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オーク英雄物語 ~忖度列伝~  作者: 理不尽な孫の手
第二章 エルフの国 シワナシの森編
12/106

11.エルフの町


 エルフの国シワナシ森の町。

 バッシュがそこに足を踏み入れると、途端に衛兵に周囲を囲まれた。

 だが、バッシュが堂々と名乗ると、衛兵の一人が「先ほどソニア様が入国を許されたと連絡があったぞ」と言い出すと、衛兵たちは「さすがソニア様だ」「思う所もあるだろうに……なんてお心が広いんだ」などと口々に言い合いつつ、解散した。

 バッシュは国境で助けてくれた麗しいエルフの君に感謝をしつつも、町へと入り込んだ。


 エルフの町の作り方は、石と木を組み合わせたヒューマンの町と違い、木だけが使われている。

 町の入り口には、外からの客を迎えるための宿や店などが立ち並んでいるのは、ヒューマンと一緒。

 違うのは、ヒューマンの町の中心付近には城や屋敷があるのに対し、エルフの町の中心には、バッシュが三十人ぐらい両手をつなげて輪を作ったのと同じぐらいの太い木が立っていることか。

 高い階級のエルフたちは、その木の上に建物を作り、そこに住んでいる。

 この木の名はシワナシ。

 木の名前がそのまま森の、ひいては町の名前になっているのだ。


 町に入ったバッシュたちの目に飛び込んできたのは、赤と黄色のカラフルな家屋だ。


「エルフの町も、ずいぶんと変わったな」


 バッシュはそれを見て、ぽつりとそうつぶやいた。

 戦争中、バッシュは何度かエルフの集落を攻撃したことがある。

 バッシュの記憶にあるエルフの家屋は、常に家屋は枝葉を括りつけた網や、緑と茶色の迷彩模様の布で覆われていた。

 一目みても建物の正確な数や大きさはもちろん、そこに建物があることすら判別が難しいほどだった。


「うひゃー、ずいぶんお花畑みたいな色っすね! 戦争が終わったから、エルフもオシャレに目覚めたんスかね?」

「町を隠す必要が無くなっただけだろう。カモフラージュの下は、元からこんな色だ」

「ふーん……それにしても、随分と他種族が多いっすね」

「そうだな」


 バッシュが道を歩いていると、エルフ以外の種族の姿が多く見られた。

 見慣れたヒューマン、毛深く特徴的な鼻を持つビースト、背丈が低く髭を生やしたドワーフ……主に四種族連盟だった国の者達だが、いくら飛び地とはいえ、これだけ他種族がいるのは珍しい。

 ちなみに、最も多いのはヒューマンだ。


 しかも、なぜかヒューマンの脇には、エルフの異性がくっついている事が多かった。

 これは、なかなか珍しい光景だ。

 排他的なエルフが、これほどヒューマンに心を許すなど。

 何かおかしなことが起きている気がする。

 バッシュの卓越した戦闘的勘は、そう告げていた。


「何か、おかしいな」

「そっすね。エルフって言えばもっとこう、喧嘩っぱやいイメージあるっすけど」


 エルフと言えば、排他的で攻撃的。

 その上秘密主義で、己の縄張りに侵入してきた他種族はすぐに排除しようと動くと言われている。

 エルフは最後の十数年以外、例え同盟国であっても他種族の軍隊を町に逗留させることすら拒んだらしい。

 だというのに、町の中は他種族にあふれている。

 バッシュが簡単に町に入れたのも不思議だ。

 いかに偉い人物の一声があったといえ、オークをこうも簡単に中に入れてしまうなど……。


「多分、祭りでもあるんすよ! ちょっと聞いてくるっす!」


 思い立ったが吉日と言わんばかりに、ゼルがカップルの方へと飛んでいく。

 バッシュはそれを止めることなく、歩きながら通りを行く人々を見ていた。

 彼にとって、エルフの女性を眺めることは、それだけで目の保養となるからだ。


 無遠慮な目で道行く人々を見ていると、バッシュはあることに気がついた。

 エルフは女性ばかりだ。

 男性エルフも多少はいるものの、その数は少ない。

 しかし、通りを歩く人々が女性ばかりかというと、そうでもない。


 エルフ以外の種族は、ほとんどが男性であった。

 しかも他種族の男たちはエルフと腕を組んでいたり、手をつないでいたりすることが多かった。

 男性と一緒の女性エルフは、実に幸せそうな表情で男を見ている。

 仲睦まじい、という言葉がそっくりそのまま当てはまるような光景だ。


 男性と仲睦まじく歩く女性エルフの中には、お腹をぽっこりと膨らませている者もいる。

 妊娠しているのだ。

 男性の方も幸せそうな顔をしている所を見ると、どうやらつがいであるらしい。

 エルフが他種族の男と。


 ちなみに、それを見る単独の女性エルフの中には、死んだ魚のような濁った目をしている者も多かった。

 恨みと憎しみを籠めた、淀んだ目。

 戦争中に何度も見たことのある目だ。

 しかし、戦争は終わり、これだけ平和な空気のある町で、なぜ……?


