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オーク英雄物語 ~忖度列伝~  作者: 理不尽な孫の手
第二章 エルフの国 シワナシの森編
15/104

14.サンダーソニアの悩み


 バッシュがシワナシの森に到着して、七日後。



 シワナシの大樹。

 その最上階の一室に、一人のエルフがいた。

 腰まで届く長い金髪。

 深緑色のローブを身にまとい、頭には鍔広の帽子が被せられている。


 彼女は窓辺に座り、物憂げな瞳で外を見ていた。

 外に広がるのは、シワナシの町の夜景だ。

 森の奥まで煌々と照らせるほど明るくは無く、しかし人の営みを行うに十分な明るさ。

 彼女にとってこの程よい明るさは、平和の象徴とも言えた。

 戦争中は、いつだって明るすぎるか、闇に潜むかのどちらかだった。


 しかし、どうやら彼女は窓の外を見て、平和に浸っているわけではないようだった。

 かといって、窓に映る自分を見て悦に浸っているわけでもない。

 見ているのは、明後日の方向だ。


「はぁ……」


 彼女の名はサンダーソニア。

 周囲からは親しみを込めて『ソニア様』と呼ばれている。

 デーモン王を打倒した大英雄の一人、エルフの大魔道サンダーソニアである。

 彼女はエルフ国における最高の英雄である。

 地位と名誉と領地と爵位……ありとあらゆるものを持っているように見える彼女には、悩みがあった。


「またフラれた……」


 そう、彼女は独身であった。


「大婆様は高望みしすぎなのです。わざわざ友好のためにきてくれたヒューマン貴族をナンパしなくても……」


 彼女の部屋の入り口に控えるのは、エルフの男性だ。

 名をトリカブトと言う。

 毒草の名を持つ彼は、エルフ軍の大佐であり、ソニアの姪孫にあたる。つまり姪の息子である。

 大佐という地位における彼の仕事は、エルフ国の最大戦力とも言える人物の護衛である。

 護衛といっても、文官である彼のやっていることは、せいぜい丁稚か従僕といった所だが。


「だって、エルフの連中が誰も相手してくれないんだからしょうがないだろ! あと大婆って呼ぶな!」


 サンダーソニア。

 彼女は、今年で1200歳になる。

 エルフの最長老だ。


 エルフの寿命は約500歳。

 サンダーソニアが通常の倍以上の年齢を生きているのには、理由がある。


 今から900年前。

 エルフの国は、今では考えられないほど、追い詰められていた。

 村を燃やされ、領土を侵略され、兵からは命が、子供からは笑顔が奪われていた。


 当時の族長の娘であったソニアは、このままではエルフが滅ぶと考えた。

 ソニアは天才児だった。

 雷の精霊に愛された麒麟児として、エルフ国中に期待されていた。

 実際、戦場に出て彼女に勝てる者は誰一人として存在していなかった。

 その圧倒的な雷魔法は、いかなる敵をも消し炭に変え、大軍勢すらも押し留めた。

 前線を支えているのは、彼女だった。


 だが、そんな彼女ももう300歳。

 エルフの全盛期は100歳から200歳までの間とされている。

 それから400歳までの間に徐々に腕力や魔力が衰えていき、400歳以上は老人とみなされる。


 自分の全盛期はとっくに過ぎてしまった。

 すでに衰えが来始めているのも、自覚している。

 そうなれば、いずれエルフの国は前線を維持できなくなるだろう。

 先にあるのは、エルフの滅亡だ。


 そう考えたソニアは、禁呪に手を出した。

 エルフに古くから伝わる、不老長寿の呪い。

 それを、自らに掛けたのだ。

 結果、ソニアは100歳ぐらいまで若返り、その年齢で固定された。


 全盛期の魔力を取り戻したソニアは、エルフ軍のリーダーとなり、200年の時を掛けてエルフ軍を立て直し、敵軍を押し返した。

 その後も前線に出続けて、ついには他国の英雄たちと一緒にデーモンの王を倒すに至ったのだ。

 まさに大英雄である。


 そんな彼女も人の子である。

 戦争が終わった後の結婚ブームを見て、こう思った。

