110.撃墜
その日、『目』の気分は上々だった。
シワナシの森近くの山に巣を構えるべく、毎日少しずつ巣作りを進めている。
巣作りは順調だ。
バッシュの家を参考に、ドラゴンの姿ではもちろん、人間の姿でも快適に過ごせるような形に仕上がりつつある。
人間の姿になってわかったのは、人間にとって寝床は大事だということだ。
なにせ鱗がなく、肌が柔らかいから。
バッシュに触った時はまったくそんなことを感じなかったが、自分の体はそうだ。
だからふんわりした素材で作らなければならない。
温度も重要だ。
人間の体は気温の変化に弱い。熱かったり寒かったりする。
なので寝床は山の中腹にある洞窟に作ることにした。
ここならそこそこ暖かく、さりとて暑すぎるということもない。
寝床は葉っぱや枯れた草を中心に、人間が落としていく柔らかい皮みたいなもので作った。
かなり柔らかく仕上がったと自負している。
これでバッシュとの交尾生活もバッチリであろう。
次に大事なのは孵化場だ。
せっかく卵を産んでも、元気な赤ちゃんが生まれてくるとは限らない。
ちゃんと卵が孵化するためには、環境が大事なのだ。
幸いにして『目』は雌であるから、どこらへんが卵の孵化に最適な温度かは感覚でわかる。
孵化場は噴火口のすぐ近くに作った。
そこに、森で取って来た太目の木の枝を設置するわけだが、遠火でじっくりと焼き上げたもので形成した。
会心の一作である。
間違いなく健康な子が生まれることだろう。
それから、二人の集めてきた戦利品を入れておくための部屋。
宝部屋だ。
これは山頂付近に作った。
『目』は宝を集める趣味は無いので前の縄張りには作らなかったのだが、思い返せば『骨』は作っていた。
人間の作ったものをちまちまと集めて、たまにうっとりとそれを眺めていた。
『骨』曰く、そういうドラゴンは多いらしい。
バッシュがどうかはわからないが、必要なのに無いと言われたら、『目』の沽券にかかわる。
もっとも、『目』にとってはいらないものなので、内装などはバッシュがきてから決めるつもりだ。
もしバッシュがいらないと言っても、何かの役には立つだろう。食べ物を蓄えておくとか。
『目』は外で狩ってくるのが好きだが、人間は食べ物を蓄えるの好きみたいだし。
あとは細部を仕上げていくだけだ。
目下の悩みは『蓋』だ。
人間は巣穴の入口に蓋を作るのが好きだ。弱い生物だから、蓋が無いと安心できないのだろう。
『目』はそこもちゃんと考慮する。
バッシュの家や、山の近くにある人間の巣を参考に、どういった蓋にするかはすでに頭の中にある。
問題は、『目』ではその材料が手に入らないことか。
人間は木材や動物の皮を加工するが、『目』にはできない。
どこかからか拾ってくるか、あるいは他の人間の巣を襲撃して奪ってくるか……。
(よし)
ひとまず、『目』は今日の巣作りにひと段落を付けて、縄張りの見回りにいくことにした。ついでに食事もしよう。
完成した寝床から起き上がり、洞窟の外に出る。
ニュートを使ってドラゴンの姿になり、翼を伸ばす。
今日はいい天気だ。
雲一つない。
気分がいい。
こういう時は、耳の長い人間の所にいる鹿を食べよう。
角がコリコリとしていて、結構ウマいのだ。
そう思って『目』は飛び立つ。
家を汚さぬよう、土埃を立てぬよう、翼をはためかせず、崖から滑空してスムーズに。
速度が乗って来た所で翼に風を受け、空へと昇る。
太陽の光が少しだけ熱いが、風が涼しくて気持ちいい。
なんなら、もっと寒くてもいいと思う。
やはり『目』は寒い所の方が好きだ。
痺れるような寒さが鱗を包んでいた方が身がしまる。
とはいえ、寒い所で卵は育たない。
そもそも、バッシュもあまり寒いのは得意ではないのだろう。バッシュのような人間は、この近くに住んでいるのだから。
でも子供が巣立ったら、もっと寒い所に移ってもいいのかもしれない。
などと考えていると、森の中にカラフルな色の町が見えてきた。
耳の長い人間の巣。
そのすぐ近くに降り立つと、巣の方がにわかに騒がしくなるのがわかった。
『目』としては、今日は耳の長い人間に用はない。
前に近づいた時は挑んできたので、名誉にある戦いをしてやろうかと思ったが、やはり腰が引けていた。
『目』が近づいた時に騒ぐのは、よくある防衛本能だ。