「……」


 疑問は絶えない。

 バッシュは訝しみつつ、通りを歩いた。

 すると、公園のような所で、一人のヒューマン男性に対し、三人のエルフ女性が言い寄っているのを発見した。


「私ってば料理が上手だし、よく気がつくって言われてるの。本当よ」

「あたしが一番あなたのことが好きよ。それだけは負けないわ」

「私は尽くすタイプなの、私と結婚してくれたら、絶対に後悔させない」


 そんな口説き文句に、男性の方はというと鼻の下をだらっと伸ばしつつ、「いやぁ、参ったなぁ~。なかなか選べないなぁ~」なんて言っている。

 実に羨ましい光景である。


 バッシュの目から見ても、三人のエルフ女性は見目麗しかった。

 誰もがスラッとしており、切れ長の目に、美しい金髪……。

 それぞれ顔に傷があったり、指が二本ほど無かったり、片目がつぶれていたりしていたが、バッシュからするとマイナスにはなりえない。

 体の傷は長い戦争を戦い抜いた証。戦士の誇りだ。

 体つきも、エルフにしてはガッシリしていて、丈夫そうであるし、元気な子供を生みそうだ。

 どれを妻にしても後悔はしないだろう。

 バッシュは、自分だったらさっさと一人を選び、童貞を捨てて幸せな家族生活を送るだろうと考えていた。

 まぁ、考えてもむなしいだけであったが。


「……あ?」


 と、エルフの一人がバッシュの視線に気づいた。


「んだよ?」


 途端、彼女の瞳孔が殺し屋のようにすぼまった。

 次の瞬間、三人が一斉にバッシュの方をむいた。

 空気に一気に殺気が混じる。


「おい、何みてんだよ。オークごときが、ガン付けてんじゃねえぞ」

「あたいらエルフ国第31独立分隊とやりあいてぇってのか? そもそもどっから入りこんできたんだおめぇ、はぐれじゃなさそうだが」

「てか、こいつどっかで見たことなくね?」

「知らねえよ。オークの見分けなんか付くわけねえだろ……いや、でもどっかで見たか?」

「大隊長とかじゃねえの? 鎧きてねえだけで」


 突然の豹変に、バッシュはやや戸惑った。

 だが、むしろエルフの戦士らしいなと思った。

 そうだ。やはりエルフはこうでなくてはいけない。排他的で攻撃的。他種族を見たら噛み付いてくるぐらいがちょうどいい。

 エルフ国第31独立分隊という部隊名に聞き覚えは無いが、彼女らはまさに戦争を戦い抜いた、生え抜きの戦士なのだろう。


「すまん。少し不思議に思っていただけだ」

「あ? なにがよ」

「何故、三人のエルフが一人のヒューマンを取り合っているのか、と」

「……」


 エルフ女性の三人は、ぽかんと顔を見合わせた。

 だが、数秒ほどすると、顔を真っ赤にして立ち上がり、バッシュの方を睨んできた。


「喧嘩売ってんだなてめぇ、あ?」

「あたいらががっついたハイエナみてぇに見えるってか、えぇ?」

「ぶっ殺されてぇんだな、そうなんだな」


 胸ぐらを掴まんばかりの距離まで詰め寄られ、バッシュはたじたじになった。


「いや……」


 三人のエルフからは、なんともいい匂いがしたからだ。

 しかも彼女らは、エルフにしては肌の露出が多い服を身に着けていて、白い肩や、胸元が覗いている。

 そんなに詰め寄られてしまっては、バッシュの股間も大きくなりかねない。

 バッシュは半歩ほど後ずさりしつつ、彼女らの問いに答える。


「そのつもりはない。喧嘩を売るならもっとわかりやすく売る」

「へぇ、あたしらにとっちゃ、だいぶわかりやすい喧嘩の売り方だったけどなぁ? あぁ?」

「それはすまない。ただ、この国に来たばかりで、わからない事だらけなのだ。なぜ他種族の男がこれほどいて、エルフの女性と歩いているのか……」


 バッシュが正直にそう言うと、エルフの女性たちは再度顔を見合わせ「マジ?」という顔をした。

 そして、もう一度バッシュの顔を見てくる。

 その熱い視線に、バッシュの胸がドキドキと鳴り響いた。

 戦場でも、これほど心拍数が上がることは稀だったろう。


「チッ、マジでわかってねぇらしいな」

「ハァ……ったくよう」


 一人が肩をすくめ、一人がため息をつく。

 そして最後の一人が、シッシッとバッシュを手で払った。


「そういうことなら見逃してやる。行きな。ぶっ飛ばされねえうちにな」

「……わかった。失礼する」


 バッシュは名残惜しそうにその場を離れた。

 もう少し、このエルフの女性たちと会話をしていたかった。

 一人のヒューマンを取り合っている理由を知りたかったし、なによりエルフ女性の声は心地が良い。ドスがきいていてもなお。


