第2章 まっすぐストーリー・5th Scene (2)
そして、3日目。
この日からアタシのアルバイト計画はスタートした。
当たり前だが、この村にハローワークなんてものはない。
そこでロイズさんに案内されながら村人達の家々に『何か仕事はないか?』と尋ねて回ることにした。
小麦の栽培が主な収入源のこの村は、殆どの人が農作業に出ている。
村の中央には村共同の牧場があって、牛や馬の世話は村人が交代でやっているらしい。
ちなみに、フジサキはここにはいない。家でロイズさんに頼まれた書類の整頓をしているようだ。
目の前の小麦畑では、村人が土を掘り返している。
「あれ、何をしているんですか?」
「今は種まきの時期ですね。種を植えるために、ああして土に溝を付けているのですよ」
「へぇ……」
この村はやっぱり農作業が主体なんだから、それをお手伝いするのがいいかもしれない。
「農作業のお手伝い、という仕事はどうでしょうか?」
「そうですね……聞いてみましょうか」
ロイズさんが村人に声をかけ、アタシにも仕事をさせてくれ、と説明してくれた。
村人は最初「巫女様に、そんな……」と遠慮していたけど、ちょっと強引に手伝わせてもらうことにした。
その畑のおじさんが先に三角形の板みたいな物がついている棒を貸してくれた。
この尖ったところで土を削って、溝をつけるらしい。
「ほうほう……」
とりあえず少し離れた場所でやっている人の様子を見ながら真似してみるけど……うまくいかない。
真っ直ぐ溝をつけないといけないのに、うねうねと曲がってしまう。
真っ直ぐになるように直しながらやるので、全然進まない。
「チヒロさん……。農作業のお手伝いは、難しそうですね……」
溝をどうにか1本つけ終わったところで、ロイズさんが困ったような顔をした。
「そ、そ、そうですね……」
棒を支えにしてゼェハァ言いながら答える。
中腰で移動し続けるだけで、こんなに疲れるとは……。
おじさんは「じゃあ種まきしてみるかー?」と言ってくれたけど、アタシは丁重に断った。
……駄目だ、こんな有様じゃ、アタシなんかはお荷物になるだけで助けにはならないよ。
仕事としてお金を貰う訳にはいかない……。
農家のおじさんにお礼を言って、アタシとロイズさんは歩き出した。
すると、家の方からフジサキがやってきた。
「こちらにいらっしゃいましたか、マスター」
「おお、フジサキさん」
「フジサキ……」
「お仕事は見つかりましたか?」
「……」
アタシはがっくりと項垂れたまま首を横に振った。
「おお、そうだ」
ロイズさんが何かを思い出したようにポンと手を打った。
「村の中央には村共同の牧場があります。そこで何か仕事はないか聞いてみましょうか」
「はい、ありがとうございます!」
アタシは元気よく返事をした。
牧場……そうか、牛や馬のお世話か。
それならアタシにもできるかも。
牧場には、牛と馬と羊、それと養鶏小屋もあってニワトリがけたたましく鳴いていた。
働いている人は、男の人と女の人、半々だ。
ここでも「巫女様に、そんな……」と言われたけど、どうにか頼み込み、やらせてもらった。
……けれど。
牛の寝床に干し草を敷こうとして、蹴られた。
羊の群れを追って柵に追い込もうとして、逆にアタシが追い込まれた。
鶏の産んだ卵を回収しようとして、手の甲を赤く腫れるまで突かれた。
「……アタシ、動物に向いてないんだ……」
誰だっけな? 猛獣に噛みつかれて大怪我した女優さん、いなかったっけ。
フェロモンなのか何なのか知らないけど、何もしていないのに動物にめっちゃ嫌われる体質の人がいる、とは聞いたことがあるけど……。
アタシ、まさかのソレだったのか……。
「マスター……これは……」
「うん……」
フジサキが全てを語らなくても、わかる。
動物相手の仕事は、アタシには向いてません。
その時ちょうど、正午を知らせる鐘が響き渡った。
ロイズさんがアタシとフジサキに向かってにっこりと微笑んだ。
