむ。匂いも違うな」

「違うということは、一つの種族全ての女性に通用する口説き方というものは、存在しないということなのです」

「なっ……!」


 衝撃的な事実であった。

 今までのやり方を、根本から否定するような、そんな事実であった。


「ならば、俺たちのやってきたことは、全て無駄だったということか……?」

「いいえ、そんなことはありません。確かに全ての女性に通用することはありませんが、傾向は存在します。例えばヒューマンやエルフは、汚れた人物を好みませんので、水で体を清め、香水で匂いを付けて種族特有の臭いを消すというのは、手としてかなり有効です。対してドワーフは汚れをあまり気にしませんし、ビーストは香水の匂いを嫌うため、効果が薄いですがね」

「ふむ……」

「ほうほう、参考になるっすねぇ!」


 ゼルが小さなメモ帳にサラサラと言われたことを書いていく。

 このメモ帳はいずれ酒を浴びた時に消えてなくなる程度のものだが、心のメモ帳にはしっかりと刻まれている。

 二度と忘れまい。

 なぜならゼルは巷で「暗記のゼル」の異名を欲しいままにしているぐらいだからだ。

 そこらのメモ帳よりも記憶力が抜群にいいのだ。


「しかし、認識を改めたとして、その後、どうすればいい?」


 バッシュは続けてそう聞いた。

 ヒューマンの女はヒューマンの女というだけでない。

 しかし、それを認識した所で、ヒューマンの女が自動的に股を開いてくれるわけでもない。


「相手を知ることです」

「知る?」

「そう、例えばバッシュ様、戦友の一人を思い浮かべてみてください」


 言われ、バッシュが思い浮かべたのは、己の部隊の隊長であったレッドオークのブーダースだ。

 バッシュの中隊の隊長だったということで、バッシュと何かと比較されることの多い、可哀そうな男である。

 だが、バッシュは彼を終戦まで生き延びた戦士長の一人であり、誇り高きオークの戦士であると認識していた。


「彼の好きなものは何かな?」

「……エルフの果実酒だな」

「少し間がありましたね。何を思い出していました?」


 バッシュが思い出したのは、野営の一幕だ。

 どこの戦いでの野営だったかは覚えていないが……。


「部隊で焚火を囲んで飯を食っていた時に、ドンゾイが大きな壺をいくつも抱えてやってきたのだ。エルフの作った果実酒を見つけたといってな。全員、それを喜んで飲んだが、特にブーダースはその果実酒が気に入ったらしくてな。その後も敵の拠点を落とす度に、あの果実酒は無いかと探し回っていた。だから、好きなのだろう」

「いいですね。それですよ!」

「それがどうしたというのだ?」

「もし彼を喜ばせたいと思った時、エルフの果実酒をプレゼントしてあげればいい、でしょう?」

「そうだな……? 確かにブーダースは喜ぶだろう」

「女性に対しても同じことです。相手の好みを知り、相手の喜ぶことをしてあげるのです」

「ふむ……喜ぶこと、か。しかし、エルフの好きなキラキラのネックレスを身に着けてもプロポーズは失敗したぞ?」

「それはあくまで、エルフはそういったプロポーズを好むという、習慣に倣ったというだけでしょう? そのプロポーズした相手は、本当にネックレスが好きだったのですか? 相手の好きなものはご存じで?」

「いや、知らんな」


 バッシュは知らないことであるが、異性にプロポーズされるのは、サンダーソニアの大好物である。

 毎日のようにプロポーズされたいと思っている。

 キラキラのネックレスがついてたらなおいいと思っている。


「するってぇと、相手の好物を手に入れてプレゼントすると、結婚できるってわけっすか!?」

「いいえ、そう簡単なものではありません。好きなものに限らず、嫌いなもの、苦手なもの、得意なもの、あらゆるものを知り、相手を理解し、その都度適切な言動を行わねばなりません」

