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オーク英雄物語 ~忖度列伝~  作者: 理不尽な孫の手
第四章 ビーストの国 首都リカント編
37/102

36.結婚式会場


『五回目以降のデートで女の子がムードのある場所に誘ってきたらチャンス! ここぞとばかりに迫っちゃおう!』




 その日、バッシュの元に一通の封筒が届いた。

 よくなめされた皮に、ビースト王家の紋章が金糸で刺繍された封筒。

 その中には、金箔をまぶされた厚めの紙が入っていた。

 手紙である。


 手紙には、こう書かれていた。


『明日、第三王女にして我が姉であるイヌエラの結婚式が執り行われます。

 皆から祝福される姉上が羨ましい限りです。

 私達もいずれ……と思いますが、他の姉上は皆、オークを恨んでおります。

 私と貴方が結婚しても、祝福されることは無いでしょう。

 だから、せめてこの喜ばしい日に、満月の下で逢瀬しとうございます。

 月だけは、きっと私達を祝福してくれるから。

 イヌエラのスピーチが始まる頃、聖樹の下に来てください。

 オークとビーストの栄華を願って。

 シルヴィアーナより』


 もし、バッシュとゼルが普段通りであったなら、この手紙の意味がわからなかっただろう。

 せいぜい、聖樹の下で何か話があるんだろうな、ぐらいにしか思わなかったはずだ。

 しかし、彼らには雑誌があった。

 そう、雑誌にはビースト族の独特な言い回しについても書かれていた。


「旦那……」

「わかっている」

「とうとう、この日が来ましたね」

「ああ……」


 ビースト族の言い回し。

 キーワードは二つ。


『満月の下での逢瀬』

『月が祝福してくれる』


 満月は、発情期の隠語であり、月の祝福とは、妊娠を意味する。

 すなわち直訳すると、自分は現在発情期にあり、貴方の子供を産みたい、という事だ。

 まさに性交のお誘いである。

 間違いない。

 雑誌にもそう書いてある。


「旦那、もう一度、確認をしておくっすよ」

「ああ」

「雑誌にも書いてあったっすけど、発情期のビースト女がお誘いしているのだからといって、油断するのは落とし穴っす。嫁ゲットの可能性は現時点でかなり高いっすけど、最後の最後で振られるパターンについても言及されているっす。きちんと憶えておかなきゃいけないっすよ」

「もちろんだ」

「あと……」


 と、そこでゼルはふと、雑誌の最後のページを見やる。

 そこには、一つだけ、不穏なことが書かれている。


(……いや、これは今考えても仕方ないっすね)


