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オーク英雄物語 ~忖度列伝~  作者: 理不尽な孫の手
第五章 サキュバスの国 復讐の兄妹編
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46.サキュバス女王


 『サキュバス女王(クイーン)』カーリーケールは、サキュバスの中でも特に妖艶な女だ。

 サキュバスにとって妖艶であるということは、すなわち歴戦の女傑であるということだ。

 女王となる前、『サキュバス王女(プリンセス)』だった頃から、彼女の雷名は世界中に轟いていた。

 かつての異名は『骨抜き』のカーリー。

 男であれば骨と皮だけにするまで吸い尽くすし、女であれば背骨を引っこ抜くことから、そう名付けられた。


 そんな彼女であったが、現在の姿は戦中とは異なる。

 大きな胸に、大きな尻、目の下と胸の谷間のぼくろ。

 それらは健在であったが、鎖骨から胸にかけて、大きな火傷のあとがあった。それも木の枝のような痕。

 電撃傷である。


 彼女はエルフとサキュバスの決戦において、サンダーソニアに敗北したのだ。

 命は助かったものの、その体には大きな傷を負い、片足に後遺症が残ってしまった。


 戦争終結後、彼女は女王を辞そうと思ったが、後継者は皆死に絶え、王として働ける者もいなかったため、今もなお女王として君臨し続けている。


 そんな彼女の元にビースト国から正式な抗議文が来たのは、つい先日のことだった。

 サキュバス国の元将軍キャロットの襲撃と、それに伴う聖樹の枯死。

 彼女の行動はサキュバス国の総意か否か。もしそうなら戦争も辞さない……と。

 そのようなことがつらつらと書かれた抗議文は、『サキュバス女王(クイーン)』カーリーケールにとって寝耳に水であった。


 キャロットは一年ほど前から連絡が取れなくなっていた。

 どこかで怪我か病気でもしているのかと心配し、他国に後ろ指をさされるのを覚悟で捜索隊を出そうと、そう決意した直後のことであった。


 なぜこんなことを、と思う反面、ああそうか、と納得してしまう部分もあった。


 彼女には、苦労を掛けた。

 外国との交渉を、全て彼女にまかせてしまっていた。

 そこで起きた出来事を、キャロットはあまり多く語ろうとはしなかったが、どんな扱いをされたのかは、火を見るより明らかだった。

 ただ、キャロットはカーリーケールの前ではそれを顔に出さず、ただただ成果がなかったことを申し訳なさそうに告げるだけであった。 


 キャロットは誰よりもサキュバスという種のことを考えていた。

 そんな彼女は頼りになるが、反面思い詰める傾向にもあった。

 カーリーケールは、彼女がいつ鬱憤が爆発してもおかしくはない、と危惧していた。


 だから「ああそうか」だ。


 なので、カーリーケールはそれ以上キャロットの行動について考えることはやめた。

 最も誇り高きサキュバスであった彼女が暴発したというのなら、他のどのサキュバスであっても同じ末路をたどっていただろうから。

 カーリーケールにも、サキュバス国の民にも、キャロットを責める資格など無い。


 残された者が考えるべきは、彼女の処遇ではない。

 彼女の行動のせいで、今、サキュバス国が疑われているということだ。

 彼女が行ったことが真実であれば、ビーストとの戦争は十分にありうるだろう。


 現在のサキュバスに、他国と戦争をする余力など残っていない。

 戦えば確実に敗北し、赤子に至るまで皆殺しにされるのは間違いない。

 根絶やし。絶滅。

 サキュバスという種は、それだけ嫌われている。


 この国を、サキュバスという種を存続させるためにも、対応を間違えるわけにはいかなかった。

 だからすぐさま、謝罪文を送り返した。

 キャロットはすでに我が国から出奔した人物、国の意向と関係はなく、此度の出来事は大変遺憾である、と。

 もしキャロットが我が国に戻ってきたなら、その首に縄を付けて引き渡そう、と。

 国のためを思って精力的に働き続けてくれたキャロットに対し、なんと恩知らずなことかと思いつつも……。


 その謝罪文に対する返事は、まだ帰ってきていない。

 もしあの手紙がビーストの言いがかりであり、なし崩し的に戦争に持ち込まれたらどうすべきか、民を守れるのか……。

 カーリーケールの心中は、常にそんなことで満たされていた。


 カーリーケールは戦中の女王だ。

 外交より戦が得意な戦士だ。

 でも出来る限りのことはしなければならなかった。


 まったくもって、災難ばかりである。

 最近はそんな出来事や慢性的な食糧難に加え、雨も降り続いている。

 町は結界で守ったため水害の心配は無いが、いずれ"飼料"の生産が間に合わなくなる日も来るだろう。

 時を同じくしてナザールから新たな食料を送ってくれるという書状も来たのは嬉しいが、それとてどこまで信用していいものか……。


 そんな悩ましい日が続いた時、さらに悪いことが起きた。

 フェアリーが攻めてきたのだ。


「うおおおぉ! 旦那ぁ! バッシュの旦那はどこっすか! サキュバス共、隠し立てしたらタダじゃおかないっすよ! 旦那がいくらいい男だからって、やっていいことと悪いことがあるっすよ! 『オーク英雄』を拉致監禁して吸い尽くそうなんて破廉恥の極みっす! もしバッシュの旦那が喜んでたとしても、このゼルが許さないっす! さぁ! さっさと旦那を出すっす! じゃないと皆殺しにするっすよ! 旦那、旦那ぁ! 返事してくださいよ、旦那ぁ!」