「そこは戦と一緒か」

「ははは、そうですね。敵を知れ、己を知れ、知らねば百戦百勝夢のまた夢、とも言いますから」


 バッシュはそんな言葉は知らないが、とにかく頷いた。


「ならば、適切な行動が何かが重要というわけだな。何をすれば適切な行動になりうる? 目的は何だ?」


 これが戦ならば、勝利を目指す行動が適切な行動となる。

 勝利とは何かは、その戦場によって変わってくる。

 攻め戦であるなら、相手の城や陣地に攻め入り、大将の首を取るか、敵を撤退させるのが目的だし、守備ならその逆だ。

 バッシュも歴戦の戦士だ。

 最初の頃は、自分がどこで何をしているかなどわからなかったが、終戦間際では、自分で考えて敵将の首を取りにいったものだ。

 その首は常に逃げ続け、最後まで逃げ切られたが。


「目的はもちろん、相手にこちらを好きになってもらうことです。好きになるとまでは言わずとも、この人となら結婚してもいい、子供を産んでもいいと思ってもらうのがゴールです」

「どうすれば、そう思ってもらえる?」


 バッシュには、ヒューマンやエルフがそのように思うなど、想像も付かない。


「相手にも、こちらを知ってもらうのです」

「相手にも、か?」

「そう、バッシュ様らが『ヒューマンの女』、『エルフの女』と相手を種族で考えていたように、向こうもバッシュ様らのことを『オークの男』と考えています。仮にもオーク英雄であらせられるバッシュ様を、そこらのオークと同じように見ているのです」

「ふむ……」


 バッシュはオークである。そこに間違いはない。

 しかし同時にオーク英雄でもある。

 オークの国に戻れば、オーク英雄としてあらゆるオークからちやほやしてもらえる。

 かのオークキングや、その血族にすら、一目も二目もおいてもらえている。

 あるいは他国であっても、バッシュを知る者であれば、相応の待遇で迎えてくれるだろう。


 だが、この旅においてはそうではなかった。

 特に四種族同盟の者たちでバッシュを知らない者は、全て単なるオークとして扱った。

 オーク英雄と知る者は、本当に一握りだった。

 バッシュはオークなので、そんな細かいことなど気にしないが……いや、あるいはバッシュ以外の者がオーク英雄であったのなら、「俺はオーク英雄だぞ!」と喚き散らしていたかもしれない。


「そうか。思い返せばそうだったかもしれんな」

「バッシュ様も、そこらのオークとは違う、素晴らしくも偉大なる戦士たちを何人もご存じでしょう? オークの戦士の中にも、素晴らしい者がいるはずだ」

「ああ」


 思い浮かぶのは、歴戦の戦士たちだ。

 死んだ者も多いが、生き残った者もいる。

 皆、素晴らしいオークだった。


「彼らのことを、どう思っていますか?」

「信頼している。頼れる戦士たちだ」

「彼らと一緒に食事をすることはできますか?」

「無論だ」


 そう答えるが、一緒に酒盛りをするのは勘弁してもらいたい所であった。

 バッシュは諸事情により自慢話ができないのである。

 できるのは、ドラゴンを討伐した時の話だけだ。

 特に女性遍歴を聞かれるのはマズい。


「彼らと一緒の家屋で過ごすことはできますか?」

「ああ」

「彼らと一緒に家畜を……例えば馬を育てることはできますか?」

「馬は育てたことが無いからできんな」

「彼らの中に馬の育て方をしっている者がおり、その者が一から教えてくれるのだとしても?」

「それならばできよう」


 バッシュの知る限り、オークに馬の飼育方法をしる者などいない。

 だが、オークにはビーストテイマーが何人かいる。

 最も有名だったボグズははぐれオークとなってしまったが……それでも、はぐれオークとなる前の彼にバグベアの育て方を教えてやると言われれば、とても名誉に感じたことだろう。

