そういえば、桃野の家って久しぶりかも
「いらっしゃーい!」
桃野の家に着くと、桃野はいつもの調子に戻った。
「お邪魔しまーす……あれ? 家の人は?」
「ん? いないよ?」
「え、聞いてないんだけど」
桃野は一人っ子なので、両親との三人暮らし。そういえば、桃野の家に来て家の人がいないっていうのは初めてかもしれない。これも、ちょっとした非日常だ。
「あれ、言ってなかったっけ? まあ、いいでしょ?」
「いいけどさ」
「先に部屋行ってていいよ、私飲み物取ってくるー」
「了解」
二階にある桃野の部屋に向かう。玄関入ってまっすぐ、つきあたりの階段を上ってすぐ左の部屋が桃野の部屋だ。自分の家のよう、とまでは言わないけど、もう目を瞑ってでも辿り着けるような道のり。
家の人はいないらしいから、今この家では桃野と二人きりってことになる。
でも私には、これが男女だったら緊張したり、強く意識したりするところなんだろうな、というようなことしか考えられなかった。
そのまま行き慣れた部屋に入って、以前来た時に読んでた漫画の続きを読みながら待っていると、少しして飲み物を抱えた桃野が入ってきた。
「お待たせー。緑茶とりんごジュースあるけど」
「緑茶」
「だよね。はい、緑茶」
「ありがと」
私は甘いものは好んで飲食しない。周りの女の子からは変わってるって言われるけど、食べ物の好き嫌いで変わってるも何もないと思う。好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌いだ。
「どういたしまして! ごくごく…ぷはー、りんごジュースうめー」
ここに着くまで様子がおかしかったからちょっと心配してたけど、どうやらいつもの桃野みたいだ。やっぱり杞憂だったみたい、よかった。そう思った矢先、
「ねえ、今日は何するの?」
私のこの言葉を聞いて、桃野の様子が明らかに変わった。
「いや、今日はその……」
「何?」
「えっと……」
煮え切らない態度の桃野。桃野だって常に元気溌剌なわけじゃないけど、こんな様子は珍しい。言いたいことを我慢するようなタイプじゃないから、あんまり何かを言いよどむってことは見たことがない。私が不審に思っていると、
「ちょっと待って。すー、はー……すー、はー……」
何故か深呼吸を始める桃野。
「え、何それ。どしたの」
理解できない行動をすることは多々あったけど、今日の桃野の行動はさすがに突拍子もなさすぎる。いつもと違う桃野に、得体の知れない違和感が湧き上がってくる。
「……ん、もう大丈夫。あのね、純玲」
「え?」
「今からちょっと、大事な話があるんだ」
そう言った桃野の目は、今まで見てきたどの桃野よりも真剣だった。まるで私の心の奥まで突き刺さってくるような、そんな目をしてた。
「何、急に」
「いいからいいから。聞いてくれる?」
「別にいいけど」
一見いつも通りに見えて、その中に尋常ならざる物を感じさせる桃野の様子に気圧される私に、桃野はもう一度深呼吸をして、少し芝居がかった口調で話し始めた。
「ねえ、純玲。私たち、出会ってからもう一年半経つんだよね」
「そうだね。去年の四月からだから」
この雑談は前置きなんだろうと理解しつつも、大事な話とやらが先延ばしになった事実で、少し肩の力が抜ける。
「最初に話したのは、体育の授業だったっけ」
「あの時は、鬱陶しいおせっかいが来た、って思ったよ」
「何それひどーい。そうだとは思ってたけど」
私と桃野の出会い。今はもう懐かしい、一年半前のあの時――