誰もがバッシュのように名誉ある戦士ではないのだ。
(うん、やっぱり美味しい)
鹿を六匹ほど見つけて食べた。
やはりこのあたりの動物はよく肥えていて、食べ応えがある。
これから産卵することを考えると、よく食べておかなければならない。
暑いのはやや不快だが、ここに来て良かった。
「ドラゴンよ!」
そう思っていた所で、声を掛けられた。
振り返ると、そこには耳の長い人間がいた。
たくさんいた。
キラキラとした服を着た、偉そうな人間が一人。
弓を持った、偉そうじゃない人間が十数人。
「そなたらは賢いと聞く! 我らの言葉もわかるのではないか!?」
もちろん『目』も言葉ぐらいわかる。
しかし話しかけられて会話する理由もない。
もっとも、無視する理由もない。
今はお腹もいっぱいだし、格別に忙しいわけでもないのだから。
「もしわかるのなら、聞いてくれ。我らは今、窮地に立たされている。卑劣なデーモン共が、この森を蹂躙しようと迫ってきているのだ!」
『目』は七匹目の鹿を咀嚼しながら、それを聞いていた。
「かつてそなたの同胞が、我らと共に戦った! いかなる理由、いかなる盟約の末のことかはわからぬ。もし、そなたが我らと共に戦ってくれると言うならば、我らはそなたの望みを叶えよう! 我らに出来ることならなんでもだ! 月に一度、食料を進呈してもいい。人間を食いたいというのなら、くれてやる!」
同胞というのが『骨』のことだと気付いたのは、『目』が人間を一括りに考えているからだろう。
『目』はちょっと考えた。
昔のように、『骨』の死について怒りを覚えてはいない。
『骨』は名誉になったのだ。バッシュの名誉に。
ついでに言えば、『目』もバッシュの名誉になったのだ。
『目』はバッシュの番になった。『目』はやることがあるのだ。
「どうか!」
ゆえに、『目』は翼を広げた。
お腹は一杯になった。
長い耳の人間などどうでもいい。
三回の羽ばたきで空へと戻る。
太陽がまぶしくて嫌な感じだが、風は先ほどより心地よかった。満腹だからだろうか。
少し気分がいい。
気分がいいのは、『骨』のことを思い出したからかもしれない。
まっすぐ帰らず、少し飛ぼうと考えた。
違う山の方に行ってみるのもいいかもしれない。
もしかすると、蓋の材料になりそうなものも見つかるかもしれないし。
(あ)
そう考えた所で、目は名案を思い付いた。
さっきの長い耳の人間、いいこと言ってなかったか?
望みを叶えるとかなんとか。
(あいつらなら、寝床の蓋の材料を持っているかも!)
蓋をそのまま設置してもらうのも手だろう。
いや、そこは『目』が己の手でやりたい所だ。
巣は全て自分で作らなければならない。愛の巣なのだから。
だからやはり材料だ。
(デーモンが森を蹂躙しているとか言ってたか……)
『目』は賢いので知っている。
デーモンというのは、青色の人間の事だ。
赤紫だったりするけど、概ね青っぽい。
前の縄張りで、よく『目』にちょっかいを掛けてきた人間だ。
ここから離れた場所に生息している人間だが、この辺りにもいるのだろうか。
そんな風に考えて飛んでいると、森からちょっと離れた所に、人間の群れがいた。
紫色の人間に、茶色の人間に……まぁ、『デーモン』が多いんだろうか。見分けはあまりつかないが。
確かに集まっている。凄い量だ。
でも、『目』としてはそう珍しい光景ではない。
最近は減ったが、ちょっと前は人間はああやって集まって、殺し合いをしていた。
理由は知らないが、また再開したのだろう。
(どれぐらい殺せばいいんだろう)
あの量を全部となると、流石の『目』といえども面倒だ。
そもそも、人間は襲うと逃げるのだ。
散り散りになった人間をしらみつぶしにやっていくのは、かなり面倒だ。
見通しのいい雪原ならまだしも、森の中にでも逃げ込まれたら特に。
『目』は名の通り目が良いから、頑張れば全滅させられるかもしれないが、面倒なことに変わりはない。
それに、深入りしすぎて『骨』のように殺されるのもあまり望ましくない。
『目』はバッシュの名誉になったのだから、今死ぬわけにはいかない。
まぁ、やるとしても、ちょっと二、三往復ぐらい炎を吹き付けてやるだけで十分だろう。
でも、それで足りないと言われても困る。
(戻って聞いた方がいいかな?)
