13.『大鷲の止まり木』
『大鷲の止まり木』
その宿屋に入った瞬間、バッシュは鉄火場に迷い混んだかのような錯覚を受けた。
酒場の中には奇妙な緊張感と、ピリピリとした空気が蔓延していた。
殺気ではないが、それによく似ている。
戦いの時に、互いの手の内を探り合うような、そんな気配である。
「オーク……? ああ、そういや一人、オークが入国したって聞いたな……いらっしゃい」
酒場の店主はそう言うと、バッシュに適当な席に座るように勧めた。
カウンターはあるが、カウンター席は無く、テーブル席ばかりが並んでいる。
自分がどこに座るべきか、一瞬だけ迷ったが、すぐにわかった。
入口側の席には男が座り、奥側の席には女が座っていた。
バッシュは男側の空いている席についた。
正面に座るのは、目つきの悪いエルフの女戦士だった。
髪型は内側にくるんと丸まったショートカット。
そして睨むだけでヒューマンの子供ぐらいなら殺せそうな眼力と、顔を斜めに横断する傷が特徴的だった。
服装はやや肌の露出したドレスだが、バッシュはひと目見て、この女戦士が歴戦の猛者であると見抜いた。
オーク小隊長と同等か、それ以上の腕を持っている者だろう。
彼女はバッシュが座ると、一瞬だけギョっとした顔をしたが、すぐにバッシュの服装を見て、さらに自分の隣に座る女と目配せをしあい、こくりと頷いた。
「こんにちワっ! ステキな旦那様ね。はじめまして、わたし、ヘンビットって言いますぅ!」
虎が猫の声で鳴いたら、こんな印象を受けるのだろうか。
バッシュはあまり女性と会話している気分になれなかった。
まるで猛獣に至近距離から匂いを嗅がれているような錯覚を受けた。
いつもなら、猛獣など返り討ちにしようとするのだが、目の前にいるのが女性とあっては、どう動いていいのかわからない。
今までにない好感触のような、そうでもないような。
なんとも不思議な気分で会話を続けることにした。
「オークさん、お名前はなんていうんですかぁ?」
「バッシュだ」
「バッシュさん! ステキな名前! オークさんってみんな素敵な名前だから、ヘンビット困っちゃいますぅ!」
「……あ、ああ」
頭痛がしそうなほどのキンキン声に、バッシュはややめまいを覚えた。
魔法でも使われているのだろうか。
「あっ、刀傷……やっぱり戦士様だったんですね。戦場はどちらに?」
「各地を転々としていたが、最後はこのあたりだった。国を守るために戦っていた」
「ですよね! わたしったら何言ってるんだかっ☆」
「お前はどこで戦っていたんだ?」
「あたしはサキュバスの国を攻め落とす師団にいたんです! 第32突撃分隊! だからオークさんたちにはあまり詳しくなくっデ……」
ヘンビットと名乗った女戦士は、そこでコホリと咳をした。
慌てて水を飲み、「あ~、あ~」と喉の調子を確かめると、うっとりするような笑みで、バッシュを見つめてきた。
「オークさんがエルフの国に旅してくるなんて初めてで……色々教えてくださいッ☆ どうしてこの国に?」
「ああ……俺はあるものを探しにきた。いや、探しにきたというよりは……」
そこまで言うと、ヘンビットは身を乗り出し、バッシュの口元に指を一本。
言葉を止めた。
「最後まで言わなくてもわかるわ。ここに来たってことは、結婚を考えてらっしゃるんでしょ?」
「……ああ」
一瞬で見破られ、バッシュはぐっと息を飲んだ。
確かに、こんな所にまで来たのだから、妻を探しにきたのは明白だろう。
バッシュとしても、隠すつもりはなかった。
もちろん童貞ということだけは隠し通すつもりだったが。
「でもでもぉ」
キャルンと音がしそうなしぐさで、ヘンビットは首をかしげる。
「ヘンビットぉ、さすがにオークの繁殖奴隷になるのは嫌だな。子供を産むのはいいんですけどぉ、やっぱりエルフらしく、一人の男性と添い遂げたいっていうかぁ……」
「大丈夫だ。俺も国に戻れば相応の地位がある。俺の妻となれば、他の奴隷と違う扱いにする。約束しよう」
