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第2章 まっすぐストーリー・5th Scene (1)

~ 5th Scene Start ~


 新しい朝が来た、希望の朝だ。喜びに……喜びにぃ……あれ?

 その後の歌詞、何だったっけかな? 覚えてないや……。まぁ、いっか!


 窓から差し込む朝日でアタシは眼を覚ました。

 ベッドから立ち上がって、うーんと大きく背伸びをする。

 テレサさんが昨晩、『乾きましたから、畳んでおきましたよ』と置いていってくれた自分の制服に袖を通す。

 洗濯機も電気アイロンもないはずなのに、制服には皺一つない。

 テレサさん、クリーニングの天才なのでは?

 などと考えつつ、部屋の隅にある備え付けの鏡台を覗き込んで身だしなみを整えた。


 異世界に来て、最初に迎えた朝だ。これからローナ村での新生活が始まる。

 そう考えると断然、気が引き締まった。


「おはようございます」

「あら、おはよう。まだ寝ていて良かったのに」


 部屋を出て、昨晩みんなで夕食を食べたリビングを通り抜け、キッチンへと向かう。

 夕食前に一通り家の中を案内されたので、場所は把握している。 

 朝食が出来上がったら起こしに行ったのに、とキッチンから笑顔のテレサさんが顔を出した。

 パンの焼ける良い匂いと鍋をかき混ぜる音がする。不覚にもお腹が鳴りそうになった。


「何か、早く起きちゃいました。お手伝いします」


 腹の虫が鳴き出す前に、アタシはキッチンへと足を踏み入れた。

 するとそこにはもう一人、昨日振りに見る人物がいた。


「マスター、おはようございます。良くお眠りになれましたか?」

「おはよう、フジサキ……って、アンタその格好、どうしたの?」


 テレサさんの隣でポーカーフェイスのまま、鍋をかき混ぜつつ、そつのない挨拶をするフジサキ。

 アタシより早起きとか、一体何時に起きたんだコイツ。   

 いや、それよりもだ。ツッコミたいことがある。

 フジサキを見た瞬間、危うく吹き出すところだった。

 フジサキの現在の服装は、何故かスーツに白のフリルエプロンという出で立ちだった。

 ミスマッチにも程がある。キッチンに立っているその姿は、違和感しか発していない。


 マジでやってんのか、それ? 出勤前のサラリーマンだってそんな格好しないぞ。

 コメディなの? 朝から一発ギャグをかまさなきゃいけないノルマでもあるの?

 ギャップ? もしかして、ギャップ萌え狙ってる?


「テレサ様が用意して下さりました。これでしたら万が一、食材や汁物が跳ねても服飾品を汚しません」


「朝食の準備を始めようと思ったら起きていらっしゃったの。お手伝いを買って出てくれたんだけど、せっかくのお洋服が汚れちゃうから結構よって断ったの。そしたら『エプロンを貸して頂けませんか?』って……フジサキさん、男の方なのに手際が良くて驚いたわ。おかげで助かっちゃった」


 ウフフとはにかんだ様に笑うテレサさんと、どこかドヤ顔のフジサキが顔を見合わせていた。

 エプロンの用途は間違ってない……間違ってないけどさぁ。

 いや、テレサさんが助かったと言うなら、何も言うまい。

 良くやったフジサキ、アタシは出鼻を挫かれたけどな。



 その後、ロイズさんも起きてきて4人で食卓を囲んだ。

 昨日も思ったのだが、フジサキは当たり前のようにパンやスープを食べ、『おかわりいかが?』と聞かれると、『お願い致します』とスープをおかわりしている。


 食べても大丈夫なのか? 元携帯端末機だけど……擬人化したから、身体の構造は人間と一緒なのだろうか? 

