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第2章 まっすぐストーリー・3rd Scene

~ 3rd Scene Start ~


 さぁ、ここからがお待ちかねの『情報収集』タイムだ。


 ロイズさんは「よいしょ」と言いながら席を立つと、書斎の本棚へと向かった。

 そこから筒状に丸められた大きな紙を取り出して、書斎机の上に広げた。

 アタシとフジサキは立ち上がって、広げられた紙を見た。

 それは、地図だった。5つに分かれた大陸と見たこともない言語がいたる所に記されている。

 この世界の言葉は日本語と発音は同じでも、文字は違うようだ。

 残念なことだが、アタシには解読できない。


 それからロイズさんによる異世界講座が始まった。


 この世界の名は、『グラン・パナゲア』。

 大海によって隔てられた5つの大陸が存在している。

 それぞれの大陸を大雑把に説明していくと次の様な感じだ。

 

 人族が多く分布する大陸イオ・ヒュムニア。

 魔族(人族以外)が統治する大陸ディス・ノグディス。

 大陸の8割が砂漠に覆われた大地メッカ・バスカーナ。

 古の龍王が統治すると言われる、海に囲まれた中央大陸ドラグーン・パレス。

 この世界を構築する全てがそこで生まれたとされる前人未到、幻の大陸ゼオス・ゼロス。


 幻の大陸と言われているゼオス・ゼロスはこの世界を構築する全てが生まれたとされる、前人未到の地、なのだそうだ。

 その海域に巨大な嵐が絶え間なく発生していて船が近づけず、人類の歴史が始まって以来、到達できた者は誰もいないらしい。

 そこ以外は海路が整備されており、4つの大陸は人が行き来する事が可能なのだそうだ。

 ただ、中央大陸ドラグーン・パレスに関しては限られた人間しか上陸が許されていないらしい。

 ドラゴンは人を襲う事はまず無い温厚な種族なのだが、少々気難しい所があるのだそうだ。


 次に、砂漠の大陸……メッカ・バスカーナ、だったかな。

 その大陸について聞いてみた。

 8割砂漠の国に行く必要があるのかと思ったんだけど、砂漠でしか手に入らない貴重な鉱石や植物、魔法の素材などの資源と古代遺跡があって、トレジャーハンターや冒険者が一攫千金を夢見て渡っていくので、何気に需要のある土地らしい。


 人の大陸……イオ・ヒュムニアには、3つの大国と少数民族が創る中立国が存在している。

 ロイズさんが村長をしているこのローナ村は、大国の1つ『ウェンデール王国』のルアナ領にあるそうだ。小規模ではあるが、小麦の栽培を行っているらしい。


 ウェンデール王国の他の大国――その一つが、北部全域を支配する巨大国家『ヴァルベイン帝国』。

 この国は、門外不出の高度な技術や魔術を有してはいるが、イオ・ヒュムニアの統一には関心が無いらしく、もっぱらゼオス・ゼロスへの到達を目標に掲げて、日夜進行を続けている。


 えーと、大国はあともう1つあるって話だったような……。

 そう思ってロイズさんに聞くと、ゆっくりと頷いて説明してくれた。


 残り1つの大国とは、南西部を支配する3国の枢軸国家、『ティルバ連合国』。

 この連合国は100年ほど前までウェンデール王国と領地を巡って戦争をしていたが、今は外交的圧力によって停戦状態を維持しているそうだ。  

 

 あとは……何だっけ?

 首をひねっていると、フジサキが「ディス・ノグディスとは?」とアタシの代わりに聞いてくれた。


 ディス・ノグディスには人族以外の種族、全部ひっくるめて魔族と通称する種族達、エルフェン、獣族、小人族、魔人族がそれぞれの文化を持って分布しているそうだ。



 ドラゴン、魔族……ファンタジーやゲームでしか聞いた事のない生き物が、この世界には当たり前のように存在している。

 聞いているだけで眩暈がしそうになった。

 そして……たびたび出てくる『魔法』という言葉。

 つまり、この世界には魔法使いがいる。

 

