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第2章 まっすぐストーリー・8th Scene (1)

~ 8th Scene Start ~


 誰か、弁護士を呼べぇええええッー!


 アタシは現在、設営された討伐隊のテントの一角で取調べを受けている。

 小さな木製のテーブルの前に椅子に縛られた状態で座らされ、目の前には甲冑は着ているものの兜を外したスキンヘッドのおっさんがドカッと座っている。

 フジサキはこの場にいない。

 別のテントで口裏を合わせられないように、別々に取り調べられているのだ。


「それで、お前は空から落ちて来て、さらに魔物に襲われた。そして、運悪く崖から転落。崖の下で水脈を掘り当てて、村人達に『終末の巫女』と呼ばれるようになった、と……もっとまともな嘘は言えないのか?」

「だーかーらー! 嘘じゃないってさっきから言ってるじゃないですか! 何回聞かれてもこれ以外に答えようが無いんですってば!」


 さっきから話が堂々巡りしている。

 確かに信じられないような話だが、実話なのだ。嘘は一つもついていない。

 同じ証言を繰り返すアタシにおっさんがため息をつく。


「しかもこの世界ではない異世界から来たなんて、誰が信じる。いい加減、吐いたらどうだ?」


 田舎のお袋さんが泣くぜ、みたいな哀愁の篭った台詞を言うが、アタシも屈しない。だって、吐くものなんて、何もないんだから。

 駄目だ、この人じゃ埒が明かない。もっと話の通じる人はいないのか? 

 これではいつまで経っても村に帰れそうに無い。


 取調べから3時間近くが経過し、おっさんが痺れを切らして貧乏揺すりを始めた頃、テントに誰かが入ってきた。

 思わずおっさんから目を逸らしてそちらを見る。


「随分、手こずっているみたいだね? グレッグ」

「副隊長殿! わざわざ、こんな所にお越しになられるとは……。それが先ほどから『異世界から来た』の一点張りでして。怪しい事この上ありません」


 副隊長と呼ばれた人物に立ち上がって一礼すると、おっさんは溜息をついた。

 溜息つきたいのはこっちだっての。話が通じない脳筋のおっさんが悪い。

 副隊長と呼ばれた人物は「そうか」と一言呟くと、アタシの方を見た。


 随分、若い人だなと思った。

 その若さで副隊長とは親御さんのコネですかい? 

 それは置いといて……と。

 見た感じ10代後半から20代といったところか。栗色の髪に深い緑色の瞳、優しげな甘いマスクとでも比喩しておこうかな。

 誰が見てもイケメンか爽やか好青年だと言うだろう。ただ、アタシは普段イケメンのフジサキを見慣れてしまっているため、全くトキメいたりはしないがね。


「グレッグ、ここからは僕に任せてくれないかい?」

「いや、しかし……」

「大丈夫、隊長には僕から言っておくから」


 アタシをヨソに、勝手に話を進める2人。

 何でもいいけど、早くしてくれよ。

 こちとらバイトを無断欠勤して取り調べられてんだからさ。


 おっさんは副隊長に言いくるめられたらしく、一度振り返りはしたもののテントから出て行った。

 代わりにアタシの前には副隊長が座った。牽制のために軽く睨みつけておく。

 すると彼は、眉を下げて肩をすくめて見せた。


「おやおや。折角、可愛らしい顔をしているのにそんな目つきをしたら台無しだよ。もっと気を楽にして。グレッグも悪気は無いんだ。ただ、あれが彼の仕事なのさ」

「アタシ、早く村に帰りたいんです。とっとと取り調べてくれませんか?」


 穏やかな口調の副隊長に反して、アタシの言葉はトゲトゲしい。

 この状況でお世辞なんて言われても癇に障るだけだ。アタシはこんな事をしている暇は無い。『元の世界に帰る』という自分の目的を達成するために、村でバイトをして少しでもお金を貯めなければいけないのだ。