「チヒロさん、フジサキサさん。家に戻りましょうか。とりあえず昼食にして……それからまた、考えましょう」
「……はい……」
はぁ……。アタシって何て役立たずなんだ……。
凹んでいると、牧場の奥から休憩に入ろうとする男の人達の声が聞こえてきた。
「あれ、お前、家に帰るのか?」
「今日は、午後から自警団だよ。前に村の子供が森で魔物に襲われそうになっただろ。討伐隊も森全部を見張れる訳じゃないからなー」
「そうか、気をつけろよ」
「おう。でも今日は家でかーちゃんの昼飯が食えるからさ」
「あったかい飯か。それはいいよな。ほら、肉なんかもうカンカンに固くなっちまってるよ」
「ははは。じゃあなー」
「おう」
そうか、自警団って村の人で交代でやってるんだっけ。
魔物が村に出てきたら、大変だもんね。
こうやって、この小さなローナ村では皆が協力して、頑張ってるんだな……。
何もできないアタシは、ぶっちゃけ力不足な存在だ。
こう考えてみるとチート能力で勇者とか魔術師をやって、生計を成り立ててる転生主とかトリッパーの皆さんは凄いと思う。
尊敬しちゃうな……なりたいとは思わないけど。
ふう……。お仕事、想像以上に難しかった。
村人さん達に迷惑かけたし、やらなくていい仕事を増やしてしまった。
バイトなんて、楽勝楽勝! ちょちょいのちょい、余裕で出来るっしょ! と高を括っていた自分が恨めしい。
罪悪感で押しつぶされそうになった。
「ぐぎぎぃー! 思ってたんと、ちがーうッ!」
「マスター、ご不満はともかく、その不愉快な奇声は控えてください。近所迷惑です」
「主人に対して、辛辣かよ! 奇声上げるなって方が無理な話だから! もっと、こうさ! 転移ヒロインって、優遇されるんじゃないの? 村の人達には悪いけど、貴族のお屋敷でイケメン達に囲まれて、ドキドキでウハウハな逆ハーレム日常を送るんじゃないの? アタシだけ、始まりの村で足止め食らって、ギリ貧アルバイト生活スタートって……不公平じゃない!?」
「……ご自身をヒロインだと思っていらっしゃったことに驚愕です」
「だから、なんで辛辣!? 異世界転移して、村人から《終末の巫女》って呼ばれてるんだよ? どっからどう見たって、ヒロインじゃん!」
「マスター。辛いお気持ちは分かりますが、もっと現実に目を向けてください」
「むぎぃいいッ! 自分がイケメンでチート能力待ってるからって上から目線なんかー?」
「千里の道も一歩からですよ。さあ、今日も頑張りましょう!」
「頑張りましょう! じゃねーよ。おい、コラ。話と目を逸らすんじゃねぇ」
応援と励まし、助言を受けたアタシは打たれ強さのレベルだけが上がった(あくまで体感)。
それはいいとして、だ。
アタシにも何かできること……ないかな?
◆ ◆ ◆
「マスター、意見を言ってもよろしいでしょうか」
昼食後、ロイズさんの家の庭で少し休んでいると、フジサキがそう言って近寄って来た。
「何?」
「既存の仕事の手伝いより、新しい仕事を見つけた方が良いように思うのですが」
「え?」
新しい仕事……。
そうか、元の世界だと、いろいろな仕事があるよね。
ペットの散歩代行とか、逆上がりを教える先生とか、「それ需要あるの?」みたいなのが意外に収入になってるっていうし。
「フジサキ、検索」
「いかがいたしましょう?」
「えーと……」
とりあえず見聞きしたことを並べてみるか。
「農作業は全部手作業だった。虫も大変。森では狩りをするみたい。魔物が出ることもあり、討伐隊がいる。子供が危なかったこともあった。あとは……お弁当は固い。温かいご飯がいいな……」
「……『農業労働者の高齢化が深刻』。『もやしの値上げに消費者も支持』。『危害を与える外来種のアリが日本上陸』」
フジサキがアタシの言葉で検索をかけた結果を並べていく。
……ニュースの見出しか何かかな。
「『魔女狩りで3000人以上殺害』。『イチゴ狩りが大人気』。『虐待や育児放棄が問題に』」
……それは全く関係ないよね……。
しもしも? 何か不穏なヤツが混じっちゃってるけど?
