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第2章 まっすぐストーリー・4th Scene

~ 4th Scene Start ~


 テレサさんが入れてくれた紅茶はアタシの手の中でとうの昔に冷めてしまっていた。

 書斎には西日が差し込み、部屋全体を紅色に染めている。


 なるほどね、そんな予言が村の言い伝えになっていたのか。

 それなら、その予言通りに現れたアタシを『終末の巫女』と勘違いしても仕方が無いことだ。


 それにしても、その予言者とは何者だったのだろうか?

 アタシが『終末の巫女』で村を救って、幸運と繁栄うんたらかんたらの辺りが間違ってるけど、何はともあれ凄い人物だ。神通力でも持っていたのだろうか。

 まぁ、200年以上も前の事じゃ、真相の確かめようも無いか……。


「ロイズさん、長い時間ありがとうございました」

「いやいや、こんな年寄りの話では退屈だったでしょう」

「そんな事ありませんよ。とっても勉強になりました。この世界の事も大体、分かりましたし」


 お礼を言って、アタシは席を立った。それを見たフジサキも立ち上がる。

 そんなアタシ達を見て、ロイズさんは不思議そうな顔をした。


「いかがなされましたかな?」


 首を傾げて尋ねてくる。

 いや、なんだ……この世界の話は聞けたことだし、長居は無用だ。

 これ以上、お邪魔しているのも厚かましいし、ロイズさんには村長としての大事な仕事があるはずだ。


「お邪魔しました。お茶とお菓子、ご馳走様でした」


 そう言って、アタシは一礼してドアの方に回れ右した。

 くるりと回った瞬間、スカートの裾が目に入って、自分の今の服装を思い出した。

 おっと、そうだった。

 借りた服のまま出て行くのってどうよ? ここは、生乾きでもいいからアタシの制服を返してもらおう。


「あの、服のことなんですが……」

「お二人には、行く当てはあるのですかな?」


 ロイズさんは椅子から立ち上がると、後ろで手を組んだ。


 そうだった……。

 ここ異世界だし、アタシ所持金ゼロだし……この村、民宿とか無いのかな? 宿泊代はツケとかにして……。

 駄目なら、野宿ってことになるのかな? したことないけど、フジサキがいるから暴漢とかには襲われないだろう。

 たぶんだけど……。


「この村に宿ってないですか? あるのならそこで一泊して……なければ、その辺で野宿でもしようかと」


 アハハ、と苦笑いをしながら頬を掻いていると、ロイズさんの表情があからさまに曇った。


「この頃は村の近くにまで魔物が現れて、王都から派遣された討伐隊が駆逐しておるが……とても野宿が出来るような状況ではありません。行く当てがないのなら、暫くこの村に……ワシの家に滞在してはいかがかな?」


 今、何と? 泊めてくれるんですか!? 素直に嬉しい。

 でも、アタシは『終末の巫女』でもないし、大切な神殿と女神像を破壊した張本人……の持ち主だ。

 これ以上、ご厄介になるのはおこがましい気がする。


「え? そ、そんな悪いですよ。アタシみたいな何処の誰とも分かんない、怪しい人間を家に泊めるなんて……」


 全力で遠慮した。大丈夫だ、身体は丈夫な方だから何とかなるはず。

 さっきから何も言わないフジサキにも助けを求めるように目配せした。

 アンタからも村長に何か言ってよ。こう……一発で納得してくれるようなヤツをお願いします。


「そうですね……マスターの今までの生活状況から推測しますと、野宿は不可能です。一晩で風邪を召されるとの予測結果が出ました」


 そういう意味の目配せじゃねぇから! それじゃアタシが、泊まって行きなさいって言われるのをずっと待ってたみたいに聞こえるだろ。

 図々しい子だと思われちゃうじゃん!


「そう遠慮なさるな。チヒロさんが何と言おうと、貴方はこの村の恩人。何故拒む事ができましょうか? 恩人を野宿させたとなれば、村長としてのワシの面目も立たなくなる。ここは、この年寄りを手助けすると思って滞在してはいただけないだろうか? それにワシら夫婦だけではこの家は広すぎる。ちょうど、話し相手が欲しかったところなのです」


 どうかな? と、ロイズさんは出会った時と同じように優しく微笑んだ。

 ここまで言われてしまったら、もうどうしようもないじゃないか……。


「不束者ですが、お世話になります」

「マスター共々ご厄介になります、ロイズ様」

「こちらこそ。家族が増えて、妻も喜びます。そうと決まれば早速、夕食にしましょう」


 お腹が空いたでしょうと言いながら、ロイズさんはテレサさんの名を呼びながら部屋を出て行った。


 家族……その言葉に、アタシはハッとした。

 脳裏に、子供の頃の記憶が走馬灯のように蘇る。

 施設で一人ぼっちだった自分。そんなアタシを引き取ってくれた両親……繋いだ手のぬくもり。

 ロイズさんの笑顔に両親の顔が重なった。そんな気がして、目頭が熱くなった。


 アタシは不安だったのだ。

 拒絶されたらどうしようと……される前に、自分が傷つく前に出て行こうと。

 勝手に自分の中で決め付けて、焦っていた。


 やっぱり本質的な所は何年経っても変わらないんだなぁ。悪い癖だ……。

 いつになったら、直るんだろうか。

 ため息が出た。

 フジサキの視線を感じたが、目を合わす事が出来なかった。


 こうして、アタシ達はローナ村のロイズ村長のお宅にしばらくの間、ご厄介になる事となった。


 テレサさんの作ってくれた夕食はとても美味しかった。

 食卓には固焼きのパンをメインに、たまねぎとジャガイモに似た野菜の入ったスープが出た。

 異世界に来てしまったと言う緊張感からか、少ししか食べる事が出来なかったのが残念だ。

 食事中ずっと、ロイズさんもテレサさんも楽しそうだった。

 終始、アタシやフジサキの話を聞いて笑ってくれた。

 長い間、二人暮しだったらしい。娘さんがいるようだが、お嫁に行ってしまったのだろうか?

