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オーク英雄物語 ~忖度列伝~  作者: 理不尽な孫の手
第二章 エルフの国 シワナシの森編
13/102

12.有益な情報


 エルフ。

 種族的な平均寿命は約500歳。

 主な生息域はヴァストニア大陸の南西側の森だが、南東部や北西部にも広く分布している。

 排他的で攻撃的でプライドが高く、己の縄張りに侵入してきた他種族に対してはすぐに排除しようとする。

 全体的な個体数は少なく、体も大きいわけではないが、剣と弓、水と風の魔法の扱いに優れ、隠密性に優れており、長寿ということもあって歴戦の戦士が多く、全体的に見て精強である。


 ……というのは、戦時中に他種族が持っていた認識である。

 概ね間違ってはいない。

 一つだけ違う点があるとするのであれば、すでに排他的ではないということだろうか。

 長く続いた戦争が終わり、エルフの国にも、新しい風が吹き始めていたのだ。


 特に多種族、ヒューマンやドワーフといったかつての同盟国との交流が盛んになった。

 交易はもちろん、単なる旅行まで。

 長寿のエルフと言えども、今は全ての個体が戦中の生まれだ。

 最長老の者ですら、世間知らずが多い。

 俺たちは長寿で物知り、お前たちは短命で物を知らぬ馬鹿、というのがエルフのデファクトスタンダードだったが、戦後になってみると、はて、自分たちは物知りというが、一体何を知っているのだろう……となってしまったわけだ。

 長い戦争で、エルフの知恵と知識の蓄積も、全て消えてしまっていた。書物も残っていない。

 裏打ちされるものが無いとなれば、高いプライドを持つエルフも減ってくる。


 そうした理由で、今のエルフは伝統をかなぐり捨て、他国の文化を取り入れまくった、多彩な国へと変貌しようとしていた。

 もうあと1000年もすれば、知恵と知識が蓄積されなおして、プライドも右肩上がりとなるのだろうが……。

 ともあれ今は、自国を復興することが最優先であった。


 さて、国の復興には、必ずあるものが必要となる。

 現在、ほとんどの国で足りていないそれは、エルフの国とて例外ではない。

 そう、人口だ。


 そうして始まったのはベビーブーム……ひいては結婚ブームであった。


 エルフの特権階級、俗にハイエルフと呼ばれる者たちから始まったそれは、エルフ庶民にも伝わっていった。

 結婚せよ。産めよ。増やせよ。

 とはいえ、エルフは戦争により、少ない個体数をさらに少なくしていた。

 特に、サキュバス軍と正面衝突を繰り返したエルフ国は、男性の戦死者が多く、女性があぶれる結果となった。

 エルフがドワーフのように一夫多妻制であればそれでも問題なかっただろうが、エルフの常識では、結婚相手が死ぬまで唯一人を愛し続けるのだ。


 そこで、エルフ王ノースポールは、ある政策を打ち出した。

 『ハーフエルフ政策』と呼ばれるそれは、エルフと結婚してくれた他種族男性に、国籍と補助金を与えるというもの。

 他種族男性を誘致し、エルフ女性と結婚してもらおう、という目論見があった。

 目論見は成功。

 特に戦争中にエルフの美しさに心を打たれた者の多いヒューマンがその政策に乗り、鼻の下を伸ばした男性が多くエルフ国へとやってきた。


 そんなことをして、国中がハーフエルフだらけになってしまったらどうするのだ。

 そういった声もあったが、何しろエルフは長い寿命を持つ、気の長い種族である。

 あるタイミングで政策を打ち切れば、ハーフエルフは純血であるハイエルフと交わるようになり、それを繰り返せばいずれ他種族の血が薄れ、純血に近いエルフばかりに戻ると考えていた。