 オークに徒弟制度は無いが、年長の者が気に入った若者に己の技術を教えるということは、よくあることだ。

 そして、若者はその年長者を、まるで父のように敬うのだ。


「しかしながら、オークの中にも、そう思えない人物はいるでしょう? 偉大なるあなたですら唾棄するような、くだらない者たちが」

「いないな」

「本当に? 例えばはぐれオークの中には、愚かな者もいるのでは?」


 そう言われ、思い出すのは何人かのはぐれオークたちだ。

 彼らは、誇り高きオークにあるまじき惰弱さと臆病さを兼ね備えていた。

 あまつさえ、最後にはオークキングに命令に従わず、国を出奔する有り様だ。


「はぐれオークは、オークではない」

「ああ、なるほど。しかしながら、彼らもはぐれとなる前は、オークであったはずです」

「そうだな」

「どうです? 彼らと共に、あらゆることができますか? 背中を任せて戦うことは?」

「できんな」


 ドルイドルの言葉に、バッシュは首を振った。

 はぐれオークに背中を任せることなど、出来ない。

 それが、かつて尊敬していたボグズであったとしてもだ。


「そうでしょう」


 ドルイドルもまた、満足気に頷いた。


「実のところ、愛情というのは信頼と近しいものなのです。相手をよく知り、相手によく知られ、この人ならば共に暮らし、共に子を育て、共に死ねればと思えてこそ、他種族との結婚というものに至れるのです」

「うーむ……お前はそれを、成し遂げたのだな」


 感慨深げに頷いたバッシュの言葉に、ドルイドルは「その通り」と答えようとして、ふと止まった。


「そのつもりではありますが、さて、今となっては、本当に相手のことを知っていたのか、本当に相手が私のことを知っていたのか、わからない所ではあります……」

「ふむ」

「しかし、そうであると互いが確信したからこそ、彼女との婚姻が成ったのだと考えております」

「なるほどな」


 その言葉は、オークであるバッシュにはわけがわからないものであった。

 相手を知っていたから、こうして自信ありげに語っているのではないのか? どういうことなんだ? と。


 だが、バッシュは戦士だ。

 そういうこともある、と知っていた。

 もし仮に、なぜ自分はあの戦争を生き残れたのかと聞かれたら、バッシュとて自慢げに色んな話をするだろう。

 自分はこうしていた、だからこうなった、ゆえに生き残った、と。

 どのオークも、そう語るだろう。


 だが、最後の最後で、はてと首をかしげる者もいる。

 同じようにしていて、生き残れなかった者もいたはずだ、と。

 バッシュも、そういう者をよく見てきた。

 なぜ自分は彼らと違い、生き残ったのだろうか、と……永遠に解けない謎であるが、オークならば百人中百人は疑問に思っても気にも留めない謎であった。


「ともあれ、重要なのは相手を知ることです」

「わかった!」

「勉強になるっすね! さすがオークメイジ!」


 バッシュとゼルの返事にドルイドルは優しく頷くのであった。


「さて、では今日のレッスンはここまで、続きは食事の後にしましょう」

「わかった。どこかで獣でも取ってくるとしよう」

「おお……頼みます。私は湯を沸かし、スープでも作っていましょう」


 こうして、バッシュとドルイドルの一日は過ぎていく。



 そうして、五日ほどが経過しただろうか。

 朝はドルイドルからレッスンがあり、昼からは狩りをして、夜は共に食事を取り、酒を飲み交わした。


「そうだね、君は直接的すぎるのかもしれない。時に迂遠に相手に結婚の意志があるのかを確かめ、相手の旗色をうかがっていくのも大事だろう」

「ふむ……?」


 ドルイドルの教えは、心構え的なものが多く、具体的にどうこうしろという話はほとんどなかった。

 要約すれば、バッシュのやってきたことの方向性は正しい。

 だが相手と交友を深める方法が雑だから、そこを詰めろ、ということだ。

 具体的なやり方は希少であるが、バッシュはそれをよく聞いた。


「相手に『例えばオークと結婚することについてどう思う?』と聞いてみる」

「うむ」

「こちらとしては『大歓迎だ、今すぐ結婚しよう!』と返ってくることが望ましいですが、ヒューマンやエルフからは、そうした返事がもらえることはまずないでしょう。『絶対に無理』が九割……だが稀に、『考えるだけなら』とか『条件次第では』と消極的ながらも結婚を考えてくれる方もいるはずです。そうした方をまず見つけるか、あるいは作っていく所から始めるのが望ましいのです」

