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オーク英雄物語 ~忖度列伝~  作者: 理不尽な孫の手
第六章 デーモンの国 ギジェ要塞編
62/106

61.『目』

 現在、ヴァストニア大陸でドラゴンについて知られているのは、以下の通りである。


・ドラゴンという生物は、どの種族よりも圧倒的に強い。

・ドラゴンという生物は、エルフよりも長く生きる。

・ドラゴンという生物は、どこでも生きられる。温かい所が好きな個体は火山で、寒い所が好きな個体は雪山で、海の底や、毒の沼に住む個体もいる。

・ドラゴンという生物は、あらゆる攻撃を防ぐ硬い鱗に守られている。

・ドラゴンという生物は、あらゆるものを切り裂く硬い牙と爪を持っている。

・ドラゴンという生物は、あらゆるものを飲み下して消化する胃も持っている。

・ドラゴンという生物は、何者をも追える翼で空を自由に飛ぶ。

・ドラゴンという生物は、あらゆる物体を溶かす高温のブレスを吐ける。

・ドラゴンという生物は、満腹の時は他の生物を襲わないこともある

・ドラゴンという生物は、あらゆる魔獣の中で最も知能が高い。


 あるいはドラゴンと長く交流を持っていたとされるヒューマンの賢者であるなら、もう少しドラゴンについて詳しいかもしれない。

 だが、そんな賢者とて、交流を持っていたドラゴンは一匹にすぎず、一個体の個性を知っているにすぎない。

 ヴァストニア大陸の生物は、獰猛な獣から臆病な鼠に至るまで、全てドラゴンを恐れている。

 ドラゴンを忌避し、近づかないように生きている。

 それは人間とて例外ではない。


 さて、そんなドラゴンだが、現在ヴァストニア大陸には、一匹だけ住み着いている。

 かつてはもっと遠くの大陸に住んでいたソレは、戦争の最中、大陸へと渡ってきた。

 ドラゴンに名など無いが、そいつは他のドラゴンからは『目』と呼ばれていた。

 なぜそう呼ばれるようになったかなど、『目』自身も憶えていない。

 とはいえ、おおかた他のドラゴンよりも目がよくて、遠くの獲物もよく見つけるからとか、そんな理由だろう。

 ドラゴンの名付けなど、そのようなものだ。


 『目』は、よくいる普通のドラゴンだ。

 長寿で、寒い所を好み、硬い鱗と牙と爪と翼を持っていて、他の生物を餌としか思っていない。

 よくいるドラゴンとして生まれ、よくいるドラゴンとして生きてきた。

 普通の、あらゆる生物に恐怖される最強の生物だ。


 そんな『目』が人間に興味を持ったのは、友である『骨』の存在がきっかけだった。

 『骨』は変なドラゴンだった。

 人間にやたらと興味を持っていたし、話好きだった。

 『目』は『骨』の話をよく聞く立場だったが、骨の話は面白かったし、聞いていると楽しかった。


 きっと『目』は『骨』のことが好きだったのだろう。

 なにせ人間にはこれっぽっちも興味がなかったのに、人間の話をする『骨』を見ていると、心なしか嬉しい気持ちになったのだから。

 そんな変わり者は、ある日小さな人間に連れられてどこかへと行き、文字通り骨となって帰ってきた。

 死んだのだ。


 『骨』が死んだ時、『目』はとても悲しんだ。

 悲しい感情を抑えられず、強い殺意をもって元凶となった人間達を殺して食べて回った。

 その悲しみと殺意が薄まってきた頃、『目』は疑問を覚えた。

 『骨』はどうして人間にあれほど興味を持っていたんだろう。

 人間の何が面白かったんだろう。

 興味を持ったのだ。


 とはいえ、人間を観察しようと近づくと、人間は攻撃してきた。

 『目』が殺すつもりが無くとも、人間はすでに何百と殺されていたから、当たり前だろう。