 カーリーケールの前に連れてこられた時、攻めてきたフェアリーは簀巻きにされていた。

 『二枚舌のゼル』。

 有名なフェアリーだ。


 当然、有名なのは嘘つきだからではない。

 このフェアリーが、サキュバスが大恩を持つ『オーク英雄』バッシュの相棒だからだ。


 とはいえ、なぜこのフェアリーがここにいるのか、いまいち要領を得なかった。

 しかもバッシュが川に落ちたとか、この近くに来ているはずだとか、サキュバスが捕らえたとか、よくわからないことを言っている。


 本来であれば、「誇り高きサキュバスを舐めるな」と一喝するようなことである。

 サキュバスは何より恩を大事にする種族だ。

 大恩あるバッシュを食料視し、あまつさえその自由を奪うなどという愚か者は存在しない。

 もし見つけたのなら、すぐに女王である自分に報告し、国賓として歓迎する所だ。


 ……と言いたい所だが、今のサキュバス国は荒れている。

 誰もが飢え、種全体が誇りを失いつつある。

 情けないことだが、絶対ないと言い切れないのだ。


 無論、ありえてはいけないことである。

 バッシュを拾って拉致監禁し、食料として扱っているような輩がサキュバス国にいるのであれば、決して許すことはできない。

 女王の名の元に公開処刑を行う必要がある。


「ニオ、まさかとは思いますが、一応調査を。また、それとなく国境警備に伝えておくように」

「ハッ」


 ゆえに、側近に極秘裏に国内を調査させる運びとなった。

 だが、この時点でカーリーケールは楽観視していた。

 そもそも、バッシュがこの辺りに来る理由など無い。

 所詮はフェアリーの戯言だろう……と。


 その判断を、脇が甘いと嘲る者もいるかもしれない。

 でもそういうものなのだ。

 フェアリーがいきなり駆け込んできて何かを叫ぶというのは。

 まずは嘘やいたずらを疑わなければならないのだ。

 長い歴史が、それを証明しているのだから。


 そうして二日ほど経過し、側近から「怪しい者は調べましたが全てシロです」という報告が戻ってきた。

 やはりフェアリーの嘘だったか、バッシュ様の元相棒だったからといって容赦はできぬ、四肢を引きちぎり、標本にしてやる……と憤っていた所。


「陛下。国境警備のヴィナスがバッシュ様を発見し、こちらに向かっているようです」


 そんな報告が流れてきた。



 現在、サキュバス女王カーリーケールの前に、一人のオークがいた。

 緑色の肌に巨大な剣を背負い、全身から強者のオーラをみなぎらせるオーク。

 『オーク英雄』バッシュが座っていた。


「ようこそおいでくださいました。『オーク英雄』バッシュ様」


 サキュバスの玉座は横長に作られている。

 女王は謁見において、けだるげに横たわりつつ相手を見下ろすのが通例だ。

 その気になれば、睡眠を取ることもできる、いわばソファベッドのような玉座。

 なぜそうなっているのかと聞かれれば、謁見の相手が男であれば、いつでも食事行為に到るため、である。


 だが、相手が尊敬する人物であり、恩のある男性とあらば、そうもいかない。

 カーリケールは、ピシリと音がしそうなほどに背筋を伸ばして座っていた。