 ドラ●もんがドラ焼き食べたり、ご飯食べたり、ホン●クこんにゃく食べるのと同じなのかな? 謎だ……。


 ……そうだ、それより……いつまでも御馳走になってる場合じゃない。

 この村で働いて、少しずつでもいいからお金を貯めないと。


「あの、ロイズさん」

「ん? 何かな?」

「アタシ、アルバイト……いや、お仕事がしたいんです」

「え?」


 ロイズさんは驚いたように目を見開いた。パンを持つ手がぴたりと止まっている。


「アタシ、魔術師がいるというウェンデール王国の王都に行きたいんです」

「それは……わかりますが、なぜ、仕事を?」

「行くためには、旅の資金を稼がなくちゃならないからです」

「まさか、ご自分で!?」


 ロイズさんはますます驚いたようだった。テレサさんを見ると、テレサさんも少し困ったような顔をしている。

 でも……ダメダメ。そんな『お言葉に甘えて……』ばかり連発しちゃ。


「しばらくゆっくり休まれたら、こちらの方で王国へ向かう手配などを、と考えていたのですが……」

「いえ、そこまで甘える訳にはいきません。ただでさえ、こうして御馳走になっているのに……」

「それはそうですが……あなたは我々の村の恩人。労働などさせる訳には……」

「いえ……働かざる者、食うべからずです!」


 ガッと拳を握って力説すると、テレサさんがぷっと吹き出した。

 ロイズさんが不思議そうにテレサさんを見つめる。


「あなた……こんなに言ってらっしゃるんですもの。協力してさしあげたら?」


 おおっ、テレサさん!

 フジサキにフリルのエプロンを着せることといい、なかなかのツワモノだとは思ってたけど。


「私としましても、何かお仕事を頂けましたら……」


 アタシの隣に座っていたフジサキも頭を下げた。


「しかし……われらの家でゆっくりと過ごされればいいものを……」

「でも、チヒロさんは、それじゃあ困るのでしょう?」

「……はい」


 アタシが頷くと、テレサさんはにっこりと微笑んだ。


「それに……あなた、ご自分のお仕事を手伝ってくれる人が欲しい、とおっしゃってませんでした? フジサキさんにお願いしたらどうかしら。フジサキさんも、私のお手伝いよりはあなたのお手伝いの方がやりがいがあると思うのだけれど」

「いえ、野菜の下ごしらえやスープのだしの取り方など、とても勉強になりました。テレサ様には深く感謝を……」


 こら、フジサキ! 今テレサさんがロイズさんを説得してくれてるところなんだから、変なチャチャを入れるなよ。

 アタシはドンとフジサキを肘で小突いたけど、フジサキは「何ですか?」というような顔をしていた。

 うーん……。空気が読めるのか読めないのか全くわからんな。


「仕方ないですね……。では……考えてみましょうか」


 ロイズさんはふう、と溜息をつくと、しぶしぶ頷いた。

 やったぜ! ありがとう、テレサさん!



 朝食の後、ロイズさんに連れられてアタシとフジサキは村の中心にある広場に向かった。

 そこには村の人々、全員が集まっていた。

 その大勢の前に立ち、ロイズさんがアタシとフジサキの紹介を始めた。


「こちらにおわすお方は、言い伝えにある『終末の巫女』様とそのお使いのフジサキ様である! 巫女様は枯れた水源を復活させてくださった。今一度、皆で感謝の言葉を捧げるのだ」


 ロイズさんのその言葉で、集まった人々から感謝の言葉と拍手喝采が起こった。

 いや、だからアタシは『終末の巫女』じゃないんだってば……。

 ロイズさんは「わかった」って言っていたはずなのに……何で!?


