21.女を手に入れる、最もシンプルな方法
「あの女もいいな」
「オッケー! 名前から聞いてくるっす!」
翌日、バッシュたちはドバンガ孔の大通りにて、ガールハントに精を出していた。
ガールハントといっても、オークが日常的に行っていた女狩りではない。
バッシュが「この子ならイケる」と思った女を見つけ、ゼルが名前を聞きに行く。
ついでに既婚であったりとか、ドワーフの国に在住しているかなども聞いていた。
ゼルはそれをバッシュが手にした紙にメモしていく。
情報収集である。
思えば、前回の失敗の原因は、情報の少なさが原因であった。
どうあがいても手の届かない相手にプロポーズしてしまった。
サンダーソニアは高嶺の花すぎた。
しかしながら、他のエルフ女であれば。
例えば、ブリーズが手に入れたような者であれば、あるいはバッシュのプロポーズを受けていたかもしれない。
手の届く相手を見極める。
その上でドワーフの流儀に沿ったプロポーズをし、嫁をゲットする。
それが、今回の作戦であった。
「聞いてきたっす。名前はポリーン。独身。酒場で働いてる平民っす。イケるっすよ! でも、旦那はもっとレベルの高い女を狙ってもいいと思うっすけど」
「いや、まずは一人手に入れるのが先決だ!」
「そっすね! さて、リストの方もだいぶ埋まってきたっすね。じゃあ、次はこの女達をどうやって落とすのか、考えるっすよ!」
「ああ!」
名前を集め、情報を集め、作戦を考える。
ドワーフ女がどういった男を好むのか、オークでも大丈夫なのか。
少なくとも、ヒューマンの国で感じたようなあからさまな敵意や畏れといったものは感じられない。
だが、油断は禁物だ。
状況をハッキリとさせた上で、確実な戦略に進む必要がある。
バッシュとゼルは歴戦の戦士なのだ。
二度までは土を舐めよう。
だが三度目は無い。
「そうだな……ん?」
と、その時、バッシュの耳に聞き慣れた音が響いた。
大勢が同時に声を上げた時の、何かが湧き上がるような、地響きのような音。
戦争中、毎日のように聞いた音。
「どうしたんすか? また別の気になる女でも?」
「いや、歓声が聞こえる」
「ああ、コロシアムが近くにあるらしいっすね! ちょっと見に行ってみるっすか?」
「ふむ……そうだな」
バッシュはそう言うと、歓声の上がる先に足を向けた。
コロシアムはすぐに見つかった。
大通りの先。
山のちょうど中心部と言うべき場所に、それはあった。
遠目には、壁のように見えた。
だが、近づいてみると、それは円形の建物であるとわかった。
近づいて見上げると、天井にはポッカリと穴が空いており、空から光が降り注いでいた。
ドワーフらしい、堅固な石造りの闘技場が、大通りのちょうど中央にあるのだ。
歓声は、まさにその中から聞こえてきた。
それだけではない。バッシュにとっては聞き慣れた剣戟の音までもが響いてきていた。
「盛況みたいっすね」
「そのようだな」
試合を見るためか、多くの人間が闘技場の入り口を出入りしていた。
「あ、入場料が必要みたいっすね」
「問題ない。シワナシの森で手に入れた金がある」
二人がそんな話をしながら、中へと入ろうとした時、
「ん?」
ふと、バッシュはあるものが目についた。
それは闘技場の壁際に座っている者たちだった。
彼らは、バッシュから見ても見覚えのある者たちだった。
オークだ。
なぜか、オークが闘技場の壁際に座っていた。
それも手足に枷を付けて。
「ありゃ、オークっすね。どうしたんでしょうか」
「さてな……」
「はぐれっすかね」
「恐らくな」
バッシュはそう言うも、当然ながら全てのオークの顔を把握しているわけではない。
流石に、戦後の三年を共にした者たちの顔と名前は一致している。だが、はぐれオークに関しては、和平が結ばれて以後、かなりの数が流出したため、曖昧だ。
