まだ、いつも通りだった
二学期が始まって少し経ち、学生の夏休み気分もすっかり抜けた十月、季節は秋真っ只中。窓の外を眺めると、緑色だった木々が暖かい色に染まっているのが目に入る。
四階の教室の窓から見下ろす分には綺麗だけど、煌びやかに輝く紅葉の下には、その役割を終えた枯れ葉が溜まってる。ここからは見えないけど、緑色のままの木々もあるはず。
そんなどこか寂しい雰囲気に浸っていると、開けっぱなしの窓から、冷たい風が入り込んできた。
我に返って前を見ると、どうやら授業が終わった様子。それを私に伝えるチャイムは、聞き逃してしまったらしい。
「はい、ちゃんと復習しておくように」
先生の声が聞こえる。しまった、授業の最後のほう、ちゃんと聞いてなかったな。
「起立、礼!着席!」
授業終わりの規則である、前の席に座る女子の号令。それに満足したように、先生は教室を出て行った。
「はー、終わった終わったー。よし、ご飯食べよう純玲!」
その様子を見届けるとすぐに、さっきまで凛として号令をかけていた女子生徒が、私の机に全身を脱力させてもたれかかってくる。
「おっけ。机くっつけて」
「りょうかーい」
間の抜けた返事をしたこの子は、桃野桔梗。私の前の席で、なんとクラス委員だったりする。元気で活発。五文字あれば、この子のことを表すには十分。どこにでもよくいる、明るい女子高生だ。
桃野とは、一年の頃から友達をやっている。一年半、と表すと仲が深まる期間としては短く感じるけど、それでも私は一番仲のいい友達だと思っている。
「今日はどんなの作ってきたの?」
「普通だよ、普通」
私は自分でお弁当を作っている。別に家庭環境に問題があるわけではなく、自分の食べたいものをお弁当に入れたいから、という子供っぽい理由でだけど。
「ほうほう、お弁当! って感じのお弁当だね。タコさんウインナーまである」
「それがテーマだからね。唐揚げいる?」
「いただきます!」
そう言った瞬間、光のような速さで唐揚げに箸を伸ばす桃野。もう少しでお弁当がひっくり返るところだった。ちょっとだけ睨んでみるけど、やはりというか桃野には効果がない。
「もぐもぐ…うん、美味しい! もう一個ちょうだい!」
「駄目。私の分がなくなるでしょ」
「私のあげるから!」
自分の弁当箱を開ける桃野。特に代わり映えのしない、お弁当の定番みたいなお弁当。それこそ、私のお弁当の平均値を目指して作ったお弁当と殆ど中身が変わらないような……。
「……って、唐揚げ入ってるじゃん!」
目に入った光景に驚いて、つい叫んでしまった。唐揚げどころか、おかずの全てに渡って交換する意義が見当たらない。
「私は純玲の唐揚げが食べたいの!」
「別に大して変わらないでしょ……」
「変わるよ!ほら、私の唐揚げ食べていいから」
「何の意味があんの、それ……」
桃野は時折、私には理解できない行動をする。呆れる私を尻目に、二つ目の唐揚げに箸を伸ばす桃野。こんな光景も、もう幾度となく繰り返されてきた儀式のようなものだ。
「じゃあ桃野の唐揚げはもらうよ」
「ご自由に! もぐもぐ……これも美味しい……」
そりゃ両方唐揚げ、しかもお弁当のおかずなんだし、味の差なんて大きく出ることはないんじゃないだろうか。そう思いながら、私も桃野の唐揚げをゆっくり口に運ぶ。……うん、美味しい。
「美味しいじゃん、こっちも」
「もー、味なんてどうでもいいんだよ! 大事なのは愛だよ、愛!」
何故か得意気な顔で胸を張る桃野。深いこと言ってやったみたいな顔してるけど、中身がない言葉を自信満々に言っても滑稽なだけだ。まあ、これだって、桃野が何回も繰り返してきたことなんだけど。
「これ作ったの、お母さんなんでしょ? 私のよりは愛が詰まってると思うけど」
「親子の愛情も大事だけど、そういう愛とは違うじゃん?」
「どういう愛だって……」
いつも通りのやり取り。いつも通りの光景。いつも通りの桃野。毎日が日常の焼き直しで、そんな現状に不満はなかった。このままずっとこんな日常が続いていくんだと、そんなことは考えるまでもなく当たり前だと思っていたんだ。
そう――この時までは。