「ヴィナスとキュウカにそれぞれ魅了を掛けられそうになったが、思いとどまってくれた」

「なんと……! お許しください。彼女らにはきつい罰を与えますゆえ……」

「構わん。サキュバスとはいえ、言い寄られるのは悪い気がしない」


 尊敬する恩人に魅了を掛けるなど、サキュバスにとって禁忌中の禁忌だ。

 バッシュはこう言ってくれているが、やはりヴィナスらにはお仕置きが必要だろう。

 そう思うカーリーケールだが、バッシュを見るとその気持ちが薄らいだ。


「……バッシュ様」


 思わず抱きしめられたくなるようなたくましい腕、誘っているのかと錯覚させるヒップライン、たっぷりと出してくれそうなガッシリとした下半身……。


(スケベすぎる……!)


 今すぐ裸にひん剥いて食べてしまいたい。


(いいえ、いいえ! しっかりするのよカーリーケール! バッシュ様はサキュバスの国を救ってくれた恩人! リーナー砂漠に彼が来てくれなかったら、今頃サキュバスは滅んでいるんだから! 食料視なんてしちゃダメ!)


 もし自分が女王でなかったら、我慢できなかっただろう。

 ヴィナスたちも、よくぞ踏みとどまってくれたと思う。

 ヴィナスもキュウカも、国によく尽くしてくれた軍人である。

 誇りの何たるかをわかっているのだろう。

 そんな彼女らが、一時の気の迷いで罰を受けなければならないなど、あってはならないことだ。


「本来であれば、国を挙げてあなたを歓迎する所ですが、お恥ずかしい話、我が国も貧しく、現在は少々取り込んでおりまして」

「構わん。気遣いに感謝する」

「当然のことですので」


 あぐらをかいて座るバッシュの前には、数々の料理が置かれている。

 牛の丸焼きに、山盛りのパン、オードブルに、何種類ものスープ、デザート。

 ヒューマンを真似て作ったワインをグビリと飲み干し、即座に隣に座るサキュバスがおかわりを注ぐと、なんとも満足そうな笑みを浮かべている。

 他種族はこうした食事を好むと聞いて作らせたもので、カーリーケールに味の是非はわからないが、しかしバッシュはうまそうにそれをつまんでいた。


「それより、こちらにゼルが厄介になっていると聞いた」

「あぁ、あのフェアリーですね。確かに厄介です。お引取りいただけるのですか?」

「無論だ」

「では……ニオ!」


 カーリーケールがパンパンと手を叩くと、一台のワゴンが運ばれてきた。

 その上に乗せられているのは、当然ゼルだ。

 ゼルは簀巻きにされた上から魔法陣の描かれた札を貼られ、さらに鳥かごの中に放り込まれていた。

 絶対に逃さんと言わんばかりの厳重な拘束だった。


「あ、旦那だ。てことは、そろそろオレっちの疑いも晴れた感じっすか? それとも、この可愛らしいフェアリーを巡って決闘が行われたり? いくらなんでもフェアじゃないっすよ? 魅了ありなら旦那に勝ち目はなく、魅了無しならサキュバスに勝ち目なし! オススメできないっす! ていうか、この縄解いてもらえないっすかね? カゴの中に入れてるなら縛る必要なくないっすか? あいたっ! もうちょっと丁寧に! フェアリーは見た目通り繊細なんすから! 四肢をちぎられた上で首を取られたり、火達磨になったら死ぬんすからね!」