要するに、誰が戦争で死んだのか、誰がはぐれオークとなって里を出ていったのか、判別がついていないのだ。
バッシュは彼らの顔を知らない。
どことなく、一度見たことがあるような気はするので、どこかの戦線で一緒だったはずだ。
となれば、戦後すぐにオーク国を出奔した者たちなのだろう。
ああして奴隷になっている所を見ると、ドワーフの国にきて暴れ、あえなく捕まったという事だろうか。
捕虜であれば助け出す所だ。
だが、はぐれオークはオークではない。
「行くぞ」
バッシュは彼らから視線を切ると、闘技場の中へと足を踏み入れた。
◆
闘技場は熱狂に包まれていた。
闘技場で戦っているのは、三人の闘士と、一匹の魔獣だった。
マンティコア。
はるか北東の森林に生息する魔獣で、虎のような体は赤く、頭は人のようにも見えるが、決して人の言葉を発することはない。
尻尾はウニのように尖った針で覆われている。
この針からは猛毒が分泌されており、刺されれば一瞬で毒が体に回って死ぬ。
毒に耐性のある種族なら泡を吹いて気絶するぐらいで済むが、気絶したところをマンティコアに食い殺されるため、結局は同じことだ。
オークの生息域からは遠く離れた場所に生息する生物であるが、バッシュは何度か戦ったことがあった。
バッシュがその場に到着するまでに、六人のオーク戦士が犠牲になった。
それほど、マンティコアは危険な魔獣だ。
事実、闘技場の中では、すでに二人の闘士が泡を吹いて倒れていた。
五人中二人がやられたとなれば、戦線は崩壊寸前、もはや勝ち目は薄そうに見えた。
が、よくよく見れば、マンティコアの右目は潰れ、足には鎖が巻き付いている。
残りの三人は、二人がマンティコアの左側へと回り、一人が右側へと回り込んでいる。
左側の二人が圧力を掛け、マンティコアの注意がそれた所を、右側の一人が的確に攻撃を加え、ダメージを与えている。
互角の戦いだ。
五人の中にマンティコアとの戦い方を熟知している者がいたのだろう。
「足と視界を奪って、着実にダメージを与える。悪くないっすね」
「そうだな。あれならやがて勝つだろう。右側に回り込んでいる男は腕がいい」
バッシュの言葉通り、しばらくすると右側の男がマンティコアの脇の下あたりに、深々と剣を突き刺した。
急所への致命的な一撃。
マンティコアはしばらく尻尾を振り回していたが、やがて盛大に血を吐き、力なく倒れた。
まばらに拍手が起こる。
巧みな魔獣退治だったが、見物客からすると、興奮にやや欠けるようだ。
見世物としては、中の下といった所なのだろう。
バッシュとしても、見ていて面白いものではない。
大人数による狩りと一緒である。
日常的にやっていることを見ていて、楽しいわけもない。
「お、次は、人間同士の戦いみたいっすね」
マンティコアと倒れていた闘士が片付けられ、また別の鎧姿の男が出てくる。
やはり顔はわからないが、体つきは十分に鍛えられているのがわかる。
しかし、バッシュとゼルが気になったのは、もっと別の所だった。
「ねぇ、旦那、あれって……」
「……」
闘士たちの肌は、緑色だった。
そう、まさにバッシュと同じような。
「グラーォ!」
「グラー!」
気の抜けたウォークライ。
だが、決闘を前にして、こうしてウォークライを行う種族など、一つしかない。
オークだ。
「お、オーク同士の決闘だぜ!」
「見応えはあるよな!」
見間違えかと思ったが、隣の観客もそう言っている。
なぜか、オーク同士が戦っていた。
剣と盾を手に、カンカンと打ち合っていた。
一見すると互角の、白熱した戦い。
観客も、どちらかの攻撃が決まる度に叫び、徐々にヒートアップしていく。
しかし、
「……なんだあれは」
バッシュだけは違った。
バッシュは、オーク同士の決闘というものを知っている。
それは、死に物狂いで行われるものだ。
渾身の力を込めて行われるものだ。
決死の覚悟を以って行われるものだ。