 だから結局、焼いて食うことになった。

 捕まえて弄んでみたこともあるが、特に面白いことはなかった。

 『骨』がどうして人間に固執したのか、さっぱりわからなかった。


 『目』は落胆すると同時に、辟易した。

 なにせ、人間は『目』にかないもしないのに、毎日のように嫌がらせをしてきたからだ。

 食べ物を取るために狩りをしていたら攻撃してくるし、仲直りのために食料を差し出してきたと思ったらやたら苦いし、苦い味に顔をしかめていたら変な網をかぶせて来る。

 そのたびに殺してやったし、怯えさせるために住処を火であぶってやったが、嫌がらせはやまなかった。

 最近は巣にまで潜り込んでくる始末だ。


 もう人間はいいから巣の位置を変えようかな。

 でもいなくなったら逃げたと思われるかもしれない。それはしゃくだ。

 とはいえ、人間の巣を殲滅するのは面倒くさい。あいつらはすぐ奥の方に隠れるから。

 どうしようか……。

 そう思っていた矢先のことだった。


 緑色の人間が巣に侵入してきたのは。



 ドラゴンは最強の生物だ。

 ゆえに『目』は生まれてから今まで、一度たりとも『危機感』というものを覚えたことはない。

 それは『目』に限ったことではない。

 ほとんどのドラゴンは、死ぬまでに一度たりとも危機感を覚えることなど無い。

 鱗はあらゆる攻撃から身を守ってくれるし、強靭な胃袋は毒だって飲み干せる。

命が危機にさらされることなど無いのだ。

 あるとしても、せいぜい仲間内で縄張り争いをする時ぐらいか。

 ドラゴン同士であれば、お互いの攻撃で傷ついてしまうから。

 とはいえ、ドラゴンが互いの縄張りに入り込むことはないし、あったとしても死ぬまで戦うこともあまりない。

 大抵は、その長い生涯を最強として君臨し続けた後、寿命で死ぬ。


 だからその緑色の人間が這入ってきた時も、『目』は軽くこう考えた。


(また来たよ……)


 とはいえ一匹程度なら、どうでもいい。

 細い通路にいる時に、ブレスを吐けばおしまいだ。


 そう、ありえない事に、人間はいつのまにか『目』の巣に小さな入口を作っていたのだ。

 巣の裏側からその通路を通って侵入してきて、『目』の寝込みを襲ったのだ。


 ただ、そいつらは『目』が起きて暴れると、鼠みたいに大慌てで散り散りになり、見覚えのない細い通路に逃げ込んでいった。

 そして、そこにブレスを吹き込んだだけで、半分以上が死んだ。

 何人かは生きていて、細い通路から外に逃げていったが、追いかけて、焼き殺してやった。

 実に面倒だった。


 だから、緑色の人間がブレスを吐いた後に生きていたとしても、不思議ではないと思っていた。だって前は半分ぐらい生きてたのだから。

 でもどうせ、前のように、細い通路をチョロチョロと逃げて戻っていくのだろう。

 そうじゃなければもう一度吹き込んでやればいい。

 そう思いながら覗き込んで……。


 いきなり片目を潰された。


 混乱した。何がどうなったのかわからなかった。

 ただ片目が熱く、鋭い痛みが全身を駆け巡った。

 そして半分になった視界に、緑色の人間が巣まで入り込んできたのがわかった。

 こいつがやったんだと、すぐに分かった。


「ギャアアアアアアオオオオオオオオァァァァァァァァ!」


 怒りにまかせて声を上げるのは、いつぶりだろうか。

 こうして叫べば、あらゆる生物が恐慌にかられ、逃げ惑った。


「グラアアアァァァァオオオゥゥ!」


 間髪入れずに雄叫びが返ってきた。

 ビクリと、自分の身体が震えたのがわかった。


 見下ろせば、緑色のヤツが剣を構えていた。

 こいつはやる気だ。

 生意気にも、こんなに小さいヤツが、この自分と。

 なんで?