「作る? どういう意味だ?」

「『お友達から始めましょう』というやつです。要するに、いきなり結婚するのではなく、友達から始め、徐々に距離を近くしていくのですよ」

「距離を? どういう意味だ?」

「君だって、オークの中に、特に仲のいい友人がいるでしょう?」

「うむ、ブーダースがそうだな」

「彼とも、最初から仲良しでしたか?」

「いや……最初はそうではなかったな。戦いの中で互いに背中を任せあったからこそ、今は信頼している」

「それと同じですよ。段階を踏んで、少しずつ仲良くなっていくのです」

「どうすればいい? 戦場に出ろというのか?」

「初日にも言ったでしょう? 相手を知り、そして相手に知ってもらうのです」

「……難しいな」

「大丈夫、一つずつ、どうすればいいか教えてあげましょう。どういうケースで、どういう風に考えればいいのかをね」


 ドルイドルはオークに似つかわしくない、理屈っぽい話し方をした。

 そのお陰か、バッシュとゼルはその話をなんとなく理解できた。

 あるいは、バッシュとゼルが理解できるまで、根気よく色んな方向から何度も同じ話をしてくれたからかもしれない。

 もしくは、どの話についても、結論は「相手をよく知ろう、相手に知ってもらおう」であったから、そういう指針があったから、バッシュたちも理解できたのかもしれない。


「今日はこれまでとしましょう」

「ああ」


 誰かに何かを教わりつつ、一日をただ過ごす。

 昼に狩に出る時、ドルイドルはたまにバッシュについていき、風の魔法を使って獲物の場所を教えた。

 夜に酒を飲む時、ドルイドルはゼルに、これまでの旅の話を聞いた。


 どちらもドルイドルは何やらとても嬉しそうだった。

 巨大なストームゴートを獲ってきた時は、己の子供に「見てごらん、バッシュ様のおかげでこんな大きな獲物が取れたよ。久しぶりのごちそうだ」と見せたり、ゼルの話を聞いては「大陸は広いね。君も大きくなったら行ってみるといい」と話しかけていた。

 子供を見る彼の表情はいとおしく、慈しみに溢れていた。

 そのような表情をするオークを、バッシュは知らなかったが……しかし気にはしなかった。

 子供はというと、よく理解していないのか首を傾げたり、笑ったりしているだけだった。


 ただ、その子供は少々不気味であったと言えよう。

 オークの子供は早熟だ。

 ヒューマンの子供よりも早く立ち上がって走り回り、大声で泣いたり叫んだりする。


 しかしここの子供は、もうとっくに立ち上がれる年齢に見えるにも関わらず、家の中を動き回らず、暖炉の近くにある椅子の上にちょこんと座り続けている。

 動いても二本の脚ではなく、ハイハイだ。

 笑いはするものの、大きな声で泣いたり、叫んだりもしない。

 ただバッシュとゼルのことをじっと見るだけだ。

 食事も、この年齢の子供にしては、やたら大量に肉ばかりを食べる。

 オークは何でも食べるが、肉ばかり食べるのは偏食である。オークは穀物や果物、木の実はもちろん、そこらの虫や木の皮まで食べることが出来るのだから。


 まぁもっとも、バッシュもゼルもそれを気にすることは無かった。

 オークメイジの子供だし、こんなものかもしれない、ぐらいに考えていた。

 オークにだって個性はあるのだ。偏食ぐらいするさ、と。


 そうした日々は、ある日突然、終わりを告げることとなった。



 それは、ゼルがドルイドルに悩みを相談している時のことだった。


「それにしても、オレっち、旦那の役に立つと思ってついてきてたっすけど、こうしてドルイドルさんと話してると、なんか全然役に立ててなかったことを実感するっす」

「ふむ。君はバッシュ殿の役に立ちたいのかね」

「そっすね。戦争中は旦那に何度も助けてもらったし、オレっちは旦那のことをマジで最高に尊敬しててリスペクトしてるっすから。なんなら嫁も自分がなりたいぐらいっす!」

「……そうか。君もまた、異種族間のかなわぬ恋をしているというわけか。素敵だね。しかし残念でもある。なにせフェアリーは他の種族との交配はできないからね」

「そうなんすよ。だからせめて、他のことで役に立ちたいと思ってるんすけど、中々うまいこといかないんすよねぇ。なんかいい方法ないっすかね?」


 フェアリーの国において『悩ましきゼル』の名を欲しいままにするゼルは、フェアリーの中では特に繊細でナイーヴだ。

 フェアリーには珍しく、常に悩みを抱えている。


「バッシュ殿は、君に助けられていると思っているはずだよ。信頼を見て取れますから。けど……そうだね……それにしても、嫁か……無いこともないが……うーむ、教えていいものか……」