 ワゴンで運んできた側近のニオがカゴの蓋を開け、逆さにして振ると、ゼルがボテリと落ちてきた。

 サキュバスは無言で爪を伸ばすと、ゼルを覆う縄が切られ、ゼルは自由になった。

 途端、ゼルは超速で飛び回り始めた。


「うおお! 自由! やはりフェアリーは自由であってこそフェアリー! うなれオレっちの羽、スピードを感じる瞬間こそが自由を実感する瞬間! ぶち当たる空気の壁! 苦しい息! ひとかけらの呼吸! 空気がうまい! ああ、これがスピードの向こう側!」


 大げさに自由を実感するフェアリーは、しばらくガランとした宮殿内を飛び回った後、バッシュの肩にストンと着地した。


「やー、旦那には助けられてばっかりっすね! 今回も旦那を助けにいったと思ったら、あれよあれよという間に旦那に助けられている。これがオレっちの人生っすね! まさに命の恩人。一生ついていって、返せるだけ返す所存っすよ!」

「そんなことは無い。お前の知識には助けられている」

「おっとぉ! そんなこと言ってぇ、オレっちがフェアリーじゃなかったら、とっくに旦那の嫁は見つかってる所っすよ!」


 ゼルがくねくねしながらそう言う。

 バッシュとしても、ゼルがヒューマンかエルフであればいいのにと思うが、残念ながらそうではない。

 そもそもフェアリーだからこそ、オークと仲良くできているのだ。

 それ以外の種族であれば、オークの性欲の捌け口だ。


「それにしても、さすが旦那っすね。あの荒ぶる濁流におちて、よく無事だったもんっすよ! いや、もちろん旦那ならあんな濁流程度では死なないと思ってたっすよ? でも、流石にもうちょっと消耗しているもんだと思ってたっす。そこをサキュバスに捕まって、あんなことやこんなことを……!」