 そんな戸惑いは、すぐに怒りへと変わった。


「ギャオアアァ!」


 いつもより足に力を込め、溜め、飛び上がり、右腕を振り上げて、緑色のやつへと振り下ろした。

 そして聞いたことのない音を聞いた。


 カッキィィンと。


 その音を聞くと同時に、自分が転んでいることに気づいた。

 すぐさま立ち上がると、指先に痛みがあることに気づいた。

 何百年も割れていなかった爪が割れて、血が流れていることに気づいた。


(あれ?)


 「なにかおかしいな」という予感はあった。

 だが、長年の経験が、その考えを否定した。

 だって自分が、ドラゴンが、こんな人間一匹にやられるはずが無いのだ。

 そんなことは今までになかったし、想像もしてこなかった。

 だから思い至らない。

 自分が今、危機に瀕しているということに。

 でも十数分後、ようやく気づいた。


(……勝てない?)


 たった十数分で、身体はボロボロになっていた。

 爪も牙も叩きおられ、ブレスの吐き過ぎで喉がジンジン痛み、体中の鱗は剥げ、首筋には大きな傷がつき、周囲に流れた血は、身体から力を奪っていた。

 小さな緑色の人間は圧倒的だった。

 こちらの攻撃は全て対処され、爪も牙も鱗も砕いてきた。

 そして今、見たこともないような怖い顔で、こちらを睨みつけている。


(殺される……?)


 それは、ドラゴンに僅かに残された本能だった。

 あらゆる生物が備えている、生存本能。

 生まれてこのかた一度たりとも感じたことのない、『危機感』。

 それに全身を支配された時……。


「……えっ?」


 『目』は、逃げ出していた。


「逃がすな! 追え!」」


 緑色の人間が追ってくる。もっと小さい、光る人間も一緒だ。

 すごい速度だ。すごい形相だ。すごい殺気だ。

 当たり前だ。こいつは自分を殺しにきたんだ。逃がす理由なんかない。


 『目』は逃げる。

 ブレスを吐きすぎたせいか、胸のあたりが痛い。

 怪我のせいか、うまく走れない。

 巣の外に出て、翼を広げても、飛ぶことすらできない。

 先ほどの戦いで翼に穴をあけられていた。

 斜面を転がり落ちるように逃げるしかない。

 でも動けないよりはいい。

 なんでもいいから逃げて、逃げて、逃げて……。


 ある場所で『目』は足を止めた。

 気づけば、巣の裏口の前だった。

 今、自分は飛べない。

 けどこれ以上落ちれば、隠れる場所がなくなる。


 だから、『目』は最後の賭けに出ることにした。


 ドラゴンには、他の生物が知らない、最後の手段が残されている。

 ドラゴンの中でも、見たことや使ったことがある者は少ない。

 その最後の手段は、一生の内に一度も使うことが無いとされているからだ。

 使うこと自体が恥だと言うドラゴンもいる。

 少なくとも『目』は、自分が使うことは無いと思っていた。

 だがその使い方だけは知っている。

 誰に教わったわけでもないが、本能が知っている。



 その魔法について知る者は、大陸中を探してもいないだろう。

 ドラゴンにとってすら秘匿とされる魔法で、ドラゴンの中でも「あの魔法」や「あれ」と名称が定まっていない。

 その魔法に名前を付けたのは、ある一人のヒューマンだ。

 そのヒューマンはドラゴンを深い親交を持っており、ヒューマンの間では後に賢者と呼ばれる男だった。

 その賢者は、一匹のドラゴンからその秘匿を教えてもらい、『ニュート』と名付けた。

 しかし、『ニュート』がどんな魔法であるかを、決して語らなかったという。


 ゆえに、誰も『ニュート』を知らない。


「ハァ……ハァ……」


 『ニュート』を使った『目』は、裏口から洞窟へと入り、そのまま元の巣に戻ってきた。

 そして、洞窟の隅で震えながら、緑のヤツが雪山で彷徨ってくれるのを祈った。

 逃げるのがヘタクソだと言われればその通りだろうが、逃げ上手なドラゴンなど存在しない。

 『目』も何かから逃げたのは、これが初めてだった。


「ヒッ……」


 そして、『目』はしばらくしてやってきた緑の人間を見て絶望した。

 緑の人間は、すぐに『目』を見つけ出し、剣を振り下ろしてきた。

 死んだと、そう思った。


「……女?」


 しかし、緑の人間は止まった。

 『ニュート』が効いた!