地位。
その単語を言った瞬間、ヘンビットの瞳がギラリと光った気がした。
「へぇ~! もしかして、バッシュさんってぇ、オークの中でも結構偉かったりするんですかぁ? 階級は? もしかして、大戦士長だったりして?」
「階級は戦士だ。だが……」
「ペッ、んだよ下っ端かよ」
ヘンビットはペッとツバを吐いた。
同時に発せられたのは、歴戦の戦士らしい、鋭く太い声。
豹変したとも言える声だったが、バッシュはその声を聞いて、ようやくほっとした。
今の今まで、虎なのか猫なのかわからない相手だった。
でも虎と判明した。
なら、虎と話せばいいのだ。
「階級は戦士だが、戦時中に武勲を上げ……」
「オークの自慢話なんざ聞きたかねえよ。貯金は?」
「何?」
「金はいくらもってんのか聞いてんだよ」
「金? 金は……無い」
実際の所、バッシュは国に戻れば金持ちの部類である。
オーク国において、バッシュが望んで手に入らないものは無い。
とはいえ、オークの国では物々交換が主流であり、金銭はあまり流通していない。
他国との交易に使う分だけで、日常生活ではまったくといっていいほど使わないのだ。
とはいえ、ヘンビットにそうした文化の違いはわからなかったらしい。
「はぁ~~~~~~無し。チェンジ」
ヘンビットは盛大なため息と同時にそう言うと、席から立ち上がり、どこかへと行ってしまった。
「……?」
バッシュは、その行動の意味がわからない。
ただ、唐突に立ち上がっていなくなったヘンビットを、待っていた。
だが、ヘンビットは別の席に座り、別の男性と話し始めてしまった。
「ゼル、どうすれば……」
バッシュはゼルの方を見た。
ゼルはというと、テーブルの上に置いてあるハチミツ酒をごっきゅんごっきゅん飲んで、完全に出来上がっていた。
「だからオレっちは言ってやったんすよ。花占いは赤い花でやるべきだって! そしたらあいつ、なんて言ったと思うっすか? 赤い花ってどれだよ、いっぱいあるぞ? っすよ! まったくふざけるのも大概にしてほしいっすよね! 赤い花ったら、おま、赤い花に決まってるじゃないっすか! ねぇ旦那ぁ!?」
ゼルは塩の詰まった瓶にクダをまいている。
もう使い物にならないだろう。
(どうしたものか)
ヘンビットの方に行けばいいのか、それとも……。
「はーい、こんばんわオークの旦那様! ライラックでぇす! オークさんなんて珍しくて、つい声を掛けちゃいましたぁ!」
なんて迷っていると、またきた。
今度はグリフォンと互角に戦えそうなヤツだ。
声はグリフォンよりも甲高い。
「バッシュだ」
「早速なんですけどぉ、バッシュさんてぇ、領地とか持ってたりしますぅ?」
とりあえず、先程の女は忘れて、この女の相手をしよう。
バッシュはそう考えると、ライラックの方へと向き直った。
「領地は無い。オークの国の領土は――」
「あ、じゃあいいですバイバイですぅ」
ライラックはそう言うと、手をヒラヒラと振って去っていった。
一瞬の出来事だった。
あまりに早すぎて、今の女の残像がバッシュの視界に残るほどだ。
何だったんだ、今の女は。
そう思っていると、また次の女がやってきた。
「こんばんわ、あたしスパティフィラム! 突然ですけどオークの旦那様ってぇ――」
「ああ、いや、俺は――」
バッシュは戸惑う暇もなく、質問を受け、それに正直に答えていった……。
◇
それから、しばらくバッシュは女をとっかえひっかえした。
そう聞くと、バラ色の時間を過ごしたようにも聞こえるが、そんなに良いものではない。
エルフの女はバッシュに何度か質問をすると、すぐにどこかに去っていった。
その数が10人を超えたあたりで、バッシュにもようやくこの集会の仕組みがわかってきた。
男が座る。
女が男に質問する。
質問の返答で自分の条件に合っているかどうかを確認し、外れていたら別に行く。
そういうシステムなのだ。
質問の内容も似たり寄ったりで、いくつか質問に答えると、すぐにエルフは去っていった。
