17.英雄vs大将軍
バラベン将軍は、バッシュにとって思い出深い人物だ。
生まれた時は、雲の上の存在だった。
現オークキング・ネメシスの幼馴染であり、側近でもあった彼は、シワナシ森の氏族長として、オークなら誰もが知っている戦士として、名をはせていた。
オークの中でも特に大きな身体を持ち、巨大な戦鎚を振り回す狂戦士。
蛮勇をその身で現す姿に、オーク達の誰もが憧れた。
バッシュも例外ではない。
バッシュがバラベン将軍に初めて出会ったのは、戦場に出始めて、しばらく経った頃のことだ。
何度かの死線をくぐり抜け、一端の戦士として数えられるようになったバッシュだが、当時は、そこらのオークと大差無い実力で、何度も死にかけていた。
そんな頃、バッシュの所属している部隊は、バラベン将軍の軍に配属された。
激戦だった。
オーク軍が勝利したものの、バッシュの部隊からも死者が出た。
戦闘が終わり、焚き火を前に食事を取っていたバッシュの前に、バラベン将軍は現れた。
そしてバッシュを見つけるなり、一言。
「お前か! お前は見どころがあるぞ!」
快活に笑い、バッシュの背を叩いてそう言って、去っていった。
バッシュは狐につままれたような気持ちになったが、しかし、同時に嬉しかった。
あのバラベン将軍に見どころがあると言われたのだ。嬉しくないはずもなかった。
二度目に会ったのは、バッシュがオークの中で頭角を現し始めた頃だ。
他者よりも、頭一つ抜きん出た戦士。
それが当時のバッシュの評価であった。
バッシュが配属されたのは、バラベン将軍の直属の護衛であった。
護衛といっても、大したことはしていない。
いつもどおり、戦いに参加し、暴れまわるバラベン将軍の近くで暴れまわっただけだ。
だが、戦いの直前、バラベン将軍から少しだけ話を聞いた。
それは、バラベン将軍にとって戦いの前に自分を昂ぶらせるための武勇伝であった。
だが、同時にオークの戦いの歴史そのものとも言えるものであった。
バラベン将軍は幼い頃からネメシスと共に戦い続けてきた。
時に助け、時に助けられ、常に相棒として、オークの誇りを守り続けてきた。
そんな歴史だ。
だからバッシュは思った。
自分もそうありたい、と。
最後に会ったのは、シワナシ森の防衛に配備された時だ。
バラベン将軍は、昔のように快活に笑うことは無かった。
だが、オークの最後の砦として、徹底抗戦を唱えていた。
西にエルフ、東にヒューマン。
二大勢力に挟まれ、兵力も残り少なく、絶体絶命とも言える状況下で、なお戦意を失うことはなかった。
バッシュはその時、バラベン将軍と話していない。
ただ、無言で視線を送られ、頷いて戦線へと向かった。
そして、エルフの大魔道サンダーソニアと遭遇し、これと相打ちとなる。
サンダーソニアには深手を負わせたものの、自身もまた満身創痍となり、朦朧とした意識の中で、森の中を数日間、逃げ回るはめになった。
逃げ込んだ洞穴にゼルが来てくれなければ、死んでいたかもしれない。
そして、なんとか本陣へと戻った時には、戦闘は終わっていた。
月の無い夜、エルフ軍が暗闇の中から奇襲を掛けてきたらしい。
本来なら、戦力差を考えれば、一方的な戦いにはならないはずだった。
だが、エルフ軍は徹底してオーク軍の視界を奪った。
光源を潰し、暗闇の魔法を使い、闇に紛れる黒い服を身に着け、幻視の魔法で晦ました。
本来なら、バラベン将軍がそんな手だけで討たれるはずもない。
いかにオークとて、何千年と戦い続けてきたのだ。
各種魔法と、その魔法を利用した奇襲攻撃に対する術は、用意されているのだ。
致命的な打撃を受けるはずはないのだ。