「まぁ、そう突っ掛からないで。僕はフランツ・コルデア・ブレイズ。この隊の副隊長を務めているんだ。君の名前は?」

「……チヒロ」

「チヒロ……素敵な名前だね」


 暢気に自己紹介を始めたフランツと名乗るこの副隊長。

 アタシは眉を寄せる。終始フランツは笑顔だが、これはフジサキとは違った意味でポーカーフェイスだ。

 何を考えているのか、発する言葉の裏に何があるのか、まるで掴めない。

 唇が、やけに乾く。舐めて湿らせるが、すぐにカサカサになってしまって意味が無い。


 この男、厄介だ。


 直感的にそう思った。

 依然、ニコニコしながらアタシを見つめるフランツと静かに焦り出したアタシ。

 この場にフジサキがいてくれたら……アタシは咄嗟にそう思った。

 フジサキの言葉はアタシに冷静さを取り戻してくれる。

 ――だが、ここに彼はいない。

 取調べという名の腹の探りあい合戦、その火蓋が切られた瞬間だった。


   ◆ ◆ ◆


 疲労と緊張でぼんやりとし始めた思考回路。

 一連の連行騒動から、かなりの時間が経過したことだけは、ぼんやりしていても何となく分かった。


 辺りは薄暗くなり、外には松明。テント内にはランプの火が灯った。

 テーブルの上にも置かれたランプは小さな炎を揺らめかし、アタシとフランツと名乗った若き討伐隊副隊長の顔を照らし出す。

 グレッグと呼ばれていたおっさんに話した事と全く同じ事をフランツ副隊長にも話した。

 アタシが話している間も終始、浮かべた薄い笑みを崩さずにフランツ副隊長は静かに耳を傾けていた。

 ある意味、感情を露にしてくれたおっさんの方が気が楽だった。

 フランツ副隊長は、一体その腹の底で何を考えているのか、全く読み取れない。

 肯定も否定もしてこない。ただ、たまに相槌を打つように軽く頷くだけだった。


 アタシは徐々に焦り出していた。

 長時間に及ぶ取調べによる疲労と場の緊迫感で不安と恐怖も顔を出す。

 ぶっちゃけ、フランツ副隊長との心理パワーゲームに完全に押し負けてしまっている。

 ここに来る前に、レトリバー隊長の前で大口で啖呵を切ったアタシを引っぱたいてやりたい。


 ……何言ってんだ、アタシ。呑まれてる場合じゃない。

 アタシはティルバ連合のスパイなんかじゃない。絶対に違うんだから。


 でも、徐々に蓄積されていく疲労と早く開放されたいと言う気持ちから『罪を認めてしまえ』と囁く裏の自分が顔を出す。

 厳しい尋問の末、それに耐え切れず罪を認めてしまう冤罪者の気持ちが何となく分かってしまった。

 この時間から、空間から、目の前の男から楽になりたいと心から願ってしまう。

 もしかしたら、フランツ副隊長は尋問のプロなのかもしれない。

 この青年からは、グレッグや他の騎士達からは感じられなかった、只ならぬ雰囲気が溢れ出ていた。

 もしかすると、レトリバー隊長以上かもしれない。

 この若さで討伐隊の副隊長を任されているのも納得がいく。

 気をしっかり持って、対峙しなければ。


 話すことが尽きて黙り込んでしまったアタシを見て、フランツ副隊長は静かに口を開いた。


「なるほど。確かに、(にわ)かには信じがたい話だ……」

「でも、これが事実なんです。アタシはティルバ連合のスパイなんかじゃない。ただ、元の世界に帰りたい……それだけなんです」


 話した事を否定されたような気がして、考え込んでいる素振りを見せるフランツ副隊長に、アタシは力なく訴えた。

 今日の午前中まで、アタシの異世界ライフは円滑で最高潮だった。

 それが午後には急降下し、0を通り越してマイナスを振り切った。

 まさに人生のジェットコースターだ。でも落下するのがあまりにも早すぎる。

 まだ、たったの1週間だ。救世主として崇められていたのに、一気に一国家を揺るがす大罪人になってしまった。

 もし、この異世界にも神様が存在するのなら、アタシに何の恨みがあるのだろうか?