 そんなわけで、現在エルフの国には、エルフと結婚したいという他種族と、エルフ国でもあぶれたエルフ女性で溢れており、各所で婚活が行われているというわけである。


 他種族との結婚が忌避されないこの状況。

 バッシュにとって千載一遇の好機と言えた。



「というわけで、今のエルフ国は結婚ブーム! エルフ女の在庫が余りまくり! 旦那の女も必ず見つかるっすよ!」

「ああ!」


 バッシュとゼルは、宿屋で作戦会議を行っていた。

 ヒューストンがなぜエルフの国に行けと言ったのか。

 わからぬままに来てみたが、こういう事なら納得だった。


 思えば、町に入った時から違和感は続いていた。

 町に入った当初、バッシュは奇異な目で見られた。

 当然だ。なにせオークが町に入ってくることなど、ほとんどなかったか、あるいは入り込んだのははぐれオークだっただろうから。

 もちろん兵士たちもバッシュを取り囲み、事情聴取を始めた。

 だが、すぐにエルフたちは「まぁ、オークとはいえ普通の旅人なら」「ソニア様がそう仰ったのなら……」と、引き下がった。

 本来なら、ありえない話である。

 戦争が終わって三年も経ったとはいえ、あの喧嘩っ早いエルフが、そんな態度をとるわけがない。

 が、エルフ国全体にそういう風が吹いているのなら、無理からぬことであった。


「とはいえ、エルフとオークと言えば犬猿の仲っす。いくら異種族婚が隆盛とはいえ、ありのままで行っても、振られるのは目に見えているっす」

「わかっている。何をすればいい?」

「いろいろあるっすけど、ま、基本はヒューマンと一緒っすよ。ただ、エルフといえば、フェアリーとよく似ているっす。森を愛し森に愛される、森の守人……そういうエルフなりの流儀や主張を尊重していくのが重要っすね! それから、香水は花の香りのするやつがいいっす! 服装も、あまり肌を見せないものの方がいいっすね。エルフにとって肌を見せるということは特別なことっすから!」


 バッシュは己を見下ろした。

 オークらしい服装ではあるが……エルフは肌を見せることを嫌うという。

 出来る限り、肌を隠した方がいいのは間違いない。

 そうなると、先ほど出会った三人のエルフが肌を露出させていたことも気になるが……。

 あのエルフたちにとって、あのヒューマンは特別な存在だったと思えば、不思議ではない。

 むしろ、特別だと思われればエルフの方から肌を見せてくれるのだ。

 バッシュの胸は期待で膨らみ、今にもはちきれんばかりだ。


「なるほどな!」

「まずは身だしなみを整えましょう、さぁさぁ! 服屋にいくっすよ! まかせて欲しいっす、店の場所はとっくにリサーチ済みっすから!」


 というわけで、バッシュはゼルに言われるがまま、宿の近くにあった店に行くことになった。



 その店は、本当に宿の近くにあった。隣だった。

 バッシュからすると小さすぎる入り口をくぐると、そこはオーク国には存在しないほど、多種多様な服がズラリと並んでいた。

 基本的には緑や茶、黄といった色を基調としたエルフ服だが、ヒューマン風の服もいくつか置いてあった。


「どれがいいっすかねー」

「エルフの服の良し悪しなどわからん。鎧ならわかるんだが……」

「あ、この店は他種族がよく来ることを想定して、いろんな種族の服を置いてあるみたいっすよ! きっっと旦那に合うものも置いてあるっす!」


 ゼルの言葉どおり、店にはヒューマンやドワーフの体格に合わせたサイズのエルフ服が、ズラリと並んでいた。

 とはいえ、オークサイズのものはないようだった。

 一番大きなサイズでも、せいぜい身長2メートルぐらいが関の山だろう。


「チッ、オークか……」


 ゼルと二人で悩んでいると、店の奥から店主が現れた。

 店主は頭に草冠を付けたエルフ男性で、年齢は不詳。

 彼はバッシュを見て、警戒心を露わにはしていた。


「あの御方が町にいれたっていうからどんなオークかと思や、ただのグリーンオークじゃねえか……店の中で暴れてみろよ。こう見えても俺は戦争中、このあたりでオークを何匹も血祭に……」