「ローナ村にも魔法使いがいるんですか?」

「まさか!」


 ロイズさんはちょっと驚いたように目を見開いた。


「魔法――人が使うものについては魔術、という方が一般的のようですがね。魔術を使える魔術師は誰でもなれるわけではありませんし、その人口は驚くほど少ないのですよ」

「そうなんですか……」


 世界の5つの大陸……。

 ウェンデール王国……。

 魔術師……。


 これで、だいだい聞きたいことは聞けたかな。もう聞きたいことはないかな……。

 そう思って、ちらりとフジサキを見る。


「何でしょう? マスター」

「いろいろなお話を聞けたけど……まだあるかなって」

「……そうですね……」


 フジサキは「ふむ」と頷いた。

 こうしてみると、本当にイケメンだな、フジサキは……。


「ロイズ様。魔術師なる方は、どちらにいらっしゃるのでしょうか?」


 お、やるな、フジサキ。

 この世界では、『魔術師』はかなり鍵になりそうだもん。

 アタシがこの世界に来たのだって、魔術師に関係がありそうだもんね。


 ロイズさんはゆっくりと首を横に振った。


「一流の魔術師はウェンデール王国の王宮に仕えていますから、我々がお目にかかることは……」

「王宮……」

「あと……そうですね。技術も魔術も数段優れたヴァルベイン帝国には、魔術師もたくさんいるのかもしれません。ですが、このような辺境にまでやってくることは、まずないでしょう」

「そうですか……」

「あ……でも」


 急に何かを思い出したように、ロイズさんはポンと手を打った。


「人里から離れた場所で誰とも関わらず隠居している魔術師がいるらしい、という話は聞いたことがありますね。風の噂なので定かではありませんが……」


 ……ってことは……。

 魔術師に会うためには、いずれにしても旅に出ないといけないんだ。

 異世界転移って……絶対、魔法だよね。

 魔術師がたくさんいるという、ヴァルベイン帝国を目指さないと駄目なのかな。


「お茶をお持ちしましたよ。少し休憩なさってはいかがかしら?」


 そう言って、入ってきたテレサさんからお茶とサブレのような手作りお菓子を受け取って、講座は一時中断となった。


「大変、興味深いお話でした、ロイズ様」


 紅茶のようないい香りのするお茶を啜っていると、カップから口を離したフジサキがロイズさんに頭を下げた。

 フジサキ、お茶が飲めるんだ……てか、飲んで大丈夫なのか? ショートしたりしないよね?


「私、こちらに所蔵されている書物に大変興味があるのですが……失礼でなければ、拝見しても宜しいでしょうか?」

「ええ、構いませんよ。どれでも好きにお読みください」


 ロイズさんは、フジサキの申し出を快く承諾してくれた。


 おいッ! ロイズさんが説明してくれてる最中なのに失礼だろ。何考えてんだ。

 大体、ここにある本を見たって異世界語だから読めないだろ。


 全く、ロイズさんの前で勝手に本を読みだすとは……。

 椅子から立ち上がり、本棚からおもむろに一冊の本を取り出して無心に読み出したフジサキを咎めようと、アタシは椅子から立ち上がろうとした。


「フジサキさんとチヒロさんはご兄妹なのですかな?」


 唐突にロイズさんがアタシに尋ねてきた。

 中腰のまま固まって、一瞬考えてから椅子に座りなおすとアタシは言った。


「いえ、違います。フジサキは……まぁ、召使いみたいなものですね」


 合ってもいないけど、間違ってもいない。だって、元iPh●neだしね。


「ほぉ、ではチヒロさんは貴族のお嬢様なのですかな?」

「お嬢様じゃないですよ。極々普通の家庭出身です」

「ふむ。チヒロさんの世界とこの世界とでは、だいぶん生活水準が違うようですな」

「そう……みたいですね」


 ですよねぇ……現代と中世並に差がありますもんね。

 ロイズさんには失礼だけど、アタシにはこの生活水準『最低』の世界が耐えられそうにないです。

 これは一刻も早く、元の世界に帰りたいな。


「魔術師さんとかの魔法で、元の世界に帰れたりはしないですかね?」

「どうでしょうな。私も生まれてこの方、魔術というものを見たことがないもので……。確かめるには、王都に赴き、魔術師に会うしかありませんな」

「王都……ウェンデール王国の王都ですか」

「そうです」

「……」


 確かに……いきなりヴァルベイン帝国を目指すよりも、現実味のある話ではある。

 でもなぁ。聞いた話、魔術師は王宮に仕えている超エリート階級の人たちみたいだし、アタシみたいな何処の馬の骨とも分からない小娘が王都まで行っても面会すら出来ないのが関の山ではないだろうか。

 参ったな、どうしたものか。大義名分が必要になるかもしれない。大義名分ねぇ……。


「そう言えば、ロイズさん。アタシの事を『終末の巫女』って呼んでましたけど、何なんですか? 『終末の巫女』って」


 聞いた感じ、村の言い伝えに出てくる人物みたいだけど。

 そういう大義名分があれば、これから旅に出るときに役に立たないかな?