敗因は……バッシュも後から聞いた話になるが、バラベン将軍がオークメイジを差別していたのが原因だった。
オークメイジである、副官ガンダグーザは、エルフが夜襲を仕掛けてくるという情報を、すでに入手していた。
その上で、カウンターを掛けるべく、オーク全体を闇と大地に紛れ混ませるべきだと提案した。
が、バラベン将軍はそれを受け入れなかった。
貧相なオークメイジが提案した、小賢しい策など、戦士たるオークが取るべきではないと、突っぱねたのだ。
意固地であった。
わざわざ煌々と明かりを照らして迎え撃つほどに。
かくして、バラベン将軍とその副官ガンダグーザは討たれた。
すぐさまネメシス率いる本隊がシワナシの森に駆けつけたため、領土は取られなかったものの、オーク最高の将軍であるバラベンを失ったオークが降伏勧告に応じたのは、それから間もなくしてである。
バッシュとしては、特にエルフに対し、後悔や恨みは無い。
自分はオークの英雄として、やるべきことをやった。
強敵を戦闘不能にし、自身もまた生きて帰った。
それで戦いに負けたのなら、そういうものなのだ。
とはいえ、もちろん、バラベン将軍の最後の戦いに自分が参加できていたら……。
あるいは、バラベン将軍と副官ガンダグーザの仲が、もう少しよければ。
そう思わずにはいられない瞬間もあった。
そんなバッシュの目の前に現れたのだ。
バラベン将軍が、副官ガンダグーザと。
決して、オークメイジなどと共に戦わぬと公言していた彼が。
そしてバッシュに言ったのだ。
「さぁ、かつてのように共に戦おう! 憎きエルフを滅ぼし、我らが森を取り戻そうぞ!」
嬉しくないと言えば嘘になる。
あの日、あの時思ったことが、二つ同時にきたのだ。
ああ、きっと今度は勝てるだろう。
今度こそ、輝かしい勝利を手にすることが出来るはずだ。
そう思わずにはいられない。
が、バッシュはオークである。
オークは、戦士だ。
戦士とは潔いものだ。
時として、敗北を認めるのもまた戦士だ。
また、オークには、こんな古い言葉がある。
こういう時、迷わないようにと込められた言葉。
とても単純な言葉。
『ゾンビはオークではない』
敗北を認められず、地の底から這い出て生者を襲う者。
それは、オークではないのだ。
オークは負けたのだ。
戦争に負け、和睦を結び、戦争中に思い描いていたのとは、また違う未来を目指し、歩み始めている。
その歩みは、他種族に比べて遅々たるものである。
だがそれでも、バッシュはオークキング・ネメシスの決定に従うのだ。
それがオークの英雄たるバッシュの義務だ。
つまる所、オークではないゾンビの群れと、オークがなんとか友好を結ぼうとしているエルフが争っていたのなら、味方となるのは、当然後者だ。
彼らの争っている理由などどうでもいい。
その上で。
その上で、狙っていた女エルフがピンチとあらば、もはや迷うことなどない。
(旦那、今がチャンスっすよ! さっきのブリーズに抱きついたエルフ、見てたっすよね! ここで頼れる男、かっこいい男を演出できれば、一発っすよ!)
なんて、ゼルも言っていることだし!
◆
サンダーソニアは混乱していた。
なぜバッシュが、自分をかばうように立っているのか。
あまつさえ、味方であるはずのバラベン将軍へと、剣を向けているのか。
自分の考えが間違っていたのか、それとも、仲間割れでもしているのか。
そう、例えばバッシュが、一般的なオーク同様、エルフの女に目が眩み、持ち帰ろうとしているだけだとか。
いやまさか、それならなぜ、シワナシの森の悪夢でそうしなかったのか。
え? まさか本当に加齢臭?
