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オーク英雄物語 ~忖度列伝~  作者: 理不尽な孫の手
第五章 サキュバスの国 復讐の兄妹編
51/102

50.市場調査


 バッシュがサキュバスの国に到着してから、数日が経過していた。


 いつ止むとも分からぬ雨。

 着実に体力を付けつつも、しかし強くなる気配のないルド。

 停滞とも言える日々の中、バッシュは久方ぶりに己の訓練も行ってはいたが、多少時間を持て余していた。

 もっとも、バッシュは停滞を良しとするタイプではない。


 ゼルと作戦会議を行った上で、行動に出ていた。



「バッシュ様……今、なんとおっしゃいましたか?」



 いつものようにバッシュたちの護衛についたヴィナスは、バッシュの口から開口一番出てきた言葉に対し、思わずそう聞き返していた。


「女が好む男について教えてほしい」


 ヴィナスはそれを聞いたとたん、ゴクリと生唾を飲み込み、視線を周囲へとさまよわせた。

 これは誰かが自分を試しているに違いないと思ったのだ。

 でなければ、目の前の妖艶な男が、こんなあからさまな誘惑をしてくるはずがない。


「と……言いますと?」


 ゆえにヴィナスは慎重にそう答えた。

 ここで「全裸のあなたです!」などと答えた翌日には、自分は処刑台の上に乗せられているかもしれないから。


「俺は妻を探している」

「オークの妻と言えば、毎日"食いっぱぐれ"が無いと聞いたことはありますが……」


 もしやそういう事なのかと期待しつつ、冷静に答えていく。

 ヴィナスは一流の軍人である。

 そこらの小娘なら、きっともう処刑されているだろう。首と体がサヨナラバイバイだ。


 逆に期待通りの意味であれば、ヴィナスは二つ返事でオッケーだ。

 即座に服を脱ぎ捨て、バッシュの胸に飛び込んでいくだろう。


「バッシュ様、もしやサキュバスを妻にと考えていらっしゃるのですか?」


 とはいえ、ここは慎重に慎重を重ねるヴィナスだ。

 伊達に戦争中、油断と先走りから翼と尻尾を失ってはいない。


「うむ? 確かに、サキュバスを妻に迎えたなら、故郷に戻った時、他の者たちに自慢できるな。だが、お前たちはオークを嫌っているだろう?」

「あぁ……えぇ、まぁ、確かに、そうですね。我らはバッシュ様のことは尊敬してやみませんが、大多数のオークのことは、その、あまり良く思っていませんので……」


 オークの妻になるということは、オークの性奴隷になるということだ。

 モノのように扱われ、トロフィーとして見せびらかされる。

 完全に下等な存在として扱われる。


 大半のサキュバスは、バッシュ以外のオークを下等な生物だと思っている。

 そんなオークの下になるなど、誇り高きサキュバスに、あってはならないことだ。

 もっとも、今のご時世であれば、若いサキュバスたちは喜び勇んでその地位に甘んじるだろうが……。


 とはいえ、それはオークにとって良いことではない。

 サキュバスを妻に迎えれば、夫となったオークは毎晩のように妻に食事を与えることとなるだろう。

 それは一見すると互いにとって良い関係にかもしれないが、種族全体にとってはよくない。


 オークに新たな子が生まれなくなる。

 一人や二人ならまだしも、サキュバス国内で食いっぱぐれている者たち全員がオークの国に押しかければ、オークはあっさり滅ぶだろう。


「無論、バッシュ様が妻……サキュバスを屈服させた証としてのトロフィーがご所望ということであれば、このヴィナスを含め、立候補する者は多数いると思いますが……」


 ヴィナスの視線はバッシュの股間へと向かう。

 ヴィナスとて、毎日食事にありつけているわけではない。

 しかもバッシュの妻という地位は、サキュバスの誇りを傷つけるものでもない。

 なれるものならなりたい。


「……そういうことでは、ないのですよね?」


 ヴィナスは確認するようにそう聞いた。

 なぜなら、彼女の誇りは極めて高いところにあったからだ。

 若いサキュバスなら、今頃天国で元気に男漁りをしていることだろう。


「ああ、俺もサキュバスを妻にしたいのは山々だが、やはり妻には子を産んでもらわねばならんからな」

「ですよね!!!!」


 バッシュはオークの英雄である。

 オークの価値観を知るヴィナスは、サキュバスがオークの妻としてふさわしくないと、きちんと理解していた。


「無論、もしお前がサキュバスでなければ、出会った時にプロポーズしていただろうが、こればかりはな……」


 もしバッシュに音を見る力があれば、ヴィナスの胸がトゥンクと高鳴る音が見えていただろう。

 いかにバッシュといえど、そんな能力はないが。


「コホン、バッシュ様。私は誇り高きサキュバス軍人です。厳しい訓練を耐え、激戦を戦い抜き、鋼の意志を持っているつもりです。しかしながら、過度に誘惑をしてくださいますな。サキュバスの国では、尊敬すべき男性を食料視することは、誇りを汚す行為だと教えられていますので」