「あるんすか! さすがオークメイジ! どんな方法っすか! って……あれ?」


 最初に気付いたのはゼルだった。

 家の外、気配がある。

 それも、唐突にたくさん湧いていた。

 次いで気づいたのはバッシュだ。


「む……囲まれているな……」


 気づいた時には、いつぞやのように囲まれていた。

 家の周囲に、多数のヒューマンの気配があったのだ。

 音消しの魔法で武装した兵を進軍させ、包囲する。

 一人一人は弱いものの、集団戦において他の種族より頭一つ抜きんでる、賢いヒューマンの得意の戦法だ。

 数は、二十人かそこらといった所だろう。


「だが、この数ならば、問題はあるまい」

「そっすね」


 散歩にでも出かけるかのように、バッシュは剣を手に扉へと向かう。

 ゼルもその肩に乗り、シュシュッとシャドーボクシングで臨戦態勢。もはや脳裏にあるのはチャンピオンの座のみだ。

 減量は完璧。仕上がりは上々。

 この二人ならば、言葉通り、外にいる者たちを一瞬で皆殺しにするだろう。


 ドルイドルは慌てて窓の外を確認し、スッと扉の前へ、バッシュの邪魔をするように出てきた。


「お待ちくださいバッシュ様」


 そして、穏やかな表情で、こう口にした。


「どうやら、迎えがきたようです」


 その言葉に、バッシュはいぶかしげに眉を顰める。


「どういうことだ?」

「バッシュ殿がきてすぐ、魔法でブラックヘッド領に手紙を送っておきました。それを見て、彼らはバッシュ様を迎えにきてくれたのでしょう」

「なんと!」

「そんなことしてたんすね!」


 驚くバッシュとゼルだ。

 このような短期間に連絡を取れるなど、ヒューマンの魔法でも中々難しかろう。

 が、しかしこのオークメイジなら、それぐらいのことは出来てもおかしくないという確信があった。

 なんだかこのオークメイジは、やたらと賢いので!