だとすると、サンダーソニアは現実から目を背けたい。
「俺は元オーク王国・ブーダーズ中隊所属戦士。オーク英雄のバッシュだ!」
だが、一つだけハッキリしている事はある。
どうやら、このオークの英雄は、バラベン将軍と戦うらしいということだ。
「俺はぁ! オーク王国第二師団長にしてシワナシ森の氏族長! オーク将軍のバラベンだ!」
「同じく、オーク王国第二師団副団、大戦士長ガンダグーザ!」
戦時中、嫌というほど聞かされた、オークが決闘する際の名乗り。
お互いに名乗りあえば、すなわちそれが戦いの合図である。
あとは倒れるまで、オークは戦いをやめない。
相手はバラベン将軍だ。
エルフとて、この将軍がオーク国にとってどれだけ重要で、そして偉大な人物であったかは知っている。
かつて、新兵がオークについて覚える最初のことが、オークキング・ネメシスと、オークジェネラル・バラベンの名だったからだ。
数々の戦いを勝利に導き、最後まで勇敢に戦い続けた猛者。
オークという種族において、オークキングと並ぶ力を持つとされた男。
それに加えて、オーク随一のメイジであるガンダグーザが後ろに立っている。
この戦いにおいて、もっとも危険な男だ。
あのガンダグーザを倒さなければ、バラベンは何度でも蘇る。
しかし、あのバラベン将軍の猛攻をかいくぐり、一定の距離を維持し続けるガンダグーザを沈めるのは、至難の技だ。
だが、とサンダーソニアは思う。
バッシュの背中を見て思う。
なんと……なんと安心感のある、頼もしい背中なのだろうか、と。
「グラアアァァァアォォ!」
「グラアアアァァァァ!」
ウォークライが響き渡る。
臆病な小動物であれば、そのまま死に至ってしまいそうな雄叫びが森に響き渡る。
踏み込みは、バラベン将軍の方がほんの一瞬だけ早かった。
暴力の塊、どんな物体でも破壊できるのではないかと思えるほどの質量を持つ戦鎚が、バッシュへと振り下ろされる。
が、バッシュはオークとは思えぬほどの速度で動いた。
回避するためではない。
一歩踏み込み、上体をそらしつつひねり、大剣を戦鎚へと合わせた。
ガッイィン。
聞いた事が無いほど耳障りな金属音が森に響き渡る。
イィン、イィンと反響が残る。
バッシュの大剣は、バラベン将軍の戦鎚を見事に弾き返していた。
バラベン将軍は戦鎚を手放さなかったものの、その質量に引っ張られて、大きくたたらを踏んだ。
バッシュもまた、その反動で姿勢を……。
「うう、おぉぉぉ!」
崩していなかった。
いったいどんな足腰をしていればそれが出来るのか。
バッシュは戦鎚を弾きかえされ、たたらを踏んでいるバラベン将軍に対し、さらに一歩踏み込んだ。
人智を超えた速度で打ち込まれた大剣は、かの将軍の胸を切り裂いた。
傷は深く、心臓に達していることが一目でわかった。
見事としか言いようがない。完璧な一撃。
致命傷である。
……生者が相手であれば。
「おおおおぉぉぉ!」
バラベン将軍は、胸の傷など無いものと言わんばかりに、戦鎚を振り回した。
暴風のごときその猛攻。
だが、バッシュは下がることすらしなかった。
時に避け、時に打ち返し、時に受け流し、生じた隙に一撃を加えていく。
荒々しく見えるが、決して稚拙ではない防御技術。
そして無駄のない、確実な斬撃がバラベン将軍へと刻まれていく。
しかしバラベン将軍は止まらない。
心臓を両断され、動脈を寸断されても、なお動き続ける。
なぜなら、ゾンビだからだ。
ゾンビは最低でも首を落とさなければ、活動を停止しない。
個体によっては、そのまま首なしで動くこともあるが、肉体に活動不能なレベルの大きな損壊を与えれば、いずれ停止する。
しかし、今は違う。
リッチがいる限り、どんな傷でも再生され、無限に活動を続けることとなる。
バッシュはバラベン将軍を圧倒していた。
バラベン将軍が生者であれば、もう倒れ伏していてもおかしくないほどに。
しかも……。
「ぐぐぐぐぐ……『アースバインド』」
「むっ!」
その声と共に、バッシュの身体が拳一つ分沈んだ。
踝が地面へと埋まっている。
「おおおぉぉ!」
一瞬、バッシュの行動が遅れた。
バッシュは大剣を盾にガードしたものの、横に大きく吹き飛ばされ、二回転して木に激突した。
無論、その程度でどうにかなるバッシュではない。
即座に起き上がると、何事も無かったかのようにバラベン将軍へと駆け出している。
とはいえ、ダメージが無いというわけではないはずだ。
サンダーソニアは、かつての戦いでのバッシュの動きを見ている。
どれだけ魔法を当てても不死身であるかのように迫ってきたが、最後の方は確かに動きが鈍っていた。
化物のような体力と耐久力を持っているが、無限ではないのだ。
「ぐぐ……愚かな……愚かな男、英雄バッシュ……」
そう、しかも、相手はバラベン将軍だけではない。
副官ガンダグーザも、後方からサポートに徹している。
いかにバラベン将軍を圧倒できようとも、この副官を倒さなければ、勝機は皆無だ。
あのオークの英雄バッシュが戦ってくれるというのなら、頼もしい。
このオークの強さは、自分がよく知っている。
だが、オークの戦士は、総じて魔法の知識が薄い。
バッシュは、リッチを倒さなければ戦いが終わらないという事実を、知っているのだろうか……。
「っっっ~~~~!」
サンダーソニアは一瞬だけ迷った。
だが、決断は早かった。
「……バッシュ、す、助太刀するぞ! こ、これは我らエルフの問題だし、二対二だから、卑怯じゃない! な!」
バッシュは目だけでサンダーソニアを見て、すぐに視線を前へと戻した。
「助太刀、受け入れる」
「よ、よし。私とお前が組めば無敵だ!」
バッシュの口元が歪んだ。
フッと、笑ったのだ。
それに応じて、サンダーソニアも笑う。苦笑いだが。
「グラアアァァァァォォ!」
バッシュのウォークライが響き渡る。
二度目のウォークライ。
サンダーソニアは、それを聞いて想った。
(うるさいぞ、鼓膜が破れる。大体おかしいだろ、普通、オークは二回もウォークライしないだろ。なんなんだよ!)