「ん? うむ、わかった」


 よくわからないという顔でうなずくバッシュの顔があまりにも可愛くて、ヴィナスは「そういう所!」と内心で叫んだが、声なき叫びは誰にも届かない。


「それで、子を産めそうなヒューマンやエルフの女を妻にしようと旅をしているが、どうにもうまくいかん」

「バッシュ様はオークなのですから、戦って打ち倒した後、安全な所に運んで性交し、連れ帰って自分の女だと宣言するだけでよろしいのでは?」

「オークキングの命で同意なき性交は禁じられている、そういうわけにもいかん」

「やはり、オークも奴らからそのような制約を受けているのですね……」


 ヴィナスは、そう呟きつつ、バッシュを二度見した。

 オークは、サキュバスと同じように制約を受けている。

 サキュバスは食料を制限することで飢えさせられ、オークは繁殖を制限することで数を増やさないようにされている。

 であるにも関わらず、バッシュはヒューマンの流儀に則って、妻を見つけようというのだ。

 きっと、これまでの旅では凄まじい差別と弾圧を受けてきただろう。

 今、外交に出ているサキュバスの将、キャロットがそうであったように。

 凄まじい覚悟で、旅をしているのだ。


「俺は、こいつらの面倒を見終わったら、デーモンの国に行くつもりだ。ヒューマンの王子ナザールからデーモン族への紹介状をもらったからな。今まで幾度となく失敗してきたが、今度こそは妻を迎えたい」

「なるほど!」


 そこで、ようやくヴィナスにも話が見えてきた。

 次のチャンスをモノにするため「女が好む男を教えてほしい」のだ、と。


「そういうことであれば、協力しますが……しかしながら、厄介ですね。私も他国の女性に関しては、さほど詳しいわけではありませんから」

「むぅ……」

「とはいえ、デーモンもバッシュ様には助けられてきたはず。今後の交友のために、『オーク英雄』がデーモンから妻を一人娶りたいと、そう言えばデーモンも嫌とは言わないでしょう」

「そうなのか!?」

「色々と条件は付与されるかもしれませんが、デーモンも今は苦しく、横の繋がりがほしい時期だと思います。プライドの高いデーモン側からは言い出せませんし……そもそもサキュバス共々、ヒューマンらに監視されていて自由な外交ができないので、オークからの歩み寄りはありがたいはずです」


 バッシュの胸が期待に膨らんでいく。

 だが、バッシュは歴戦の戦士だ。

 この旅においても、敗戦を繰り返している。

 そんな身の上で、楽観的な妄想などできようはずもない。


「そううまくはいくまい」

「……かもしれませんね。デーモンもサキュバス同様、いえ、サキュバス以上にオークという種族を見下していましたから」


 ヴィナスは口にしつつ、脳裏に思い浮かべるのはかつて出会ったデーモンの女たちだ。

 彼女らは、あらゆる相手を見下していた。

 特に、ゲディグズが存命の頃は酷かった。上位種とされるサキュバスやオーガまで下に見ていたのだから。

 思い返すも忌々しい思い出だ。

 しかしそのデーモンも今や凋落している。

 サキュバスほどではないだろうが、今は苦しいだろうと思えば、溜飲は下がった。


 そう考えていた所で、珍しくだまって聞いていたゼルが、ポンと手を打った。


「そうだ! デーモン女とサキュバスはプライドが高いし、よく似ているっす! ここはヴィナスにデーモン女の真似をしてもらって、練習するというのはどうっすか?」


 その言葉にヴィナスは首をかしげる。


「デーモン女の真似、というと?」

「ほら、あの「下賤なオークが、私の視界に入るんじゃない!」とかああいうのっす」


 ヴィナスは、己の顔からサーっと血の気が引いていくのがわかった。


「無理です。できません。勘弁してください。バッシュ様は、本当に私の英雄なのです。私の方から食料視することは無いようにと思っていますし、なんなら逆にバッシュ様から食料にされるのは構わないとすら思っているぐらいです! そんな真似をさせないでください! それに、もしそんな場面を他のサキュバスに見られたら、私は生きていけません。バッシュ様がこの国をお出でになった後、裏路地で袋叩きにされて殺されてしまいます」

「そうなのか?」

「私ならそうします。バッシュ様を他のオークと同列に扱って見下すなど、サキュバスにおいてあってはならないことですので……! あるいは、クイーンに知られれば、そのまま極刑を申し渡されるかと」


 そこでヴィナスは唇を噛んだ。

 しかし、と思い立ったのだ。

 自分にはできるのだ、と。

 デーモン女のマネごとが。あの高慢ちきで、しかし実力の伴った戦士たちの真似が。

 誇りと感謝の間で揺れつつ、苦い顔でヴィナスは言う。


「ただ、バッシュ様がそれを承知の上で、私を練習台にと仰るのなら私は……私は……!」


 噛みしめる唇から血が流れ出す。


「いや、そこまでは言わん」

「そうですか」


 ヴィナスはホッと息をついた。


「……しかし、では、今まではどう動いてらっしゃるのですか?」

「ヒューマンやエルフのやり方に従い、相手に惚れさせるべく動いてからプロポーズしている」


 ヴィナスは目を見開き、バッシュの股間から顔へと視線を移した。

 まさか、オークの英雄が、女とみれば見境なく犯し孕ませる種族の最強の戦士が、そんな回りくどいことをしているとは思いもよらなかったのだ。

 だが、同時に感銘を受け、納得もした。

 あのバッシュが、それだけ考えて動いているのだ。

 ヒューマンの策略でサキュバス国の視察にくることとなり、あまつさえ"食料"の改善に協力してくれるに至ったのには、そういった背景があってもおかしくはない。


「なんと素晴らしい……しかし、そうですね……先程も言いましたが、私はサキュバスなので、他種族の女について詳しくはありません……お力添えできず申し訳なく思いますが……」