 平和になったし、そろそろ私も伴侶を見つけるか! と。


 しかし彼女、1200歳でもある。

 しかも大英雄で、エルフ国の重鎮でもある。

 彼女と付き合おうなんて考えるエルフ男性はいなかった。

 あまりに偉すぎるし、あまりに年齢が高すぎた。

 ついでに言うと、ブームにも乗り遅れた。

 彼女に釣り合いそうな男は、エルフ国には誰一人として残っていなかったのだ。


 だが、それだけではない。

 彼女が結婚にこぎつけられないのには、実を言うともう一つ理由があった。


「クソッ、あいつのせいだ……」

「『シワナシの森の悪夢』ですか?」

「そうだ、くそ忌々しいあのオーク!」


 『シワナシの森の悪夢』。

 そう呼ばれる事件は、エルフたちにとって忘れられない出来事だ。


 デーモン王ゲディグズを倒し、勢いのままオークを攻め滅ぼそうと、ヒューマンと挟撃を仕掛けたエルフ軍。

 しかし、そんなエルフ軍に立ちふさがったのは、一人の戦士だった。


 オークの英雄バッシュ。

 彼は、かつてのソニアと同じように前線に立ち、圧倒的な力でエルフとヒューマンを打倒した。

 かの男を倒さなければ、シワナシの森を手に入れることは出来ない。

 だがバッシュはあまりに強い。

 その強さたるや、相対した者の9割が死に、残り1割がトラウマになるほど。

 倒すことなど、不可能に思えた。


 そこでエルフの大魔道サンダーソニアが立ち上がった。

 英雄には英雄をぶつけんだよと言わんばかりに、バッシュに戦いを挑んだ。


 戦いは三日三晩続いた。

 ソニアの雷魔法が森を焼き払い、絶え間ない雷光が空を裂いた。

 バッシュの斬撃が大木を切り倒し、怒号が地面を揺らした。

 天変地異とも言えるような戦い。


 あるエルフの将兵は、それを見ていた。

 戦いを見届ける役目の者が必要だったのだ。

 そして、彼は最悪の光景を目の当たりにした。


 戦いの末……。

 雷光と怒号の止んだ先。

 ……立っていたのは、バッシュだった。

 ソニアはバッシュの前に倒れ、気を失っていた。


 エルフの女性が、オークの前で倒れればどうなるか。

 決まっている、連れ去られ、そのまま性奴隷にされて、死ぬまで子供を産ませられるのだ。


 あのソニア様が捕まってしまう。

 エルフの英雄が。

 エルフの象徴ともいえる人が、オークの奴隷になってしまう。

 それだけはなんとしても避けねば。

 もしソニアが奴隷になり、うつろな目でオークの子を宿している姿を兵が見れば、士気が落ちるなどというものではない。

 エルフ軍そのものが瓦解しかねない。


 そう思い、飛び出そうとした将兵は、驚くべきものを目にした。

 なんと、オークが踵を返し、立ち去ったのだ。

 ソニアに見向きもせずに。


 将兵だけではなかった。

 その場にいた多くの兵がそれを見ていた。

 将兵はわけがわからなかったが、とにかくソニアを回収し、見たままのことを上層部に伝えた。

 上層部はサンダーソニアの敗北を隠そうとした。

 だが、他の兵も見ていたのだ。情報が漏れないはずもない。

 サンダーソニアの敗北は、エルフ全軍へと知れ渡ることになる。


『シワナシの森で悪夢を見た。エルフの大魔道サンダーソニア敗北』


 それを聞いた兵士たちは絶望した。

 あのソニア様が負けるなんて。

 あまつさえ、オークに捕まって、性奴隷になってしまうなんて……。

 いくら戦争に勝てても、これじゃ……。

 まさに悪夢だ!

 そんな絶望を予想したエルフ国の兵士たちの耳に、別の情報が飛び込んでくる。


 いや、なんかソニア様、連れ去られなかったらしいよ。


 兵士たちは混乱した。

 え? なんで? お付きの護衛がギリギリで救出したとかじゃなくて?

 じゃなくて。

 なんで? オークだよ? 連れ去るか、そうじゃなくてもその場で犯すじゃん普通。あたしもこないだヤラれたしさ。連れ去られる前に助けが来たけど。

 わかんないけど、普通に放置されたみたい。

 もしかして、見た目に反して加齢臭とか漂ってたりして?