 しかし、ゼルはそれを意図的に無視した。

 書いてある内容は、作戦行動で言えば、十分な戦力で行動したにも関わらず、バッシュのような凄まじい強者がいて全軍を蹴散らされるかもしれない、みたいな話だ。

 そういう存在がいるであろう可能性は知っておくべきだが、対抗手段を持たない者がそれを無駄に不安に思った所で意味は無い。


 バッシュも、最後のページに書かれた文言については知っている。

 そしてバッシュなら、例え目の前に自分の叶わぬ強者が来たとしても、真正面から勇敢に戦うだけだ。


「では、明日までに一通りおさらいっす! まず、22ページ。『ムードのある場所はマナーが大事!? でも今更聞けない! ビースト・マナー講座!』から」

「ああ!」


 準備を万端にして挑む。

 二人に出来るのは、それだけだった。



 首都リカント中心部、リカオン宮。

 そこには、全世界からあらゆる種族が集まっていた。

 ビースト、ヒューマン、エルフ、ドワーフ。

 リザードマン、サキュバス、ハーピー、オーガ、フェアリー、果てはデーモンに至るまで。

 呼ばれていないのはオークだけだ。

 だが、呼ばれていないはずのオークも、当然の顔をして出席していた。

 誰が渡したのか、招待状を持って現れたバッシュである。


「む、『オーク英雄』殿までいらしているのか」

「ビーストと言えど、このような場でオークを排除はしなかったか」

「当然だ。そこらのオークならまだしも、バッシュ殿ほどの英雄を排除するなど考えられん」

「ご挨拶をしておきたい所だが……」

「うむ……」

「しかし、あの英雄殿に軽々しく声を掛けてよいものか……」


 しかし、バッシュに声を掛ける者は少ない。

 特に七種族連合の者たちは、バッシュを遠巻きに見つつ、モジモジとしていた。

 バッシュの戦果はあまりにも大きすぎるため、各国の重鎮といえど、尻込みしてしまうのだ。

 いや、重鎮だからこそ、といえるだろう。

 もしここが場末の酒場だったなら、あるいは闘技場で一戦交えた直後だったなら、嬉々としてバッシュの所に行って、戦争中の彼の活躍の話をせがんだに違いない。


 しかしそうではない。

 ここはビーストの王宮。ビーストの第三王女イヌエラの結婚式場。

 すなわち彼らは外交に来ている立場である。ミーハーなファンではいられないのだ。


 ついでに言えば、ビースト王家はオークに対して敵対的だ。

 そんなビースト王族の結婚式で、オークと仲良くしていれば、いらぬ反感を買いかねなかった。


「む、あれは……」


 そんなバッシュに近づく、一つの影があった。

 その小柄な人物は、一人のお供を従えて、バッシュの隣に立った。


「んっ?」


 エルフであった。

 この場にいる、誰もが知っているエルフであった。

 そして、そのエルフとオークの因縁を知る者達の間で緊張が走った。


「ほっ、ほはへは!?」


 そのマヌケな声は、まさにエルフから放たれた。

 よく見れば、エルフは口一杯に何かを頬張っていた。

 会場のテーブルには料理が所狭しと並べられており、エルフはそれを片っ端から口にしていたのだ。

 その頬は、リスのようにパンパンであった。


 食い意地の張った事である。

 しかし、400年前の大飢饉を知るエルフには、こうした者も多かった。

 食事というものは、食べたい時に食べられるとは限らず、そして食べられる時に食べなければ、例外なく餓えて死ぬのだ、と。

 ……まぁ、400年前を知るエルフなど、いまや一人しかいないのだが。


「サンダーソニアか」

「……なんかモゴモゴしてるっすね、何してるんすかね?」

「飯を食っているのだろう」


 エルフ――サンダーソニアは、目をシロクロさせながら、口の中のものを高速でモグモグゴキュン。

 脇にいた別のエルフ女が、サンダーソニアの口元を拭い、服についた食べかすもパパッと払った。

 どうやら、サンダーソニアはバッシュと知って近づいてきたわけではなく、ただ食べ物のあるテーブルを順に回っていたら、バッシュの所にたどり着いたようだ。


「む……」


 サンダーソニアの隣のエルフを見て、バッシュの胸が高なった。

 現在、別の女にアタックを掛けている最中ではあるが、やはりエルフはバッシュ好みであり、視線がいってしまうのは仕方がないことだ。


「……お、『オーク英雄』!」


 そのエルフ女も、バッシュの好みに違わず、非常に美しかった。

 しかしながら、彼女の頭……。そこには、小さくも白い花の形をした髪飾りがあった。

 いぶし銀と白い宝石のアクセサリーだ。

 白い花ではないが、白い花を模している。

 となれば、既婚者ということなのだろうとバッシュは納得した。


 ちなみにバッシュは知らない事であるが、この髪飾りの形はスノードロップという花を模している。

 花言葉は『あなたの死を望みます』。

 エルフ軍暗殺部隊の隊章である。


「……な、なにか?」


 彼女はバッシュの方を見て、引きつった顔をしていた。

 手は懐に伸ばされ、短剣を握りしめている。

 だが、完全に腰が引けていた。

 目の前のオークが何かをしたら自分は戦う。

戦うが……勝てる気はまったくしない、どうしよう。という感じだ。


「おい、あまり私の部下をジロジロ見るな。暗殺部隊を見て警戒するのはわかるが、何もしやしないさ。戦争は終わったんだから。な、わかるだろ? そもそも、こいつは先日ちょっとやらかして、私が保護観察してる所なんだ。何もさせやしないさ」


