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第2章 まっすぐストーリー・7th Scene (3)

「だから……!」

「うるさい、おとなしくしろ!」

「――まぁ、チヒロさん。一体、これはどういう事なの?」

「マスターッ!」


 玄関前で騒いでいると、帰って来たらしいテレサさんと、道中で一緒になったのかフジサキが現れた。

 槍を突きつけられ、腕を掴まれているアタシを見るなりフジサキが動いた。

 体勢を低くして、素早くアタシを拘束する騎士に走りよって相手が反応するより速く、その顔にさっきまで身に付けていたジャケットを投げつけた。

 突然の目くらましに騎士はアタシの手を離した。

 ジャケットを剥ぎ取ろうとしている内にフジサキは懐に潜り込む。

 下から突き出されたフジサキの右掌が相手の顎を正確に打ち込む。

 強烈な一撃にバランスを崩す騎士の足を払ってさらに体勢を崩すと、がら空きになった片腕を後ろに捻って突き飛ばした。

 唐突の攻撃に反応し切れなかった騎士は無様にその場に転がった。

 フジサキはいつの間にか取り返したジャケットを身につけると、そのままアタシの前に立ち、庇うように腕を広げた。

 いつになく真剣なその横顔を、アタシは凝視した。


 カ、カッコいい!! 凄いぞ、フジサキッ! いつの間にそんな技を覚えたんだ。


「マスター、お怪我はございませんか?」

「う、うん。ありがとう、フジサキ」

「こんなこともあろうかと、先ほどソール様からマスターや村の人々を魔物からお守りできるよう、簡単な護身術をご指南していただきました。実践するのは初めてですが、相手の無効化に成功致しました」

「さっきソールさんと話してたのはそれだったのか。助かったのは良いけど、何か不味い雰囲気が……」

「何者だッ! 貴様もスパイの一味か? 抵抗するなら、容赦せんぞ!」


 転ばされた騎士……区別が付かないから仮に騎士Aとしておこう――が立ち上がった。

 無事だったもう一人の騎士Bも警告を発しながらこちらににじり寄って来る。

 どちらも、素人にでも分かる殺気を放っている。

 ひぃい、ヤバイよ。火に油注いじゃったよ。ロイズさん家の庭に血の雨が降りそうだ。


「あ、アタシ、スパイなんかじゃありませんってば! だいたい、ティルバ連合になんて行った事もないです!」

「チヒロさんがスパイ? 何かの間違いではないですか? チヒロさんは、誓って悪いことをするような子ではありませんわ。むしろ、良い子過ぎて心配になるくらいなのですから」


 動揺するテレサさんが、事の成り行きを無言で見つめるレトリバー隊長を説得しようとしている。

 何でもいいけど、あんたの部下を何とかしろよ! 槍で突き刺すのも辞さないみたいな勢いで迫って来るんですけど!


「やめろお前達! 少しは冷静になれ。匿名の通報が我々討伐隊に入ったのだ。「ローナ村に『終末の巫女』と呼ばれる怪しげな女がやって来て、村人を意のままに操っている。ティルバ連合のスパイではないか」とな」

「え?」


 アタシはショックを受けた。

 匿名の通報だって? つまり、村の誰かが討伐隊にアタシのことを『へへへ、騎士様。あの女、ティルバ連合のスパイですぜ』と根も葉もない嘘っぱちをでっちあげて、チクッたということだ。

 信じられない……村の皆と仲良くなれたと思っていたのに。裏切られた気分だ。

 視界の端でテレサさんが口元を両手で抑えて、目を見開いたのが見えた。


 駄目、不安を顔に出しちゃ。

 ますますスパイだと思われてしまう。

 負けない、と思いながらレトリバー隊長を睨むと、隊長はふっとアタシから視線を逸らし、話を続けた。


「その情報を頼りに村に赴き、村人に巫女について聞くと『巫女様は村長の家に住んでいる』と口を揃えて言った。我々はその巫女を連行し、聴取するためにここへ来たのだ」


 アタシはフジサキの後ろで黙って聞いていた。

 根も葉もないでたらめだ。だが、このままここで睨み合っていてもスパイの疑いは晴れない。


「分かりました。大人しく連行されます」

「マスター!」

「フジサキは黙ってて。アタシはティルバ連合のスパイなんかじゃない。そのことを証明します。疑いが晴れたら、村には帰してもらえるんですよね?」


 何か言おうとするフジサキを宥めて、アタシは一歩前に出た。

 すると今度は、今にも転びそうになりながらテレサさんが駆け寄ってきた。

 テレサさんがアタシの前に立ち塞がり、肩で息をしながらもアタシの手を強く握りしめた。


「駄目よ、チヒロさん。今から出先の主人を呼んでくるわ。主人から直々に騎士様達を説得してもらいましょう。そうすれば、きっと誤解も解けるわ。だから、早まらないで。駄目、行っては駄目よ。連行に従えば、それは無実の罪を認め得ることになってしまうわ。そしたら、貴女は……」


