第2章 まっすぐストーリー・6th Scene (2)
アタシは荷馬車に積まれた商品を一通り見た。
可愛らしい小箱があったので貯金箱にいいかもしれない、と値段を聞いてみる。
「そちらは銅貨30枚でございます」
「へぇ……30枚」
意外に高かった。今回はやめておこう。
アタシは小箱を、元にあった場所にそっと戻した。
その時、ふと奥の棚に目が行った。
一段高くなったそこにはやたらと豪華な作りの箱が置かれていた。
ティッシュ箱くらいの大きさがあるその箱には立て看板が掛かっている。
「ねぇ、フジサキ。あの看板、何て書いてあるの?」
隣にいるフジサキの肩を叩いて看板を指差す。
指された看板をしげしげと見つめてからフジサキはこっちに向き直った。
「『今回の目玉商品』と書かれておりますね」
「お客様、お目が高いですね。この商品は本日の特別商品でございまして、とある筋から入手した物でございます」
「特別商品……どんな一品なんですか?」
「はい、ディス・ノグディスの精霊樹林原産の『精霊石』の欠片でございます」
確か、メッカ・バスカーナ……8割砂漠になっている大陸では、そこでしか手に入らない貴重な鉱石や植物、魔法の素材などの資源と古代遺跡があるって話だった。
でもそこではなくて、ディス・ノグディス?
「そうでございます。特に精霊樹林は、限られた場所にしか生えていない大変貴重な樹木なのですよ」
「へえ……すごいな……」
アタシが感心して呟くと、ピスタさんが満面の笑みになった。
「よろしければ、ご覧になりますか?」
「え、良いんですか?」
ピスタさんが、荷馬車に登って箱を抱えてきてくれた。
そして鞄からカギを取り出すと箱に掛かった頑丈そうな錠前を外した。
「わぁ、綺麗!」
「そうでしょう? 欠片とは言いましても元は『精霊石』。魔力は申し分なしでございます」
箱の中には、エメラルドグリーンに輝く透明度の高い結晶が鎮座していた。
日の光の加減で、青や黄色、赤にも見える。その中心はほんのり青白く発光している。
これが『精霊石』。
精霊樹林に群生する精霊樹の樹液が精霊を取り込み、長い年月をかけて琥珀化したものであり、強力な魔力を秘めている。
魔術士はこの精霊石を使って作られた杖を持って、詠唱魔法を唱えることで魔術を操るのだそうだ。
マジ、ファンタジーだよね。
「気になるお値段の方は?」
「はい。欠片ですので、大幅に値引きしまして金貨50枚でございます」
「あぃえぇええええ!!?? 金貨50枚!?」
つまり、日本円で500万円!? 欠片1個の値段で車が買えて、おつりが来ちゃう。
とんでもない額にアタシは思わず叫んだ。
欠片でこのお値段。じゃぁ完品だったら一体いくらするんだ? そもそも買う人なんているのか?
王都や大きな町ならともかく、この近辺の村には金貨50枚なんて金額が出せる人はいないだろう。
溜息しか出なかった。
結局、何にも買わずにアタシ達は村長宅に戻った。
ピスタさんは3日間、この村に滞在してから次の村に向かうのだそうだ。商い、ご苦労様です。
「どうだった? チヒロさん」
テレサさんがにっこり笑って出迎えてくれた。
「いろいろな物がたくさんあって……楽しい話も聞けたので、よかったです」
「そう」
そのとき、ちょうど10時の鐘がローナ村に響き渡った。
さて、アタシは今日が仕事初日だ!
張り切っていかねば!