バッシュに選ぶ権利は無いらしい。
バッシュからすると、どの娘でもオッケーだったのでそれは問題無いのだが……。
しかし、さしものバッシュでも、10人に振られると、その原因がわかってきた。
金だ。
質問の仕方は様々だったが、エルフ女は金を求めていた。
地位や名声についても聞かれたが、結局は金だ。
バッシュがどれだけ、自分がオークの国では地位のある人間だと主張しても聞いてくれず、金が持っていないとわかると、あっさりと唾を吐いてどこかへと消えていった。
エルフの女は唾を吐くのが得意だった。
10人ほどエルフがきて去っていくと、バッシュの周囲から女っ気が消えた。
どうやら、エルフの中で情報共有がされてしまったらしく、こちらには寄ってこない。
(エルフはドワーフと違い、金に興味など無かったはずだ。それが、なぜ……)
わけがわからない。
ひとまず、女の方も寄ってこなくなり、露骨に近寄るなオーラを出している。
バッシュは動くこともできず、なんとなく食事を取ることにした。
エルフの国の食事と言えば、木の実や果実が主体のそっけないものだと記憶していたが、最近は他種族を迎え入れるためか、獣の肉や穀物を調理したものが出てきた。
味付けはエルフらしく薄味であったが、オークは基本的に好き嫌いなどしない。
うまい、うまいと食べるものの、やはり疑問は消えない。
「何故、金なのだ……」
「なんで金かってぇ?」
すると、バッシュの呟きを聞きつけたのか、一人の男が寄ってきた。
冴えない見た目をした、ヒューマンの男だ。
真っ赤な顔に座った目。
フラフラとした千鳥足でバッシュに寄ってくると、隣の席に崩れるように座り、馴れ馴れしくバッシュの肩を抱いてきた。
バッシュは気にしなかったが、オーク国であれば、バッシュに憧れる若者たちに袋叩きにされるだろう行為だ。
彼は完全に酔っ払っていた。
「教えてやろぉかい?」
バッシュの返事を待たずに、その男は話し始めた。
「いいかぁ? ここにいるエルフ女はなぁ、主にサキュバス国と戦っていた部隊の生き残りだぁ」
男の話によると、こうだ。
終戦後、エルフ国で結婚がブームとなった。
結婚はまず、エルフの富裕層。エルフ貴族同士から始まった。
なにせ男性の方が余っているのだから基本的には買い手市場、エルフの子女はどんどん買われていった。
この頃には、庶民のエルフが貴族に見初められる、なんて夢が流行ったらしい。
その後、庶民同士で結婚し始める。
しかし、実を言うと、この結婚は身近な者同士でくっつくのがほとんどだった。
身近な者とは、同じ部隊の生き残りであったり、故郷に置いてきた幼馴染のことを指す。
戦争も終わったし、国も補助金を出してくれるし、ブームだし、せっかくだし、俺たちも結婚しようか。
といった具合だ。
そうすると、あれよあれよという間にサキュバス国と戦っていた兵たちが残った。
サキュバス国と戦っていた兵は、全員が女性で編成されている。
サキュバスという、男性と見れば見境なく魅了し、食い物にしてしまう種族を考えれば当然のことである。
もちろん、サキュバスは軍が女性のみだろうと、気にせず男のいる部隊へと攻撃をしかけ、男を浚っていった。
サキュバスにとって、エルフの男というのは、まさに垂涎必至のごちそうであった。
結果として、エルフ国から男が若干ながら減少した。
6:4から7:3ぐらいの割合で、女の方が多くなってしまった。
ゆえに、サキュバス国と戦っていた兵たちはあぶれた。
それでも、彼女らはなんとか、他種族の男(特にヒューマン)が多いこのシワナシ森にたどり着き、婚活を始め、気立ての良い者から順番に成仏していったのだが……。
残る者はいる。
性格的にも容姿的にも、どこかしら難のある者が残った。
とはいえ、それでもエルフは見目麗しい種族だ。
エルフを嫁に迎えたいという男は、世界中にいる。特にヒューマンに多い。
だから、彼女らにもチャンスはあった。