などと思いつつも、黙って杖を構える。
先程よりは、余裕があった。
「いいか、バラベン将軍はガンダグーザを倒さないと復活する。だから、私がバラベン将軍の注意を引くから、その間にお前が後ろのガンダグーザを叩くんだ」
「……」
そう早口で提案するも、バッシュは頷かない。
突進してきたバラベン将軍の戦鎚を回避し、カウンターの一撃を加える。
当然、その攻撃は生物であれば致命打となり得るものであったが、バラベン将軍は意に介さない。
「おい、聞いてるのか!? 無駄なんだってば!」
「バラベン将軍は立派な戦士だった。死者とはいえ名乗りあい、雄叫びを上げたのだ! せめて戦士として納得の行く戦いを!」
「そっ……」
そんな馬鹿なことを言ってる場合か。
そう言いそうになったサンダーソニアだったが、口をつぐんだ。
オークにとって、戦いとは人生そのものだ。
戦いに勝った数と、犯した女の数が唯一の自慢なのだ。
後者は理解できない話だが、オークにとって、満足のいく戦いを経ての死は、名誉あるものだと言う。
バラベン将軍という偉大な人物に、その名誉を与え、弔いとしようというのだろう。
サンダーソニアは、その気持ちがわかった。
彼女とてエルフの英雄だ。
もし、エルフの死者が満足に弔われずゾンビになったとしたら、それもエルフの国に多大な利益をもたらした人物だとしたら、エルフらしい名誉を与えてから、天に帰したいと思うはずだ。
「わかった。なら、ガンダグーザの魔法は、私が抑えよう……」
「恩に着る」
「恩になんか着なくていい! 私の魔力は残り少ないんだ! さっさと倒せよ!」
「承知!」
バッシュがバラベン将軍へと駆け出した。
大剣を枯れ枝のように振るい、バラベン将軍の戦鎚を撃ち落とし、一撃を加えていく。
サンダーソニアは、それを見て思った。
美しい剣技だ、と。
もちろん、所詮はオークの剣技だ。流麗とはお世辞にも言えない。
だが、自分が戦った時は、恐怖と、戦慄しか感じなかったものが、味方として見ると、美しく思えた。
剣は常に最適な方向へと振られ、剣先は常に最短を走る。
本来なら遠心力を考えた切り返しが必要な場面でも、その膂力で強引に逆へと振り戻す。
早いはずだ。
右へと振り切られた剣が、ノータイムで左に切り返してくるのだから。
しかも早いだけではない。
その一撃一撃が、バラベン将軍の戦鎚を弾き返すほどの重さと正確さを持っているのだ。
あれだけの質量と攻撃力を持った物体が、相手の隙を一切逃さず、寸分たがわず急所に飛んでくるのだ。
見ているだけでぞっとする。
あんなものと戦わなければならないとなったら、誰だってゴメンだろう。
「おっと、させないぞ!」
サンダーソニアは、杖をクルンと回し、バッシュの方へと向けた。
地の底からバッシュへと向かっていた大地の魔力が、一瞬で霧散する。
「グ、ググ……愚か、愚かなサンダーソニア……」
「お前、愚かって言いたいだけだろ。なぁ? 愚かなガンダグーザ?」
「ググググ……!」
ガンダグーザの魔法を阻止する。
それだけなら、魔法に長けたサンダーソニアにとって、そう難しいことではない。
ガンダグーザはオーク随一の魔法使いかもしれない。
だが、サンダーソニアはエルフの大魔道。
魔法使いとしての適性が高いエルフの最高峰なのだ。
いかにリッチとなり、魔法への適性が上がったとはいえ、元はオーク。
魔法での戦闘となれば、ガンダグーザに勝ち目など無かった。