◆ ◆ ◆
「フジサキさま、おままごとしよ!」
「かしこまりました。では、私は何の役を致せばよろしいでしょうか?」
フジサキがロイズさんの仕事を終えて広場に現れると、女の子達が急に色めきたった。
「フジサキさまは召使役! アタシはお姫様!」
「あぁ~! ミリアばっかズルい! 今日はアタシがお姫様役だよ!」
「アンもお姫様やりたい!」
「皆様、落ち着いてくださいませ。役は公平にジャンケンで決定致しましょう」
フジサキは女の子達に大人気だ。大体、おままごとにつき合わされている。
配役は王子か召使なのだが、何よりもおままごとの内容が凄い。
巫女様は、ビックリしちゃったよ。
「あぁッ! 私は何て不幸な王女なの。このままでは隣の国の王子と《せいりゃくけっこん》をさせられてしまう。誰か、私をこの王宮から連れ去って!」
「王女」
「貴方は! 召使のフジサキ!」
「今宵、私は貴方様を攫いに参りました。私と貴方様は王女と一介の召使……しかし、この燃え上がる炎のような愛だけは本物なのです。私達を引き裂く事は誰にもできません」
「あぁ、フジサキ! 私を連れて逃げて! どうか、二人だけの世界に連れて行って!」
「御意」
今日はアンが王女様役になった様だ。
フジサキが頬を赤く染めたアンをお姫様抱っこして立ち上がると、衛兵役にされてかったるそうにしている男の子達から走って逃げている。
それにしても内容がシュールだ。この世界でもリアルおままごとが流行っているようだ。
女の子達の演技も凄いが、それに合わせて召使役を熱演するフジサキも凄い。
「アタシ、大きくなったらフジサキさまのお嫁さんになる!」
「アタシもッ!」
「何言ってんのよ! フジサキさまはアタシのものよ!」
「困りましたね。そう言って下さる方が他にもたくさんいらっしゃいますので」
「フジサキさまは誰が好きなの? 当然だけど、アタシよね!?」
「何言ってんのよ、フジサキさまにお似合いなのはアタシなの! 大体、アンタはこの前、ジョンに告白してたでしょ!」
「あれはしつこく言い寄られたから、OKしただけだもん!」
「ねえねえ、フシザキさまはアタシのこと嫌い?」
「こら、アン! 抜け駆けしないでよ!」
抱っこされたままのアンを含めて、女の子達が次々にフジサキにしがみ付いた。
お互いに稚拙な言葉で罵り合っている。女の子達の止まり木状態になった渦中のフジサキは涼しげな顔をしていた。
あぁ。フジサキを巡ってまた女の壮絶な戦いが勃発している。
フジサキ……罪作りな男め。
フジサキと女児達、その一連の攻防をボーっと眺めるアタシ。
すると、グイとアタシの服の裾を誰かが引っ張った。
「なあなあ巫女様、騎士ごっこしようぜ」
「えー、またあれやんの? アタシ立ってるだけじゃんよ。あっちの女の子達の誰かにやってもらいなよ」
「巫女様じゃないとリアリティが出ないんだよ」
一方アタシは、男の子達と『騎士ごっこ』なるものをやることが多い。
とは言ってもアタシはただ突っ立っているだけで、そのアタシを戦利品にして男の子達がチャンバラをやるだけだ。
正直、巫女様役はメチャクチャ退屈なので、やりたくないです。
「みこさま、お話してー」
「昨日のお話の続き、聞きたい!」
ずっと立っているのも暇なので、チャンバラに夢中になっている男の子達を横目に4歳以下のまだ遊びに混ざれない子達に童話を語ってあげる。
今日は『大きなかぶ』の続きを語った。
小さい子達には『うんとこしょ、どっこいしょ』がツボに入ったらしく、アタシが語るのに合わせて、皆で一緒に引っ張る真似をしてくれる。
いやはや、小さい子は純粋で可愛いもんですな。
そうこうしているうちに、午後3時の鐘が鳴った。家事を終えた奥様方が子供達を迎えに来る。
その時、アルバイト代を日当として払ってもらう。
今日の日当は、予定通り銅貨52枚だった。
「あ、巫女様。マルタさんが明日からルーシーをお願いしたいって言ってましたよ」
「わかりました! ヤードさんのお隣ですよね?」
「ええ」
「ありがとうございます!」
ヤードさんが会釈をし、息子の手を引いて去っていく。
ふう……労働って素晴らしい。
◆ ◆ ◆
「ロイズさん。この村では、読み書きとか……いわゆる子供たちの教育ってどうなってるんですか?」
夕食時。アタシは思い切ってロイズさんに聞いてみた。
何でかというと……今日の子守りでは、子供達はみんな自由に遊びっ放し。
だけど絵本なんかはあるみたいで、小さな女の子が読んでくれって持って来たんだよね。
だけどアタシは、こっちの世界の文字は読めないから断るしかなくてさあ……。
そしたらガキ大将の男の子に「え~巫女様、大人なのに字も読めねーの?」って馬鹿にされた。
アタシを散々おちょくっていたが、タイミング良く迎えに来た母親に「巫女様に失礼なこと言って! あやまんな!」と拳骨を貰っていた。
ざまぁねーぜ。
……とは言うものの、あのガキ大将は読める訳で……。
「家で教えるだけですね。ですから、読み書きができないまま大人になった者もいます。ウェンデール王国から届いた文書での報せは、村長であるワシが村人に伝えていますね」
「ふうん……」
フジサキはロイズさんのそういう仕事を手伝ってるのかな。
だったら……。
「フジサキ、寺子屋わかる?」
「江戸時代の上方において、寺院で手習師匠が町人の子弟に読み書き・計算等を教えた学問施設ですね」
「そう、それ。午後の時間はソレできないかな? アタシも習えるし」
「できますが」
「何と!」
ロイズさんが驚いたように手にしていたフォークを取り落とした。
「村の子供達に読み書きを?」
「駄目ですかね?」
「いや、大いに結構ですよ。これは楽しみですな! 本当にありがとうございます」
ロイズさんはお礼を言うと、はっはっはっと大きな声で笑った。隣のテレサさんも、にっこりと微笑んでいる。
思い付きだけど……『巫女様』としては、村のためになりそうなことをやらないとね。
……って、やるのはフジサキなんだけど。