「サキュバスとて同じ女だろう?」

「いえ、バッシュ様。女と一括りにするのは違います。我らサキュバスは、外見的には確かに女ですし、男に対してよこしまな感情を抱きますが、それは他の種族が子を残そうとするのと違い、食欲を満たすためです」

「お前たちも子は残すだろう?」

「それも少し違いますが……」


 ヴィナスは頷くと、少し顎に手をやって考えた。


「参考にはならないでしょう。我らサキュバスが子を作る時に重視するのは強さです。より強い母体同士がより強い子を産みます」

「むぅ……」


 強さだけで女が寄ってくるなら、バッシュは今頃ヒューマンとエルフとドワーフとビーストの妻がいるはずである。

 童貞などすでに過去に捨て去り、余裕の表情で五人目の妻としてサキュバスを迎えていてもおかしくはない。

 今頃はヴィナスも満腹で、満足げな顔で爪楊枝を片手にシーシーやってるだろう。


「しかしながら、バッシュ様の姿勢には感銘を受けました。そうですね……確かに、今の時代、我らサキュバスも、男に好かれるように努力しなければいけないのですね。魅了に頼らず……」

「お前達の普段の言葉遣いや仕草は、男に好かれるためのものではないのか?」

「そうなのですか? 生まれつき皆ああですので自分ではわかりませんが……ですが確かに、戦争が始まる前は今ほど魅了が強力ではなかったと聞きますし、言葉遣いや仕草で男をその気にさせなければならなかったのかもしれませんね……」

「言葉遣いや仕草、か……」


 思えば、バッシュは国を出て以来、そうしたものを気にしたことはなかった。

 無論、必要とあらば敬語は使うが、仕草というものはわからない。


「ヴィナスよ。お前は男がどんな仕草を取ったら好ましいと思う?」

「それはもちろん裸で腰に両手を当てて……いえ、なんでもありません。忘れてください」

「わかった。忘れよう」

「ええと……自分にはわかりませんが、サキュバスの普段の仕草や言葉遣いが男に好かれるようなものだとすると、そこにヒントはあると思います。我らはどの種族に対してもああですので……バッシュ様は、普段の我らのような女がいたらどう思いますか?」

「うむ。無抵抗ですぐに子を孕んでくれそうな、良い女だと思うな」

「オーク目線というのを差し引いて見ても、やはり生物である以上、生殖本能を刺激しているということでしょうね」

「つまり、女も?」

「きっと同じでしょう」


 次に赴くはデーモンの国。

 いくら紹介状があるとはいえ、一筋縄ではいかないだろうことはわかっていた。

 だが、ここでようやく光明が見えた気がした。


「しかし、どういった仕草や言葉遣いをすれば、女は良いと感じるのだ? 特にデーモンは」

「……さ、さぁ、それは自分にはわかりかねます。サキュバスであれば、男は反抗的であったり、自信満々であったりした方が良いとはされていますが……」

「オークが女に求めるものと似ているな」

「サキュバスもオークも他種族を蹂躙する種族ですので、趣向は似通ってくるものかと……」

「デーモンもそうだ。ならば、従順で自信なさげにしていた方がいいか?」

「いえ、デーモンは従順な相手を対等に見ることはありません。相応に対等だと思われるような行動をしなくては」

「デーモンにとっての対等とは?」

「それは……」


 だが結局、最初の質問の答えにたどり着かなかった……。

 見えた気がした光明は、完全に気のせいだったようだ。


「……申し訳ありません、力になれず」

「いや、問題ない」


 種族毎に違いがあるなどというのは、最初からわかっていたことであった。

 今までも、バッシュは臨機応変に対応しようとしていたのだから。


「結局、これまで通りやるしかないか」


 バッシュはそう頷くと、まだ見ぬデーモンの姫たちへの思いを新たにした。

 落胆は無い。

 戦時中もそうであった。

 苦しい戦況を覆すような策や秘密兵器は、そうそう出てこないものである。

 結局は己のやり方を貫き、強くなっていくしかないのだ。



 バッシュがそんな日々を過ごしていたある日、事件は起こった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 股間から顔に目線で草 ずっと股間見てるやんけ
[気になる点] <思えば、バッシュは国を出て以来、そうしたものを気にしたことはなかった。  無論、必要とあらば敬語は使うが、仕草というものはわからない。> うそでしょ!?ビーストの国でのパーティとかエ…
[一言] なんと、ためになる話だろう。読んでよかった。
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