若い者や、腕が未熟なものであっても、相手を食い殺すほどの殺気を撒き散らし、勝利に向かって踏み込み、迫り来る敗北を払うために剣を振る。
そういうものだ。
そういうものでなければならないのだ。
だが、闘技場で行われているものは、違った。
まるで違った。
まるで踊りだった。
殺気が感じられない、死に物狂いでもない、力もどこか抜けている、決死の覚悟などありはしない。
こんなものが決闘でなど、あるものか。
「……」
「旦那、怒ってるんすか……?」
バッシュは返事をしなかった。
黙って戦いを見守った。
やがて、戦いは佳境を迎えた。
互角の戦いを演じていた二人の内、片方が剣を弾き飛ばし、太もものあたりを大きく切り裂いた。
切られた方が膝を付くと、その首筋に剣を当てた。
勝負ありだ。
「うおおおおおおぉぉ!」
勝った方は剣を振り上げると、叫んだ。
先程のウォークライよりも大きな声で。
観客を煽るように両手を広げて、コロシアム全体を見渡すように、歩き回る。
「何をやっているんすかね? トドメとか刺さないんすかね?」
ゼルが不思議そうに言うと、右隣の観客が振り向いた。
「おいおい妖精さん、あんた、コロシアムは初めてかい?」
赤ら顔のドワーフだ。
彼は両手にビールを持ったまま、ゲプゥと心地よいゲップをかました。
酒臭い匂いがあたりに充満する。
「いいかー、教えてやる。あれはな、勝った方が負けた方の命乞いをしてんだ」
「なんでそんなことを?」
「戦いを通じて、相手の強さを認めたってことなんだろうな……。でも、生かすか殺すかは観客が決める。あんなふうにな」
男の言葉通り、観客の大半は、親指を上に向けていた。
勝利した闘士は、相手を引き起こすと、肩を貸して、闘技場の奥へと引っ込んでいった。
「あんまりつまんねー試合をするようなら殺すこともあるが、今みたいに面白い試合がまた見れると考えりゃ、生かしておく方を選ぶ方が得策だろ? ……ま、戦時中に人が死ぬ所なんて見飽きたから、滅多なことがなきゃ、殺すなんて無いけどな」
「へー。でも、戦後になっても毎日殺し合いをして、それを見世物にするなんて、ドワーフって案外野蛮なんすね」
「はぁ? バカ言え。相手を殺す所までいくのは、奴隷同士の試合だけさ」
奴隷。
そう、ドワーフ族には、奴隷制がある。
彼らは自分たちの生産効率を上げるため、戦争中に捕まえた捕虜を奴隷として働かせていた。
闘技場で戦わせるのは、古来からの伝統だ。
「旦那、聞きましたか? いいんすか? オークが奴隷なんて……」
「はぐれオークの末路としては、妥当な所だろう」
重ねて言うが、もし今が戦時中であり、彼らが捕虜であったなら、バッシュは今すぐにでも飛び出し、彼らを助けただろう。
だが、はぐれオークはもはやオークではない。
あのような気の抜けた決闘を見世物にされるなど惨め極まりないが、オークの恥晒しにはふさわしいと言えよう。
あれこそがオークの決闘だと認識されるのは、バッシュとしても屈辱ではあるが。
「キャー!」
ふと、乙女の悲鳴が聞こえた。
バッシュがそちらの方を見ると、ドワーフ女が闘技場を見て、声を上げていた。
バッシュとて、この声が単なる悲鳴ではないことにはすぐに気づいた。
なぜなら悲鳴というのに、女が笑顔であるから。
そう、黄色い歓声を上げているのだ。
闘技場では、次の決闘が行われていた。
やはりオーク同士の戦い。
しかし先程に比べると、遥かに動きが良かった。
やはりやる気も殺気もない、おままごとのような決闘だが、より魅せる戦いだった。
特に、剣と盾を持っている男の方は、自分がどう動けば接戦に見えるのか、熱い駆け引きが行われているように見えるのか、熟知しているように思えた。
バッシュはその男の戦い方を見て、どこかで見た事があるような気がしたのだが、
「カッコイー!」
「ステキー! 抱いてー!」