「黙れ妖精! 我ら誇り高きサキュバスが大恩あるバッシュ様に、そのような無体をするか! みくびるでないわ!」


 カーリーケールが威厳たっぷりの声で言い放つ。

 その声には不思議な力が込められており、ゼルはビンと全身を硬直させた。

 そのまま肩から落ちそうになるのを、バッシュは手のひらで受け止めた。


「コホン、失礼いたしました。バッシュ様。大声を出してしまいました」

「……いや、いい。ゼルも失礼なことを言った」

「そ、そうっすね、慌てていたとはいえ、ちょっと申し訳なかったっす……ごめんなさい……」


 ゼルは謝った。

 世にも珍しい、ちゃんと謝れるフェアリーなのだ。


「時にバッシュ様」


 さて、となるとカーリーケール的には困ったことになる。

 バッシュが国に来たのなら、国賓として歓迎する。それは間違いない。

 このオークは、それだけのことをしてくれた。

 こんなスケベすぎるオークが国内にいたら、国民も腹が減ってしまうだろうし、それに耐えられぬ者もいるだろうから、国賓といっても内々でということになるが。

 だからそれはいい。

 問題はそこにはない。

 あるとするなら……。


「我が国には、いかなるご用向で?」


 本来ならば、来るはずのない人物。

 オークの国で、英雄として悠々自適の生活をしているはずの人物。

 さらに言えば、サキュバス国に対して大きな発言権を持っている人物。

 そんな人物が、わざわざサキュバス国にきて、何をしようと言うのか。


 具体的に言えば、誰の差し金で、何を要求しにきたのか。


 足を滑らせて川に落ちた挙げ句に迷い込んだということだが、このバッシュという英雄がそんなマヌケでないことは、彼と共に戦ったことのある者ならわかっている。

 何かしらの目的があってサキュバス国を訪れたのは間違いない。

 それはやや後ろ暗いことであるため、ゼルを先んじてサキュバス国に侵入させ、わざと捕まらせることで大義名分を得て、自分も潜入する。

 そう考えた方が自然だし、辻褄もあう。

 やや大雑把で回りくどい作戦。オークが思いついたにしてはやや頭が良すぎるが、フェアリーならギリギリ思いつきそうだ。


「ゼルを回収しにきただけだ。用は無い。すぐに出立するつもりだ」

「……なるほど」


 カーリケールがまだ幼い時分であれば、あるいはその言葉を素直に信じたかもしれない。

 だが彼女は歴戦の女王。

 沈みゆく国を、なんとか踏みとどまらせんとする、サキュバスのトップだ。


「では、どこを目指しておられるのですか?」

「デーモンの国」


 その言葉に、背筋がヒヤリと凍る。

 元サキュバス将軍キャロットは、ゲディグズを復活させる、などとのたまっていたそうだ。

 あのデーモン王ゲディグズを。

 傑物であったと、カーリーケールも記憶している。

 もし復活すれば、戦争の再開は免れまい。

 サキュバスに、戦争を戦い抜く力など、残っていないというのに。


「それは……なぜ?」

「ああ、つ……いや、あるものを探していてな」


 バッシュは一瞬言葉に詰まったが、そう言った。

 やはりなにかを隠している、とカーリケールは瞬時に悟った。 


「それは、我が国には無いものなのですか?」

「…………探してみねばわからんが、恐らくは、ない」


 あるのだな、とカーリーケールは思った。

 同時に、回りくどいことを、と思う。

 あなたが欲しいと言えば、このサキュバス国で手に入らないものなどないでしょうに、と。

 カーリーケールは高い理性をもつサキュバスであるが、バッシュが一発食べさせてくれるというのなら、サキュバス国の国宝であっても差し出してしまうかもしれない。

 大体、国宝なんかより、英雄との目くるめく一夜の方がよっぽど価値が……。


(いいえ! いいえ! しっかりしなさいカーリーケール! あなたはサキュバスの女王なのよ! そんな小娘じみた妄想してる場合じゃないの! サキュバス国の進退が窮まるかどうかの瀬戸際なのよ!)


 カーリーケールは頭を振って、妄想を脳内から追い出した。

 濃厚な精力を持つ男性がやってきて「一晩好きにしていい」と言いつつ擦り寄ってくるなど、今どき小娘でもしない妄想だ。

 とはいえ、あわよくば、ワンチャンス、と思ってしまうのもサキュバスの(さが)である。


「その捜し物というのは、デーモンの国にはあると?」

「ああ、ナザールがそう言った」

「ナザールというと、かの『来天の王子』?」

「そうだ」


 それだ、とカーリーケールは感づいた。

 ナザールと言えば、つい先日サキュバス国に一通の書状をくれた人物だ。

 サキュバス国が食糧難であると聞き、新たな食料を送ってくれると書かれていた。

 正直、そんなうますぎる話は無いと思っていた。

 この数年間、キャロットがどれだけ他国を回り、食糧難を訴えてきたと思っているのか。

 一時帰国した彼女の服が、汚物によるシミだらけになっていたことを、忘れてなどいない。


(ヒューマンの差し金か)


