揺れる想い
「懐かしいねー……あれから一年半かー」
「桃野はあんまり変わってないね」
最初に会ったときからずっと、明るく前向きで楽しそうな桃野。それは私にとって、とても頼もしい道標であったし、とても眩しい憧れであった。
「純玲もね。あの時から、ずっと変わってない」
「え、何それ。酷くない?」
桃野が最初に会った頃の私がどんな人間だったかなんて、私が一番よく知ってる。これでも桃野と友達になってから変われたと思っていたのに、真っ向から否定してくるのはいくらなんでもあんまりだ。
「あはは、いい意味でだよ。変わられちゃったら私が困る」
「何それ。どういうこと?」
「それは……うん、それはね」
その時、桃野の目の奥が、何かを決心したように見えた。
「私が……純玲のことが、好きだから。あの時から、ずっと」
いつもの言葉。日常のじゃれ合い、桃野流のコミュニケーション。だと、思った。
「はいはい、私も好きだよ」
「ううん……そうじゃないの」
なのに、桃野の醸し出す雰囲気は日常を強く否定してくる。今まで桃野といた時には感じたこともないような、刺すような苦味が口の中を走った、気がした。
「そうじゃないって?」
「つまり、こういうこと」
桃野は崩していた足を整え正座すると、まるで今から生死を賭けた勝負をするかのような真剣味に満ちた目で、小さく一呼吸して、こう言った。
「純玲が好き。……私と、付き合ってください」
何を言っているか、分からなかった。
頭が追いついた時は、何かの間違いだと思った。
「……あはは、何それ。どしたの、らしくないじゃん」
冗談なんかじゃないことは、きっと分かってたんだ。桃野の、強く私を見据えた目で。
でも、本気だとも思えなかった。思うことが、できなかった。
「……らしくないって?」
「だって、そんな冗談」
「冗談じゃない!」
「っ!」
本気の告白に対しては、どう考えても最悪の返事。だけど、私はそこまで頭が回ってなかった。
そもそも、本気の告白だなんて、そんなの――
「ねえ……私は、本気だよ?」
考えが纏まらない、混濁した頭の中に、刺さるような桃野の声。
「よかったら……返事を、聞かせて」
私の中に、桃野の声が入ってくる。でも、いつものような心地よさはどこにもなくて…むしろ、怖かった。気味の悪い恐ろしさがあった。
「お願い、します……」
桃野の手が、差し出されてくる。私に、迫ってくる。桃野の手が、桃野の想いが、迫ってくる。
その想いが、たまらなく怖くて。分からないから、とにかく怖くて。
気付いたら、私は――
差し出された桃野の手を、はたいていた。
目の前には、怯えた表情の桃野。差し出された手は、横に逸れていた。
何が起きたか分からない、といった様子だった桃野の表情は、次第に歪んでいった。
泣きそうな顔で……今にも泣き出しそうな顔で、笑っていた。笑おうと、していた。
それが、私に気を遣ってのものなのかな、とぼんやり思った瞬間、私は……分かってしまった。
桃野の想いが、どれだけ本気だったのかってことも。その想いに、私は何をしたのかってことも。
そして、そんなことをしておきながら、今桃野に気を遣わせてるのは、私だってことも。
どうにかしようと思っても、全部――もう遅いって、ことも。
「あはは……そっか、そう……だよね。ごめんね」
桃野の声が、聞こえてくる。一番傷ついてるのは桃野のはずなのに……それなのに、私を傷つけないように笑っている。
そんな、溢れるほどの桃野の優しさが、最低なことをしておいてまだ謝れもせず黙っている私に、鈍痛として襲い掛かってくる。
桃野の器の大きさを見せつけられているようで。私がどんなにちっぽけなのかを見せつけられているようで。
私が思い浮かべたようなことをしてしまったら、それを裏付ける結果にしかならないのに。どうしても、耐えられなくて。
「……ごめん」
そう、贖罪のように言い残して……私は、部屋を出た。『私』を否定されるのが耐えられなくて――思い浮かべた通り、逃げ出したんだ。最低でちっぽけな、私らしく。