何だかんだ言って結婚ブームであるし、十分に結婚できる余地はあった。
だが、彼女らは思ってしまったのだ。
結婚ブームの影響で、戦場で自分たちがケツを拭いてやった若造にまで先を越されるに至り、ある考えに囚われてしまったのだ。
もう、妥協はできない、と。
「……それで、なぜ金になる?」
「そりゃ決まってんだろぉ、その若造が、ヒューマンの金持ちと結婚して、それまでの質素なエルフ族からは考えられねえぐらい豪華な暮らしをしてるからよ!」
「なるほど……」
「ここの連中、見下してた後輩の相手以下じゃ、満足できねえらしい。望むは貴族か王族か。領土を持って金があり、一生を左団扇で暮らせるような相手……ハッ、そんな奴がこんな所来るわけねえのにな。哀れな連中だよ」
ちなみに、この男も文無しである。
戦争が終わり、しかし故郷はすでに無く、帰る場所は無かった。
戦争でそれなりに武勲を上げた彼だが、戦後の軍部縮小で職を失った。
故郷も無く、家柄も大したことのない彼は、小さなボロ屋に住んで、日雇いの仕事をしてほそぼそと暮らしていた。
結婚なんて夢のまた夢だ。
自分は何のために戦っていたのか、なぜ生き残ったのか。
自問自答の日々の中、彼の耳に届いたのは、エルフが他種族の男性を夫として迎えている、という情報だった。
戦争中に出会った美しいエルフ達。
あのエルフの内、一人でも妻として娶ることが出来たなら、自分の人生は変わるかもしれない。
帰る場所ができるかもしれない。
そう思った彼は一念発起し、美しいエルフを嫁にしようとここまでやってきた。
「いや……」
だが現実は酷かった。
残ったエルフは、金の亡者ばかりだったのだ。
彼がいくら戦場での働きや腕をアピールし、結婚すれば君たちを死ぬまで守ってあげる、なんて言っても、鼻で笑われるだけだった。
「ぐすっ……一番哀れなのは俺か……」
それを思い出し、男は泣き出した。
バッシュはいきなり泣き出した男に、どう反応していいのかわからない。
男はただただ、おいおいと泣いた。
泣いて、飲んで、泣いて、飲んだ。
そして、ふと顔を上げた。
視線の先には、先程バッシュを袖にしたエルフたち。
「見ろよ旦那……エルフたちをよ……美しいよな……」
「……ああ」
だが、彼の言葉にだけは肯定できた。
遠目で見るエルフたちは、確かに美しかった。
美しい金髪に、スラッと伸びた手足。
物腰は鋭く、適度についた筋肉が安心感を与えてくれる。
確かに性格に難があるかもしれないが、彼女の内の一人を手に入れ、毎日のように抱けるなら、もはや言うことは無い。
「金さえ、金さえありゃあ……」
「そうだな、金か……」
金。
オーク社会で生きてきたバッシュにとって、それは未知のものだ。
どうやって手に入れればいいのか、どうすれば増やせるのか、まるでわからない。
知っているかもしれないゼルは、エールの入ったコップで入浴中。塩瓶の旦那の背中を流してあげている。すっかり仲良しだ。
「しかし、金持ちといっても、どれぐらいの金を持てばいい?」
「どれぐらい……? うーん……わからん! だが大昔、最初にエルフと結婚した大富豪は、巨大なエメラルドのネックレスを相手に贈ったらしい。それもエメラルドだけじゃねえぞ、全体に金細工があしらわれた、金ピカのやつだ! だから、まぁ、つまり、そのぐらいだな! うん!」
バッシュは知らぬことだが、これはエルフに伝わる古いおとぎ話だ。
あるヒューマンの男がエルフに一目惚れをした。
ヒューマンはエルフに求婚したが、プライドの高いエルフは当然のように拒絶した。
でもヒューマンは諦めず、エルフにしつこく食い下がった。
うんざりしたエルフは、男に無理難題を押し付ける。
この世のどこかにあるという『新緑のエメラルド』を持ってくれば、あなたと結婚してあげよう、と。
男はその話を聞いて、世界中を旅し、エメラルドを見つけ出す。
そして、旅の途中で見つけたたくさんの宝物でネックレスを作り、エルフへと求婚したのだ。