 カーリーケールの目がスッとすぼまる。

 少し、裏側が見えてきた。

 恐らく、バッシュは監査員なのだろう。

 サキュバスが本当に食糧難なのかどうか、連れてこられた食料たちが、きちんと管理できているかどうかの。


 そうだろう。

 ヒューマンたちは、同胞を食料として送ってきてくれている。

 実際、戦争直後はそうした彼らの同胞を、サキュバスは雑に食い散らかして、随分な数を死なせてしまった。

 そんな場所に再度同胞を送って良いものか、ヒューマンの中でも意見が割れているのだろう。

 むしろ、反対が多数といった所か。

 だからこそ、監査員を送り込み、安全かどうかを確かめようというのだ。


 なぜバッシュを、と考えれば、適任であることはすぐに分かる。

 もしサキュバス国で餌が雑に食い散らかされていた場合、監査員を送ると言われれば、それを隠蔽しようと画策するだろう。

 だから秘密裏に行わなければならない。

 とはいえ、今更ヒューマンを送ると言われれば、監査員であると気づいてしまう。


 そこでバッシュだ。

 先日、ビーストの国で第三王女の結婚式が行われたというが、バッシュもそこに参加していたのだろう。

 オークもサキュバス同様、四種族同盟からは嫌われている。

 キャロットが暴れたという一件で疑われ、身の証を立てるという名目で、サキュバス国への潜入を命じられたとしてもおかしくはない。


 彼ならばヒューマンと関係ないふりして潜入できるし、サキュバスからの尊敬を集めているから、餌場の見学も簡単に叶う。

 もしバッシュ自身が食い散らかされてしまったとしても、ヒューマンの腹は痛くない。

 小狡いヒューマンの考えそうなことだ。


「時にバッシュ様、少し話は変わりますが、サキュバス国の"食堂"に興味はおありですか?」

「食堂……? うむ、まぁ、無いと言えば嘘になるな……」

(やっぱり!)


 その若干言いにくそうな返答で、カーリーケールは自分の考えがそう間違っていないと確信した。


(だとすると、無下に追い返すのは下策よね。バッシュ様が困ってしまう……もともとそんなつもりは無いけど……)


 カーリーケールは内心でそう思いつつ、ブンブンと首を振り、深呼吸をする。


(いいえ、隠すことなんて無いわ! 最初の餌が死んでから、ずっと工夫してきたんだもの。それに、バッシュ様が監査員なら、嘘の報告をされる心配もない。ありのままをお見せすればいいのよ!)


 カーリーケールは顔を上げ、決意のこもった眼でバッシュを見る。

 そして、自信を持って口にする。


「もしよろしければ、出立前に"食堂"の見学などされていきますか?」

「いや、すぐに出立するつもりだ」

「そうおっしゃらずに。結界の外は土砂降りの雨……デーモンの国にたどり着くにも難儀いたしましょう。しばらくは雨宿りなどされて、そのついでに我が国を見物でもしていってください。青息吐息な国ですが、これでいて見るべきものもあるのですよ?」

「むぅ……」


 バッシュは少し悩んでいたようだったが、ゼルになにかを耳打ちされ、ぼそぼそと小声で相談を始めたが、やがてうなずいた。


「わかった。そうさせてもらおう」


 こうして、バッシュはサキュバスの国に逗留することとなった。 

「サキュバスの女王様、めっちゃ怖かったっすね。すごい目で旦那のこと睨んでたっすよ」

「サキュバスにとってオークは下等種族だ。本来なら国内に入れたくもないだろうな」

「そうっすよね。戦争中、最初に女王に会った時、めっちゃこき下ろされてましたもんね。汚らしい下郎め、妾に近づくな、とかなんとか」

「懐かしいものだ。『オーク英雄』として、一端に扱ってもらえるだけでも感謝しなければな」

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― 新着の感想 ―
プロット的には復活する魔王を嫁候補が集まってみんなで撃破してハーレム完成が終わりなんかなー。 それまでは全部の国回るだけで一国に1人嫁候補作り続けるだけなんか。 そろそろ、ストーリーが苦しくなって…
[一言] スケベすぎる!で爆笑したw 女王でもそう思うくらい生還で魅力的な肉体美なんでしょう セクシーな肉体美ってありますからね 私が好きなロック様も現役レスラー時代はそれはもう 戦う男の肉体美を体現…
[気になる点] サキュバスからしてみたらオークは魅了にサクサク掛かるから下等な扱いだけど、それはそれとして精力旺盛だからお気に入りなのかな [一言] サキュバスさん可愛すぎる
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