第2章 まっすぐストーリー・6th Scene (3)
5日目。今日もとても気持ちよく晴れた、いい天気だ。
午前10時、アタシはテレサさんとフジサキに見送られ、子供達を迎えにいった。
広場では、今日もピスタさんとソールさんが商売をしている。
二人に軽く手を振ると、1軒目の家の扉をノックした。
「おはようございます、ヤードさん」
「おはようございます、巫女様。今日もよろしくお願いいたします」
「あの、それでですね……」
アタシは昨日ロイズさんにも話した『寺子屋フジサキ』のことをヤードさんに説明した。
「まぁ、素敵ですね! 上の子にも行かせたいわ」
「でも、畑の手伝いとかあるんじゃ……」
「そうですね。でも、手が空いているようなら行かせますね。ウチの子、全然覚えてくれなくて……」
そのあとしばらくヤードさんの世間話にとっ捕まったけど、アタシは全然、苦にならなかった。
アタシが考えたことを皆が喜んで受け入れてくれるのが、本当に嬉しかったんだ。
正午になった。
アタシは子供達を送り届け、荷車を引いて各家を回る。
「巫女様、お仕事ご苦労さまです。これ、ウチの旦那と息子にお願いします」
「どうも、マルタさん。2人分、確かにお預かりしました」
「ルーシー、すごく楽しかったって言ってました。今は遊び疲れてしまったみたいで……午後はお昼寝させますね」
「わかりました」
こんな会話をしながら各家のお弁当を預かる。どこの家のものなのかすぐに分かるように目印がついてるから、安心だ。
フジサキにも手伝ってもらって荷車を引き、畑を回る。
一番遠いところでも徒歩10分ほどだから、そんなに大変ではない。
「みなさーん! お疲れ様です! 昼食の時間ですよー!」
「巫女様、そんな仕事させちまって申し訳ないねー!」
「いえいえ、これがアタシの仕事ですから!」
畑で作業する人々に、アタシは大声で呼びかける。
今日は昨日より1軒、依頼が増えた。でも配達先が増える訳じゃないから、全然辛くない。
弁当を配達し終えると、村長宅に戻ってテレサさんが作ってくれた昼食を取る。忙しい合間の憩いの時間だ。
昼食を終えると、フジサキと共にまた子供達を集めて広場に行く。
さあ、今日は『寺子屋フジサキ』の初日だ。
朝、子供たちの家を回りながら声をかけたら、15人ぐらい集まった。
農作業を抜けてきたのか、泥だらけの子もいたけど、
「何が始まるんだろう」
というワクワクした顔でフジサキを見上げている。
主な授業内容は文字の読み書きと、足し算引き算などの簡単な算数だ。
広場の一角に黒板を置き、子供達をその前に座らせて授業をする。
この世界の文字が書けないアタシも読み書きの授業に参加する。
フジサキの授業は分かりやすい。子供達の習熟度に合わせたカリキュラムをその場で立てていく。
これならきっと、子供達の親も満足してくれるに違いない。
そのうち、10歳以上の子供達のための授業も考えないと駄目かな。農作業を抜けてこなくてもいいような時間で、無理のない程度に……。
それも、今後のアルバイトに追加しよう。
できることは何でもする。目標のために志は高く持たないとね。
5日目の夜。
村長夫妻と早めの夕食を済ませた後、アタシはフジサキの部屋に向かった。
おい、誰だ? 今、夜這いとか言ったヤツ……ぶん殴るからこの後アタシの部屋に集合な。
フジサキの部屋で一体何をしているのかと言うとだ。
部屋の真ん中に置かれた丸いテーブルに向かい合って、アタシとフジサキは座っている。
テーブルに積まれた数冊の書物とテレサさんが入れてくれた2人分のハーブティー。
ぼんやりとおぼろげな光で部屋を照らすランプ。アタシの手元には束になった数枚の紙。