 気になったが、何となく聞いてはいけない事だと思った。


「チヒロさん、疲れたでしょうから今日は早くお休みになるといい」

「それが良いわ。また明日、お話ししましょう」

「ありがとうございます。おやすみなさい。ロイズさん、テレサさん」


 アタシはテレサさんに案内された部屋に入った。

 ちなみにフジサキの部屋は隣になったが、まだロイズさんと晩酌をしながら話をしていた。

 用意してもらった寝間着に着替えて、ベッドに横になった。


 今日一日で、色々な事が起こりすぎた。

 マンホールに落ちて、異世界に来て、魔物に追われ、崖から落ちれば水脈を掘り当てて、『終末の巫女』と勘違いされて、村長からこの世界についての説明を受けた上に暫く滞在して欲しいと泊まる所を提供された。


「アタシ……帰れるのかな?」


 一人になった途端、不安がどっと押し寄せてきて弱音がポロリとこぼれた。

 そっと、そんな考えに蓋をするように目を閉じた。


 明日からどうしよう。

 この異世界でアタシは、どう生活していけばいいのか? フジサキに相談する?

 いや、頼りすぎるのは駄目だ。自分の事は自分で考えなければいけない。

 まずは……そうだ。お金を貯める為に働こう。『働かざる者、食うべからず』だ。

 このまま未成年であることを良い事に、村長夫妻の元でヒモ生活を送ることだけは回避したい。


 この村にずっといるわけには行かない。

 目指すは魔術士がいるというウェンデール王国の王都だ。聞いたところによると、王都までは馬車で急いでも1ヶ月はかかる。

 お金の節約のために徒歩で行くとするのなら、その3倍はかかると考えなくてはならない。

 今後の旅のための資金を稼がなければならない。

 明日の朝にでも、ロイズさんに働き口はないか相談してみよう。そうしよう!


 そこまで考えて、寝返りを打つ。

 目が覚めたら、自分の部屋のベッドの上……なんて事にならないかな? 

 夢であって欲しい。そう切に願ってしまう。

 疲れていたせいもあって、あっという間にアタシは深い眠りについた。

 明日から始まる異世界での新しい生活に、不安と期待を抱えながら……。


   * * *


 夢を見た。

 深い霧の中に、アタシは一人で立っていた。


 ふと誰かの声がした。誰だろう?

 キョロキョロと辺りを見回すが、姿は見えない。

 どこかで聞いたことがある気がするが、思い出せない。

 途切れ途切れで、内容がハッキリしない。


 何? 何を言ってるの? アナタは誰?


 すると急に声がハッキリと聞こえた。

 相変わらず姿は見えなかったが、中性的な声でこう言った。


『早くおいで。ずっと、君を待っていたんだよ』


 その言葉を聞いた途端、アタシは息が詰まった。

 苦しくて、喘息であえぐようにゼェゼェと息をした。

 襲ってくる不安と恐怖、それに耐え切れなくなってアタシは叫んだ。


 ――誰か、助けて! 


   * * *


 そこで目が覚めた。

 真っ暗な中、辺りを見回す。

 次第に暗闇に目が慣れていって、テレサさんに案内されたあの部屋だと分かった。

 冷や汗が伝う額を拭おうとしたところで、ふと誰かが枕元に立っていることに気がついた。


 ん? 誰だ?

 よく目を凝らしてみると、フジサキが黙って立っていた。

 

「フジサキ……アンタ、何してんの?」


 レディの部屋に許可無く入るとは、どういうつもりかな?

 紳士の風上にも置けませんぞ。


「マスターの声が聞こえたので、様子を見に来ました」


 心配して来てくれたらしい。不法侵入の事はチャラにしてあげよう。

 全く、アンタは主人思いの良い携帯端末機だよ。


「ねぇ、フジサキ」

「何でしょうか?」

「アタシ……これからどうなっちゃうんだろ? 元の世界に帰れるのかな?」


 ベッドに横になったまま不安気にそう言うと、不意に頭に重みを感じた。

 何かと思ったら、フジサキの手だった。

 予想外の行動に驚いていると、フジサキの方が先に口を開いた。


「不安は尽きないかと存じますが、明日の事はその時になってみなければ、誰にも分かりません」


 フジサキなりの慰めの言葉らしい。

 コイツも色々考えてるんだな。そう思うと少しだけ、不安が紛れた気がした。


 考えてみれば、この異世界にアタシ一人で放り出されても何も出来なかっただろう。

 森に落ちた時点で確実に死んでいたと思う。

 フジサキがいてくれたから、ここまで何とか冷静さを失わずに来れたのだ。

 感謝しなければいけない。


 そんなアタシを見て、フジサキは頭から手を退かした。


「マスター、まだ深夜でございますので、もう一度お休みください。私も頂いた部屋に戻ります」


 そう言って、フジサキは部屋を出て行こうとした。


「あ、フジサキ」


 フジサキがドアから出る手前でアタシは呼び止めた。

 くるりとフジサキが振り返る。


「フジサキ、ありがとう。おやすみ」

「はい、お休みなさいませ。マスター」


 ドアが静かに閉まった。

 フジサキの足音が遠ざかって行く。

 その音を聞きながら、アタシは再び眠りに落ちていった。


 そのまま朝までぐっすり眠ることになったけど、もう一度、あの不可解な悪夢を見ることはなかった。





                        ~ 4th Scene End ~

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