これにはさすがのエルフも根負けし、男の求婚を受け入れた……と。
実際、エルフ女性の何割かは、エメラルドのネックレスを贈られながらのプロポーズにあこがれている。
エルフにとって、ロマンチックなプロポーズの一つなのだ。
エルフの宝石店でも、エメラルドのネックレスは、常に在庫を確保しておくほどの人気商品だ。
「金ピカのネックレスか……」
「まぁ、そう悩むなよ」
「お前はどうするつもりなんだ?」
「俺? 俺はまぁ、そうだな。とりあえず、明日からゾンビでも狩ろうと思ってる?」
「ゾンビ?」
「知らねえのか? 今、この町の近くでは、ゾンビが異常発生してんだ。理由は知らねぇがな。で、ゾンビ一匹を退治するにつき、多少の金銭が支払われる」
「金がもらえるのか?」
「ああそうだ」
いい情報であった。
恐らく、この男はゾンビを狩って金を貯め、金ピカネックレスを購入するつもりなのだろう。
ちなみにこの男、実際はただ日銭を稼ぐだけのつもりである。文無しだから。
「とにかく、今日はお互い収穫無し見てぇだから。飲もうぜ。俺ぁオークと飲むの、初めてなんだ」
「いいだろう。俺もヒューマンと飲むのは初めてだ」
「っと、名乗り忘れたな。俺はブリーズ」
「バッシュだ」
互いに名を聞いた瞬間、「ん?」と首をかしげた。
どこかで聞いたことのある名前だった。
だが、すぐに「まぁいいか」と流した。
長いこと戦場にいて、生き残ったのだ。
武勲を立てたのであれば、風の噂で名前ぐらい聞いたことあるだろう、と。
酒が入っていたのも関係がある。
「モテねぇ男に」
「麗しいエルフに」
「乾杯!」
その日、バッシュは久しぶりに酒を飲んだ。
◇
「う~……おえ~……飲みすぎたっす……」
数時間後、ゼルはガンガン痛む頭を抑えつつ、起き上がった。
周囲を見渡すと、旋回する風景は、まだ見覚えのある酒場の中であった。
酔っ払って目を覚ます時は見覚えのない瓶の中に入れられていることは多いが、どうやら今日は大丈夫だったようだ。
そりゃそうだ。バッシュの旦那が一緒なのだから。
さっきまで一緒に風呂に入っていたのだから。
「ふんっ!」
ゼルは鼻をつまむと、グッと体に力を入れた。
妖精特有の発光がほんの少しだけ強くなり、一瞬、何かがふわっと立ち上る。
フェアリー流のアルコール抜きである。
フェアリーは気合を入れれば、体内の毒素を一瞬で排出することが出来るのだ。
「さて、旦那はどうなったっすかね」
ゼルがオークの英雄の姿を探す。
近くには、なぜかエールまみれになっている塩の瓶しかない。
なぜこの塩の瓶がエールにまみれているのかを疑問に持つほど、フェアリーは暇ではない。
「お」
と、見つけた。
相変わらず、酒場の中央付近で、ゆっくりと酒を飲んでいた。
「旦那、いい相手、見つかったっすか?」
ゼルがふわふわと飛びながらそう聞くと、バッシュは首を振った。
「いや。だが、耳寄りな情報を得たぞ」
「ほう。バッシュの旦那が情報を得てくるなんて、こりゃ明日は雪でも降るんすかね~」
「俺とて情報収集ぐらいはできる。お前ほどではないがな」
「そりゃそうっすよね! 旦那ですもんね! いやー、オレっちが酔いつぶれても、一人で全部やっちゃうんだもんなあ! 旦那、あんまりオレっちのお株を奪っちゃダメっすよ? オレっちの存在意義がなくなって、そのまま消えてなくなっちゃうっすから!」
ゼルはヒュウと口笛を拭いてバッシュをヨイショした。
いつ、いかなる時もヨイショを忘れない。
だからこそゼルは、『担ぎ上げのゼル』の異名をほしいままにしたのだ。
「で、どんな情報っすか? 独身エルフ女性の一覧表を手に入れたとか?」
「いや、一覧ではない。だが、独身エルフ女性が結婚相手にもとめているものがなにかわかった。それを手に入れにいく」
「ほう! つまりリサーチに成功したってことっすね! さすが旦那! で、それは?」
「金だ」
「金!」
ゼルはピンときた。
ゼルはフェアリー。
フェアリーは金に興味が無い。