利き手の右手にはインクのついた羽ペンが握られている。
この世界の紙は流通量こそ、それなりに多く不足しているとこはない。
活版印刷の技術も進んでおり、書物もお手ごろ価格とは言えないが大量に市場に出回っている。とは言っても書物はピスタさんに注文するか、町の書店に行かないと購入できないそうだ。
ローナ村のような小さな農村にはまず入って来ない。
しかもそれらの製造・販売の全てをつい最近までヴァルベイン帝国が牛耳っていた。
他国に製本の技術が伝承されたのは、ここ10年ほどのことだ。
帝国は10年に1度、自国の技術を他国に披露する。
こうして他国に自国で開発した技術を『恩恵』と言う形で与える事によって国同士の経済格差や衝突を抑えているらしい。
ヴァルベイン帝国万能説だが、それとこの大陸の全てにおいて技術を独占、または管理する帝国は脅威の存在だ。
そんな帝国印の貴重な紙をロイズさんから分けてもらい、掌に納まるメモ帳サイズに切り分けて裏表で使う。
「こんにちは……私の名前は……チヒロです。よろしくお願い……します、と。よしッ! 書けた!」
慣れない羽ペンに苦戦しながらも紙に文字を書き上げると、自信満々の表情でそれを見直してからフジサキに手渡す。「拝見いたします」と一言言って受け取ったフジサキはアタシの書いた文を読む。
そう。現在、アタシはこの世界の文字の一種、ヒュムニア語を絶賛勉強中なのだ。
フジサキがたった3日でヒュムニア語を完全マスターしてくれた。
とは言っても毎度フジサキに文字を読んでもらうわけにはいかない。
異世界に来ても、学生は勉学から逃れられない事がよく分かった。
文字が読めない、書けないのは、何かと不便なのでアタシはフジサキに講師になってもらい語学勉強を始めたのだ。
偉いでしょ? もっと褒めてもいいのよ?
「今回のは自信あるんだ。どう? 合ってるでしょ?」
「マスター、2点よろしいでしょうか? マスターの書かれたこの文章ですと『私の名前はチヒロでした。お願いしろ』になってしまいます。この部分は現在形で、こちらは丁寧語でお書き直しください」
「……」
マンガで言うなら、『ズコー!』って効果音が入りそうだ。
フジサキの容赦ない添削に、言葉なくガックリとテーブルに突っ伏すアタシ。
何だ? 『チヒロでした』って……じゃあ、今のアタシは誰なのよ?
ツッコミどころ満載だ。さっきまでドヤ顔してた自分が恥ずかしい。
アタシの語学力は、アルバイトで始めた託児所で預かっている子供達以下だ。
前にガキ大将の馬鹿にされちゃったしね。あんなガキんちょに馬鹿にされても言い返せないのは正直、悔しい。
だから巫女様の名誉挽回のためにもこうして猛勉強することにしたのだ。
そしてその成果が、さっきの『私はチヒロでした』だ……。
うるせーやい! アタシは成長がゆっくりなんだよ!
「本日はここまでに致しましょう。マスター、お疲れ様です」
「うん、お疲れ。いつになったらアタシもフジサキみたいに完全マスターできるのかな?」
こんなんで本当に大丈夫なのかなぁ、とハーブティーを飲みながらこぼしていると、フジサキは書物を片付けながら励ましてくれた。
「何事も焦らず、確実にこなす事が最短コースでございますよ、マスター。基本さえ覚えてしまえば、後は簡単でございます。自信をお持ちください」
「うーむ。その基本が、ねぇ? ………何はともあれ文字をマスターするまでは講師よろしくね、フジサキ」
「お任せください。マスターにご理解頂けるまで何度でもお教え致します」
フジサキの言葉はいつも頼もしい。
全く、イケメン執事兼、個別指導講師は最高だぜ!