「それとも、もうしばらくここに滞在しますか? それなら私が出て、彼らと話をつけてきますが……」

「いや、そういうことなら、奴らと共にいくとしよう」


 バッシュはそう言った。

 この五日間で、ドルイドルから学べることは学んだと、バッシュはそう感じていた。

 あとは実践あるのみだとも思っていた。

 なにせ、時間はあまりないのだから。


「そっすね! 世話になったっす!」


 バッシュとゼルは、意気揚々と外へと出た。

 そこには、十数名の兵士が、こわごわといった感じで家を包囲していた。

 残りは物陰か、森の中にいて、こちらに弓や魔法杖を構えていることだろう。


 包囲している者の一人に、立派な馬に乗った騎士がいた。

 全身鎧には、見覚えのある嵐の紋章が付けられていた。

 嵐の十騎士の一人だ。

 もっとも、かつてバッシュが倒した嵐の十騎士はもういない。恐らく後継者であろう。

 彼はバッシュの姿を見ると、声を張り上げて叫んだ。


「っ! 貴殿が、『オーク英雄』バッシュ殿か!」

「そうだ! 俺が『オーク英雄』バッシュだ!」

「我らとブラックヘッド領へと来てもらう! いいか!」

「いいだろう!」


 わかりやすい会話にバッシュが頷くと、周囲の兵士たちはあからさまにほっとした顔をしていた。


「ではこの馬車に乗りたまえ!」

「承知した!」


 そうして、バッシュはまた、鉄格子のついた、とっても頑丈そうな馬車へと、体を滑り込ませていくのであった。



 人々の集団が去っていく。

 オーク英雄を乗せた馬車が、スマザ湖から遠ざかっていく。


 そして、ホワイトミスト砦の跡地には、ドルイドルと騎士が一人だけ残った。

 立派な馬に乗り、嵐の紋章を身に着けた騎士が一人。

 彼は馬から降りると、オークメイジの方へと歩み寄った。


「ご協力に感謝します。賢者殿……ですよね?」

「ああ。なかなかに楽しい時間だったよ」


 そう言うと、ドルイドルの姿がスルスルと変化していった。

 緑色の肌は赤みを帯びた白へ、髪は白髪へと変わり、顎からは豊かな髭が伸びていく。

 みるみるうちに、オークメイジはヒューマンの老人の姿となっていた。


「ディスガイズ、という魔法でしたか? 見事なものですね」

「なんの、本家本元の足元にも及ばん、まがい物の魔法ですよ」

「それにしても、楽しい時間、ですか? 賢者殿にとっては、妻の仇でしょうに」

「君にとっても、父の仇だろう? あれだけの人数で包囲して、よく我慢したものだ」

「……あの程度の人数で勝てるなら。父は負けてはいませんよ」

「その通りだね。なにせ我が妻を倒したのだから」


 二人はそう言って笑った。

 ひとしきり笑った後、騎士は再び馬へと飛び乗った。


「もう行くのかね? お茶でも飲んでいったらどうだ?」

「オーク英雄殿をブラックヘッド領まで連れていくのが任務ですゆえ」

「そうかい。仕事熱心なことだ」

「賢者殿こそ、お戻りには、ならないのですか?」

「私は戦争で妻を失った。もう戦いはうんざりだよ。権謀術数に利用されるのも、まっぴらごめんだね」

「そうですか……残念です。では、自分はこれで」


 馬頭を回し、駆け出そうとしたところで、ふと騎士は思いついたかのように振り返った。


「ああ、そうだ賢者殿。最近、デーモン王ゲディグズを復活させようとする輩が跋扈していると聞きます。賢者殿ほどの方に何かがあるとは思えませんが、お気をつけを」

「うむ。ご忠告に感謝する」


 騎士が去っていく。

 それを見て、賢者と呼ばれた男は、いつものように、家に戻っていく。

 しかしふと立ち止まり、空を見上げる。

 バッシュたちが立ち去っていった方の空を。


「……」


 ドルイドルはぽつりとつぶやいた。


「まっぴらごめん、だったんですがねぇ……」


 その言葉には、その瞳には、明らかな迷いがあった。


「"骨"よ。愛しの竜よ。恋しきソウトゥスよ。人の名を持つドラゴンよ。バッシュ殿と話しているうちに、もう一度君と会いたくなってしまったよ」


 いつしか、ドルイドルの足元に、小さな赤いドラゴンの姿があった。

 ドラゴンがドルイドルの足に身を摺り寄せると、彼はドラゴンの頭を優しくなでた。

 ドラゴンはクルルゥと可愛く鳴いて空へと飛びあがり、空を飛ぶ鳥にブレスを吹き付けた。

 煙を吹きながら力なく落ちていく鳥たちを、ドラゴンは空中でバクリとかぶりつき、食べ始める。

 そこには、小さいながらも、万物の覇者たるドラゴンの姿があった。


「ほら、ごらん。我らの子も、随分と大きくなった」


 その光景を、ドルイドルは目を細めてみていた。

 ドラゴンは、飛べるようになったら、巣立ちの時期だ。

 この子にはもう、親は必要ない。

 ドルイドルの役目は、終わりなのだ。


「だから……また、君に会おうとしてもいいかな?」


 ぽつりと漏れたその言葉。

 その意味を聞く者は、誰もいないのだった。

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― 新着の感想 ―
ドラゴンの子供出てくるのは予想したけど。 そうくるかー! 権謀術数によって平和に暮らしたかったドラゴンとの生活もできなかったんかな。 世捨て人になるなら、家族で暮らす許しを得るための戦争だった…
[一言] そもそも骨ってメスだったんか
[一言] ドラゴンとの交わり方についても大先輩じゃないですか…
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