 そう思った『目』は、精一杯の心を込めて、あまり知らない人間の言葉を発した。


「たすけて。ころさないで」


 この二年で、一番聞いた言葉。

 その言葉の意味も、もちろん理解していた。

 練習はしていなかったが、すんなりと口から出た。

 これも『ニュート』の力だろう。


「どうやら、討伐隊の生き残りみたいっすね」


 『ニュート』は、己の身体を別の種族へと変化させる。

 生殖すら可能とする、完璧な身体変化。

 太古の昔、絶滅寸前だったドラゴンが、種を存続させるために編み出したとされる秘術。

 現在は、他種族に負けかけたドラゴンが命乞いをする際、同じ姿になって同情を誘うために使われるとされる、敗北者の魔法。


 その魔法のことを知る者は、いない。

 だが、この伝承は誰もが知っている。


 幻の種族『ドラゴニュート』と。



「可哀そうに、すっかり怯えているっすね」

「……そのようだな」


 人間たちは、『ニュート』を使った『目』を見て、自分と同じ種族だと思い込んでいるようだった。

 どうやら、『ニュート』の魔法はうまく使えていたらしい。

 あんなバレバレな状況で自分がドラゴンだと気づかないとは、馬鹿な人間だ。


 そんな風に思ってホッとしつつ、生き延びるために口を開く。

 人間の言葉をうまくしゃべる自信はない。

 でもこういう時、何を言うのかは知っている。

 『目』はここ数年で、それを何度も聞いてきたからだ。


「た、たすけ、たすけて」


 ちゃんと言えてると、そう思う。

 それを聞いた緑色の人間は、『目』の隣にどかりと腰をおろし、自信に満ち溢れた様子でこう言った。


「ドラゴンは必ず殺す」」


 殺気に満ち溢れた言葉に、『目』の全身に怖気が走る。

 思わず次の言葉が飲み込まれ、体を縮こまらせる。

 もしかして、バレてる?


「俺は前にもドラゴンを殺した事がある。赤い鱗のドラゴンだ」


 ダメだ。絶対バレてる。

 動悸が激しくなる。

 心臓が張り裂けそうなほどに脈打っている。

 胸が痛い。ああ、人間の心臓はなんでこんなに弱そうなのだろうか。


 考えてみれば、気づかないわけがない。

 自分だって、人間が逃げだして、雪原で岩影とかに隠れてても、血の臭いとかで気づくんだから。

 馬鹿は自分だ。見た目だけ変えた所で、どうしてバレないと思ったのだろうか。

 でも、じゃあなんですぐに殺さないんだろうか。


「安心しろ。お前が苦しむことはもうない」


 そこで『目』はハッと気付く。

 そうだ。『ニュート』は姿をくらまして騙す魔法ではない。

 同じ姿になって同情を誘うための魔法なのだ。

 つまり、正体はバレているけど、『ニュート』は効いているということだろうか。

 命ばかりは助けてくれるのだろうか。

 そう思った次の瞬間。


「ふんっ!」


 緑色の人間の剣が振られた。

 『目』の鱗を砕き、爪と牙をボロボロにし、翼に穴をあけ、心まで叩き折った剣が。

 恐怖の対象が。

 死の象徴が。

 無情にも。


「ピッ!」


 グチャリという音と同時に、衝撃が『目』を襲う。

 『目』は、己の情けない断末魔を聞きながら、意識を失ったのだった。

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― 新着の感想 ―
前の話でオークが人間と記載されていたのはコレのためか。 または書くのミスっただけか。 でも、コレはこれで面白い展開。
[良い点] 忖度が止まらない〜! ヤバい、ツボすぎる。 コレが激エモか!
[良い点] 客観的にバッシュの強さを見るとニヤニヤを抑えられないですね 最高でした
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