 ハハ、なにそれウケる。


 そんな会話が至る所で繰り広げられ、エルフたちの中で、ある説が定着した。


『実はサンダーソニア様は外見こそ若いが……オークですら敬遠するほど加齢臭を放っている』


 こうして、ソニアは『オークの鼻を曲げるほど臭い女』となった。

 完全なサゲマン扱いである。

 結婚にどうかって? いやいや、そんな、ありえないっしょ、と。

 それが、もう一つの『サンダーソニアが結婚できない理由』であった。


 ともあれ、ソニアは国外、ヒューマンの国に相手を求めた。

 ヒューマンの寿命はせいぜい80歳。

 それから見れば、200~300歳のエルフも、1200~1300歳のエルフも変わらないだろうと考えたのだ。


 だが、結果は惨敗だった。

 『シワナシ森の悪夢』は、ヒューマンにも伝わっていた。

 奥手のソニアが、それっぽい方向に話を持っていこうとしても、露骨に避けられた。

 まぁ、もちろんそれはサンダーソニアが勝手にそう思っているだけで、実際の理由はまた別なのだが……。

 ともあれ、サンダーソニアは噂を憎んだ。


 もちろん、ソニアもわかっている。

 エルフの結婚ブームにしろ、『シワナシの森の悪夢』の噂にしろ、一過性のものだと。

 1200年も生きていれば、エルフとて何代も世代交代をしている。 

 ましてやヒューマンなんて、何度世代交代しているかわからないぐらいだ。

 世代が変われば流行も変わる。

 戦時中とはいえ、流行り廃りはあったのだから。


 20年もすれば噂も忘れられ、ヒューマンの世代は交代し、ソニアと結婚してくれる人も出てくるだろう。

 100年もすれば、エルフの世代も交代して、ソニアと結婚してくれる人も出てくるだろう。

 不老長寿の禁呪によって、誰かに殺されるまで生きるソニアにとって、その程度の年月はすぐだ。


 でも、サンダーソニアは思うのだ。

 なんだかそれは、負けたようではないか。認めたようではないか。

 自分がオークの鼻を曲げるほどの加齢臭を漂わせている、と。

 そんなわけはない!

 近くによって嗅いでみろ!

 最近はその噂を否定するため、香水すら付けていないぞ! と。


 もちろん、実際にどういう匂いだろうが、噂は噂。

 いきなり消えることは無い。


 それもこれも、全てあの男、オークの英雄バッシュのせいだ。

 あいつが連れ去らなかったせいで、サンダーソニアは悩んでいるのだ。

 もちろん連れ去られて性奴隷にされていたら、本当の悪夢を体験するハメになっただろうが……。


 それでも、一言ぐらいあってもいいじゃないか。

 つい先日も、久しぶりに出会ったというのに挨拶もなかった。

 いや、挨拶するような間柄でもないのだが。


 それにしても、人の顔を見ても反応すら無いというのはどういうことだろうか。

 トリカブトの話によると、馬車ですれ違った時のバッシュはポカンとアホ面を下げて見送っただけだという。

 普通のオークは、ソニアが目の前を通ると、股間を盛り上がらせて、舌なめずりをするというのに……。

 いや、しかしそれも随分前の話か。

 オークがソニアに対して最後にそんな態度をとったのは、まだエルフ国が立て直しを図る前、オーク国に激しく攻め立てられていた頃……要するにソニアが若い頃だ。

 気づいた時には、オークはソニアを見ると、恐れ慄くか、死を覚悟した顔で挑みかかってくるようになった。

 オークの舌なめずりなんて、ここ数百年、見ていない。


 とはいえ今は戦争も終わった。

 オークもずいぶんと穏やかになったという。

 なら、股間を盛り上がらせて舌なめずりをしてもいいではないか。

 それとも、もしかして、本当に加齢臭がし始めたのだろうか……。


 バッシュの態度は、ソニアを不安にさせるに十分だった。

 だが、サンダーソニアは不安を外に出したりはしない。

 なぜなら彼女はエルフの大魔道、エルフの英雄だからだ。

 エルフの象徴たる彼女は、部下に不安なところを見せるわけにはいかないのだ。


「大体、あいつは我が国に何しにきたんだ! 監視は付けているんだろ!? どうなっている!?」

「初日は情報収集に徹していたようですね。それ以降は森でゾンビを狩っているそうです」

「ゾンビ? なんで?」

「わかりません。次の町に移動するための資金集めかも」

「そんな馬鹿なことがあるか! だって私に会いにくるとか言ってたんだぞ!?」

「そう言われましても、ゾンビ退治ぐらいしかしていないのが現状です」


 バッシュが町に到着して7日。

 初日こそ、町中で嗅ぎ回っていたようだが、今は宿と森の外を行ったり来たりしている。

 彼は不気味なほどにおとなしくしている。

 問題も起こしていない。品行方正に毎日を生きている。

 まるでオークじゃないようだ。


「しかし、正直、街中の噂ですな。どこからかやってきたオークが、ゾンビを殲滅している。オークも中々やるじゃないか、と。実際、彼のお陰でゾンビの数がこの7日で激減しました。そろそろ軍の方で掃討作戦を実施し、完全に殲滅するのも良いのではないか、という提案すら上がってきています」