 だが、行けと言われて従わないわけにはいかない。

 これ以上ここにいれば、喧嘩になってしまう。

 バッシュはオークだ。喧嘩を売られれば買うのに躊躇しない。

 だが、バッシュがほしいのは喧嘩相手ではない。結婚相手なのだ。

 喧嘩に勝ったとしても、彼女らと結婚することができないのは明白だった。


「い、いや……ごめんね、どうも僕は、はは、君たちとは少し合わないみたいだから、ここで失礼させてもらうよ、ははは……」

「え、待って待って。今のは違うのよ! 本当に!」

「そうなの! 違うの。オークって、気に入らない男はすぐに喧嘩して潰しちゃうから……そう、あなたを守ろうとしたの」

「あたし、あなたのためだったらドラゴンとも戦えるわ。本当よ。だってあたし、尽くす女だもの」


 背後からそんな問答が聞こえてきたが、バッシュは振り返らない。

 喧嘩を買わなかった場合、何を言われても振り返らずにその場を去るのがマナーだ。

 オークにとって、振り返って相手を見るということは「やっぱりその喧嘩、買います」と言うのと同義なのだ。

 ちなみに喧嘩を売る側も、買って欲しいから挑発を繰り返すものだ。


「……ふぅ」


 エルフたちと十分に距離を取ったのち、バッシュは道端にあった木に背を預けた。


 わからない事だらけである。

 なぜかエルフの町中を歩き回る他種族の男性。

 なぜか少ないエルフ男性。

 なぜか他種族の男に群がるエルフ女性……。

 とはいえ、よく見てみると、他種族の男性と歩いているのは、元兵士だった者が多いようだった。

 全体的に物腰が鋭いし、動きもキビキビしている。体に欠損がある者も多い。

 何か、軍隊に纏わる祭りでもあるのだろうか……。


「ちょ! ちょ! ちょ!」


 バッシュがそう思っていると、前方から何やら光る物体が飛んできた。

 その飛行物体は、まっすぐにバッシュの方に飛んでくると、ベタリとバッシュの顔に張り付いた。 


「ちょ、ちょ、ちょ! 旦那! 旦那! 大変っす! 大変っすよ!」


 ゼルである。

 さもあらん。バッシュの顔めがけてわざわざ張り付いてくる命知らずの飛行物体など、そういない。


「どうした?」

「ヤバイ事実が判明したっす! ヤバイっす! マジヤバイッス!」


 バッシュは、己の顔に張り付いたフェアリーを引き剥がすと、改めて聞いた。

 フェアリーは、真っ青とも真っ赤とも言い難い、絶妙な顔をしていた。

 動揺しているのは間違いない。

 同時に興奮もしているようだ。


 このフェアリーがここまで心を乱すのは珍しい。

 いつだって能天気で、いつだって気楽なゼルが、慌てふためき、バッシュの顔に張り付くなど。

 戦中でも、何度あったか……確か、このシワナシの森での戦いだけ……いや、その前にもあった、サンドリオンの丘の戦いで、でも確かハニーフォレストの戦いでも……意外とあったか……。

 ともあれ、ゼルがこうして慌てふためく時は、必ず重大な事実が発覚した時だった。

 オークの氏族長バラベンが死んだ時、デーモン王ゲディグズが討たれた時、謀反を起こされたキラービークイーンが娘に食われた時……他にもいくつか。

 どれも衝撃的で、どれも脱力するような悲報だった。

 何が起きたというのか。


「落ち着け」


 バッシュは飛び回るフェアリーをむんずとつかんで落ち着かせ、話を聞く。

 何を聞かされるのか。

 しかし何を聞かされても問題ない。

 バッシュはオークの英雄だ。

 どんな不利な戦いであろうと、覚悟は出来ている。

 例えその戦いが必死であっても、オークらしく戦って散る覚悟が。

 だが、戦いと関係が無い場合、辛い気持ちにはなる。

 まさか、オークキング・ネメシスの身に何か……?

 オークの国に危機が?

 不安に苛まれながら、バッシュは聞く。


「何があった?」

「なんと、なんと、なんとですよ! 今、エルフの国では……」


 興奮のまま、フェアリーは言った。

 衝撃的な事実を。

 今までの疑問に対する答えを。


「異種族との結婚がブームらしいっす!」


 とんでもない朗報であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ぜってぇオークはその中に入ってないの草
[一言] 戦後のベビーブームってやつか
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