 因縁にも程がある。


 ふと、別のテントで同様に聴収という名の尋問を受けているであろうフジサキの事を思い出す。

 この場に彼がいてくれたら、どれだけ心強いだろう。

 きっと、今のアタシをいつもと変わらない様子で、彼なりの淡白な言葉で励ましてくれるはず。

 いつの間にか、アタシはフジサキの存在に頼りっぱなしになっていたようだ。

 元の世界との繋がりを感じられる唯一の存在だからだろうか。


 クソッ……とんだメンヘラ体質になったもんだ。

 どこかの漫画の泣き虫主人公が言っていた言葉が浮かぶ。

 今のアタシはマイナスだ……どんなに足掻いてでも0になりたい、そんな気分だ。

 そこまで考えて、アタシはギュッと唇を噛み締めた。


「ちなみにアタシが本当にスパイだった場合、アタシ達はどうなるんですか?」

「王都で正式な裁判を受けた後、ティルバ連合への牽制と見せしめとして公開処刑にされるのは確実だね」

「……そうですか」


 処刑……絞首か斬首かは分からないが、容疑を認めれば確実に殺されるということだ。

 嫌だ、こんな世界で死にたくない。元の世界に帰りたい。

 両親にもう一度会いたい。平凡だった日常生活に戻りたい。

 そうだ、友人達にだって……。アタシは別に、彼女達が嫌いな訳じゃなかった。

 でも、スパイではないことを証明する確固たる証拠がアタシには無い。

 悔しくて、俯いたままギリッと歯軋りした。

 目尻に涙が滲むが、負けを認めているような気がして絶対に流してやるものかと耐える。


「一つ、質問しても良いかい?」

「何ですか?」

「君は僕の名、ブレイズ家の家名を聞いてどう思った?」

「へ?」

「僕の名前……フランツ・コルデア・ブレイズ。――この名前」

「……どうって……」

「うん?」

「正直……長い名前だな、と思いました」

「ぷッ!」


 正直に答えると、フランツ副隊長は突然吹き出して綺麗な顔で笑い始めた。

 一方のアタシは何故このタイミングで笑い出したのか理解できず、ポカンとした顔でなおも笑い続ける彼を傍観した。


 な、何だよ? 何でいきなり笑い出したの、この人……意味不明すぎる。


 いつまで笑ってんだと言う意を込めて軽く睨むと、フランツ副隊長は軽く咳払いを一つして椅子から立ち上がった。

 丁寧に椅子を戻す彼を、今度は呆気に取られた顔で見上げる。

 その視線に気づくと、フランツ副隊長は先程まで浮かべていた薄ら笑いとは違う、優しい微笑で見返してきた。


 え? ちょっと、何処行くの? 聴取はどうした?


「聴取は以上だ。ここで少し待っていてくれるかい?」


 そう言って、アタシの背後にさっと回ると拘束していた縄を解いた。

 自由の身になれたのは良いが、何故そうなったのか理解できず呆然と椅子に座っていると、フランツ副隊長はそのままアタシに背を向けて、テントの出入り口に向かって行った。

 アタシは放置かい! 本当に何なんだよ!


「あ、あの……良いんですか? アタシ、逃げるかもしれませんよ?」


 去っていく背中に向かって問いかけると、フランツ副隊長はテントの幕に手をかけたまま、クルッと振り返った。


「大丈夫、君は絶対に逃げない。仮に逃げたとしてもその時は……」

「その時は?」


 ゴクリと生唾を飲み込んで答えを待つ。嫌な予感しかしないけど……。


「地の果てまででも追いかけて、たとえ君たちが骸を晒していたとしても、その魂を捕らえて――嘆き苦しみながら真実を吐くまで尋問する」


 こ、怖ぇえええッ! 笑ってるけど目がマジだ。

 ここは大人しく座って待っていた方が利口な判断だ。

 アタシが背筋を正して椅子に座りなおすのと同時に、フランツ副隊長は「良い子にしててね」と言い残してテントを出て行った。


 フランツ副隊長、恐ろしい子……。


 でも何はともあれ、取り調べが終わってホッとした。

 縄を解いてもらえたということは、信じてもらえたのだろうか?

 今後の彼の判断でアタシの運命が大きく左右される事になるが、何となく大丈夫な気がした。

 確証なんか無い、ただの勘だ。

 今は、自分の勘を信じたい。それに頼る以外、安心できる方法が無いのだから……。

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