が、全てのフェアリーが揃って金に興味が無いわけではない。
フェアリーの中にも、金貨の輝きに目が眩んでいるヤツはいる。
ゼルの知り合いに、そういうヤツがいる。
自分の部屋の中に金の粒を溜め込んで、うっとりとそれを眺めているヤツだ。
ああいうのが、エルフに多いということなのだろう。
「でも、金って、色々あるっすよね。鉱石なのか金貨なのか……」
その質問の答えもバッシュは持っていた。
先程酔いつぶれて酒場の端で眠ってしまった男から、入手済みだ。
「うむ。最初にエルフと結婚したヒューマンの富豪は、結婚を申し込む際、巨大なエメラルドの付いた金ピカのネックレスを贈り、己を示したらしい」
「なるほど! つまり、金ピカネックレスを買えば……」
「エルフの妻も手に入る!」
そんなわけはない。
確かにエルフにとって、エメラルドのネックレスを贈られるというのはロマンチックな出来事である。
しかし、ここにいる婚活エルフの求める金というのは、要するに富のことである。
豪華な食事に、お洒落な服、巨大なお屋敷に、立ち並ぶ召使い。
そういった高い生活レベルを実現できるもののことである。
だが、ゼル自身、金に詳しくもない。
そのうえバッシュからの又聞き情報だ。
そんなもんかと思ってしまうのだ。
「とはいえ、どうやって金を稼ぐつもりなんすか?」
「うむ、なんでもシワナシ森は現在、ある存在が異常発生していて、人手不足らしい」
「異常発生?」
「ゾンビだ。ゾンビが大量発生していて、その駆除に手間取っている」
「あー! そういや来る途中に見ましたっすよね!」
「ゾンビ一匹を駆除するにつき、いくらかの金を貰えるそうだ」
「わかりやすくなってきましたね!」
こうしてオークの英雄は、ゾンビ狩りアルバイトを決意した。
もはや、ゾンビたちの命は風前の灯火と言えよう。
いや、もう消えていたか。
「早速、ゾンビをぶっ殺しに行くっすよ! ゾンビは夜の方が活発に動くから、すぐ行くっす……っと、宿に戻って装備を取ってこないといけないっすね! せっかく買った綺麗なおべべを汚してもよくないっす!」
「ああ、まずは宿に戻るか!」
バッシュはゼルと頷きあうと、閉店間際の店を出た。
■
店を出ると、日は完全に落ちており、周囲はすでに暗かった。
だが、月明かりに加えて各所に魔法の光が灯っているせいか、足元が見えないということもない。
昔は、こんな明かりなど存在しなかった。
エルフは魔法によって夜を見通すことができる。
森は昼間でも暗い場所がかなりあるが、エルフは中でも暗い影を好んだ。
決して明かりはつけない。火すら使わない。
エルフとは闇に潜む者。
オークの中ではそう思われていた。
しかし、決してそうではなかったのだとバッシュは思った。
エルフたちは、むしろヒューマンよりも明るい場所を好んでいる。
ただ戦争がそうしていただけなのだ、と。
それが証拠に、あの快楽殺人集団のようであったエルフが、思った以上にバッシュに気さくに接してくれていた。
戦時中は、エルフにああして接されることなど無かった。
血眼になって剣や魔法を振るってくるような連中ばかりだった。
バッシュを前にすれば、口汚い言葉で罵るか、蔑むか、脅してきた。
それが、戦争が終わっただけでああも変わるのだ。
それを思うだけで、なんとなくバッシュの心中に温かいものが芽生えた。
「だから――なんだよ!」
「しかし――」
「なんだ!? お前、私の――」
ふと、たそがれていたバッシュの耳に、誰かが言い争うような聞こえてきた。
いや、言い争っているというよりは、片方が愚痴を言い、もう片方がそれをなだめている、という感じか。
バッシュが視線を声の方向に向ける。
すると二人の男女が歩いてくる所だった。
「大体な、なんであいつらは自分で決めるってことができないんだ! お前もそう思うだろ? な?」
「それはソニア様がかつて「自分を通せ」とおっしゃったからです」