「おぉ。そうじゃった。それも話さねばなりませんな。『終末の巫女』とは……」

「あ、すみません。お話の途中ですが、ちょっと失礼します」


 ロイズさんの話の腰を居たたまれない気持ちでいったん折ると、アタシは席を立つ。

 そのまま一直線に向かうは、一心不乱に本を読み耽っているフジサキのもと。


「おいコラ、フジサキ! お前もちゃんと話を聞けやッ!」


 そう言って、フジサキから本を奪い取る。

 フジサキの身長が高いせいで下からアッパーをする様な形になった。

 これは、完全にかの有名な昇竜拳の動き。コマンドは『→↓↘(前・下・斜め前)+パンチ』だ。


「やはり、聞かねばなりませんか?」

「当たり前でしょ! アタシは、そんな失礼な子に育てた覚えはないよ!」

「はて? 私、マスターに育てていただいた覚えなど、これっぽっちもございませんが?」

「涼しい顔して、煽ってくんのやめてくれない? おおん?」

「ほほほ、お二人は仲がよろしいのですね」


 そんなアタシ達を見て、ロイズさんが笑った。


「そうでもないですよ。ほら、フジサキお座り!」

「マスター、私は犬ではございません」

「だまらっしゃい! この本はロイズさんのお話が終わるまで没収!」

「ほほほ」


 こうして、ロイズさんの異世界講座は最後の話に突入したのだった。


   ◆ ◆ ◆


 『終末の巫女』の伝説――。


 それは、ローナ村に伝わる古い伝承だ。

 聞いた感じ、この村の起源はかなり古いみたいだけど、最初は5軒程の家が建つ小さな集落だった。


 今から約200年前の事、村に一人の旅人がやってきた。

 旅人は名は明かさず、自らを『予言者』と名乗った。

 ボロボロの身なりで見るからに怪しい人物だったが、命に関わるような大怪我を負っていた。

 村人達は嫌な顔一つせず、旅人を受け入れ交代で介抱した。

 なけなしの食料も村人全員で出し合い、3度の食事を与えた。

 やがて傷も癒え、元気を取り戻した『予言者』は、親切にしてくれたローナ村の村長や村人達にせめてものお礼と言って、ある予言を言い残した。


「今後、200年の内にこの村に大きな災いが起こるだろう。それは、終末の予兆である。しかし、安心して欲しい。水源に神殿と女神像を祀り、一心に願えば救世主が現れ、村を災いから救うであろう。その者は『終末の巫女』と名乗り、村に幸運と繁栄を与えるであろう」と――。


 これが、後々まで村に残る言い伝えとなった。『予言者』は村を去り、二度と現れる事はなかった。

 その後、その人物が何処へ行き、どうなったのかは誰も知らない。


 この予言を村人達は信じた。

 誰も旅人が嘘、でたらめを言っているとは思わなかった。

 そう思わずにはいられなくなる不可思議な雰囲気を旅人は発していたそうだ。

 『予言者』の言葉は村長が代々語り継ぎ、村人に説いた。決して途絶えることの無いようにするためにだ。


 それから200と幾年かが経った。


 予言者の言葉どおり、村に不吉な事が起こり始めた。

 予言は本当だったのだと、村の誰もが思った。

 まず、農作物が不作に見舞われ、次に家畜に伝染病が流行り出した。

 それが何とか治まり、村人達が安堵したのも束の間、今度は付近の森に魔物が頻繁に出現するようになった。

 魔物は次第に数を増やし、農地を荒らし回り、家畜や村人を襲い始めた。


 そして、とうとう一番恐れていた事が起きた。

 村にとって重要な水源が枯れた。


 これが予言者の言っていた終末なのだと、村長であるロイズさん含め村の代表達は、『予言者』の言い付け通り、先祖達が水源に建てた神殿と女神像に祈りを捧げた。

 祈りは毎日の様に行われ、それが一か月に及んだ。

 しかし、村人の祈りも空しく、水源が復活する事も『終末の巫女』が現れる事も無かった。

 もはや、これまで……予言は出任せだったのかと誰もが諦め始めたその時、奇跡は起きた。

 崖の上から降ってきた謎の少女と男が、瞬く間に水源を復活させたのだ。

 村長を含め、その場の全員が思った。


 この方が、『終末の巫女』だと――。


 こうして、数時間に及ぶロイズさんの「よく分かる異世界講座」は終了した。





                        ~ 3rd Scene End ~

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