 サンダーソニアの言葉で、バッシュは彼女から視線を外す。

 既婚者に用は無いのだ。


「こほん、久しいなバッシュ殿、元気だったか?」

「ああ、シワナシの森以来か」

「うむ。一応、甥みたいな奴の結婚式だからな! トリカブト。ほら、それこそシワナシの森でお前に助けてもらったあいつだ。私も最初は、正体を隠しておこうと思ったんだがな、私が来ると、気を使わせすぎるし。まぁ、ちょっと事件があってすぐバレてしまったんだがな。あいつときたら、私が来ているというのに、『ソニア様なら別に気を使わなくてもいいですよね。適当にくつろいでいてください』ときたもんだ。もう少し気を使ってもいいとは思わないか? 何度あいつの尻拭いをしてやったと思ってるんだ、初めておしめを替えた時からだぞ? まったく……」

「……そうか」

「それにしても、やはりお前もここに来ていたか。いや、悪い意味じゃないぞ。むしろ私もな、くるべきだと思っていた。六姫の連中は嫌がるだろうけど、お前は勇者レトと最後に戦った戦士だ。そのお前がこの場にいることには、大きな意味がある」


 バッシュは困惑していた。

 サンダーソニアはまるで旧友のようにベラベラと話しかけてくるが、そもそも自分たちはそれほど仲良くはなかったはずだ。

 自分はサンダーソニアにプロポーズしたが、振られているのだから。そこで関係は終わっているはずだ。

 それとも、エルフ女はプロポーズされて振った相手とは、気安い関係になるとでもいうのだろうか。


 もちろん、バッシュとしては、悪い気はしない。

 サンダーソニアは振られた相手とはいえ、バッシュ好みの顔をしている。

 相変わらず美しく、可憐だ。

 彼女で童貞を捨てられたら、バッシュは後の人生で一度も性交できずとも構わないと思えるほどに。


 そんな彼女との会話は嫌ではない。

 ただ、サンダーソニアという人物が、これほど饒舌にしゃべる所を初めて見たため、少々面食らっていた。


「……はー、こんなよくしゃべる人だったんすね」

「意外だな。常に不機嫌なものだと思っていた」

「おい、聞こえてるぞ。いいじゃないか。私にとっても今日は喜ばしい日なんだ。饒舌にもなるさ。なぁ?」


 サンダーソニアは、脇のエルフ女――ブーゲンビリアへと話を振るが、ブーゲンビリアは困惑するばかりだ。

 彼女の知るサンダーソニアは、いつだってこんな感じだ。

 むしろ、バッシュに対し、いつも通りのフランクさで話しかけて大丈夫なのかと、不安になるほどであった。


「あの、サンダーソニア様は、バッシュ様? と、親しいのですか?」

「別にそれほど親しいわけじゃないぞ? でもな、もう戦争は終わったんだ。私もこいつに対してはもうわだかまりが無いわけだし、今後は仲良くやっていかないとな!」


 サンダーソニアは、そう言ってペチペチとバッシュの二の腕のあたりを叩いた。

 さりげないボディタッチに、バッシュの童貞心が火を灯していく。

 もし振られていなければ、そして作戦行動中でなければ、バッシュは今一度サンダーソニアへとアタックを掛けていたかもしれない。

 少しフランクに接しただけで惚れてしまう。

 童貞とは、そうした悲しき生き物なのだ。


「……」


 しかしながら、今のバッシュは作戦行動中だ。

 標的はサンダーソニアではなく、別の女だ。

 すでに脈のない女に気を取られて、目的を見失うわけにはいかなかった。

 しかしボディタッチはなんとも言い難い。

 サンダーソニアの手のひらはひんやりとしていて、柔らかかった。

ずっと触れていてほしかったし、ずっと話もしていたかった。

 でも、ずっとはダメだ。