はっきり言ってしまえば、サンダーソニアはもうこの段階で、リッチとなったガンダグーザを倒すことは可能だった。
瞬殺とまではいかないが、魔法だけで攻めてくるのなら、五手で追い詰め、六手でトドメを刺せるだろう。
1200年。魔法使いとして魔法の研鑽をしつづけ、数多の戦場で経験を積み続けた結果だ。
しかしサンダーソニアはそれをしない。
「まぁ、なんだ……お前もオークなら、黙って見ていろよ。バラベン将軍の最後の一騎打ちだぞ」
「愚かな! 愚かな! 一騎打ちなど笑止千万! そんなものを貴ぶより、勝利を! 憎きエルフを討ち滅ぼし、我らに勝利を!」
「そんなだからお前、バラベン将軍に冷遇されてたんだよ……」
彼女は、バッシュとの戦いを見守ることにした。
なぜかと言われると、サンダーソニアもわからない。
ゾンビなど、さっさと倒してしまった方がいいに決まっている。
今も、エルフ軍がゾンビと戦っているのだから。犠牲者が出ているのだから。
しかしサンダーソニアは、何となくだが、今は手出しするべきではないと、そう思ったのだ。
とはいえ、そう心配することはなさそうだった。
バッシュはバラベン将軍を圧倒していた。
バラベン将軍とて、決して遅いわけではない。技量が低いわけでもない。
遠心力を十二分に利用して戦鎚を振り回しつつ、しかし確実にバッシュの急所を狙っている。
常人なら、あの戦鎚を振り回されるだけで、近づくことすらできないだろう。
バッシュは、遠心力がたっぷり乗った戦鎚を弾き返し、返す太刀で一撃を加えている。
急所である首が飛んでいないのは、バラベン将軍が紙一重で回避しているからだ。
しかし、それも時間の問題だろう。
見ていたのは、ほんの数十合だ。
時間にすれば、一分ほど。
ガンダグーザが無駄な魔法を使い、サンダーソニアが阻止すること五度ほど。
そんな短い時間で、バッシュとバラベン将軍は、密度の高い打ち合いを演じていた。
異変は、音と共に起きた。
パッキンと、軽く涼やかな音だった。
その音と同時に、バラベン将軍の戦鎚のヘッド部分が、中空へと飛んだ。
くるくると軽快な放物線を描いたヘッドは、地面にぶち当たると同時に土を撒き散らし、三体のゾンビを巻き込んで森へと消えた。
誰もが、それを目で追った。
サンダーソニアはもちろん、ガンダグーザさえも。
視線を戻した時には、決着が付いていた。
柄の折れた戦鎚を握りしめた首なしゾンビの巨体が、ゆっくりと倒れていく所だった。
ドズンと、大きな音を立てて巨体が倒れる。
それにやや遅れて、何かがドンと落ちてきた。
それは、一体のゾンビの生首だった。
立派な二本の牙を持つ、立派なオークの首だった。
首は地面におちると、そのままゴロゴロと、ガンダグーザの足元へと転がっていった。
「……ぐぐ……将軍……」
サンダーソニアは、杖を握り、魔力を込めた。
ガンダグーザがバラベン将軍を再度立ち上がらせるというのなら、阻止しなければならない。
少なくとも、詠唱は妨害し、中断させなければ、同じことの繰り返しになる。
しかし、ガンダグーザはそうしなかった。
数秒ほどバラベン将軍の首を見てはいたものの、杖に縋り付くような姿勢のまま顔を上げ、バッシュの方を向いたのだ。
バラベン将軍ではなく、バッシュの方を。
骸骨のようにしわがれた、オークらしくない顔を。
「バッシュ……愚かなバッシュ……オークを、頼む……」
「心得た」
ガンダグーザは己の身体が縦に真っ二つに両断される直前、確かに笑った。
◆