「『待機児童の問題で保育園不足が明るみに』。『弁当屋に足しげく通ったせいで離婚危機』。『どこでも温かいご飯を届けてくれる、便利なデリバリーが話題』」
ん……ん?
何か、ヘンなのがあったけど……今、何かイイコト言わなかった?
「『温かい教育現場』……」
「フジサキ、ストーップ!」
アタシが大声を出すと、フジサキが不思議そうな顔をした。
「何でしょう?」
「待機児童のうんちゃらって?」
「保育園に子供を預けられなかった主婦がSNSで毒づいて話題になった件です」
「なーるほど。あと温かいご飯って?」
「アプリで好きな飲食店を選び注文すると、家でなくても公園でも道端でも弁当を届けてくれるシステムが話題になったというニュースですね。届くまでの様子もわかるということで、芸能人の方が……」
「そ、そ、それだー!」
アタシはフジサキを指差すと、思わず大声を上げた。
村人にはきっと、思いつかない。でも、確かにあると超便利! ……な、ハズ!
閃いた! アタシができるバイト!!
◆ ◆ ◆
アタシはロイズさんに、自分の考えたアルバイトの話をしてみた。
アタシが考えた仕事は、2つ。
1つ目は、託児所。
大人達が働いたり家事をしたりしている間、アタシが広場で面倒をみる、という仕事だ。
「そうですね……。この村では、10歳以上の子供はもう立派な働き手ですから、農作業の手伝いをします。母親は小さい子の面倒を見ながら家事をしていますが、誰かがみてくれれば助かるでしょうね」
「森に行っちゃって危ない目に遭った子もいるって聞いたんですけど……」
「ええ。そういう意味でも、頼めるなら頼みたい、という家はあるかもしれません。問題は……そうですね、チヒロさんが子供たちとうまくやれるか、ということですが」
「自信はあるんですけど……任せてもらえるでしょうか?」
「では、午後は子供のいる家を回ってみましょうか。今日、子供たちと遊んでみてはどうですか?」
「はい! よろしくお願いします!」
アタシが頭を下げると、ロイズさんは「ほっほっほっ」と楽しそうに笑った。
そして2つ目、お弁当のデリバリー。
牧場のおっちゃんが「肉が固い」って淋しそうだった。
アタシが各家庭からできたての弁当を預かって届ければ、働いている人達も喜んでくれるんじゃないかな?
「それは面白そうですね。しかし、小さな村と言ってもかなりの数がありますよ? チヒロさん一人で運べるかどうか……」
「あの、庭の隅にあったあの……荷車、お借りできますか? あれに載せればお弁当20個ぐらいなら運べると思うんです」
「なるほど、なるほど。じゃあそれも、今日の午後に村人に伝えてみましょうか」
ロイズさんは頷くと、またも「ほっほっほっ」と楽しそうに笑った。
「面白いことを考えますね、チヒロさん。それに、村のために働きたいと言って下さるお気持ちが、本当に嬉しいですよ」
「あ、あはは……」
妙に褒められて、アタシは思わず変な声で笑ってしまった。
その日の午後……アタシはロイズさんと一緒に、村中の家を1軒1軒回りながら、一生懸命に説明した。
でもやっぱり、『巫女様に仕事をさせるなんて』と言って遠慮されてしまった。
それでもしつこく、『働きたいんです!』とアタシは食い下がった。
同名のやっぱり異世界トリップをしてしまった小学生が、顔面が異様にデカいお湯屋の女社長に『ここで働かせてください! ここで働きたいんです!』って、必死に直談判した気持ちが痛い程分かった。
その結果、ついにアタシは念願の仕事に就く事に成功したのである。
今日、夕方まで子供たちと遊んでみたんだけど、わりとすぐに懐いてくれたからかも。
動物は駄目だったけどね。あはは。
その様子を見て、お母さん達も安心してくれたみたいだ。
よーし、明日は初仕事だー!
こうして、アタシの3日目はとても充実したものとなり、気持ちよく終わった。
~ 5th Scene End ~