そう思いつつ、空中でくるくると旋回していた所……。
"それ"を見つけた。
(…………は?)
ぞわりと背筋を悪寒が這う。
"それ"は、目を疑う存在だった。
あり得ない存在だった。
何かを、ことごとく冒涜している存在にしか見えなかった。
いていいはずのない存在。それはなぜかこちらを見上げていた。
見えていないはずの目で、『目』を見ていた。
(…………!!!!!!!!)
怒りが全身を支配した。
『目』の判断は早かった。
怒りに包まれた体の熱を冷ますように、まず一度高度を上げた。
それから一気に息を吸い込むと、急降下して軍勢へと迫る。
地面スレスレで急制動を掛けて、滑空しながら止めていた息を吐き切った。
悲鳴が聞こえる。
人間の悲鳴が。
燃える音が。
爆ぜる音が。
それを耳の後ろに残しつつ、『目』は今一度、空へと上がる。
(許さない)
怒りに任せて、もう一度高度を上げる。
『目』は知っている。
速度は力だ。
早ければ早いほど、反撃を受けにくい。空にいればいるほど、攻撃を受けにくい。
バッシュがそうだった。
『目』の攻撃は何一つ効かず、『目』を逃がさず、着実にその身を削っていった。
『目』は賢い。
二度は無い。彼らの手に届く所に降りる時は、確実にかみ殺せる時だけだ。
息を吸い込む。
そして反転。
今一度、地面に向けてブレスを放つべく、急降下を始めようとした所で、視界の端に何かが映った。
その物体の名を、『目』は知らない。
だが、ぞわりとした。
"それ"を見た時もぞわりとしたが、それ以上に、覚えのある感覚だった。
バッシュに、首を切られた時と同じ感覚だ。
体を捻った。
次の瞬間、白色の閃光が『目』を打ち抜いた。
■ ■ ■
「……」
ドラゴンが山へと落ちていく。
恐らくは直撃。
しかし急所は外していたのだろう。
即死はまぬがれたようで、ドラゴンは空中で身じろぎをしながら落ちていく。
フラフラと不規則に、山の方へと。
「意外か?」
その光景を見ていたポプラティカは、ふと隣にいた己の父に話しかけられた。
『暗黒将軍』シーケンス。
北の守護を任されていたはずの父は、本軍に合流していた。
明らかな命令違反であったが、理由を聞いたゲディグズはそれを快く迎え入れた。
父曰く「戦場で命を落としたい」。
勝ち戦で落とす命など、なかろうものだが。
そんなシーケンスは、あるものを本国より持ち込んでいた。
デーモンの誇る、最強の兵器を。
「魔神砲と言えど、十分に充填されていなければ、あの程度の威力しか出んよ」
魔神砲。
かつてドワーフの山を貫いたとされる、古の兵器。
「……いえ、十分かと」
「死者の魂は摩耗している」
魔神砲は魂を生贄として射出する兵器だ。
デーモンが今よりもっと高慢で、自分たち以外の劣等種など、全て死に絶えてもよいと考えていた頃に作り出された代物である。
今はデーモンも助けられている身である。
ゆえに、そのような無体は働いていない。
ゲディグズも、味方となった種族を生贄に捧げることは禁じている。
せいぜい、死霊術によって蘇ったゾンビを生贄に捧げている程度だ。
それでも、ドラゴンを撃墜するに十分であった。
「楽しみだな我が娘よ。ヒューマン、エルフの連合軍はゲディグズ様の策略に嵌り、足並みがそろわぬと聞く。多くの死者が出ることだろう。その後に手を取り合っても遅い……」
かつてゲディグズは、この兵器を使うことを良しとはしていなかった。
明確に禁じていた。
理由のほどは定かではないが、シーケンスはドバンガ孔を思い出し、得心がいっていた。
あまりにも破壊力がありすぎる。
敵に勝ったとて、町も城も破壊したのでは、得るものも得られなくなる。
勝ち戦においては、使うべきでないなら使わない方がいい。
そう思ってのことだと。
ゆえにだろう。
シーケンスがデーモン本国に隠しておいた魔神砲を持ってきた時、それを咎めなかったのは。