それ以上に、ドワーフ女の声援の方が気にかかった。
どうにも、盾を持っている男は人気があるらしい。
抱いてとまで言われている。
バッシュも、一度でいいから言われてみたい言葉である。
しかも、叫んでいる女は、なかなかに悪くない容姿であった。
「よくわかんないっすけど、どうやらドワーフ女の間では、強いオークが人気あるみたいっすね」
「そのようだな」
「旦那の強さを見せれば、一発だと思うんすけど、どうやって見せつけるっすかね……」
「ふむ」
ドワーフ女は、強いオークが人気。
つまり、どこかでバッシュの強い所を見せれば、リストの女たちも振り向いてくれる可能性がある。
バッシュはオークの英雄だ。
強さという点に関しては、すでに保証されているようなものである。
バッシュの童貞も風前の灯火と言えよう。
「闘技場まできて女だぁ? って、おいおい、あんたよく見りゃオークじゃねえか!」
と、左隣の酔っぱらいがそんな声を上げた。
彼もまた顔は真っ赤。両手にビールを持ち、足元には酒樽が置かれている。
すでに完全に酔っ払っているのが見て取れた。
「ひっく、そりゃオークだ。女が欲しいのは納得だ。でもなぁー。残念ながらー、無駄。無駄だ、むだ!」
「何が無駄だってんすか!? 旦那はめっちゃ強いんすよ!? そんじょそこらの輩なんて片手でポイっすよ!? 女どもはそれを見て「キャー抱いて!」ってなもんじゃないっすか!」
「いいかー、お前、それが間違いだ。あんのアバズレどもはよー、ただ戦いが見てぇだけなんだ、オークの奴隷闘士どもに黄色い声上げてんのも、別に発情してるからじゃねえ。戦いそのものに興奮してるだけなのよー!」
「むぅ……そうなのか」
差したと思った光明が閉ざされた。
落胆するバッシュ。
そんなバッシュを見かねたのか、それとも単に酔っ払って言いたいことを言いたいだけなのか、ドワーフは続けた。
「ま、どうしても女がほしけりゃー、武神具祭に出るんだな!」
「……出るとどうなる?」
「大会に優勝した者はぁ~! あらゆる望みを、叶えてもらえる!」
「あらゆる、望み……?」
そのドワーフの説明によると、こうだ。
武神具祭とは、ドワーフ王が開催する、ドワーフ族最大のお祭り。
これは昨日少女に教えてもらったのと同じ。
だが、実は大会に優勝した者は、ドワーフ王の名において、あらゆる望みを叶えてもらえるらしいのだ。
もちろん、ドワーフ王の権限の及ぶ範囲のことであるが、その範囲はあまりに広い。
例えば戦鬼ドラドラドバンガ。
彼は最初に大会に優勝した時、このドバンガ孔を所望し、領主となった。
次の大会で優勝した時には、使い切れぬほどの富を所望した。
さらに次の大会では、地位を。
さらに次の大会では、ドワーフ王の娘を嫁に頂いた。
そうして、持たざる者であった無頼のドワーフは、全てを手に入れていったという。
「つまり優勝すりゃあ! 当然! 女の一人ぐらい、簡単に手に入るってもんよ!」
バッシュはゼルと顔を見合わせた。
優勝をすれば、望むものが手に入る。
ドラドラドバンガの例に従えば、嫁も手に入る。
まさに、バッシュにうってつけの大会といえた。
「なるほど、そうか、そういうことだったんすね! ブリーズが言っていたのは!」
「ああ、そのようだ! 奴には感謝してもしたりんな!」
ブリーズは特に何も言っていない。
だが、バッシュとゼルは彼に深く感謝した。
きっと、こういう状況を見越して、彼は自分たちをここに導いてくれたのだ、と。
まさに情報通のヒューマン、『息根止め』の異名は伊達ではない。
「お前らー、祭りに参加すんのかー、いいねぇー! でも、もうこの町の名のある鍛冶師は、だいたい闘士を見つけちまってんだ。残念だったな!」
そう、大会に出場したいのなら、相棒となる鍛冶師の存在が必要だ。
「旦那、それって!」
「……ああ!」
思い返すのは、昨日の少女だ。
振られた相手ではあるが、彼女は闘士を欲していた。