「あまりあいつを褒めるんじゃない……」

「確かに、彼には同胞を何人も……」

「馬鹿。そういうことじゃない。ポル坊も言っていただろ。死者のことは覚えてなくちゃいけないが、誰が殺したかは忘れろ。禍根は残さないんだ」


 現エルフ王ノースポールは、和平に至って、エルフ全体にあることを命じた。

 それは、戦争していた相手を恨まないこと。

 恨みはまた戦争を引き起こす。

 誰が殺したかを言及すれば、必ず相手も言い返してくる。

 殺し合いだったのだ。お互い様なのだ。

 恨まないというのは難しいことだろうが、ここで連鎖を断ち切るのだ、と。

 他種族との結婚ブームであることも相まってはいるが、その命令に順じているからこそ、本来は排他的であるはずのエルフが、他種族に対して寛容なのだ。

 バッシュが町に入っても、クラッセルの時のように露骨な扱いを受けないのも、そのためだ。

 まあ、この町にオーク国と戦っていた者が多くないというのもあるが。


「サンダーソニア様、言ってることが矛盾しています。褒めていいんですか? 悪いんですか?」

「うるさいな。わかってるよ、私も複雑なんだ……」


 ソニアは、ハァと溜息を吐いた。

 とにかく、今のようになってしまったことは、もう仕方がない。


「まぁ、ひとまず、あいつはいいか。よくよく考えてみれば、本気で悪いことを企んでるなら、私に対してあんな意味深な態度は取らないだろうからな」


 バッシュが町に来た時は焦ったし、会いに来ると言われて恐れ慄いたが、なんとなく、喉元は過ぎたように感じていた。

 胃の中に何か違和感はあるが、何もしていないのなら、何もできないのが現状だ。

 大体、噂は憎んでいるが、バッシュを憎むつもりもないのだ。

 負けた自分が悪いのだから。


 それよりどうにかして、この不名誉な噂を払拭したい。

 それが今のソニアの、切実なる願いであった。

 だが、どうすればいいのか。

 今更バッシュを打ち倒した所で、噂が消え去るはずもない。

 まさか、バッシュに改めて「犯してくれ」と懇願するわけにもいかない。


「くそっ、ヒューマンめ!」


 やがてサンダーソニアの矛先は、ヒューマンへと向いた。


「いつもは傍若無人なくせにエルフに気を使いやがって、一人ぐらい火遊び感覚で付き合ってくれてもいいだろ! すぐに噂が嘘だって証明してやるし、なんなら死ぬまで尽くしてやるぞ! こちとら1200年も命を掛けてエルフの国に尽くしてきたんだ! たかだか50年や60年ぐらいなら、いくらでも側で侍ってやるよ! ヒューマンは自分の脇に女を侍らすのが好きなんだろ! 特に高嶺の花をさぁ! 私は絶好じゃないか! なぁ!?」

「ご自分を高嶺の花といいますか」

「違うっていうのかよ! そりゃ実年齢は1200歳だが、見た目は100歳だし、魔法はほとんどなんでも使えるし、知識だってあるぞ! 政治だって多少はできるし、領地経営のアドバイスだってできる! 高嶺の花としての資格は十分だろ!? そりゃ、あっちの経験はないけど、ヒューマンの男はそういうのが好きなんだろ! 600年前、同盟国だからってエルフの陣地にきて、生娘を食いまくった将軍がいたこと、忘れてないぞ!」


 ソニアはバッシュをどうにも出来ないと思うや否や、今までに振られた男たちについて言及し始めた。

 トリカブトはそれを聞いて、苦笑を浮かべるほか無い。

 トリカブトは、今のように必死に懇願すれば、ヒューマンの男も一人ぐらい付き合ってくれそうなものだと考えていた。

 でも、本番で彼女がこうやって話すことは無い。

 そもそも奥手だし、エルフの大魔道サンダーソニアという立場を考えて、それにふさわしい振る舞いをしようとしてしまう。

 要するに、格好つけてしまうのだ。


 そんな、エルフの英雄らしい振る舞いをする彼女を落とそうなんて考えるほど、ヒューマンの男も馬鹿ではない。

 彼女の機嫌を損ねれば、エルフとヒューマンの戦争にも発展しかねない。

 ヒューマンの国にソニアが来るとなれば賓客扱いするし、重要人物として扱う。やり捨てなんてもっての他だ。

 サンダーソニアは、加齢臭の噂がヒューマンを遠ざけていると思っているが、事実はそんなものなのだ。


「あ、そうだ。トリカブト。なんだったらお前が娶らないか?」


 唐突の提案に、トリカブトは顔を引きつらせた。


「勘弁してください」


 トリカブトの最古の記憶は、サンダーソニアにおしめを替えてもらっている光景だった。

 サンダーソニアはおしめを替えながらトリカブトの母に「任せておけ、私はお前も、お前の母親のおしめも替えてやったんだ。我が一族の乳母みたいなもんさ」と、自慢げに話していた。