そう思いつつも、アタシはフジサキによって添削された文を見て溜息をついた。
間違っている単語にアンダーラインを引かれて、その下に正しい単語が達筆な文字で書かれている。
とほほ、先が思いやられるなぁ……。
アタシは紙と羽ペンを重ねてまとめるとテーブルの端に置いた。
この世界に来てまだ5日だ。時間はたくさんある。
フジサキが言ったように少しずつ、確実に覚えていけばいい。
焦りは禁物と自分に言い聞かせた。
「あれからよくお休みになれているようで安心いたしました」
その後。
ハーブティを飲みながら、フジサキが言った。
多分、初日の夜の夢のことを言ってるんだと思う。
「うん。毎日、アルバイトでクタクタだからさ」
「それはようございました」
「そう言えばさ、アタシ今日スッゴい事に気が付いたんだけどさ……」
「凄い事? それはどのような事でしょうか?」
「うん、またフジサキについてなんだけど」
「私でございますか?」
フジサキはポカンとした顔で飲んでいたハーブティーをテーブルに置いた。
ついでに、小首を傾げるイケメンフェイスのハッピーセットがもれなく付いてくる。
昨日もこの顔は見た、完全にデジャブだ。
フジサキにはいまだに謎が多い。
昨夜もアタシはフジサキを質問攻めにしていた。
それで分かったのは以下の事だ。
『彼が擬人化端末機である事』
『実年齢は1歳5ヶ月である事』
『防水・防塵・耐衝撃性が実装されている事』
『端末機だった頃にダウンロードしたアプリ(一部不可)、及び電子書籍などを使用できる事』
『新しい知識を完全記憶できる事』
『衣服が着脱可能な事』
まずこの中でツッコミたいのは年齢だね。「フジサキって何歳なの?」って聞いたら、「元の世界の時間で換算するなら1歳と5ヶ月でございます」って律儀に返されてアタシはハーブティーを噴き出した。
1歳って……こんな、どう見たって成人にしか見えない赤ちゃんがいてたまるかッ!
……って思っていたら、どうやら端末機として製造されてからの月日を答えたらしい。
驚かせんなし……。
ちなみに設定年齢は27歳だそうだ。
それから最後の項目については現在実行されていて、フジサキはスーツの上着を脱いでいてワイシャツに黒のベスト姿だ。
『その服って脱げるの?』と聞いたら、「もちろん、可能でございます」と多感な年頃の乙女の前で真顔のストリップショーを始めようとしたので止めさせた。
パンツにチップでもねじ込めってか、アタシにはそんな遊び金はないんだぜ。
スーツを脱ごうとするフジサキは変な色気が出ていて正直ビビッたし、柄にもなくドキドキしたのは秘密です。
これらの事を踏まえると何処までが端末機で、何処までが人間なのかその線引きが難しい。
そのうち、某アニメの少佐の様に『ネットは広大でございますね』とか言い出しそうだ。
それはそれでメチャクチャ強そうで頼もしいけど……。
「アンタさ、この世界に来てから『充電』……一回もしてないよね?」
「あぁ……その事でございますか。それならば問題ございませんよ」
「そうなの? この世界、電気がないっぽいから土壇場で『バッテリー切れで動けません。充電してくださいマスター』とか言わないでよね」
フジサキの口調を真似ながら念を押すと、彼はおもむろに先程まで手にしていたカップを指差した。
ん? そのジェスチャーは何を意味してるんだい?
「この様に口から直接エネルギーを摂取しておりますので、バッテリー残量は随時100%でございます」
「つまり人間と一緒ってこと? でもトイレに行くとこ見たことない気が……」
「私は摂取した食物を体内で完全還元する事が可能なのです。ですから体外に排出される物は何一つございません」
「へッへぇ~。それはすごいなー」
棒読みな生返事をしてしまった。
なるほど、イケメンはウ●コなんてしないんですね。そうですか……ふーん。
新手のエコかな?……そうだ、環境に優しい男。
それがフジサキなんだ。
そういう事にしておこう。
フジサキの体内には溶鉱炉でもあるんだろうか? 本当にド●えもんみたいだ。
また新たな謎を解決したアタシは、引き攣った笑顔で次の話題を考えるのに徹した。
こんな感じで、アタシの5日目の夜は更けていく。
~ 6th Scene End ~