 が、しばらくバッシュを見た後、ハッと何かに気づいた。

 そして、わなわなと体を震わせ始める。


「ま、まさか、あんたを町に入れたのかよ……あの御方が……?」

「何のことかわからんが、確かに関所で一人の女性に口添えをしてもらった」

「クッ……なんてお心の広い方なんだ……」


 店主はしばらく戦慄を隠せない様子だったが、ややあって、諦めたように息を吐いた。


「で、何しにきたんで?」

「服を買いに来た。エルフは肌を見せることを嫌うと聞いたのでな」

「肌を、うん? まあ、なんでもいいですが、ウチにあんたが着られるような服なんて……いや、一着だけあったか」


 店主はバッシュの頭のてっぺんから足先までを見て首を傾げつつも、店内の奥へと向かった。


「こいつなら、ギリギリ着られるんじゃねえか?」


 戻ってきた店主が持ってきたのは、深緑に黒のラインがはいったエルフ服だ。

 しかし、明らかに他よりもサイズが大きかった。

 店主が両手で目一杯に広げると、彼の姿が完全に隠れてしまうぐらいに。


「昔、ビーストの大男がきて注文してったんだが、気に食わねえつって買わなかった品だ。あんたぁオークにしては体格も小せえし……あ、ああ、す、すまねえ。怒らないでくれ。別に馬鹿にしてるわけじゃねえんだ。ただ、あんたより体のデカイオークがいるのも確かだろ?」

「気にはしていない」

「そ、そうかい。さすがだな。で、そんなあんたなら、なんとか着られるんじゃねえかって思ってな? 着てみちゃくれねえか?」


 店主にそう言われ、バッシュはその服を手に取った。

 そして、言われるがまま、その場で脱ぎだすと、服を身に着けた。

 着なれない服であったが、着方がわからないわけではなかった。


 とはいえ、所詮はビースト族に合わせた服装だ。

 なんとか着られたものの、肩や太ももなどはキツく、丈も七分ほどしかない。


「あー……」


 店主はそれを見て、やや申し訳なさそうな顔をした。

 彼はエルフ族の中でも、代々服屋を続けてきた誇り高き服屋の末裔である、

 似合わぬ服を薦めてしまうことは、先祖代々から受け継がれる服屋の誇りを傷つける。


「やっぱり仕立て直……」

「さすが旦那! 旦那のような男前は何を身に着けても様になる! やっぱ中身がしっかりしていると、服の方が合わせてくれるってわけっすね! これぞ眼福! 男前! まさに森の狩人。いやさ、愛の狩人! むしろ森の方から守ってくださいとお願いにくるレベルっすよコレはぁぁ!」