ならば、利害は一致する。
「こうしちゃいられない、今すぐ戻るっすよ!」
ゼルが飛び出した。
未だかつて無いほどの速度で飛翔した。
ゼルの羽が限界まで振動し、衝撃波を伴うんじゃないかってぐらいのスピードで飛ぶ。
バッシュもまた、それを光のように追いかけた。
衝撃で酔っぱらいが弾き飛ばされたが、彼らはぶっ倒れたままゲラゲラと笑うだけだった。
◆
少女の家に到着した時、時刻はすでに夜だった。
闘士を探しにいく、と言っていたため、すでに少女の姿は無い……。
と思いきや、彼女は今まさに家を出る所であった。
「おい」
「! い、いや、これは違うんだよ姉さん! 別に国の外に出ようってわけじゃ……」
少女は慌てて振り返りつつそう言ったが、バッシュの顔を見て、ほっと息をついた。
「なんだ、あんたか……どうしたんだ? 言っとくが、子供を産めって話ならお断りだ。何度懇願してもな。あたしにはやることがあるんだ。そのためにも、闘士を探さなきゃいけねえ」
「うむ、お前の闘士になりにきた」
「無理やり手篭めに……ってんなら、よく考えるんだな。ここらは裏路地に見えるけど衛兵も通るし、今度はあたしも抵抗……なんだって?」
少女は目をパチクリさせながら、バッシュを見上げた。
「お前の闘士になりにきた」
同じ言葉を繰り返すバッシュ。
しかし少女は、言葉の内容は理解できても、イマイチ飲み込めなかった。
困惑の末、ゼルの方を見た。
こういう時に一番見ちゃいけないやつである。
「目指すは優勝っすよ! オレっちも精一杯サポートするっす!」
ゼルもまた、バッシュを助けるために声を上げた。
少女はそのあからさまな態度をやや訝しく思いつつ、視線をバッシュへと送る。
「いいのか? お前、探してる物があるんじゃなかったのか? ていうか、何を探してたんだ?」
「……それは」
聞かれ、バッシュは一瞬だけ答えるべきかを迷う。
だが、相手はすでに振られた相手。
ついでに言えば、ドワーフは一夫多妻制だ。
言ってしまっても問題なかろう。
童貞であることさえバレなければいいのだ。
「……女だ」
「は?」
「嫁となる女を探している」
「はぁ……なるほどな。で、武神具祭で優勝して、女を手っ取り早く手に入れたいってワケか……」
「そういう事だ」
少女は呆れ顔でバッシュを見た。
だから自分にいきなり襲いかかってきたのかと言わんばかりに。
「ま、あたしにはどうでもいい話か。それより、本当にあたしでいいのか? あたしの鍛冶の腕は一級品だが、あいつら……あたしの兄姉は、妨害とかしてくると思うぞ?」
「構わん」
バッシュはオークの英雄である。
戦争中、多くの大敵を正面から破ってきた。
作戦行動を邪魔されることなど、日常茶飯事だった。
だが目的を前にしたバッシュは、無敵だ。いかなる敵も屠ってきた。
妨害など、あってないようなものだ。
「……でも、そっか……あたしの闘士に、なってくれるのか……」
少女はまた数秒ほど困惑していた。
だが、やがて現実を理解した。
目の端に涙が浮かび、溢れそうになる。
半分、諦めていたのだ。
きっと、自分は力を示す場さえ与えられず、一生を過ごすのだと、暗い絶望に膝を付きそうになっていたのだ。
けど、違う。
今は目の前に戦士がいる。
一緒に戦ってくれる仲間だ。
このオークがどれほどのものかはわからないが、自分の腕なら、自分の武具なら、優勝を目指せる。
ようやく、兄姉たちにギャフンと言わせられるのだ。
「よし!」
彼女はすぐさま涙を拭うと、ごまかすようにニッと笑みを浮かべた。
「じゃ、これからよろしく頼む!」
「ああ!」
「……えっと、名前はなんだっけか?」
「バッシュだ。こっちはゼル」
「あたしはプリメラドバンガ。プリメラって呼んでくれ!」
こうしてバッシュはプリメラと組み、武神具祭へと出場することになったのであった。