「……いや、でもな、あれぐらいは自分で判断すべきだろ? それをこんな夜遅くになるまであーだのこーだのギャーギャーギャーギャー子供みたいに喚いて! なんなんだよ! 子供か!?」
「何を自分で判断するかを下の者が決めては、組織が成り立ちません……そうおっしゃったのもソニア様です」
「ぐぬぬ」
片方は、エルフ軍の制服を身に着けていた。男だ。
もう片方は、深緑色のローブを着て、三角帽子を目深にかぶっている。
しかし、バッシュが気になったのは、彼らの服装ではなかった。
「む」
と、そこで女の方がバッシュに気づいた。
「お前っ……!」
女はとっさに身構え、腰の杖に手を掛けた。
バッシュはそれに対し、とっさに腕を組んだ。
敵対するつもりはないという、オーク流の意思表示である。
「……」
美しいエルフだった。
高い鼻に、切れ長の青い目、尖った顎、長い耳。
背丈は小さめで、胸もエルフらしく小ぶり。
髪はサラサラとした金髪で、月明かりを反射してキラキラと輝いて見えた。
もちろん、見覚えがある。
入国の際に口添えをしてくれたエルフである。
ついでに、男の方は御者をしていた人物であった。
美しいエルフ。
もちろんバッシュは顔も気にはしていたが、一番気になっていたのは別の場所である。
(旦那、旦那!)
バッシュの耳元で、妖精がささやき始めた。
(見てくださいっす、あの女の頭! 花が無いっす! 独身っすよ!)
(ああ、わかっている!)
バッシュが見ていたのは女の頭。
そこには既婚者を意味する花の飾りがあるはずだが……無かった。
未婚なのだ。
この美しいエルフは。
(どうする?)
(落ち着いて。ガッついたらダメっすよ。ここは慎重に……まず入国の時のお礼からいきましょう)
(了解だ)
バッシュは頷くと、訝しげな顔をしている女に会釈をした。
「入国の際には世話になった。改めて礼を言う」
ゼルと小声で打ち合わせしつつも、バッシュの目は、女から離れなかった。
それは女もまた見抜いていた。
腕を組みつつ、自分から目を離さない。警戒しているのだ、と。
女は上等だと思うが、同時に動けなかった。
自分から手を出すわけにはいかないのだ。
「ふ、ふん! どうってことはない。今のエルフは、オークだって迎え入れてやるさ。戦争は終わったんだから、なぁ?」
「その通りでございます」
従僕がスッと頭を下げる。
だが、その視線はバッシュから外れなかった。彼は射抜くようにバッシュを睨んでいた。
不審な動きをすれば殺す、言外にそう言っていた。
もちろんバッシュにとってそうした視線は慣れたものだ。
普通に見られているのと何ら変わらない。
「が、少し気になるな!」
女の言葉で、バッシュの胸がトクンと高鳴った。
「気になる? 俺がか?」
「そ、そうだ!」
バッシュの胸が鳴る。
戦場でもこれほどの心拍数を記録したことはないのではないか。
そう思えるほどに心臓をバクバクさせながら、バッシュは聞き返した。
そして、チラリとゼルの方を見る。
(脈、アリ!)
ゼルは親指を立てていた。
「どう気になる?」
「お前は一体……何をしにここにきた?」
「何をしに、だと?」
「う、うむ。お前の身元はすでに割れている。オークの英雄バッシュ、オーク族の重鎮だ。それが国を離れ、エルフの国まできて、何を企んでいるというんだ!? あぁ!?」
最後の方は、もはや恫喝であった。
が、バッシュはもちろんオークの戦士。
恫喝など普通の会話と変わらない。
それより、自分に興味を持ってくれていることの方が、バッシュ的には嬉しかった。
「うむ、それは……」
脈があり、向こうもこちらに興味を持っている。
なら、もはや迷うことは無い。
プロポーズし、ベッドインだ。
とはいえ、それがまだ早いことは、バッシュにもわかっていた。
先程、金が無いことでエルフ女性十人に振られたばかりだ。
ここでいきなりプロポーズしてもうまくいかないことは明白だ。
なんと説明すべきか……。
(ちょっと旦那、旦那)
迷うバッシュに、ゼルが耳打ちをした。
(なんだ?)