 いつも明るい笑顔を絶やさないテレサさん。

 そんなテレサさんが見せる初めての必死な形相。

 皺の目立つ汗ばんだ手の感触に胸がギュッと締め付けられる。

 こんなに必死になってアタシの連行を阻止しようとするテレサさん。

 彼女の皺の目立つ手をそっと握り返して、両目を瞑ると、ローナ村で過ごした1週間の記憶が一気にフラッシュバックする。


 水が出た! この村は助かるんだ! と喜ぶ村の人々。

 ロイズさんとテレサさん、フジサキと一緒に囲む笑顔の絶えない食卓。

 ノックしたドアから顔を覗かせる奥様方に預かった子供達の賑やかな声。

 お弁当を受け取る農夫さん達からもらった感謝の言葉。

 ピスタさんとソールさんのキャラバンマーケットで見た不思議な品々。


 ……駄目だ。

 村の人達を疑うことも恨むことも、アタシには出来そうにない。


「ごめんなさい、テレサさん。アタシ……あの人達と一緒に行きます」

「チヒロさん!」


 食い下がろうとするテレサさんの肩に今度はフジサキがそっと触れた。


「テレサ様、申し訳ございません。私が蓄積したマスターの行動パターンを分析するに、こうなってしまわれたマスターは、もはや何を仰っても発言を撤回致しません」


 アタシとフジサキの顔を交互に見て、テレサさんは体が萎むくらい深く息を吐きながら、ゆっくりとアタシの手を放してくれた。


 やっぱり、これは何かの間違いだ。

 密告があったって言うけど、本当にこの村の人がしたのか? 

 騎士達側からの一方的な通達だから怪しいことこの上ない。

 突然現れた『終末の巫女』なる怪しくてイレギュラーな存在の噂を聞きつけて、善良な村人を惑わす危険分子だと判断したのかもしれない。


「これ以上、お二人に迷惑はかけられません。自分のことなので、自分で行って、直接、解決してきます。自分のためにも、ローナ村の皆さんのためにも」

「そう、行ってしまうのね……――、も」

「え? テレサさん、今なんて――」

「行くのか? 行かないのか? そろそろ、はっきりしてもらえないだろうか?」


 テレサさんの声が小さすぎて、「も」の前に何を言ったのか聞き取れなかった。

 聞き返そうとしたところで、ずっと事の成り行きを静観していたレトリバー隊長が口を開いた。


「うっるさいなぁ、空気読めないのかよ……はいはい、ちゃんと行きますよ! それより、ちゃんとこの村に帰してくれるんでしょうね?」

 

 舌打ちしつつ、レトリバー隊長とその他を精一杯、睨みつける。

 それを迎え撃つようかのようにレトリバー隊長も見下ろしてくる。

 あの鋭い眼光に負けてはいけない。これは意地と意地のぶつかりあいだ。

 売られた喧嘩だ、買ってやるよ。激おこ状態のJKを舐めんなよ。


「あぁ、容疑が晴れれば即刻、村へ帰す事を約束しよう」

「おおっと、何か勘違いしてませんかー? 帰すだけじゃ駄目ですよ。アタシの容疑が晴れたその時は……」


 十分に間を置いてからアタシは息を吸い込んでこう言い放った。


「隊長を含め、討伐隊の皆様全員に土下座して、アタシとローナ村の皆さんに詫びて貰いますからね!」


 一度で良いから言ってみたかった台詞を言えて、アタシは満足した。

 不適に笑って腕を組み、余裕なんだぜと見せ付ける。

 レトリバー隊長の眉がピクッと動いたのを、アタシは見逃さなかった。


「お前達、その少女――『終末の巫女』を連行しろ」


 そう短く命じて、アタシ達に背を向けるとレトリバー隊長は放心状態のテレサさんに何か告げていた。

 さらに、先ほどの戦闘行為でフジサキにもスパイ容疑が掛かってしまったらしい。

 すまん、フジサキ。

 素直に謝ると、フジサキは『マスターの身の安全をお守りするのも、私の務めでございます』と言ってくれた。

 巻き込んだ形になるけど、1人よりも2人の方が心強いのも事実。

 アタシとフジサキの手に縄がかけられる。こんなことしなくたって逃げねーよ……まぁ、いいけどさ。

 門に向かう前に心配そうにこちらを見つめるテレサさんにアタシは笑顔で言った。


「すみません、テレサさん。ちょっと行って来ます。心配しないでください、夕食までには帰ってきますから」

「チヒロさん……。こんな時ほど、私がしっかりしなくちゃいけないのに、本当にごめんなさい。出先の主人に伝えて、すぐに釈放してもらえるように討伐隊に掛け合って貰いますからね。それまでどうか耐えて頂戴ね」


 こうしてアタシとフジサキは、涙ぐむテレサさんを1人残して、ローナ村と隣村の中間地点に陣を張る討伐隊の本部へと連行されたのだった。




 

                        ~ 7th Scene End ~

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