 しかし、唐突にヨイショをし始めた妖精のせいで、言葉は尻切れトンボになってしまった。

 横でこれだけ褒めちぎられると、似合わないと言うのが憚られる。


「いや、でも、意外と似合ってる、か……?」


 だが、それを聞いているうちに、店主の考えも少しずつ変わってきた。


 確かに丈はパツパツだが、先ほどのオークらしい服装より、野蛮さが抑えられたのは確かだ。

 そもそも、店主にしてみれば、ヒューマンやドワーフがエルフ服を着ている時点で、言い知れぬ違和感がある。

 オークが自分たちにとってなじみ深い服を着ているせいか、違和感が先に立ってしまったが、それを差し引いて考えれば、別に似合っていないわけではないように見えてくる。

 丈が短い方が筋骨隆々としているオークらしいし、肩や太ももがきつめなのは、むしろ種族的な特徴を前に押し出せているともいえた。


「ま、気に入ってくれたんなら、何よりだ」

「うむ。ではこれをいただく」

「ああ、お代はえっと……いくらだったかな……お?」


 バッシュは持ってきた荷物からあるものを取り出すと、店主に差し出した。

 店主がそれを受け取ると、それをまとめていた紐がほどけ、バラリとその物体の正体が明らかになった。

 それは、毛皮だった。

 バッシュと同等か、それ以上もある大きな毛皮。

 恐らく、この毛皮の主は、まさに立派としか言いようのない個体だったであろうことが見て取れた。


「こいつは?」

「バグベアの毛皮だ」

「随分立派じゃねえか。あんたが仕留めたのか?」

「ああ。戦友の形見でもある」

「いいのかい? そんなもん売っちまって」

「何が悪い?」


 訝しむバッシュに、店主は肩をすくめた。

 オークの価値観などわからないし、理解するつもりもなかった。

 最近になって他種族と交流するようになってわかったが、そもそも理解できないし、理解する必要もないのだ。

 結婚し、共に暮らすのでもなければ。


「毛並みは最高だが、でっけぇ傷がある。釣りはでねえぜ?」

「構わない」


 バッシュはそう言うと、自分が来ていた服を拾い上げ、踵を返した。

 服さえ買えれば、エルフの男になど用はなかった。

 彼の用事は、エルフ女性のこそあるのだから。


「……」


 用件だけ済ませて颯爽と出ていくバッシュを、店主はただただ見送った。

 バッシュが出ていくと、店内は静寂で満ちた。

 他に客もおらず、まるで夢であったような空気が支配していたが、ただ立派な毛皮だけが、今の客が現実であることを示していた。


「ねぇ、あなた、今の人は?」


 店の奥から出てきたのは、店主の奥方である。

 まだ年若い彼女は、戦争を知らない世代のエルフである。


「ああ……いや、思ったより、人格者だった」

「感想じゃなくて、どういう人なの? オークでしょ? 知り合いだったの?」

「知り合いってわけじゃない。ただ、戦場で一度だけ見かけたってだけの話さ……でも、とにかく、トリカブト様に連絡だけはしといた方がいいだろうな。行ってくる」

「あ、ちょっとあなた!」


 店主は一人で納得すると、店を放り出して、どこかへと出かけていくのだった。



 宿へと戻ったバッシュは、ゼルに言われるがまま、着々と準備を整えていった。

 風呂に入り、ゼルの持っていた香水をふりかけ、購入してきた服を着用。

 髪は香油で溶かし、オールバックになでつける。

 なぜオールバックかといえば、エルフ男性の大半が長い髪をオールバックにしているからだ。

 バッシュの髪はさほど長く無い。戦争中のオークは髪を剃る者が多く、バッシュも短めにしていた。そのため、少し不格好になったが、オールバックには変わりない。

 さらに、町から出てすぐの所にある花畑に赴き、エルフが好むという花束を用意した。


 身だしなみは完璧。

 あとは実践だけだ。

 バッシュはゼルを引き連れて、町へと繰り出した。


「いいっすか旦那、これで基本はバッチリっす! あとは数っす! エルフは基本的に一人と添い遂げるのが常識っすから、あんまり大勢に声を掛けても印象を悪くするだけっすけど、まずはとっかかりを作らないと話にならないっすからね! とにかく、独身っぽそうな子に声を掛けるっすよ!」