(思ったんスけど、ここは一つ、この娘に狙いを定めてみるってのはどうっすか?)
(狙いを? どういうことだ?)
(エルフは一夫一妻制、女は一人の男に添い遂げるっす。そして、当然ながら男の方にも、一途であることを望んでいるっす)
(何が言いたい?)
(これから先、色んな子に声を掛けるんじゃなくて、脈がありそうなこの娘にだけ求婚をするんすよ! そうした方が絶対に成功率があがるっす!)
(なるほど!)
眼の前のエルフ女性は未婚で、しかも脈がある。
今までにない程の好条件だ。
そんな相手へのプロポーズの成功率をできる限り上げるというのは、理にかなった考えである。
(とはいえ、今すぐに求婚しない方がいいっすね。まだ金ピカネックレスがないっす。ひとまず、ここは旦那も相手に興味があることを伝えつつも目的はボカし、お金を貯めて金ピカネックレスを買って、後で求婚する……って流れでいきましょう!)
(了解した!)
バッシュは思った。
さすがはゼル。
戦場では、ゼルのこうした機転に何度も助けられてきた。
同じぐらいの頻度で窮地にも陥ったのだが、バッシュは大きな男だ。そんな些細なことは気にしない。
「目的か……」
「そうだ、目的だ!」
「……ならば、一つだけ、言っておこう」
相手に興味があることを伝える。
どうやって?
バッシュの脳みそが、今までに無いほどフル回転した。
ヒューマンの国で学んだことを活かしつつ、言葉を選択する。
「俺はまた、お前に会いにくる」
「え? 私に会いに……だと!?」
その言葉に、エルフは目を見開いた。
「どういう意味だ!? あぁ!?」
「フッ、いずれわかる……」
バッシュはそう言って、踵を返した。
ミステリアスかつ堂々と。
それが、ヒューマンの国要塞都市クラッセルで学んだことだ。
その上で相手に興味があることを示し、目的もボカした。
(ナイスっすよ、旦那! それでいいっす!)
完璧だ。
バッシュはそう思っていた。
ゼルもそう思っていた。
二人は、今回の邂逅に手応えを感じつつも、ゾンビ狩りに急行すべく、宿への道を急ぐのだった。
◆
女はバッシュが闇に消えていくのを見届けた後、恐れ慄いた様子でポツリと言った。
「わけがわからん……」
わけがわからん。
女だけが、そう思っていた。
そりゃそうである。
彼女は拳を握りしめ、地団駄を踏んだ。
「くそう! なんなんだよ! 本当に何か企んでんのかよ! だったらあんな言い方しちゃダメだろ!? 普通に旅しにきたって言えよな! ちゃんと隠せよ! お前もそう思うだろ? なぁ!?」
「ええ……そうですね。しかし、オークの英雄がお忍びで動いているのですから、言えない理由があってもおかしくありません。かといって、ソニア様にあのように聞かれたからには、言えないとも言えず、ああ答えるしか無かったのでは? オークは元々、嘘が得意な種族ではありませんし」
「なんだ? 私が悪いって言うのかよ!?」
「いえまさか」
女に睨まれ、男は肩をすくめた。
「とにかくだ! 何か企んでいるとわかった以上、くれぐれもあいつの監視を怠るなよな!」
「ハッ、かしこまりました。しかし、もし本当に、奴がまた来るとなれば、それはソニア様を殺すためなのでは? 企みがあると知ったソニア様を。まぁ、私もですが……」
その言葉に、女の顔面が蒼白になった。
オークの英雄バッシュ。
その強さを知る者は、誰もがこうした顔をする。
しかし彼女は、ブンブンと首を振って、拳を握った。
「だとしても、私は逃げるわけにはいかない。なんたって私はエルフの英雄……サンダーソニアなんだからな」
女……サンダーソニアは、月明かりの下、握った己の拳を見ながら、そう言うのであった。