 その時から今に至るまで、トリカブトにとってサンダーソニアは、我が一族の頼れる婆ちゃんである。

 当然、恋愛感情は一度も持ったことがない。そんなもの、持てるはずもない。


「私には、心に決めた人がいるんです」

「なんだ、お前恋人がいたのか! なんだよ、そういう事は早く言えよ! どこの誰だ? ん? 難しい相手か? なんなら私が仲を取り持ってやってもいいぞ。や、まさかサキュバスじゃないだろうな、だったら許さんぞ。私の権限でお前を勘当してやる……って感じで国から出ていけるように取り計らってやる。安心しろ、私は理解がある方だからな。どうだ?」

「ビースト王の第三姫イヌエラ様ですよ……今は色々と調整中なので、情報を外に出せないんです」

「えーっ、お前ああいうのが好みだったのか!? ていうか、私聞いてないぞ、調整ってことは、お前を昇進させて釣り合いを取るとか、婚約の発表に日取りとか、そういうことだよな? え? 聞いてないぞ!?」

「サンダーソニア様は口が軽いから、言わないようにと父上に……」

「だったら今この場でも言っちゃダメだろ! お前は今まで何を学んできたんだ!? 機密保持の大切さも知らんのか!? あぁ?」


 面倒くさいなぁ……と、トリカブトが溜息を吐いていると、窓枠に一羽の梟が止まり、ホウと鳴いて、コンコンと窓をつついた。

 見ると、足になにかが括り付けられている。


「ん? 伝書か」


 ソニアは窓を開くと梟を己の腕に乗せ、足に括り付けられたものを取った。

 手紙であった。


「ふむ、キー坊からだな」

「キンセンカ中将ですか、何と?」

「ゾンビの中に、リッチの姿を確認したらしい」

「リッチ、ですか? となると、ここ数年のゾンビ騒ぎは?」

「間違いあるまい。そりゃ、いくら駆除しても湧いてくるわけだな」


 アンデッドというのは本来、自然発生するものだ。

 深い恨みや後悔を持って死んだ者が蘇り、生者を襲うのだ。

 とはいえ、一度倒してしまえば、復活することは無い。

 ちなみに、ゾンビになった者の魂は打ち砕かれ、二度と生まれ変わることは無いと言われている。


 しかし、リッチがいれば別だ。

 アンデッドの最上位であるリッチは、砕かれた魂を集め、ゾンビを再復活させることができる。

 つまり、リッチがいる限り、ゾンビがその界隈から消えることは無い。


「5日後にゾンビの大規模な掃討作戦をするから手伝ってほしいらしい。多分、お前の方にも正式に命令が届くんじゃないか?」

「なるほど、では準備をいたします」

「うむ。頼んだ」


 エルフの軍部は優秀だ。

 戦争が終わって未だ3年。

 何千年と蓄積されてきたノウハウは未だ健在である。


 攻撃時には、最大戦力でもって一瞬で攻め落とすべし。

 エルフ軍部は、たかがゾンビ討伐と侮らず、シワナシ森方面軍・第二大隊の出動を決定した。

 第二大隊はエルフ軍の中でも、特に魔法兵を中心とした軍団だ。

 ゾンビには炎の魔法がよく効く。

 これを機に、一気に駆除しようというハラだろう。


「しかし、大規模な掃討作戦をするとなると、オークの英雄の動きが気になりますね……我々が出払っている間に、行動を起こすかもしれません」

「うーん……でも怪しい所はないし、ひとまず放っておくしかないだろう。さっきも言ったが、本当に悪事を企んでいるなら、わざわざ私の所になど来ないだろうしな」

「よろしいのですか? 嫌がらせをしておかなくて」

「おい、私が気に入らない相手に常日頃から嫌がらせしてるみたいじゃないか! してないぞ私は、嫌がらせなんて!」


 二人のくだらないやり取りを、梟だけが首を傾げながら見つめていた。

 平和な夜であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ見た目若くても実年齢がケタ外れだと多少はね? しかも国の英雄ってなると普通には無理よ 政略結婚しか無いんじゃ無いかな
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