「わかった」


 時刻は夕暮れ。

 昼間に働いていた者たちが帰宅しはじめる時間だ。

 戦後ということもあって、やはり兵士が多いのか、町に戻ってくる者の中には武装をし、数人で連れ立って歩いている者が多かった。


 もちろん、バッシュには職業など関係ない。

 オークの英雄たるバッシュがエルフの一兵卒なんぞを妻に迎えるのは、オークの名誉にも関わることであるかもしれないが、バッシュにとって大事なのはそこではないのだ。

 職業なんてなんでもいいのだ。

 本当にもう、無職でもニートでもいいのだ。

 妻になってくれれば。

 童貞さえ卒業できれば。

 魔法戦士にさえならなければ。

 エルフなら、大抵は美人であることだし、えり好みをするつもりはない。誰でもバッシュ的にはオッケーだ。

 ともあれ、これだけエルフの女性がいれば、一人ぐらいはと期待が持てる。


「よし、あの娘にするか」


 バッシュは早速、一人で歩いている女性に近づいた。

 肩あたりまである金髪を後ろでくくった、長身のエルフだ。

 見慣れた赤い革鎧を身に着けていて、手には弓、背には矢筒があった。

 顔にはやや大きい火傷の跡があるが、バッシュはそんなもの気にならない。

 やや疲れた顔で歩いているが、その表情はどこか柔らかい。

 直感的に、なんとなくイケそうだという感じだ。


「そこの娘」

「む、なん……だ? オーク?」


 エルフはバッシュの姿を見ると、警戒を顕著に腰を落としつつ、訝しげに目を細めた。

 しかし、バッシュが緊張の面持ちであることと、おめかしをしていること、花束を手にしているのを認めると片眉を上げた。

 何かに気づいたかのように。


「あー、なんだ。うむ、実は俺の……」

「おおっとぉ! すまないがオーク殿、そのお誘いは受けられないよ?」


 そしてエルフは、バッシュの言葉を最後まで聞くことなく、断った。

 その表情はと言えば、余裕の一言だ。

 バッシュからすると単に可愛いだけの表情だが、他の女性エルフが見たらムカついてぶん殴るぐらいの澄まし顔である。

 ッカー! やれやれ、美人は辛い! 辛いわー。めちゃ辛い。モテすぎて困っちゃう! とでも言いたそうな顔だ。


「む」

「ああ、オーク殿が嫌というわけではないよ? ほら、これを見てくれ」


 口をつぐんだバッシュに、エルフは己の頭を指さした。

 そこには、白い花が飾られていた。

 バッシュが花畑で摘んできた花の中にも、この花はあったはずだ。


「オーク殿は知らぬようだが、婚約済みのエルフは、こうして頭に白百合の花を飾るんだ。既婚者も同じく白い花を飾っている。白百合ではないがな。ヒューマンは左の薬指に指輪を付けるというが、その真似さ」


 そう言われ、バッシュが周囲を見てみると、なるほど、確かに大半のエルフは頭に白い花を飾っていた。

 花か、花飾りか、花輪か。

 そして思い返してみれば、昼間に出会ったあの三人のエルフは、白い花を付けていなかった。


「オークの美醜感覚についてはよく知らないが……何にせよ、私のような者に声を掛けてくれたことは嬉しく思う」

「……」

「正直、数日前の私だったら、オークでも構わんと、そう考えたかもしれない。だが私も先日、とうとう、ようやく、ついに、念願叶って、婚約することができたんだ。悪いが、オーク殿の求婚は受けられない。わかってくれると嬉しい」

「……わかった」


 バッシュが引き下がると、エルフはやや意外そうな顔をした。


「いやに聞き分けがいいな。オークと言えば、気に入った女がいたら絶対に諦めないものだと聞いているが?」

「他種族との合意なき性行為は、オークキングの名に置いて堅く禁じられている」

「なるほどな。諦めずに迫ったら、同意なき性行為と取られると、そう考えたわけだ」

「間違っているか?」

「いいや、正解だ。賢いじゃないか。オーク殿」


 エルフはうんうんと頷いた。

 以前の彼女なら、「オークがそんな約束を守るか! ぶっ殺す!」と叫んだことだろう。

 だが、今の彼女には心の余裕があった。

 なぜなら、婚約して幸せの絶頂だからだ。

 今の彼女は無敵だった。あらゆる事に対して寛大だった。

 そして、優しかった。

 見知らぬオークに、余計なお世話を焼こうとするほどに。


「賢きオーク殿、ひとつ助言をしよう」

「助言?」

「もし相手が欲しいのであれば、この通りをまっすぐ行った所にある、『大鷲の止まり木』という酒場にいくといい。未婚の者が集まって、相手を探す集会が毎日のように開かれている。女の方は……まぁ、今の時期にまだ相手が見つからないような者ばかりだから、問題のある奴らばかりなんだが……もしかすると、『それでもいい』と思える相手が見つかるかも知れない。私のようにな」