 バッシュはこの式典をいい感じのタイミングで抜け出して、シルヴィアーナに会いに行く必要があるのだ。

 そして、そこにはシルヴィアーナの豊満な肉体による輝かしき童貞喪失が待っているのだ。

 ……でもボディタッチは続けてほしい。

 どれほど後に待ち構えるご褒美が大きくとも、目の前の誘惑というものは、いつだって強力なのだ。


 行きたいが行きたくない。

 そんな相反する気持ちの板挟みに、バッシュの表情が苦渋に歪んだ。

 それを見て、ブーゲンビリアが慌てて頭を下げた。


「も、申し訳ありません。サンダーソニア様が粗相を!」

「な、なんだよ粗相って、いいだろ別に、ちょっと肩を叩くぐらい、そんなに強く叩いてないぞ……もしかして、シワナシの森のこと、根に持ってるのか? 悪かったよ。あの時は邪険にして。でも仕方なかったんだ。お前だってわかるだろ?」

「いや、謝る必要はない」


 イマイチ何を謝られているかわからないし、わかるだろと言われてもわからないバッシュだったが、とにかく首を振っておいた。


「そういえば、こないだも大変だったみたいだな、六姫の連中に難癖つけられて……。もしまたあいつらに何か言われたら、私に言え。今度は追い出させやしないさ。なに、まかせろ。こう見えても私は偉いんだ」


 サンダーソニアが薄い胸を張る。

 バッシュの視線は、その薄くも確かに存在する膨らみに釘付けで、口元は自然と緩んだ。

 それはまるでサンダーソニアの自慢話を、バッシュが苦笑しながら聞いている、そんな風にも見える構図だった。

 周囲の者たちも「いいなぁサンダーソニア殿、バッシュ殿とお話できて」と羨ましそうに指を咥えている。

 場には、なんとも言い難い、悪くない空気が流れ始めていた。


「なんならあいつらに、勇者レトと戦った時のことを語ってやってくれ。ちょっと遅くなったかもしれないが、それできっとあいつらも溜飲を……ん?」


 サンダーソニアがそう提案しかけた時、会場の奥の方がざわついた。


「お、スピーチの時間みたいだな」

「なに? イヌエラ王女のか?」

「うん? まぁイヌエラからだろうな。けどトリカブトと女王もスピーチするぞ」


 イヌエラ王女のスピーチが始まる。

 その事実に、バッシュは我に返った。

 手紙には、『イヌエラ王女のスピーチが始まる頃に聖樹で待つ』と書かれていた。

 こうしちゃいられなかった。


「実は女王のスピーチの原稿は私も手伝ったんだ。なに、大したことじゃないさ、レオーナがどうしても不安だって言うから、ちょっとした手直しをな。私もこうした式典でスピーチをする機会は多いから、そういったことは――」

「失礼する」

「お、おい? どこに行くんだ? スピーチ始まっちゃうぞ? いやまぁ、別に聞かなくてもいいっちゃいいけど……あ、トイレか! 我慢してたのか!? それはすまなかったな! 乾杯までには戻ってこいよ!」


 バッシュは足早に、建物の奥、大きくそびえる聖樹に向かって歩き始めた。

 万が一にも、またせすぎるわけにはいかなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ソニア様はあれだね お喋り大好きな近所のおばちゃんだね!
[一言] 私個人としては、バッシュとサンダーソニア様でめでたしめでたしと…… ならないんだろうなぁ…
[気になる点] まさかエロールの想い人って、、、シルビアーナ、、、 なるほど、彼が雑誌を授けたのはこためだったのですね(授けたとは言っていない
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