此度の決戦は、絶対に勝たねばならぬ戦なのだから。
とはいえ、流石に味方の魂を捧げるのはやめておけと忠告はされていた。
もちろんシーケンスとて、貴重な味方を生贄に捧げることは無い。
あるいは、オークあたりが傘下に加わったのなら、生贄に捧げても良いかと思う所もあるが、オーク英雄への恩を考えれば、それも憚られる。
せいぜい、最初の一戦で捕虜を取り、それを次の一戦で使うぐらいだろう。
ヒューマンかエルフか。
どちらかに大きく勝てれば、もう片方に撃てるのだ。
「父上」
「ん?」
そんなシーケンスに、ポプラティカは聞く。
「父上は、なんで来たの? 私のやり方を好んでいないと思ってた」
シーケンスはその言葉に、幾つもの目を伏せた。
「儂はな、お前のやっていることは夢物語だと思っておった。実現できるとは到底思えぬ、現実の見えぬ愚かな行いだとな」
「……わかる。私も本当にゲディグズ様が復活するまで、自信なかった」
「しかし、実際にゲディグズ様は復活なされた。死霊術ではない。完全なる復活だ。それでも泡沫かと疑っておったが、どうやらそのようでもない」
ゲディグズは、今のデーモンたちにとって唯一の希望だった。
彼さえ生きていればこんな事にはならなかった。
彼さえ生き返ればやり直すことができる。
そう思えるのに十分なほどの傑物だった。
それは、シーケンスですらそう思っていた。
デーモンは、ただ一人の例外なく、ゲディグズに心酔していたのだ。
だが、シーケンスがゲディグズに合流したのは、無論それだけではない。
「バッシュに会った」
オーク英雄との出会い。
ドラゴンを倒し、顔に不名誉の証を刻まれてなお、戦うことを選んだ者がいた。
戦場で会おうと、そう思ったのだ。
「かの英雄は……エルフの側につくそうだ」
「聞いてる。キャロットも裏切ったって」
「バッシュは、儂にとっては特別な存在だ。アスモナディアも嫁ぎ、もはや息子も同然……だが奴がエルフに付くというのなら、それを見逃した儂には奴を討つ義務がある」
その言葉に、ポプラティカはふと顔を上げた。
「え、アスモナディアって、バッシュ様の所に嫁いだの?」
「うむ。バッシュの奴め、ドラゴンを殺したら娘が欲しいと抜かしおった。宣言通りとまではいかんが、見事にドラゴンを撃退したゆえ、褒美にな」
「アスモナディアはなんて? 会った事なかったでしょ? 怒ったんじゃない? 勝手にそんなこと決められて」
「それがな、奴め、その話の前日にドラゴン討伐に出かけて見事に返り討ち。瀕死の所をバッシュに救ってもらってな……」
「まんざらでもなかった?」
「ぞっこんよ。バッシュが『約束が守れなかった』と無言で旅だったのを追いかけてゆきおった……まぁどうやら、行き違ったようだがな」
「間が悪い」
ポプラティカは、久しく会っていない妹のことを思い出す。
決して頭が悪いわけでも、腕っぷしが弱いわけでもないが、イマイチ結果の伴わない妹だった。
今頃、どこを彷徨っているのか。
間が悪くとも如才のない娘であるから、この戦争に対して何かしらのアクションを起こしてはいるだろうけれど。
「ごめんね。話を遮って、で、特別なんだっけ」
「ああ……まぁ、大したことではない。いかんと思っただけよ。オーク英雄が、エルフの大魔導が決死の覚悟で臨む戦場を、遠くで傍観するなど……」
「父上は、そういうタイプじゃないと思ってた」
「抜かせ。そうでなくとも、この大陸のあまねく種族の進退を決める大戦……引きこもっているわけにもいくまいよ」
最後の戦。
シーケンスは出てきた。
多くの戦士たちが、もう二度と戦うことも無いと思っていた者達もまた、出てきた。
戦場でやり残したことを果たすために。
「さて、討伐隊を送るぞ。ドラゴンは執念深い……トドメを刺さねばな」
さしあたって不安要素を解消すべく、シーケンスは部隊を編成し始めるのだった。