「わかった。情報に感謝する」

「いいってことさ。じゃあ私は帰るよ。家で旦那ダーリンが待っているんだ!」


 エルフは上機嫌で道を歩いていった。

 足取りは、浮かれすぎて空にでも飛んで行ってしまいそうなスキップだ。


「聞いたか?」

「うっす! 聞きましたっす!」


 バッシュはそれを見送ると、ゼルと顔を見合わせた。


 最初の相手は空振りに終わったが、有益な情報を二つも得られた。

 まず、エルフの頭に白い花が飾られていたら、断られるということ。

 これは、今後の活動の上で、あまりにも有益な情報だ。

 そこさえ守れば、空振りの回数を大幅に減らすことが出来る。


 さらに、未婚の者が集まって、結婚相手を探す場。

 そんな場所があるのなら、バッシュの相手が見つかるのも時間の問題だろう。

 なぜなら、バッシュは妻を探し、エルフは夫を探しているのだから。

 オークというデメリットもあるが、今のエルフは他種族婚がブームである。

 ヒューマンやビースト、ひいてはオーク同様にエルフと犬猿の仲とされるドワーフまで迎え入れているのだ。

 勝算は十二分にあった。


「行くぞ!」


 目指すは『大鷲の止まり木』。

 バッシュはかつて大戦場に赴く時のように武者震いしつつ、己の戦場を目指すのだった。



 ふと、エルフは振り返った。


 彼女の視界に、バッシュが大股で酒場へと歩いていくのが映る。

 その行き先は先ほど自分が示した方向……どうやら、自分のアドバイス通り『大鷲の止まり木』に行くらしい。


「意外だな、オークと言えば、女を連れ去ってレイプすることしか能がないと聞いていたが、他種族の文化を受け入れる者もいるとは……」


 彼女は終戦までサキュバスと戦っていた、オークとの戦闘経験はほとんど無い。

 大きな決戦の時に二度か三度……とはいえ、オークという種族については聞き及んでいた。

 粗野で女を人と扱わぬ暴力的で野蛮な生物。

 それがオークだ。

 だが、実際に見たオークは、かなりイメージと違った。


「フッ、誰もが変わることがあるということなのだろうな……この私のように……」


 彼女の名はアザレアという。

 バッシュたちは知らないが、彼女はエルフ国にあって有名な戦闘狂だった女だ。

 笑いながらサキュバスの尻尾を直にぶち抜くことから、ついた二つ名は『ぶっこ抜きのアザレア』。

 そのあまりの残忍さと容赦のなさ、人間味の無さから、サキュバス軍から最も恐れられた戦士の一人に数えられている。


 彼女はつい先日まで、血走った目で婚活をする、地獄のファイターだった。

 その様子たるや、まさに飢えた魔獣。

 得意技は男の首根っこを掴んで強引に結婚を迫る『喉輪求婚』。

 当然、成功率は0%だ。

 同僚の女エルフが口を揃えて「アザレアが結婚? いやいやいやいや、絶対に無理でしょ。ていうか、さすがにあたしの方が早いっしょ」と言うほどの婚活エルフだった。

 そんな彼女が婚約にこぎつけたと聞いて、多くの未婚エルフが絶望の叫び声を上げたという。


「フッ、なら、あいつにもいい相手が見つかるだろう、私に愛しのダーリンが現れたように」


 アザレアは男ができて変わった。

 人の心を取り戻した。

 長年の戦争で擦れた心に潤いが戻り、朗らかに笑うようになった。

 胡坐をかいて座らなくなったし、股間をボリボリと掻くこともなくなったし、食事をする時にクチャクチャと音を立てなくなった。

 誰彼構わず喧嘩を売らなくなったし、買わなくなった。仮に喧嘩をしても、気絶した相手の歯を全部叩き折るとかはしなくなった。

 手の付けられない猛獣から、普通のエルフになった。

 全て、男のおかげだ。

 その男はエルフたちの中ではまさに神として崇められ、畏敬の存在となっているのだが、それは置いておこう。


「さて、早く帰ろう、ダーリンの手料理が楽しみだ!」


 アザレアはニヤケた顔のまま、我が家への道を歩き始めるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] アザレアさんに草生える
[一言] エルフの夫婦で戦争を知らない世代の、妻になれる年齢のエルフがいるのか? 戦争終わったの割と最近だった気がするだが。
[一言] これが既婚の余裕ってやつか
感想一覧
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