 投げかけられる思い思いの感謝の言葉にどうしようと動揺していると、フジサキに両肩を掴まれた。


「フジサキ、何……」

「そのようにしておいた方が、村人に受け入れられやすい、と考えられたようです」

「……え……」

「ロイズ様にお任せしましょう」

「……」


 まぁ、そうかもしれないけどさあ……。

 アタシ、偽物だよ? 本当にいいのかなあ……。


「でも……」


 思わず言いかけると、ロイズさんがアタシとフジサキの方を見てにっこりと微笑んだ。

 ……何か、何も言えなくなっちゃったけど……ま、いいか。

 ロイズさんのこと、信じてみよう。


「巫女様の功績を讃え、今日は村を上げて歓迎の宴を行う! 皆の者、準備を始めよ!」


 ロイズさんのこの一言で、村人全員が参加する『終末の巫女』様を歓迎する宴が開かれた。村のメインストリートが美しく装飾され、広場には大量の食事と酒が用意された。

 さらに、宴のために牛一頭を潰したらしい。

 伝染病や魔物の被害で減ってしまった貴重な家畜なのに、申し訳ない気持ちになった。


 飲めや歌えやの宴会状態になった広場。たくさんのテーブルが並べられた最前列に、一段高い主賓席が設置され、アタシとフジサキはそこに座らされた。

 村の人々が代わる代わるやって来て挨拶をしてくれたり、賛辞や感謝の言葉を言われたり、用意されたグラスに酒を注がれた。

 未成年だから、お酒はちょっと……と遠慮していると、この世界では15歳で成人らしく、酔った年配の村人に『俺の酒が飲めないのか』状態で飲まされた。

 隣村の特産品だというブドウ酒は香りが良く、程よい甘みがあって調子に乗って飲みすぎてしまった。


 宴は夜まで続いたが、ロイズさんの鶴の一声でお開きになった。

 ベロベロに酔って誰彼構わず絡みに行っていたアタシは、フジサキに回収されたらしい。


 全然、覚えてない……お酒って怖い。これからは気を付けよ。


   ◆ ◆ ◆


 翌日、2日目。

 昨日の浴びるような飲酒で、アタシはひどい二日酔いになった。

 激しい頭痛と吐き気で、ベッドから起き上がることが出来ずテレサさんとフジサキに交代で看病された。


「マスター」


 夜になって、フジサキがアタシの部屋に入って来た。

 テレサさんが作った食事を運んできてくれたようだ。


「んー……」

「食べられますか」

「どうにか……」


 アタシはもそもそと起き上がると、フジサキから器を受け取った。

 蓋を開けると、雑炊みたいなスープご飯だ。

 ……うん、まだ頭が重いけど、だいぶんよくなった。

 ご飯のいい匂いで、何だか食欲も刺激されている。


「マスター、ご報告があります」

「んー? 何?」


 雑炊をふーふーしながら返事をする。


「この世界の言語の習得が完了いたしました」

「……へ?」


 アタシは危うく、雑炊の器を取り落とすところだった。


「え? それってつまり……文字を覚えたって事? マジで?」

「はい。習熟度100%でございます」

「ど、どうやって覚えたの?」


 何それ、凄い……。淡々と『文字を覚えた』と断言するフジサキに、アタシは二日酔いもだいぶ治まった体で詰め寄った。


「マスターもご存知のように、この世界の言語は日本語と発声が全く同じでございます。そこから考察し、文章を単語で区切り、さらに同じ使い回しをされているものを挙げていきました。そこからある程度意味を予想した上で内容を予測致します。それを何通りも繰り返し、言い回し、構成に無理のない文章を組み立てました。結果……文章の解読に成功いたしました」


 ごめん、詳しく説明してくれたんだと思うんだけど……アタシには半分も理解できなかったわ。

 つまり、あれだよね。要約すると、「フジサキはこの世界の文字が読めるようになった!」で良いんだよね?


「凄いじゃん、フジサキ。でもさ、解読が間違ってるって事は?」

「ロイズ様に文章の内容を確認致しましたところ、解読したものと一致しました」

「そうかぁ……でかしたフジサキ。褒めて遣わすぞ」

「ありがたき幸せ」


 アタシが腕を組んでふんぞり返ってそう言うと、フジサキは恭しく頭を下げた。

 冗談で言ったつもりだったんだけど、付き合ってくれるんだね。


「でも……昨日はずっと宴会だったよね? いつの間に?」

「最初の晩にロイズ様から書物を借りまして、夜が明けるまで作業をこなしておりました。昨日は宴会後から今までほぼすべての時間を費やしましたので……」


 えー……。

 フジサキが夜なべして、猛勉強してくれた……。

 ん? て、ことはフジサキは二徹、不眠不休だったってこと? それって大丈夫なの?


「私には生物に必要不可欠である『睡眠』というものを摂らずとも、生命活動には全く支障を来たしませんので、ご心配には及びません」


 アタシが心配になって聞いてみると、そんな抑揚の無い答えが返ってきた。 

 眠れない身体ではなく、眠らない身体のフジサキ。

 一体、どういう構造になっているんだろう。また一つ、謎が増えた。

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